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短編集

悪役令嬢に散々と罵られたが、調教済みの彼女は意外と可愛い

作者: 緋色の雨

「わたくしはファーストフラッシュの紅茶が飲みたいと言ったのよ? なのにオータムナルの紅茶なんて用意して、あなたは紅茶一つ満足に用意できないの!?」

「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません」


 お嬢様の逆鱗に触れたメイドが震えている。彼女はこのままでは解雇されるだろう。そんな未来を予期した俺は慌てて口を開いた。


「……お嬢様。この時期にまともなファーストフラッシュなど用意できませんよ」

「黙りなさい、それをなんとかするのが貴方達の仕事でしょう!」


 紅茶が注がれたままのティーカップが投げつけられた。それが俺の額に当たって砕け散り、中身がぶちまけられる。その瞬間、別の男の一生が津波のように流れ込んできた。そのあまりの情報量に頭がチカチカとして、俺は思わず膝を突いた。


「シリルさん! 大丈夫ですか!?」

「……あぁ、大丈夫だ。ありがとう」


 駆け寄ってきたメイドにお礼を言うが、まだ混乱していて立ち上がれない。


「……ふん。興が削がれましたわね。わたくしは部屋に戻りますわ。シリル。服を着替えたら、わたくしの部屋に最高の紅茶を届けなさい」

「かしこまりました」


 俺の返答に満足したのか、お嬢様は食堂から立ち去っていった。


「シリルさん、本当に大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと目眩がしただけだ」


 俺は立ち上がり、周囲に視線を向ける。先ほど叱責を受けていたメイドは泣き崩れていて、ほかの使用人達はオロオロとしている。


「すまないが、おまえ達はここの片付けを頼む。俺は着替えてお嬢様のところへ行ってくる」


 使用人達に指示を出し、俺は自室へと急いだ。



 部屋に戻った俺はこめかみを押さえて鏡を覗き込む。そこには見慣れた自分の姿、黒髪の少年が映り込んでいる。


「……俺はシリル、十二歳。代々ローゼンベルク家に執事として仕える家系の生まれで、いまはお嬢様専属の執事をしている。……大丈夫だ、自分のことは覚えてる」


 自分を見失ったわけじゃないようだ。だけど……いまの俺には違う自分の記憶がある。ここよりも魔術や技術が発展した世界で魔術師をしていた男の記憶だ。


「……なんて、普通に考えたら妄想だよな。だけど、もしそうじゃないのなら」


 俺はもう一つの人生で身に付けた魔術を行使する。大気中の存在する魔力の源、魔力素子(マナ)を魔力へと変換して、足下に魔法陣を描き出す。

 その魔法陣から迫り上がった水が俺を包み込み、紅茶などを洗い流してしまう。そして次の瞬間には不要な水分とともに魔法陣が消え去った。


「マジか……」


 この世界にも魔術は存在するが、子供の俺はまだ習っていない。そもそも、俺が知っている限りでは、この世界の魔術はそこまで便利なモノじゃない。

 存在しないはずの魔術を使えたということは、俺の記憶が本物だと言うことだ。


「前世の記憶という奴か? 驚きだが……お嬢様を宥める役には立ちそうにないな」


 ソフィアお嬢様。ローゼンベルク侯爵家のご令嬢で俺と同じ十二歳。もう少し子供の頃はいまより可愛げがあったそうだが、もはや手がつけられないほどのわがままだ。

 このままだと、将来は横暴貴族に……待てよ。


「ソフィア・ローゼンベルク?」


 その名前には聞き覚えがある。もちろん、この屋敷で暮らす俺の記憶ではなく、前世と仮定したもう一つの記憶の話である。


 俺の姉がこよなく愛していた乙女ゲーム。

 この世界には存在しない魔術と科学を駆使して作られたゲームの登場人物。ヒロインの恋敵として邪魔をする悪役令嬢。

 その娘の名がソフィア・ローゼンベルクだった。


「……いや、いや、そんなまさか、なぁ……」


 魔術を利用したゲームのリアリティは凄かったが、現実と見紛うほどじゃない。と言うか、いまの俺には子供の頃からの記憶がある。

 だから、いまがゲーム中と言うことはあり得ない。


「……でも、ゲームと同じ世界という可能性はあり得る、のか?」


 魔術で構築されたゲームの世界が現実になる。

 あり得る……とは思えないが、ゲームのソフィア・ローゼンベルクと、ソフィアお嬢様はあまりにも似ている。あと何年かすれば、ゲームに出てくる姿そのものになるだろう。


 ……いや、それよりも問題なのは、お嬢様がこのままだと破滅すると言うことだ。

 貴族としての教養を身に付けず、けれど権力だけは欲しいままにしている悪役令嬢。彼女は貴族達が通う学校で王子に恋をして、権力を駆使して婚約をこぎ着ける。


 だが、王子はわがままなソフィアを受け入れることが出来ず、アリシアという名のヒロインと恋をする。それを知ったソフィアがアリシアに悪事を働き、見事に破滅する。


 その後のソフィアは平民に堕とされ、専属の執事が共謀の罪で処刑されるのだが……その教育係の執事というのが、どう考えてもいまの俺だ。


「つまり……なにか? このままだと俺はお嬢様の悪事の片棒を担がされてたあげく、トカゲの尻尾切りのように処刑されて終わる?」


 冗談じゃない。そんなバッドエンドを迎えてたまるか。

 絶対にそんな未来は回避してやる。


 だが……具体的にどうやって回避する?

 ヒロインが王子を選ばなかったとしても、王子はヒロインに恋い焦がれる。だからソフィアはどのルートでも嫌がらせをして、ヒロインのパートナーに悪事を暴かれる。

 お嬢様は必ず悪事を暴かれて平民に堕とされ、俺は共謀の罪で処刑される。


 処刑を免れるには片棒を担がなければ良いと言いたいが、お嬢様の命令には逆らえない可能性がある。ゲームの舞台となる学校に入学するまでにお嬢様から離れるのが一番だろう。


 魔術師としての記憶を取り戻したいまの俺なら、どこに行っても上手くやるはずだ。

 だが、代々ローゼンベルク侯爵家に仕える家の生まれである俺は、生まれたときからこの家に仕えることが決定していて、自分の意思ではここを離れられない。


 だとすれば……


「俺が追放されるしかないな」


 ようするに解雇である。

 だが、やりすぎれば追放で済まないし、半端なことでは父の叱責を受けるだけになる。頃合いを見て上手く追放処分になる必要がある。

 そんな風に考えていると、扉の外からメイドに呼びかけられた。


「シリルさん、そろそろ紅茶の準備をしていただかないと、お嬢様が……」

「分かった、すぐに用意する」


 ひとまず、お嬢様の機嫌をとるのが先決のようだ。




 俺が追放になる方法を考え始めてから数週間が過ぎたある日。とある貴族の家で開催されるパーティーにお嬢様が出席することになった。


 現当主の執事である父にお嬢様が粗相をしないように手綱を握っておけと言われたが、あれの手綱を握るとか無理に決まってるだろ、この馬鹿親父っ!

 ――って言いたかった。


 厳格な父にそんなことを言ったら説教じゃ済まないので「はっ!」って答えたけどな。


 ちなみにこの『はっ!』は、了解しましたという意味じゃない。話を聞きましたの意味で、了承はしたくないが拒否は出来ないときの決まり文句である。


 まぁ……だからって、あれは了解じゃないから、お嬢様が粗相をしたのは俺のせいじゃない、なんて言っても通用しないんだけどな。

 結局のところ、ただの気休めである。



 ともあれ、パーティー会場でのお嬢様は、意外にもそつのない振る舞いをしていた。

 普段はわがまま放題だが、決して貴族らしい振る舞いを出来ないわけじゃないんだよな。ただ、自分が侯爵令嬢だから、なにをしても許されると思っているだけで。


 この分なら、今日は何事もなく終わるかも――なんて思ったは油断だった。少し目を離した隙に、お嬢様が会場から姿を消してしまった。


「……どこへ行ったんだ、お嬢様は」


 パーティー主催のうちは、ローゼンベルク侯爵家には及ばないが名門の貴族だ。そんな家の使用人にいつもの調子で八つ当たりでもされたら俺が父に叱責を受ける。

 早めに見つけて、問題を起こさないように監視しないと――


「無礼なっ! わたくしにそのような態度、許しませんわよ!」


 廊下の向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。

 なんか、お嬢様の声に似てる気がするけど気のせいだよな。……うん。だって、お嬢様が姿を消したのついさっきだし、さすがにいきなり問題を起こしたりは……


「わたくしはソフィア・ローゼンベルク。ローゼンベルク侯爵家の娘ですわよ!」


 あぁぁあぁぁあぁ、なにやってるんだ、悪役令嬢は……っ。

 急いで廊下の向こうへと飛んでいく。そこで目にした光景に俺は目を見開いた。相手が使用人ではなく、どこかのお嬢様だったからだ。


「お嬢様、なにをなさっているんですか!」

「あら、シリル。ちょうど良いところへ来たわね。この無礼な娘に思い知らせてやりなさい。わたくしにぶつかって来たのよ」

「――あわわ、ごめんなさい。ちょっと余所見をしていたんです。本当にすみません!」


 ソフィアお嬢様いわく無礼な娘が、ペコペコと頭を下げている。どう見てもお嬢様が一方的に当たり散らしているようにしか見えない。

 と言うか、このご令嬢は……


「あの……もしやあなたは、リンドベル子爵家のアリシアお嬢様、でしょうか?」

「え、ど、どうして私の名前をご存じなのでしょうか?」


 や、やっぱりだ!

 この子、乙女ゲームのヒロインだ!


「ふふんっ、うちの執事は優秀なのよ。パーティー参列者の素性くらいは把握しているわ」


 いやいやいや、映像の記録媒体もない世界で、初対面の相手の素性なんて分かるはずないだろうが。と言うか、なんでお嬢様がドヤってるんだよ!

 おまえが喧嘩を売ってる相手、この世界のヒロインだからな!


 ヤバイ、ヤバすぎる。

 ゲームの中で俺やお嬢様が罰せられるのはまだ何年も先だから油断してたけど、まさかこの時期にヒロインと一悶着するなんて予想外だ。


 これは、あれか?

 物語では語られなかった、因縁の始まりなのか? それとも、ゲームとこの世界じゃ、展開が違うのか? もし後者なら、さっくり処刑もあり得るぞ!?


「実家の名前が分かったのなら話は早いわね。後で正式に、あなたの実家に苦情を入れさせていただくわ。シリル、書状を用意なさい」


 ふざけんな! 書状なんて書いたら証拠になるだろうが! お嬢様の名の下に俺が製作した、ヒロインを不当に貶める証拠なんて作ってたまるか!


「お嬢様、彼女も反省なさっているようですし、どうか寛容な心をお見せください」

「はぁ? どうしてわたくしが、こんな格下の娘を相手に遠慮する必要があるのよ?」

「いえ、遠慮ではなく、寛容な心です」

「ふざけないで。わたくしは侯爵家の娘なのよ!」

「――お嬢様っ!」


 ソフィアお嬢様を真正面から見据えて怒鳴りつけた。

 侯爵家の令嬢とはいえ――いや、侯爵家の令嬢だからこそ怒鳴られたことなんてなかったのだろう。ソフィアお嬢様はびくりとその身を震わせる。

 お嬢様が怯んでいる隙に、俺は怯えているアリシアお嬢様に向かって頭を下げた。


「アリシアお嬢様、ソフィアお嬢様が失礼をいたしました。主人に代わって謝罪いたしますので、どうかお許しください」

「え? い、いえいえ、ぶつかったのは私の不注意ですから、私は気にしてません! 私の方こそ、ぶつかってしまって申し訳ありませんでした」

「……アリシアお嬢様はお優しいんですね」


 俺は顔を上げ、感謝の心を込めて笑いかけた。


「はぅ。えっと、あの……あ、あなたはどなたですか?」

「これは失礼いたしました。わたくしはソフィア様の執事、シリルと申します」

「シリルさん……素敵なお名前ですね」

「ありがとうございます。もし困ったことがあれば、どうぞわたくしにご相談ください。きっとあなたの力になるとお約束いたします」


 俺はあなたの味方です。決してあなたに敵対するつもりはないので、将来お嬢様がなにかしても、俺を共犯として糾弾しないでくださいねと心の中で訴えかける。


「あ、ありがとうございます、シリル様!」

「いえ、お気になさらず。それより、もうお戻りください。あまり席を外していると身内に心配を掛けてしまいますよ」

「そ、そうですね。それでは、失礼します。あの、本当にすみませんでした。それと、シリルさん。また……その、いえ、失礼します」


 アリシアは少し逆上せたような表情で、パタパタと走り去っていった。

 ゲームのアリシアは貴族らしからぬ気さくな少女という設定だったが……こうしてみると危なっかしいな。戻るまでに他の人とぶつからないか心配だ。


「……シリル、どういうつもりですの?」


 背後から底冷えするような声が響いた。アリシアを上手く逃がせたのは良かったが……問題はこれからだな。

 俺は出来るだけなんでもない風を装って振り返った。


「なんのことでしょうか?」

「さっきのあの娘への態度に決まっているでしょう! あなたはわたくしの執事なのよ。なのにあのような娘に優しくして、一体どういうつもりなの!?」

「どういうつもりもなにも、ソフィアお嬢様をお助けしたつもりですが?」

「ふざけるのもいいかげんにしなさい!」


 ソフィアお嬢様が、俺の頬を引っぱたく。

 パシンと乾いた音が鳴り、分厚い絨毯に吸い込まれてすぐに消え失せた。


「いますぐ彼女を追い掛けて、わたくしの前に跪かせなさい!」

「本気、ですか?」

「もちろん本気よ。出来ないというのなら、あなたも纏めてお父様に言い付けますわ」

「……そうですか」


 俺はため息を吐いた。

 これは、もうだダメだ。どうしようもない。ゲームが始まる頃までに矯正で出来れば大丈夫って思ってたけど、ここまで人の話を聞く気がなければお手上げだ。

 道連れにされる前に離脱させてもらおう。


「さぁ、シリル。わたくしの命令に従うのかどうか、どうするの?」

「――こうします」


 お嬢様の腕を強く掴んで引き寄せた。


「ひゃっ!? ちょっと、なにをするのよ?」

「いいから、黙ってついてきてください」

「ちょっと、待ちなさい! いたっ、痛いわよ、この馬鹿っ!」


 周囲に誰もいないことをたしかめて、お嬢様を近くの空き部屋へと引きずり込んだ。


「な、なによ! こなところにわたくしを連れ込んでどうするつもり!?」

「お嬢様に、自分の立場という物を分からせてあげるんですよ」

「なによ、それ。わたくしの立場ですって? ――きゃっ」


 お嬢様をベッドに向かって突き飛ばした。

 バランスを崩したお嬢様が四つん這いになる。俺は素早くお嬢様の胴を抱えて、ドレスの裾を捲ってその可愛らしいお尻を丸出しにした。


「きゃああっ! なななっ、なにをするのよ! いますぐやめなさいっ! じゃないと――」


 俺が右手を閃かせると、パッシーンと良い音が鳴った。俺にお尻を叩かれたお嬢様が「ひゃぁん!」と悲鳴を上げる。


「シリル、やめなさい! わたくしにこんなこと――いったぁっ! ちょ、ちょっと、こんなことをして許されると――んひゃっ。 待って、痛い、痛いってば! きゃんっ」


 続けざまに一発、二発、三発とお嬢様のお尻を平手で打ち据えた。


「さて……お嬢様、いまの気分はいかがですか?」

「~~~っ。最悪に、決まってるでしょ! わたくしにこんな、こんなことをして、絶対に許さないわ! お父様に言い付けてやるんだからっ!」

「どうぞお好きにしてください。ただし、俺の説教が終わってから、ですよ!」

「きゃああああっ!」


 特大の一発をお見舞いされたお嬢様が悲鳴を上げる。


「やめっ。やめなさいっ! 本当にお父様に言い付けてますわよ!? そうしたらあなたなんて、即座に追放されますわよ!?」

「またお父様ですか。あなたはそうやってお父様に縋るしかない。自分にはなんの力もないことをいいかげんに学ぶべきですね」


 その言葉に、俺の腕の中でお嬢様がビクンと跳ねた。


「力がないですって!? わたくしはローゼンベルク侯爵家の令嬢よ!」

「言ってて気付かないんですか? ローゼンベルク侯爵家の令嬢だから、お嬢様はわがままが許されているだけです。そうじゃなければ、あなたに頭を下げる人なんていません、よ!」

「きゃああっ! や、やめ、やめなさいよ!」


 お嬢様が逃れようと足掻くが、俺は腰をぎゅっと捕まえて逃がさない。


「あなたが周囲からどう思われてるかご存じですか? 救いようのないわがままな令嬢だって嫌われているんですよ!」

「そ、そんなはずないわ! だって、みんなわたくしに従ってるじゃない!」

「それは、あなたのお父様がその地位に相応しい働きをしているからです。だから、周囲の者は多少の無茶にも従うし、娘のわがままにも耐えているんですよ。じゃなければ、わがまましか言わないお嬢様に従うはずないじゃないですか。いいかげん、理解ください!」

「痛ったあああっ。やめっ、やめなさい! もうやめて!」


 泣き叫ぶお嬢様のお尻を幾度となく叩く。

 気付いたらお嬢様の透けるように白かったお尻が真っ赤に染まっていた。


 俺はお嬢様の身だしなみを整え、涙を流すお嬢様の姿を見つめる。


 ちょっとやりすぎたか? ……いや、俺がローゼンベルク侯爵家を追放されるには、やはりこれくらいやる必要がある。口頭でお嬢様を叱る程度じゃ問題にされないからな。


 だが、ここまでやれば、俺の行動は当主や父上に問題視されるだろう。

 そのうえで、俺はあくまでお嬢様のためを思って折檻した。人によっては俺に重い罰を下す可能性があるが、ローゼンベルク侯爵家の当主であればそんなことはしないだろう。


 だが、お嬢様の側に俺を残すこともない。俺は最低でもお嬢様の専属から外される。おそらくはやめさせられるだろう。

 これで、俺はお嬢様の巻き添えからの処刑を回避できると言うわけだ。


 そのうえで、出来ればお嬢様のことも助けてあげたい。まだ一年くらいとはいえ、自分のお仕えしたお嬢様が追放処分になるのは忍びない。

 俺はお嬢様が落ち着くのを待って、その顔を覗き込む。


「お嬢様、よく聞いてください」

「……なによ? 今更謝っても遅いわよ。絶対、追放してやるんだから!」

「それで構いませんから、俺の話を聞いてください」

「……っ。どうして、どうしてそんなことが言えるのよ! 追放されたら困るでしょ!?」

「お嬢様を諫めるためなら、俺は追放されても構いません」

「……わたくしのため、だって言うの?」

「いいえ、自分のためです」


 自分だけ助かって、お嬢様は追放処分なんて後ろめたいからな。出来れば、お嬢様には更正してもらって、普通の幸せを手に入れてもらいたい。

 な~んて、お嬢様がまともに聴いてくれたら苦労しないんだけどな。


「……あなたの、ため? そ、そこまでわたくしのことを……い、いいわ、そこまで言うのなら、は、話だけは聞いてあげるっ!」


 おぉ? お嬢様に聞く耳が?

 なんか知らないけど、せっかくだから忠告しておこう。


「では少しだけ。さっきも言いましたが、このままではお嬢様は周囲から嫌われてしまいます。そうならないように周囲への態度をあらためてください」

「態度をあらためろって言われても……どうすれば良いか分からないわ」

「あなたのお父様をよくご覧ください。グレイブ様は権力を笠に着ることなく、弱い者にも手を差し伸べる。とても立派な方ですよ」

「……そんなの、知らない。お父様はいつも家にいないもの」


 お嬢様のその言葉が、俺には悲痛な叫びに聞こえた。

 ……そういえば、ゲームに登場するソフィアお嬢様は、追放される間際に誰もわたくしを見てくれないとか叫んでいた気がする。

 もしかしたら、お嬢様は寂しかったのかもな。


「では……近くにいる尊敬できる人を参考にしてみてください」

「……それって、あなたのことを言っているの?」

「俺? いえ、俺はそんな立派な人間じゃありませんし、追放される身ですから。そう、ですね。俺の父は参考にして良いと思いますよ」

「……そう、わかったわ」


 お嬢様はこくりと頷いた。


 その後、お嬢様はなにかを考えているようで口数は少なく、ろくにしゃべることもなくローゼンベルク侯爵家へと帰還した。

 なんか、ここまで素直になられるとちょっと怖い。


 けど、お嬢様のスカートを捲ってお尻を叩いた俺が許されることはあり得ない。これで晴れて追放、悪役令嬢の道連れという運命から逃れられたというわけだ。




 翌日、俺はグレイブ様に呼び出された。

 お嬢様から話を聞いて、俺を追放すると言い渡すつもりだろう。


 これからなにをしようかな? どこかの研究機関に入って魔術の研究をしようか? それとも、冒険者になって自由気ままに暮らそうか?

 前世で培った魔術の技術があれば、どっちでも上手くやっていけるだろう。


 そんな未来予想図を描きながら執務室へとおもむき、グレイブ様の前に立った。


「シリルよ。わがままに育った娘の執事は、おまえには荷が重いとずっと思っていた」

「はい、力不足を痛感しております」

「なにを言う、その逆だ! おまえを誤解していた。おまえは素晴らしい執事だ!」

「はい……はい?」


 あれ? おかしい、な。


「俺は追放されるのですよね?」

「馬鹿を言うな! 娘に反省を促したおまえを追放するはずがなかろう」


 な、なんだってえええええええええええええっ!?



 なぜかべた褒めされて、これからも娘を頼むと送り出された俺は信じられない思いで執務室を後にしたのだが、そこにはソフィアお嬢様の姿があった。


「……お嬢様、どういうことですか?」

「どういうことって、なんのことかしら?」


 お嬢様がイタズラっぽい微笑みを浮かべた。

 どうやら、戸惑っている俺を見るのが楽しいらしい。


「俺がお嬢様のお尻を叩いたこと、お父様に言わなかったんですか?」

「そ、そんな恥ずかしいこと、言えるわけないでしょ!」


 お嬢様が真っ赤な顔で捲し立てる。


「それはそうかもしれませんが、俺を追放するんじゃなかったんですか? 俺がお嬢様を叩いたのは事実だし、別の理由を作ることだって出来たでしょ?」

「それは、そうだけど……そんなことをしたら、あなたにもう叩いてもらえないじゃない」

「……はい?」


 なに言ってんだこいつって感じで見ると、お嬢様は慌てて両手を振った。


「いえ、その、いまのは、違うわ。そうじゃなくて、えっと……その、嬉しかったのよ」

「俺にお尻を叩かれたことが、ですか?」

「違うわよ! あなたがわたくしのために、自分の人生を懸けて叱ってくれたことが嬉しかったの! シリルはわたくしを見てくれてるんだって、そう思えたから」


 なるほど……誰も自分を見てくれないって思っていたお嬢様は、本気で怒った俺に対してなにか思うところがあったんだな。

 それは理解した。

 理解したんだが……


「じゃあ……俺の追放は?」

「し、しないわよ」

「散々、絶対追放してやるって言ってたのに?」

「そ、それは……もぅ、虐めないでよ。いままでのわたくしは周りが見えてなかったのよ。わたくしのためにあそこまでしてくれたあなたを追放するはずないでしょ」


 なんだかお嬢様の頬が赤い。

 デレたお嬢様は意外と可愛いが、このままだと俺の処刑フラグが消えない。

 作中のお嬢様は焼き餅焼きだったし、王子に惚れたあとにヒロインに嫌がらせする未来がなくなったかと言われると微妙だ。

 だから俺を追放して欲しいんだけど……どうしてこうなった?


「……えっと、後から追放したりは?」

「しないって言ってるじゃない。と言うか、こ、これからずっと、わたくしの側にいなさいよね!」


 ホントに、どうしてこうなった!

 

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