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MESSIA  作者: 硝子
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満月のような


『師匠、私は生まれてはいけない存在なのだろうか』


 私の言葉を聞いた師匠は、目や口を大きく開けた。それから、眉を下げ、目を潤ませた。まるで酷く傷ついたように。


『……どうしてそんなことを?』


『兄弟子達が、私のことを「本来生まれていないもの」「人形」と言う』


『そうか……』


 師匠は目を伏せる。それから、言葉を選ぶように何度も口を開いたり閉じたりした。


『……翡翠。確かにお前は私が作った人間だ。しかし、兄弟子達が何を言おうと、お前にはお前の意思がある。決して“人形”ではないぞ』


 師匠にそう言われたものの、私は自分の存在意義が分からない。更に、日に日に兄弟子達の当たりが強くなっていく。嫌がらせも強くなっていく。仕方ない。他の者とは違うのだ。私は作られた存在、“人形”なのだから。

 術の勉強や練習に身が入らない。ただ、何となく、ぼんやりとした毎日が続いていった。

 そんな時だった。“それ”に出会ったのは。


「……師匠。この満月のように輝くものは、一体なんだろうか」


 私がこの世に生まれてから“それ”は初めて見るものだった。


「ああ。それは“ケーキ”という食べ物だ」


 “それ”は黒に近い茶色で、まるで満月のようにきらきらと輝いている。まるで装飾品のような“それ”が食べ物だと言うのだから、驚いた。


「……けぇき」


「ケーキ」


 師匠が私の言葉を聞いて、くすりと笑う。私の言葉がおかしかっただろうか。けぇき。けーき。ケーキ。

 しばらく「ケーキ」と言葉に出して繰り返していると、師匠がおもむろに口を開いた。


「翡翠も食べてみるか?」


 私は余程物欲しそうに“それ”を見ていたのだろうか。しかし、満月のように輝き、綺麗に装飾された“それ”が、どんな味がするのか、興味があった。


「……いいのか?」


 私は恐る恐る、遠慮がちに師匠に問いかける。


「もちろん。それに、「里の皆さんで食べて下さい」と言われている」


 師匠がにこり、と笑って返事をした。それから師匠は立ち上がり、ふすまを開け、ふすまの向こう側へ消えた。次に姿を現したときには、右手に包丁を持っていた。

 元にいた場所に座り直した師匠は、“それ”に包丁を入れ、二等分にした。そして、二等分にした片方の“それ”を、更に三等分にする。その三等分にしたひと欠片と、先が三つ分かれた金属でできた細長いものを皿に乗せ、私に差し出した。


「さあ、どうぞ」


 私は師匠が差し出した皿を受け取った。しかし、どうやって食べるのか分からない。この金属でできた細長いものを使うことは、分かるのだが。

 しばらく無言で皿に乗った“それ”を見つめていると、師匠が「こうやって食べるんだ」と、金属でできた細長いものの先が分かれていない方を手の指で持ち、先が分かれている方で“それ”をひと欠片すくった。見よう見まねで、師匠と同じように“それ”をひと欠片すくってみる。そして、ゆっくりと口に運んだ。


「……!」


 “それ”を口に入れた瞬間、電流が身体中を走った。とろけるような甘さ。それでいて、すっきりとした爽やかさが口の中で踊る。甘いけれど甘くない。絶妙なバランスで、私はその味の虜になった。


「……これは驚いた」


 師匠が目を丸くして、私を見つめている。私は何かしただろうか。思い当たることがなく、不思議に思って師匠を見つめ返す。


「お前、笑っているぞ」


「……笑う? 私が?」


 師匠の言葉に、驚いた。私は自分で笑っているつもりなんて、なかったからだ。


「翡翠が笑うところ、初めて見たな」


 師匠の言う通りだ。私が生まれてから、笑ったことなんてない。


「リースさんのケーキは“魔法のケーキ”だな」


「魔法?」


「そうだ。お前のような仏頂面でも、笑顔にしてしまう“魔法のケーキ”」


「魔法とはなんだ?」


「そうだな……例えるのなら、術のようなものだな」


 確かに、生まれてから一度も笑ったことがない、表情が無いと言われている私が笑ったのなら、“それ”は“魔法”と言えるのかもしれない。

 リース。“それ”を作ったリースという者は、どんな者なのだろうか。私のような者でも、会ってもらえるのだろうか。


「師匠、このケーキを作った者とは……いや、」


 言いかけて、止めた。こんな素晴らしいものを作る者が、私のような“人形”と会ってもらえるはずが無い。


「会えるぞ」


 私の考えていることを見透かしたように、師匠が言葉にする。


「このケーキを作ったリースさんとは、数年後、救世主メシアの護衛として、この黎明れいめいの里にやって来る」


「数年後……」


 私はぽつりと呟いた。それから、師匠が意を決したように、真っ直ぐ私を見つめた。


「……私は、救世主メシアの護衛にお前を推薦するつもりだ」


「それが私の使命か?」


「そうだ。お前の術で、救世主メシア御一行をお守りする。そのためにお前を生み出した」


 救世主メシア御一行を守る。それが私の使命。私が生まれた意味。


「しかし、黎明れいめいの里から救世主メシアの護衛に付けるのはただ一人。勿論、黎明れいめいの里で一番腕のいい術師でなければいけない」


 「意味は分かるな?」と師匠が問う。


「師匠……私は誰にも負けない、一番腕のいい、立派な術師になってみせる」


 そして、この素晴らしいものを作る者を、私の手で、守ってみせる。


「……そうか」


 師匠は顔を緩ませた。嬉しそうだ。

 それから私は毎日、術の勉強と練習に励んだ。救世主メシアの護衛に相応しい術師になれるようにと。あのケーキを作った者を守れるようにと。あんなにぼんやりと過ごしていた日々がきらきらと輝いていた。嘘のようだ。


「翡翠、リースさんからケーキが届いたぞ」


「……頂こう」


 私は今日も術の勉強と練習に励む。いつか来る、未来のために。

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