表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

其の参 もうひとりの目明し

辻喰いと呼ばれる事件が起きた。

裏町奉行所同心、早乙女は鬼っ子と共に玄葉へ向かう。

なぜか小太郎も流されるままに向かう。


そこに現れたのは、鈴の音を纏う美女であった。

 


 弥勒(みろく)町は、家康公が治水した安倍川の東岸に位置する。

 橋は無いが、川向こうは手越(てごし)村だ。


 小太郎が息を切らせて走り切った時、既に早乙女は現場に着いていて、鬼童丸(きどうまる)(ヒイラギ)と仲睦まじく安倍川もちを頬張っていた。


「お、予想より早かったね」


 きな粉まみれになった(ヒイラギ)の口を指で拭った早乙女は、その指をぺろりと舐める。

 ぞくりと背筋が寒くなった小太郎だが、今はそれどころではない。


「下手人は、何処(どこ)、ですか」


 額の汗を拭いながら問う小太郎に、早乙女は笑ってきな粉のついた指を立てる。


「ふふ、下手人がいつまでも現場にいるわけないだろう」

「でも、何か手掛かりがあるかも!」

「そんな事は百も承知さ、小太郎くん」


 見学中の事件で興奮状態だった小太郎に、早乙女は笑顔で冷や水を浴びせる。

 幾分頭が冷えた小太郎は、それでも何か出来ることは無いかと目を彷徨(さまよ)わせた。


「大丈夫。もう粗方(あらかた)聞き込みは終わったし、今もう一人の(せつ)の目明しちゃんが現場を調べてくれてるから」


 もうひとり、と聞いた小太郎は、こんな女子(おなご)のような鬼っ子が二人も駿府にいるのかと、変な汗をかいてしまう。

 が、程なくして現れたのは、涼しげな美女だった。


 立てば芍薬(しゃくやく)というが、そんな言葉が安っぽく思える程に、その女性は妖しい魅力を放っていた。

 現に野次馬たちの興味は、事件よりも目の前の美女に移っている。


鈴彦姫(すずひこひめ)(せつ)の目明しだよ」


 早乙女は目の前の美女を指差して、にやりと笑う。

 美女に見とれていた小太郎は、はっと我に返って頭を下げる。

 相手は姫なのだ。失礼がかってはならない。


「せ、拙者(せっしゃ)清瀬(きよせ)小太郎と申します」


 深々と頭を下げる小太郎に、妖艶な美女は口元に手を()って笑みを浮かべる。


「あらあら、お侍様が軽々しく頭を下げるものではありませんわ」

「いやしかし、姫さまには……」


 しどろもどろの小太郎に、早乙女が舟を出す。


「この女子(おなご)もね、(あやかし)なのだよ」


 え?

 小太郎は目を丸くして固まる。


女子(おなご)ですって? 自分の何倍も歳上の女を子供扱いですか。随分と偉くなりましたわね、帯刀(たてわき)様」


 ええっ?

 小太郎の目に映る鈴彦姫の容姿は、凡そ二十代そこそこである。

 茶色がかった髪はしなやかに流れ、その頬は瑞々(みずみず)しい。

 着物の上からでも(うかが)い知れるその起伏に富んだ体型は、成人男子ならば垂涎(すいえん)の的であるのも納得できてしまう。

 そんな妖艶な美女が、早乙女の何倍も生きているなど、にわかには信じ難い。


「小太郎様」


 怒涛の如く押し寄せる情報に、小太郎は再び固まっていた。


「小太郎様?」

「は、はいっ」


 小太郎は、慌てて鈴彦姫を見る。やはり、どうみても二十代前半にしか見えない。


「小太郎様、わらわのことは、どうぞお気軽に(すず)とでもお呼びくださいまし」

「え、しかし、鈴彦姫さまは先達でございますから」

「良いのです。あくまでわらわは目明し。身分が違うのです」


 しゃなりしゃなりと小太郎に近づいた鈴彦姫は、少し首を傾けて優雅に頭を下げる。と、鈴彦姫の髪に飾られた幾つもの鈴が、しゃりんと鳴った。


「はは、お鈴はずいぶんと小太郎を気に入ったようだな」

「当然です。何処かのダメ同心の様に、心が(けが)れておりませんもの」

「ふふ、相変わらず手厳しいね、お鈴は。で、首尾はどうだね?」


 鈴彦姫の嫌味をするりと(かわ)した早乙女が問う。その瞬間、鈴彦姫は妖艶な雰囲気を消して早乙女の足元へ(ひざまず)いた。


「下手人の目星、つきましたわ」

「さすがはお鈴、ご苦労様。今宵はたっぷりお礼しなきゃいけないね」

「いえ結構です」

「……つれないねぇ」


 早乙女が伸ばす手を、鈴彦姫はぴしゃりとはたき落す。


「あの、早乙女さん」

「なんだい小太郎くん」

「同心と目明しの関係は、主従ではないのですか」


 同心はお上に給金(きゅうきん)頂戴(ちょうだい)する身分。しかし目明しはそうではない。

 基本的に目明しには給金は無く、同心からの小遣いや町人たちの付け届けなどで成り立つ職だ。


 なればこそ、早乙女と鬼童丸(きどうまる)、鈴彦姫の関係が、小太郎には分からない。何より鈴彦姫に関しては、姫と呼ばれる人物なのである。


「裏町奉行所はね、少々特殊なんだよ。相手にするのはヒトだけではないからね」


 そう言い残して一人立ち去った早乙女に、小太郎は何も言葉を継げなかった。

 判らない事が多過ぎる。

 その感情は、弟子入りしたばかりの職人が思うよりも深かった。


お読みくださいましてありがとうございます♪

この作品は、秋月忍様主催の「和語り企画」参加作品でございます。

この「和語り企画」、どの作品も力作揃いですっごく面白いです♪


その力作の中で、拙作も負けじと頑張っておりますw

感想や評価などしていただけると、明日の活力に繋がります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和語り企画
― 新着の感想 ―
[一言] 企画から寄らせていただきました。 テンポ良く、三話まで読み進めてきましたが、まだ周囲は謎だらけで気になることばかり。 超がつきそうな個性派メンバーに囲まれて、それこそ五里霧中な小太郎君が健気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ