プロローグ
もし……もしも、この戦争も、この作戦も。
あたしが転生してステアに入学したその時から、全部決まっていたことだとしたら……。
それが運命だって言うなら、あたしはその運命を決めた奴を、一発ぶん殴る権利があると思うんだ。
でもそう思うくらい理不尽で前途多難な人生だったけど、それを面白いと思ってしまうあたしもいる。
主人公としての矜持なのかな。
この作戦が終わったら、この重要な任務をあたししかできないようにしたあの女神を殴りに行こう。
C1輸送機の振動か、それとも今回の作戦にあたりあたしの役目の重要さによるものか、あたしの手は震えていた。
……いや、武者震いだ、そう思うようにしよう。
「降下十分前!」
乗務員の自衛官が叫ぶ。
十分前か……あたし自身の準備は数分で終わる。
なら五分かかる準備をしよう。
……スッ……ボッ……フゥ……。
あたしは煙草を咥えると火を点けて吸った。
煙草の煙が肺に入って来る。
いつものメンソールだけど、この時だけはこの刺激が一層感じられた。
そのお陰なのか、それとも吸うというルーティンのお陰なのか、手の震えは少し収まった気がする。
「アリスさん……ここは禁……」
「すまない、今日だけ見逃してくれ」
自衛官があたしに禁煙を伝えようとするが、衣笠さんが止めた。
「皆も今日だけ特別だ。煙草持ってるなら吸って良い」
「……」
衣笠さんが第一空挺団の面々にも伝えるが、誰一人動く気配はなかった。
全員この作戦の重要性は知っているだろうけど、この集団の中に作戦開始前のルーティンの中に煙草を吸うというのが入っている人は居なかったようだ。
「……分かった。では!聞いてくれ!皆も知ってるように闇の女王ファナカスの軍勢はプロソス領土に侵攻、現在陸自の地上部隊が遅滞戦術で時間稼ぎを行っている!伝えたように我々の作戦は空自による偵察で明らかになったファナカスの拠点まで降下!アリス君による魔法でファナカスに止めを刺すというものだ!そこまで把握してるな?」
「「「おっす!」」」
「……うむ。…………本来、私が訓練でも作戦でも君たちに言うことはどのような状況であっても自身の安全を最優先に……だった。……だが今回だけは違う!君たちの最優先任務は!闇の魔法に巻かれようが!四肢が吹き飛ぼうが!アリス君が魔法を撃つまで守り通すことだ!アリス君はこの戦争を終わらせるカギである!今回に限り君たちの命よりもアリス君を優先しろ!……良いな!」
「「「おっす!」」」
さっきより返事の声が大きい。
「……それでよい」
あの……衣笠さん、部下を鼓舞するのは良いんすけど……あなたが言えば言うほど、あたしが感じるプレッシャーが大きくなるんすよ!
そりゃあたしは今までいろんな事件を解決してきましたよ?!
でも一つの戦争を終わらせた経験はないもんで!マジで緊張してるんすよ!
あたしに対しても何か労いの言葉とかは……無いっすよね!あははは!
「降下六分前!」
「……一番機!行くぞ!」
「おう!」
「行くぞ!」
「おう!」
「立て!」
輸送機の乗務員が号令すると第一空挺団の面々が立ち上がった。
……作戦開始が始まる。
「装備点検!報告!」
空挺用の装備は自分では限界があるため、前後に居る隊員が点検をしてくれる。
点検完了の手信号が前に送られていく。
あたしも煙草を煙草ケースにしまうと、準備を始めた。
杖……オッケー、銃……問題無し、降下用の箒……持ってる、聖霊刀……オッケーだ!
C1輸送機のドアが開かれた。
本来ならば神報者および弟子は第一空挺団が降下完了してから出ていくのが普通だけど、今回は作戦の趣旨によりあたしが一番最初だ。
あたしは自衛官の指示に従い、ドアの近くまでやって来る。
開けられたドアから見ると外は……夜明けの為、余り見えない。
……とん。
「……?」
「安心してくれアリス君、何があっても我が第一空挺団が君をファナカスの元へ送り届ける。君は君の仕事を全うしてくれればそれでいい」
「……うす」
「大丈夫だよ、アリスちゃんあたしたちも付いてるから」
「……はい」
覆面を付けているけど、声で龍炎部隊の三穂さんだと分かる。
「アリス……準備は?」
最後に師匠だ。
この人に至っては労いでも、勇気づけでもない……いわばいつも通りだ。
でもこの時に限っては……このいつも通りの師匠で安心してしまうあたしが居る。
「……あたしは主人公っすよ?いつでも!」
「そうか。なら後は終わらせるだけだ」
……リリリリリリリリ!
けたたましい鈴の音が鳴ると、赤だったランプが緑に変わる。
降下開始の合図だ。
「さあ!行け!」
「……りゃあああ!」
日本を守るために。
ファナカスを救うために。
そして……師匠を400年生かし続けた呪いを終わらせるために。
あたしは飛んだ。