其の陸 影法師との戦い
闇夜を歩く小太郎たち。
そこで彼は、幼い頃の記憶を思い出す。
安倍川が近くなってきたた。明らかに気温が低くなる。
「いたぞ、影法師だ」
「あい!」
早乙女の声に顔を上げると、鬼童丸の柊が幾つもの鬼火を出し、飛ばした。
幾つもの鬼火の真ん中、三つの影が浮かび上がる。
「まずいな、三人か」
夜の安倍川の河川敷。
鬼童丸の鬼火に囲まれた影法師の一人は、何か黒い物を引きずっていた。
「何か黒い物を持っていますね」
「あれは、食った影だよ」
「え」
「食った影は、そのままでは妖の体内には取り込めない。養分にする為には、夜の穢れを混ぜ込む必要があるのさ」
「だから日暮れを待って動いたのですね」
「そういう事さ。夜は影法師の天下だが、あの娘さんの影を取り返すには……今夜しか無いのだよ」
影法師を見据える早乙女の顔には、先程までの緩みは無い。
白い房のついた十手を帯から抜いて、右手で中段に構えている。
小太郎も刀を抜こうと、鯉口を切る。
が、早乙女に制された。
「小太郎くんは、下がってなさい」
「でも!」
「刀では斬れないよ。妖刀でも無い限りね」
話しながらも、早乙女の目は鬼火が囲む真ん中に定められたままだ。
対する小太郎は、愚直に早乙女の指示に従って下がるしか出来ない。
一応は格好付けとして刀の鯉口を切っては見るが、刀は役に立たないと言われた。
だが、抜かずにはいられない。
スラリと音を立てて、小太郎の大刀が刀身を露わにした。
小太郎が正眼に構えた切っ先が、欠けた月を照り返す。
が、それがいけなかった。
一体の影法師から素早く伸びた黒い影が、小太郎の喉頸へと巻きついた。
慌てた早乙女が刀を抜いて伸びた影を叩き斬るが、相手は影である。まるで効果は無い。
「しまった!」
「小太郎様!」
早乙女の声と同時、鈴の付いた扇子を広げながら小太郎へ走り寄る鈴彦姫。
その目の前に、別の影法師からもう一本の影が伸びた。
「柊ちゃん、頼む!」
「うん、がんばるっ」
鬼火を多数展開していた鬼童丸は鈴彦姫を襲う影法師へ迫り、その真っ黒な向こう脛を蹴っ飛ばす。
「ぐぎゃっ」
影法師は飛び跳ねて痛がっている。
ついで小太郎へと影を伸ばす影法師に当て身を食らわせる。
二体の影法師はうずくまって悶える。
が、小太郎と鈴彦姫に伸びた影は二人の首を絞め続けていた。
「……影を移したか」
見れば、二人を締めつける影は鬼火の真ん中、盗った影を持つ影法師から伸びていた。こいつが首領格なのだろう。
「柊ちゃん、二人に伸びる影を!」
「わかったです!」
鬼火たちの真ん中、鬼童丸は一足飛びに踏み込んだ。
着地とともに抜き放ったのは、鍔の無い、脇差の様な短い刀。
その妖しく光る刀身が、まずは鈴彦姫へと伸びる影を断ち斬った。
「助かりました、鬼童丸は首領を。小太郎様はわらわが」
「任せて!」
だが、首領格の影法師に向き直った鬼童丸が踏み込もうとした瞬間、他の影が飛び込んできた。
「小童め、行かせんよ」
倒れていた影法師が一体、鬼童丸の背に長い錫杖を打ち付ける。
地に伏した鬼童丸の鼻先に、錫杖が突きつけられた。
「くっ、もう復活したのか!」
『悪いな人間ども、こちらも必死なのだよ』
不測の事態に、思わず鈴彦姫の足が止まる。
「お鈴は小太郎くんを。柊ちゃんは拙に任せろ」
「はいっ」
弾かれた様に小太郎を締め上げる影法師に向かう鈴彦姫。だが、すでに小太郎の意識は落ちかけていた。
薄れる意識の中、小太郎は幼い頃を思い出していた。
その記憶の隅には、必ず猫がいた。
真っ白な毛並みに、二股に分かれた尻尾の先だけが黒い猫。
たまに握り飯を分けたりして、よく遊んでいた猫。
もう一度会いたい。
会って、撫でたい。
その白い背を、ごろごろと鳴る喉元を、器用に動く二股の尾を。
小太郎はその猫を、こう呼んでいた。
「……センリ」
小太郎が発したのは、ひどく弱々しい声。
だが、その声は確実に小太郎のもの。
その弱い声は刹那の間に河川敷を走り、草木を掻き分けて響いた。
次の瞬間である。
朦朧とする小太郎の視界に、白い影が現れた。
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この作品は、秋月忍様主催の「和語り企画」参加作品でございます。
この「和語り企画」、どの作品も力作揃いですっごく面白いです♪
拙作ともども「和語り企画」をよろしくお願いします。