(更)入学式編 6
……飛び降りろ。
つまり……箒から飛び降りろって……事よね?
なんで?
さっき言ってたじゃん!箒の技量を確かめる試験だって!
言ってること違うじゃん!
……てかここから降りたらどれくらいの高さ……Wow.
「およそ十メートルくらいか。安心しろ、芝生だ死にはしないだろう」
「いやいやいや!ワンチャン死ぬよ!?頭から行ったら確実に死ぬか半身不随になるじゃろがい!これのどこが箒の技量を試すだよ!あたし普通に降りますからね!」
……ぐっ……ぐっ!
しかし、どんなに箒を押しても、魔素を送り来んでも……箒はピクリとも動かなかった。
「……あれえ?」
「お前の箒に空中で固定する魔法をかけた。だからお前は飛び降りる以外選択肢はない」
「……Oh」
マジかよ!ここで飛び降り自殺しろと?一教師がやって良い事じゃねえだろ!
「ま、まだ魔法がある!杖で魔法を解除すれば……あ」
「お前が探しているのは……これかな?」
柏木先生が自慢げにあたしの杖を見せてくる。
「杖渡せってのはこのためか!」
「それもあるが……それ以外にも理由はある。安心しろ、下に居るあいつらも、中学生すらこの試験をやってるんだ。思いっきり飛ぶと良い」
信用できない。
でも、もしこれが本当に試験なら、現状あたしを助けに来る人は誰もいないってことになる。
逆に言えば、あたしがこのままここに居れば要らない注目を浴びるってことだ。
「じゃあ、私は下で待ってるからな」
「え!ちょっまっ!」
先生はそう言うと下に行ってしまった。
「……まじかよ」
あのさあ、確かにこの世界の日本の小中学生は日頃から箒に乗ってるかもしれんよ?
だからある程度高さの恐怖の耐性も旧日本人よりあると思うよ?
でもさあ……あたしはねえのよ!
人によっては観覧車にも乗れない人もいるのよ?普通は高所から落ちたら死ぬから!
……さすがのあたしでも怖えよ。
下は……うわあ、サチもコウも香織まで見てらっしゃる。
「アリスちゃーん!」
「ん?」
サチが大声で叫んだ。
「頑張って!アリスちゃんなら出来るよ!」
「そう!出来るよ!頑張って!」
やめてください。
そんなに声を出されたら要らない注目を集めてしまうじゃないですか!
こんなことで注目されるのは嫌です!
「お姉ちゃあああん!」
「ファ!?香織!?」
恐らく普段は基本引っ込み思案なはずな香織が……と言うか、今日に至るまでまともに声を聴いてない香織が叫んだ。
「頑張ってえええ!」
「……ふふ、あははは!」
マジかあ……香織までも応援してくるんだ。
……なら、香織のお姉ちゃんとして……ここはかっこいい所を見せないとね!
それに……あたしは主人公、主人公ならみんなが出来ることをやれないってのは……有ってはならないよなあ!
あたしは覚悟を決めると、箒の上に立ち上がる。
……高い所から飛び降りるなら……伝説の暗殺者みたいにかっこよく決めたいよなあ!
そのまま両手を広げると……その格好で落ちた。
……十メートル。人が落ちたらどれくらいの時間が掛かるんだ?
実際に計算したことないなあ……使う場面無いし。
……ビュー!
さすがに怖くて目を瞑ってるから風切り音しか聞こえないけど……さすがにちょっとだけ見てみ……。
「……いっ!」
目を開けると……ちょうど地面まで数メートルだった。
「ああああああ!」
人は恐怖を感じると、自然と脳を守るために両腕で顔の前に出すとは聞いたけど……あたしも本能で両腕で顔を覆ってしまった。
……だけど、残念ながらあたしが地面にぶつかることは無かった。
「……え?え!?」
何とあたしは地面から十数センチの所で浮いていたのだ。
そして、ゆっくりと下降していく。
……ラピュタやん!親方!十メートルから飛び降りたのにあたし生きてますよ!
そしてあたしは地面に足を付ける。
「……ははは!なにこれ!すげぐふっ!」
感想を言い終える前に香織が抱き着いて来た。
「か、香織……皆の応援のお陰であたし出来たよ」
優しく香織を撫でる。
「感動しているところ悪いんだが、さっき言った通り、これは中学生がやる試験だからな?」
「いいんですう!あたしは識人で機械も無しにあんな高さ行ったことないから良いんですう!」
「そうかい。とりあえず試験は合格だ」
「そうっすか。……先生一つ質問が、何であたし何ともないんですか?」
「良い質問だ。この日本の領土……まああくまで都市部にだが、いろんな魔法陣が張ってあるんだ。その一つに箒に乗った者が落下した時の為の魔法があるんだよ」
「つまり……落下死防止の魔法?」
「そうだ。時に箒で飛行中は潔く落ちた方が安全な時もある。だから中学生の時に落下死防止の魔法がちゃんと自分の身を守ることを自分自身で確認するためにこの試験があるんだよ」
「へえ……なるほど」
何か……自衛隊のレンジャ訓練で似たような試験なかったっけ?
自分で体に巻いた縄の安全性を確認するためにロープから飛び降りるとか言う……あれの真似か?
まあ、さっきのあたしみたいに超高速で動き回る箒にしがみついているよりは潔く落ちた方が魔素の供給も切れて箒も止まる……なら安全か?
でも触れてもないのに、箒あたしの元に来たが?
魔素供給が無いとある程度のスピードが出ないとか?
……分からん。でもちゃんと考えられてるな。
「実技の試験は合格だが、次は筆記の試験だ」
「何時っすか?」
「そうだな……本当なら今日……だが私も色々忙しいからな。二日後だ」
「やっぱり早い!」
あのさあ……普通免許の筆記って最低でも一週間程度勉強しないといけないんじゃ?
あたしゃ、まだ魔法の教科書すら読んでないんだが?
「安心しろ中学生でも合格率99パーセントだ。ほれ」
先生は一冊の本を渡してくる。
『空路交通法』
……中学生が簡単に合格できる免許試験……それはそれでどうなのよ。
……ていうか本うっす!十ページくらいしかないんだが!?
「少ねえ」
「それを読み込んで試験に挑むことだ」
「……まあ二日で何とかするか」
「言っておくが、明日から二日間は新入生の実力テストがあるからそっちも頑張れよ」
「鬼畜か!?」
いや……ある意味箒が乗れないのはまずい。
なら実力テストは捨てて、免許勉強一本で言った方が良いな。
「私も……手伝うから……がんばろ?」
「……お願いします」
「それとアリス、ほれ」
「え?おわっ」
先生から杖が返却される。
「試験はもう終わりだ。私が持っておく必要もない」
「……あざす」
「……こいつなら……でもまだ一年だ。しかし……人数的にそうも……試してみるのも……」
「何言ってんの?」
「なんでもない。さあ寮に戻れ、まだあいつらの説明が終わってないはずだ、半ば無理やり連れて来たからな。校舎の案内は明日以降にしろ」
「ういーす」
本来行われるはずだった校舎案内は明日以降になり、あたしは大人しく寮に戻ることとなった。
こうしてあたしはステア魔法学校初日を終えたのだった。