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二人のディナーと『ルイ14世』


 グリルレストラン、『薔薇の果実(ローズ・ヒップ)』――。

 本日、オススメのディナーコース。


 ・前菜A   生ハムとオリーブのサラダ

 ・前菜B   小岩井チーズのテリーヌ

 ・スープ  地場産キノコのスープ

 ・メイン A 子羊のラッケ、自家製香草ソース

 ・メイン B 黒毛和牛のヒレ自家製香草ソース

 ・デザート チーズケーキとローズヒップの蜂蜜漬け


 ディナーコース:時価


 最後の時価(・・)という単語を見た途端、思わず目を丸くする。


「時価!?」

「時価……」

 またしても紅葉(くれは)(アオイ)がシンクロする。小声だが思わず口にせずには居られなかった。


 テーブルの上に置かれていた厚紙のミニお品書きには可愛らしく繊細な手書き文字で、ディナーコースのメニューが書かれていた。

 あの白鳥(しらとり)(かおる)さんの手書き、だろうか。


 しかし値段が書かれていないメニューなど、貧乏生活が身にしみたわが身にとって恐怖でしかない。

 店主の(かおる)さんに聞こうかと思ったが、すでに厨房に引っ込んで早速準備に取り掛かっているようだ。カウンター越しに、大柄な体躯に白いシェフの帽子をかぶった姿がチラチラと見える。


 短髪にエプロンでは隠しきれない分厚い大胸筋。冬なのに相変わらず日焼けした精悍な横顔で、真剣な横顔のシェフになっている。それは夏にバラのアーチで筋トレをしていたときと同じ顔つきだった。


「ちょっ、葵さん! 高いんじゃないですか、ここ」

「し、知るか。オカン……いや母君が特別割引チケットをくれたんだ」


 ぴらっと、シャツの胸ポケットから折り畳まれた半券を見せる。流石の(アオイ)も少し動揺しているように見えるのが面白い。

 ご優待千円分とある。その時点で数千円のディナーであることが見て取れる。


「なるほどディナー券でしたか」

 葵から誘うのにはそういうわけがあったのね。と納得する紅葉(くれは)

「なにか不満か?」

「い、いえ! 全然。嬉しいです」

「2枚もらったんだから仕方ないだろ」

「柚子さんと来ればよかったんじゃないですか」

 ちょっと意地悪く言ってみる紅葉。


「ばか言え。何が悲しくて親と来るんだ。……お袋は昼間に婦人会の会合でここを使ったんだ。その時にチケットもらったんだとさ」

「そういえば柚子(ゆずこ)さん、用事があるって出て行きましたね」

「それだよ」


 どうやら昼間の会合とやらは、ここで行われていたのだろう。メニューを裏返してみると、ランチメニューやドリンクメニューが書かれている。コーヒーまたはハーブティーつきで千円と、こちらはお得感がある。


 だったら紅葉(くれは)を誘ってくれた理由は……?


「なら、妹ちゃんでも良かったのでは?」

 きっと妹の茜ちゃんならお兄ちゃんに誘われたら、喜んだだろうに。

「あいつは彼氏とデートだ」

「かっ……!?」

 知らなかった。流石は茜ちゃん、人生の二周先を走っている。


「そういうわけだ」

「つまり消去法……」


 思わずズーンとショックをうける紅葉。アニメなら顔に黒い線が入っていただろう。


 知る限り(アオイ)の交友関係も狭い。ぶっちゃけ紅葉といい勝負だ。夕飯を誘うにしても父親は論外として、母、妹……ならば私。仲間内の消去法で考えれば当然の成り行きだ。


 なんとなく期待して損した。もはや、そこは考えてもしょうがない。あとは美味しい食事に期待することにする。


「そういうわけでもない」

「え?」


 葵がポツリと零した言葉が耳に残る。


「で、でも時価は気になりますね!? 聞いてみてくださいよ葵さん」

「……お、おぅ?」

「ほらほら」

「う、うるさいぞ紅葉(くれは)。次に店員さんが来たら聞く」


 紅葉(くれは)に負けず劣らず、(アオイ)もこういう事を聞くのは苦手らしい。普段どおりここはクールにさらっと聞いてくれると頼りがいがあるのだが。


 すると厨房から若い女性店員さんが、飲み物を運んできた。切れ長の瞳にすっとした細面。明るめの髪を一つに結わえた大人しそうな女の人だ。

「どうぞ、お飲みものです」


 山ぶどうのジュースをワイングラスに注いでくれた。


 確か(かおる)さんの奥さんは十年前に亡くなられているはず。となればもしかして娘さんかしら。10代後半に見えるし彼女は、筋骨隆々のシェフとは似ても似つかない。


 他人の顔をじっくり見ることが苦手な紅葉だったが、ここは勇気を出して尋ねてみる。


「あの、失礼ですが、もしかしてオーナーさんの娘さん……ですか?」


「あっ……はい。いつも父がお世話になっております」

「えぇええ!? やっぱり娘さん!?」

「大学が冬休みなので、父の店の手伝いで」

「ちょっと驚きました。あの……」

「似てないですよね? よく言われます……」

 苦笑しながらヒカリですと名乗る彼女。父と娘でギャップがありすぎる。


 薫さんは四十代半ばぐらいだし、ヒカリさんみたいな娘さんが居てもおかしくはない。けれど、しかし、あまりにも似ていない。


「……ところで」

「はいっ!?」

 (アオイ)が切り出すと、ヒカリさんは飲み物を運んできたトレイを抱きしめながら向き直る。ヒカリさんの頬がちょっと赤味を増すのを、紅葉(くれは)は見逃さなかった。


「時価とありますが、お幾らなんですか?」


「あっ!? す、すみません! それ、私の友達を呼んだときの冗談(・・)で……、そのままにしてました! ごめんなさい、すぐ取り替えます!」


 慌ててヒカルさんは隣の席からメニューを持ってきて、葵と私に手渡した。

 そこにはディナー四千円と良心的な価格が書かれていた。ご優待チケットは千円分、つまり三千円でコース料理が食べられる。かなりお特でいい感じ。


「な、なあぁんだ……」

「良かったな」

「ですね」


 葵も実はかなりホッとしているようだ。

 すぐに前菜が運ばれてきて、美味しいサラダを口にする。新鮮な野菜にオリーブの塩漬けがアクセントになって美味しい。続いてスープ、そしてメインのお肉のグリル料理へとコースは進んでゆく。

 全てオーナーシェフである薫さんの手によるものらしい。


「これも美味しい……!」

「……うまい……!」


 食べたことのないコース料理。


「こんな田舎で素敵な物が食べられるなんて。新名所になりそうですね」

「ネットで拡散すりゃ宣伝になりそうだな」


 思わず顔を見合わせて、笑顔になる二人。

 揺れるキャンドルの明かりもいい感じ。消去法だろうがなんだろうが、二人で来てよかったかも。

 そして、いよいよデザート。甘いチーズケーキに、蜂蜜漬けにしたローズヒップの赤い果実がとてもきれい。

 コーヒーも出てきて満足感は最高潮。


「この薔薇の実、ローズヒップはもしかして?」

「手作りっぽいな……」


 口いっぱいに酸味と薔薇の香味が広がる。ローズヒップにはここまで香りは残らないはずなので、何かで香りをつけているのかもしれない。


「お二人さん、今晩は楽しんで頂けましたか?」


 ぬうっと厨房の扉を身をかがめて潜り抜けながら、薫さんが姿を見せた。

「はい! 素敵でした」

「とっても美味しかったです」


「良かった……」

 薫さんがニッとナイスガイな笑顔を浮かべる。

 カウンターでコップを拭いている娘さんとあらためて見比べると父娘だとは信じられない。ハリウッド映画で、元特殊部隊所属のコックが娘を誘拐したテロリストを全滅させた後の笑顔と重なって見えた。


「コーヒーはお代わり自由ですから、もう少しゆっくりしていってくださいね」


「はい、ごちそうになります」

「そうだ紅葉」

「なんです?」


「あの薔薇のこと、薫さんに聞いてみたらどうだ?」


「あ……!」


 思い出した。蕾を付けた鉢植えの薔薇。赤い薔薇とだけ書かれた特売品の薔薇の品種は今もわからずじまいなのだ。

 スマートフォンの中に鉢植えの全体像と蕾の写真がある。


 紅葉が献身的に世話をして、息を吹き返した薔薇。秋になり、一つだけ蕾をつけて、花がようやくほころびはじめた。秋の薔薇の色は深く、真紅の花弁が開き始めていた。

 けれど品種名に関しては、(アオイ)もわからずじまいだった。


 開いて画像を見せると、シェフ姿の薫さんは真剣な眼差しで覗き込んだ。


「ん? 赤い薔薇……。茎にトゲは少ないね。花弁は……赤と言うよりクリムゾンレッド、黒に近い……香りはどんな感じ?」


「ダマスク系、強いティー香かと」

 紅葉も気がつけばすらすらと香りの違いを口にできる。


 やがて確信はないけれど、おそらくと前置きした上で、


「たぶんこれは『ルイ14世』だね」


「ルイ14世……か!」

「すごい王子様みたいな名前!」

 葵と紅葉も画面をあらためて覗きこむ。


「確かに王子様、っていうかルイ14世は王様だったんだよね。18世紀の初頭にフランスに君臨して、ブルボン王朝を栄えさせて太陽王なんて呼ばれてた。薔薇自体は、クリムゾンレッドが深みがあって、とっても素敵なオールド・ローズだよ」


 薫さんが皿を片付けながら、ウンチクを披露する。


「そっか……ルイ14世くん!」

 捨てられそうになってきた君は、実は王子様だったんだね……!


<つづく>


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