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園芸家奥義『テデトール』

「せ、戦争って……」


「決まっているだろう、害虫どもを殲滅するんだ」


 (アオイ)は拳を握り締め、強い口調で言い放った。

 普段はクールな細面のイケメン庭師。薀蓄(ウンチク)を語る時は政治家の街頭演説のように饒舌に。そして今は害虫退治に燃える軍司令官のような口調。人間にはいろいろな側面が有るものだと感心する、


 そもそも、(アオイ)がこんなにも燃えたきっかけは、今にも咲きそうだった『ラ・レーヌ・ビクトリア』の蕾が折れ曲がっていた事だ。

 無残に首の付根から噛られたバラの蕾。犯人はバラゾウムシという小さな甲虫らしい。


「薔薇を好き放題食い荒らされる前に奴らを滅ぼす。選択肢は一つ」

「そんな大げさな」


 紅葉は戸惑い気味に庭を見回した。ようやく外に出て来ることが出来たのは、葵が丹精を込めて世話をした庭の美しさに誘われたからだ。

 美しい薔薇の花がほころび始めた庭。楽園のような場所を、害虫に荒らされるのは確かに困る。

 けれど紅葉(くれは)は虫に触れるのはもちろん見ることさえ苦手なのだ。


「バラゾウムシを見かけたら即、捕殺(ほさつ)! 捕まえて……こうだ」


 ぐっと握りしめた拳に親指を立て、そして下に向ける。クールな薔薇庭師、(アオイ)の印象は一転、恐ろしい鬼軍曹のような面持ちに変わる。

 手のひらを開き、紅葉(くれは)に握りつぶした甲虫を見せる。小さな3ミリぐらいの甲虫は、首か鼻かわからないが何かが長い。思わず怖気が走る。


「ひぃい……家に戻ります。あとはよろしく」

「まて、敵前逃亡は許さないぞ」

 しかし回り込まれてしまった。


「いえいえ! それは庭師さんにお任せしていいかしら……?」

「手伝ってくれ。敵はバラゾウムシだけじゃない! 見ろ、チュウレンジハバチも来ている」

「チュウレン……ハチ?」


 (アオイ)が向ける視線の先に、確かに小さな羽虫のようなものが飛んでいた。ハチというより黄色っぽいハエのような小さな羽虫は、やがて近くの薔薇の茎に止まった。

 するともぞもぞと尻を動かして、飛び立つ様子もない。

「おのれ、やさせはせん」


 (アオイ)はそっと近づいて中指を「デコピン」の形で構える。そしてそっと狙いを定めると、パチン、と中指でその虫を叩き落とした。

「きゃぁ」

 吹き飛ばされたチュウレンジハバチは力なく落下。一撃死(クリティカル)だ。


「この虫は卵を若い茎に産み付けて、青虫を大量に発生させるんだ。生まれた青虫は葉を食い荒らす困った害虫だ。……被害の様子が知りたければ、スマホで検索してみるといい。検索ワードは『チュウレンジバチ』だ」

「嫌です!」

 想像するだけで気持ち悪い。何を好き好んで青虫の画像を検索しなきゃならないの。


「というわけで、今から庭を見て回る、一緒に手伝う気はないか?」

「それも気が進みませんが」


「つれない事を言うな、人手で一匹ずつ捕まえるのは大変なんだ」

「人手!? 手で一匹ずつ捕まえるんですか? 虫を!?」

「無論だ」


「そんなの無理ですよー」

「敵前逃亡は許さんぞ」

 泣きそうな紅葉(くれは)(アオイ)がにじり寄る。貴重な戦力を逃してはなるものか、という鬼気迫るものが有る。


 そもそも、なんで手で捕殺するの?

 虫なんて殺虫剤でばーっと、やっつけちゃえばいいのに。


「あの、害虫を一気にやっつける……その、殺虫剤とかを撒けばいいのでは?」


「この庭は無農薬、農薬は使わない」


「えぇ? じゃぁどうする気ですか!?」

「ひたすら手で捕殺する。通称『テデトール』。これは園芸家が会得すべき奥義だ。植物に優しく、虫にも敬意を払う駆除方法なのだから」


「聞かなきゃよかった……」

 テデトール。身につけたくない奥義だわ。


「多少虫に食われても、自然な姿で花を美しく咲かせてほしい。それが先代の藤崎様のお考えだった」

 (アオイ)は、庭師の作業用エプロンのしわを伸ばすと、キリリと表情を引き締め言い放った。


「私は、虫のなるべく居ない環境で綺麗に花を咲かせてほしいです。そもそも手で虫を捕まえてとか無理ですし」

「先代の藤崎様の言いつけを破れと?」


「その、なんというか……いまは私がこの家の主というか」

 家主と言っていいものか戸惑う。今までの生活態度を藤崎のおばあちゃんが見たら、なんと言うだろうか。後ろめたさに声も小さくなる。


「むぅ……」

 しかし(アオイ)紅葉(くれは)の説得にようやく耳を傾けた。彼も害虫の出現に、やや興奮状態だったのかもしれない。


「そもそも虫に敬意とか払わなくていいと思います」

「仕方ない。紅葉(くれは)がそういうのなら」

 渋々とだが納得する。


「『殺虫剤』で全体攻撃、一気に殲滅! これでいきましょうよ」

 ゲームだと思えば何のことはない。昆虫系のモンスターに遭遇したら全体攻撃のできる魔法のアイテム(殺虫剤)を噴霧すればいいだけのこと。


「不本意ながら……。そうと決まれば善は急げ。買いに行くか」

 葵はポケットから車のキーを取り出した。キーホルダー代わりか、可愛いイチゴのキャラクターをあしらったマスコットが付いている。

 クールな青年庭師に似つかわしくない可愛らしさに思わず目を奪われる。


「買いに行くって……?」

「決まっているだろう。ホームセンターに殺虫剤を買いに、だ」


「なるほど。いってらっしゃい、お願いします」

 引きつった笑顔で小さく手を振る。

「何を言っているんだ。スポンサーである家主殿も行ってくれないと、金銭面などいろいろ困るのだが……」

「わ、私も行くんですか?」

「消耗品は実費精算だからな、こればかりは」

「そういうものですか?」

 お金だけ渡す、という選択肢はないのかしら。


「間に合わなくなっても知らんぞ」

 背中を押され玄関先の方へと移動させられる紅葉(くれは)。玄関先には葵の乗ってきた軽トラが停まっている。

 昼間の庭に出る行為でさえ、かなり思い切った行動のつもりだった。けれど成り行きで、今度は町のホームセンターまで連れて行かれようとしている。

 完全に(アオイ)のペースに巻き込まれている気がする。

 けれど、やはり昼間の外出は不安が募る。なんとなく行きたくない。


「あの……やっぱり行かなきゃダメです?」

「虫どもが勢力を拡大し、家の中にまで青虫の大群が入り込んできてから泣いてもしらないぞ」

「わ、わかりましたよ」


 そんな短時間で増えてたまるか、と心の中で冷静に反論しつつ、気がつくと紅葉(くれは)は軽トラの助手席に押し込まれていた。


<つづく>


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