(更)入学式編 2
「ねえねえあの子って……」
「そうそう!さっき龍様と一緒に居た子よ!」
聞こえてますよお。
あたしは動物園に新しく来たパンダじゃないのでひそひそ話はやめていただきたい。
あたしたち新入生は講堂の後ろに集団で集まっている。
すでに組み分けは終わっているけど、多分新入生を一人一人呼ぶために立っているのかもしれない。
でも一組だけすでに座っている組の生徒が居た。
……月組だ。
友里さん曰く、月組は名家組。
一般生徒と完全に別枠になっているんだ。
まずいなあ。こうなると月組に行ったあの二人とも一緒に授業を受けられるのかすら分からなくなってくる。
「……お?」
よく見ると、集団で座っている月組の中に例の二人が居た。
だけど……二人とも居心地が悪そうにしている。周りの名家の生徒も薄ら笑いを浮かべながら二人を見ているようだ。
あの二人は言っていた。
自分たちは名家の中でも没落した名家であると。
過去に先祖が大罪を犯して、名家として除籍が許されぬまま影響力が一切ない名家となってしまったと。
最初、何かの冗談では?とは思ったけど……あの様子を見るにあながち冗談ではないのかもしれない。
「静かに」
「……!」
壇上に上がった女性が拡声器で話始める。
同時に講堂に居た全員が一気に静かになった。
「よろしい、ではこれよりステア魔法学校入学式を執り行う。まず、新入生諸君、入学試験合格おめでとう。それをここで祝福する。そしてただいまより新入生の名前を読み上げを行う。呼ばれた生徒は速やかに指定の組の席に移動するように。なおこの組み分け以降いかなる理由があろうと組の変更は不可能だ、心せよ」
ここで名前が読み上げられると……やはり組は決まってるけどよくある新入生の名前を呼ぶ行事が始まるのか。
「……その前に本来ならば名簿通りに読み上げるのだが、今回は新入生に識人が含まれているため、その者の名前を先に読み上げる。アリス!迅速に花組の席に向かえ!」
あたしの名前が呼ばれた瞬間、すべての人間があたしを見た。
ああ……まあ識人なら……こうなる……かな?
あたしは少し照れくさそうにしながら花組の席に行くと座った。
「うむ、早いのは良い事だ。では通常の読み上げに……ん?」
その時だった。
突然、壇上に一人の男性が上がると、読み上げをしている女性の元へ向かった。
50代………くらいの人かな?
男性は女性に何かを伝える。
「何です?……え?……良いんですね?……はぁ、分かりました」
「……?」
何が起こってるんです?
「えー、たった今組み分けに変更が生じた事を報告する。入学式を終えていないためまだこの組み分けは正式なものではないことを考慮するものだ。異論等は一切認めない」
恐らくどの先生も経験したことが無い時代なんだろうな。周りの先生はほぼ全員がざわついているのが分かる。
「静粛に」
ただ女性のこの一声でまた静寂に戻った。
「月組……霞……サチとコウ!速やかに花組に移動すること」
「え?」
月組の生徒は基本名家の集まり、つまり何があっても月組以外に行くことは無い。
そう聞かされていたからかなり驚いた。
でももっと驚いていたのは……当の本人のサチとコウだ。二人とも状況が理解できずに目を見開いている。
「ちょっと待ってください!」
もちろん異論が上がる。
でもそれは教師陣ではなく、他の名家出身の月組の生徒だった。
「その変更は私たちとしては受け入れられません!彼女たちはれっきとした名家の出!名家の人間が月組以外に行くなど!」
「それが……どうした?」
壇上に居た女性が声のトーンを一段階ほど下げた。
「ひっ!」
その威勢……オーラにビビったのか反論した生徒は体を硬直させる。
「先ほども言ったが、これは学校側の決定であり、異論等は認めないと。それに君たちは入学式を終えていない……つまり正式的にはまだ学校の生徒ではない。異論する権利もないのだが……他にまだ言うことがあるかい?」
「……ない……です」
「なら座り給え」
生徒が大人しく座った。
「サチ、コウ」
「「は、はい!」」
「何度も言うがこれは学校側の決定だ、速やかに花組へ移ること」
「……はい」
二人は手をつなぎ、ゆっくりとこちらに歩いて来た。
顔を伏せているからか、周りには表情が見えない。
でもちょうどあたしにはよく見えた。
二人とも未だに増強が理解できず、泣き出しそうだ。
「あ、アリス!」
「……」
二人はあたしに抱き着こうとする。
それはもちろん歓迎だけど、状況が悪すぎる。
変な事をしてあの女性教師に目を付けられるのだけは嫌だ。
「嬉しいのは分かるけど……後でね?」
「「うん!」
可愛い……超抱き着いて匂いかぎたい。
「……はぁ。それでは通所の読み上げを開始する。呼ばれた生徒は速やかに席に着くように」
そうして、それ以降は普通の新入生の名前読み上げが始まった。
名前読み上げが終わり、新入生全員が席に座ると、先ほど女性と話していた男性が壇上に上がった。
そして何故か杖を口の前に移動させる。
「皆さん、ご入学おめでとうございます」
拡声器を使ってないのに、声が響いた。
杖って……あんな使い方できんだ。
「私は校長の八重樫です。よろしくね!」
……校長だったんかい!
「いやあ、本来はマイク使った方が良んだけどさ、私魔法学校の校長でしょ?ならちゃんと魔法使った方が良いじゃん?だからこうしました」
見た目のわりに中々チャラい口調だな、この校長。
「それと、先ほどは皆さんお騒がせして申し訳ない。組み分けはほぼ決まってたんだけどね、つい先ほどちゃんと決定したんだ。入学式が終わるまでは暫定……だからこのやり方もありっちゃ……ごめんね、次からはこういうのなしにするんで」
恐らくこの発表をした女性が校長を睨んだのだ、素直に謝った。
「でもこの式が終われば正式決定だから、許してね二人とも」
そう言うと校長はサチとコウを見て微笑んだ。
だけど、何故か一層月組から形容しがたい視線が強くなったのも分かる。
「先ほど柏木先生の話にもあったように組み分けが決定した場合、卒業するまでいかなる理由があろうとも変更はできません。異論等も認めないので納得できなくても納得してくださいね?」
恐らくこの発言は現在進行形で月組からこちらへ視線を送ってる連中への牽制の意味もあるかな。
「じゃあ今から真面目に入学式の挨拶するから静かに聞いてね?」
……今までの挨拶じゃなったんかい!
その後、校長による所謂祝辞が始まるんだけど、皆さんは校長の挨拶だとか偉い人の長ったらしい挨拶をどれくらい聞いていられるだろうか。
あたしの場合は、物の数秒で目は空いてるけど、意識が虚空のかなたに消えた。
「では続きまして、生徒会長の挨拶です」
……おっと、いつの間に校長の挨拶が終わっとる。
壇上に歩いていくのは、ローブを着た男子生徒だった。
男子生徒は何故か壇上に上がる際、静かにサチとコウを睨みつけた。
「……?」
……何のこっちゃ?
聞きたい気持ちはあるけど、最前列は何かと目立つ。
後で聞こうと今は生徒会長様の話を聞こうではないか。
……そう思ったのもつかの間、スピーチが始まった瞬間、あたしの意識は虚空に消えた。
そして気づいた頃には入学式が終わってしまっていた。