予知した未来が現実になる時
稲姫が水樹に凭れ掛かけてくれた。全身痛むが、宵華達の声も気配も全てを感知出来ていた。戦っているのだ。稲姫がゆっくりと俺の仮面を外した。小瓶を開けようとしたのを俺は手を掴んで止めた。
――――まだだ。まだ、その時ではない。――――
俺が持つ巫女の力が告げた。そして、俺が生まれ持つ母親譲りの直感も俺に『まだ』と告げている。俺は小さく首を振る。
「何故ですか?」
「それは、まだ使わないでくれ・・・今、精霊達を突き放す訳には行かない。」
不死鳥の涙、俺が煌華を作る素材を手に入れた時に宵華が不死鳥から貰った回復薬だ。
左半身に魔力を流すと俺の身体を感じ取る事が出来る。これは俺の身体が死んでいない証拠だ。最初の感覚通り、この精霊達は純粋だ。それ故に仲間を増やそうとしているだけなのだ。
正直、俺を仲間として増やそうとする行為は良い迷惑ではあるんだがな。
「凍姫、貴方、魔力が。」
「あぁ、さっきの砲撃も魔力だ。全快とまでは行かないが・・・ある程度までは魔力が回復したよ。まぁ、ダメージも受けたから、こうして自己治癒能力を上げて・・・身体を回復しているんだけどな。」
そう言いながら、俺は稲姫に魔力を譲渡する。それだけの余裕をあの砲撃を受けた事で出来たのだ。かなりの魔力を放出したんだろう。お陰様で俺の魔力は約半分、魔力を溜めておく三つの器の内、1つ半まで回復してくれた。
「これは」
「稲姫、これで消費した魔力は回復したな?」
「は、はい、私の魔力は決して少なくない筈ですが・・・。」
「俺の魔力は外から吸収しても俺の魔力として質が上がるんだ・・・こういう譲渡の魔法でも問題ない・・・稲姫にはやってもらわないといけない事があるからな。それはギリギリまで取っておいてくれ、というより俺に使わないで欲しい。」
「それは、どういう?」
「その不死鳥の涙は最後の切り札だ。此処で使う代物じゃない。きっと『この先の未来で』必要になる。」
俺の言葉に稲姫は眼を見開いた。
「凍姫・・・まさか。」
俺は待っているのだ。俺の使い魔であり最強のパートナーである彼女を―――。そして、もう一人、俺が死ぬ未来を引き起こす元凶を持つ者を先程の攻撃で、俺が張った水牢が揺らいでしまい、その隙を突かれて抜け出した者を―――。
―――――――――――――――――――――――――――――
無数に飛び交う魔力弾を回避しながら私は暮椿と輝夜を鞘から抜き放ち漆黒の翼で空を駆けていた。椿の瞳になってから、見える未来は幾つもの可能性でしか無かった。その中で晃の半身が精霊化してしまう未来は最悪な未来にしか私は視えなかった。
けれど、晃は、その未来に進んだ。その先に何があるのか私には分からない。彼自身が破滅に向かっているのか、それとも生への未来に向かっているのか・・・私は今、彼を信じて目の前の脅威と戦うのが役目だと私の中に宿る巫女が言っている。晃を信じて・・・。
「はぁぁぁっ!!」
私の刀から放たれる黒霧が無数の魔力弾を消し去り、魔物化したソウマ・アマシロに被弾する。しかし、彼の纏う魔力障壁が黒霧を相殺する。
「くっ・・・」
「何なのよ。あの化け物、全然魔法が通らないじゃない!!」
「強力な魔力障壁を纏っているからですね。」
「物理攻撃もあの大きさでは」
地上でもアンリやソフィー達が魔法で援護してくれているが障壁が抜けずに居る。
私の黒霧も強力な威力を持っているが反面、魔力で相殺出来るという欠点がある。あの障壁は私の放つ黒霧よりも高い能力を持っているのでしょう。
「・・・あれを使うしかありませんか。」
私は闇属性の使い手、使える属性は多くとも私はずっと黒霧を極める為に使い続けてきた。けれど、晃と出会い晃と肩を並べて行く中で私に芽生えた感情は私を大きく変化させた。
私が得意とする黒霧を新たな姿へと変化させる。その瞬間、輝夜に纏っていた黒いオーラは炎のように揺らめく、制御は完璧とは言えませんが今はこれに賭けるしかありません。
「消滅の炎、禍月焔」
私が今使える黒霧を超える新しい魔法、消滅の黒霧と灰燼の紫炎という二つの特性を高めた。私が編み出した魔法。
「殿下、白月様の刀が」
「あぁ、見た事の無い魔法だ。」
「ミズハ、あれは」
「あれは白月様がずっと練習してきた魔法、黒霧と紫炎を混合した魔法です。」
「元々は黒炎で練習していたんだけど、黒炎と黒霧って相性が悪くて上手く行かなかったのよね。」
黒炎は闇属性と炎属性の混合魔法、それに闇属性を高めた黒霧を合わせるのは一見可能に見えるが闇属性と炎属性を同等の魔力でコントロールして生み出す黒炎に強い闇属性を持つ黒霧を合わせる事は黒炎のバランスを大きく崩してしまうことになり合わせる事が出来なかったのだ。
だが、宵華には紫炎という炎属性の派生属性を扱える素質があった。紫炎ならば炎属性の派生だから黒霧と合わせる事が出来る可能性に行き付き、、あそこまで扱えるまで4年の月日が掛かった。
「はぁぁぁ!!!」
私の禍月焔は巨大化したソウマ・アマシロの障壁を焼き消滅させた。
「今です!!」
地上から一斉に魔法が放たれ本体へとダメージが入るのが見えた。私も禍月焔で彼を切り裂くべく突っ込んだ時だった。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如、右側から剣を振り上げたリーフィ・クビスの姿が在った。
これは受けるしか・・・!!
咄嗟に右手の輝夜で剣を受け止めた時だった。リーフィの持っている剣が魔剣であり、バチバチと雷が迸り私の輝夜を通じて私に襲い掛かった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!・・・くっ!!」
「白月様!!」
身体中に走る電撃に堪らず左手の暮椿を振るって距離を僅かに開けてから瞬時にリーフィを蹴り、大きく離れる。
「うぅ!!ソウマ君!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
リーフィが声を張り上げて私はこの行動が悪手だと悟った時にはもう遅かった。彼の巨大な剣が振り下ろされ私に迫っていた。
質力と体格差、更に体勢が悪く完全に圧し負けてしまい、そのまま地面に叩きつけられた私は全身を激しく打ち付けてしまった。衝撃で肺の空気は抜け視界が大きく明滅を繰り返す。
しまった。受け身が・・・・・。
意識を集中して回復に務めますが、目の前に剣を持ったリーフィが迫っているのを感じました。
「ダメ!!リーフィ!!止めて!!」
「これ以上、ソウマ君の邪魔をしないで!!」
私に振り下ろされる剣、ダメ、このままでは・・・。
衝撃は来ない。それは分かっていた。何故なら・・・。
「凍姫・・・」
凍姫である晃が彼女の剣を受け止めるから。
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宵華がやられると思った時、俺の身体がある程度まで回復し切った為、一気に最高速まで加速して宵華とリーフィの間に入り、凍華を抜いていた。
氷属性を帯びた刀、今の俺には抜いてはいけない俺の愛刀を抜くしかなかった。
「くぅっ!!」
宵華と同じように電撃か・・・。
俺は彼女への情を捨てて瞬時に剣を弾き上げて空いた腹に蹴りを入れる。
「あがぁっ!?」
左足で蹴った感覚は無くとも魔力を通した事で足は動く。そのまま後ろへ吹っ飛び壁に打ち付け悶絶するが直ぐに起き上がった。
あの魔剣、回復能力向上、属性付与加速、魔法補助、魔力覚醒、魔法使役件受諾に洗脳魔法付与、随分と強力な魔剣だ。あのソウマ・アマシロの持っている剣との兄弟剣、付与効果を幾つも付けられるカスタマイズ可能の魔剣か。
しかも、この洗脳魔法をいつの間にか受諾してリーフィが今は洗脳魔法の術者になっているのか。
「やぁぁぁぁぁ!!!」
リーフィが突っ込んでくるのを俺が受けようとした時だった。間にアンリが割って入ったのだ。炎を纏った槍を持って。
「止めて・・・リーフィ!!どうしちゃったの!?アンタはコウ君が好きだったんじゃないの!?」
アンリが炎の槍で受け止めながらリーフィを説得する。しかし、リーフィは口を大きく歪めて連続でアンリに斬り掛かる。
「アンリ、邪魔しないで・・・アンリにはどうせ分からないよ。私の想いなんて・・・それにソウマ君は分かってくれたの・・・私に共感してくれた。例え、この記憶が歪められた偽りでも良いの!!それに私、こんなに強くなったんだよ。これならコウ君もきっと・・・。」
「それで、晃君は納得すると本当に思っているの!?ハッキリ伝えないと伝わらない事もあるのに、それをしなかったのはリーファじゃない!!」
「うるさい!!」
リーフィの絶叫と共に切り上げられた剣がアンリの槍を弾き、アンリの状態が上がる。
「もう黙って、死んで!!」
「リーフィ!!」
いけない!!このままでは!!
「ダメ、凍姫!!」
宵華の声が聞こえる。けれどこのままではアンリはあの剣に刺されて死んでしまう。俺は一気に最高速まで加速し、アンリを突き飛ばすと同時に右手に魔力を集めて叫ぶ―――。
「壊術<ディ・ジーレス>!!」
俺が放った魔法は剣に付与されている魔法を全て破壊すると同時に衝撃で剣身が砕ける。しかし、その砕け方は剣としての役割をまだ担っていた。
くっ・・・剣を破壊し切れなかった。それに俺も・・・
俺は覚悟を決めて歯を食いしばるとリーフィの折れた剣が俺の腹に突き刺さった。
「・・・ごふっ!!」
腹部から燃えるような熱さと全身から力抜けた瞬間、喉の奥から込み上げる嘔吐感に堪らず吐き出したのは真っ赤な血、喉が焼けるように痛むのと同時に仮面が外れ凍姫の素顔が露わになる。
「えっ・・・?」
「コウ・・・君?」
剣に込められていた魔法を破壊した事で洗脳が溶けたリーフィとその場で尻もちを付いているアンリが声を上げた。凍姫の正体は先程まで話していた男の顔だったからだ。
俺は腹に突き刺さった剣を見ると視界ほ端で俺の血が彼女の手を濡らしていくのを見ながら、俺はゆっくりと剣の鍔に触れて折れた剣を引き抜き溢れる血を手で抑える。
「あっ・・ぐぅ・・・。」
カランっと剣が落ちる音と激痛でその場に膝を付いたのは同時だった。
少し、深く刺さったか・・・急所は避けたが・・・。
予想より傷が深かった為、治療魔法を傷に施そうとした時だった。俺達の頭上に膨大な魔力が集まるのを感じた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
その正体は魔物化したソウマ・アマシロの剣だった。膨大な魔力を込められて振り下ろされるそれは着弾すれば衝撃波と共に俺達が吹っ飛ぶ程の威力を孕んでいた。
「くっ!!」
俺は瞬時に腕を振るう、手に付着している血にも構わず風魔法を使ってアンリとリーフィを安全圏まで吹っ飛ばす。
「きゃぁぁ!!」
「こ、コウ君!!」
アンリが吹っ飛びながら俺に手を伸ばす。俺も回避をしようと足に力を入れようとした時だった膝の力が急激に抜けたのだ。その手は空を切り、2人は安全圏まで吹っ飛んでいく。
足の限界が此処に来て・・・此処までか・・・結局、未来は変えられず俺は・・・
その時だった未来から来た宵華の消える間際の顔が浮かんだ。
そうだ。俺が死ねば、宵華にあんな顔をさせる事になる。それだけは!!!
「こぉぉぉぉうぅ!!」
「コウ君!!!」
宵華とアンリの悲痛な叫びと共に晃は巨大な刃の中に消えた。