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朝のミーティングと、葵(アオイ)の決意


 ◇

 

 時刻は朝の9時ちょうど。

 差し込む朝の光が、空中で遊泳するチリをキラキラと輝かせている。


 私の横には、腕組みをして瞑想中の(アオイ)さん。向かい側には店主のお父さんに、支配人の柚子(ゆずこ)さん。


 それぞれの机では、お茶とコーヒーが湯気を立てている。

 お茶汲みバイトは不要、前時代的なことはしなくていいと柚子(ゆずこ)さんに言われているので、お茶は各自用意するルールなのだ。


「さて、では始めましょうか」


 張り詰めた空気の中、柚子(ゆずこ)さんが凛とした声で宣言する。


「はい」

「……あぁ」

 素直な返事のお父さんに、いつものぶっきらぼうな調子の(アオイ)さん。私は静かに自席で頷く。


「まず季節がら、夏に伸びた庭木の剪定をして欲しいという依頼が、既に数件入っています。ね、紅葉(くれは)さん」

 手元の資料に視線を向けて、店主さんと私に声を掛ける。


「は、はい! 今週は田中さん4日、森合さん5日、佐藤さん7日……です」


「例年ですと、それらに加えて二丁目の吉田さん、佐々木さんからも庭木や生け垣の剪定の依頼があるはずです。それぞれ手抜かりなく、最善を尽くしてくださいね」


「は、はい。それはもう」


 奥さんのテキパキとした指示に、お父さんもタジタジだ。


「それと、新築のお宅の造園の依頼を、二件も頂いています。どちらも洋風のお宅です。明るいお庭をご希望なので、これは今回、(アオイ)にデザインと基本計画を任せます」


「……あぁ」


 葵さんはどこか上の空で返事をする。


「凄いじゃないですか!」

「……別に」


 照れているのか、いつもの調子の葵さん。

 でも凄い。新築のお宅の庭の設計を任されるなんて。いつもはセンスのある柚子(ゆずこ)さんが庭のデザインをして、配置図などの設計や仕入れをしてお父さんと葵さんが分業をするという流れだったはず。


「それと、今回は補助として紅葉さんも参加してね」

「わ、私ですか!?」

「だってもう、社員だからバイトみたいな経理だけじゃつまらないでしょ」


「それはそうですけど……できるかな」

「出来るわ。大丈夫」

「は、はい」


 柚子(ゆずこ)さんにまっすぐ見つめられ、私は静かに頷いた。自信なんて無いけれど、葵さんと一緒ならまぁ、なんとか。

 

 ちらっと横に座っている葵さんに視線を向けると、鼻筋の通った横顔が涼しい顔でコーヒーを口にしていた。


 私は新しい仕事に内心ドキドキだけれど、この男は特に気にしていないみたい。


紅葉(くれは)さんには、造園で使う木や部材の原価計算と、仕入れの手配をお願いできるかしら」

「わ、わかりました!」


 必死でメモを取りながら頷く私。


 前に働いていた会社にも、こんなに出来る女性の上司は居なかった。もしも居たら、憧れの対象となっていたと思う。

 こうなったら期待に応えるためにもやるしかない。


 社会のレールから外れてしまった私が、葵さんと出会ってから半年。気がつけば日向園芸で短期間のバイトとして社会復帰。それが今じゃ日向園芸の即戦力として働かせてもらっているなんて、自分でも信じられない。


(アオイ)、あなたは剪定技術を向上させなさい。今のままだとまだ半人前だからね。お父さんの助けに――」


「お袋、俺は英国に行く」


 (アオイ)さんが突然発した言葉に、私は耳を疑った。

 お父さんが横で番茶を吹き出しそうになっている。


「え、英国ってイギリス?」


 私は何かの冗談かと思った。半笑いで(アオイ)さんに問いかける。


「そうだ。英国式庭園を管理する職人の組合(ギルド)を通じて、修行して来たい」


「う、うちは本格的な日本庭園が売りの造園業だぞ。本格的な英国式庭園学んでどうする気だ!?」

 お父さんが柚子(ゆずこ)さんの様子を窺いながら、慌てたように小声で言う。


「それでも、夢は諦められない」

「ちょっ、葵さん!?」


 私とお父さんは、恐る恐る柚子(ゆずこ)さんの方に視線を向ける。


「……半人前のくせに、逃げ出すのか」


 地の底から響くような、ドスの利いた声だった。


 ――ひいっ!?

 さっと血の気が引いた。柚子(ゆずこ)さんは完全に目が座っている。薄々感じていたけれどリアルで姉御(あねご)という感じです。


「に、逃げ出すわけじゃない。自分のやりたいことが見つかったんだ」


 一瞬、怯んだように声が揺れる。けれど後半はしっかりとした口調だった。


「それは、ここじゃ出来ないことか」


「本格的な勉強をしたいんだ。英国で」


 葵さんの意志は固いようだった。それが冗談や思いつきでないことは、その目の真剣さが物語っていた。


 柚子(ゆずこ)さんとしばらく視線の火花が散る。

 ひいぃ!? どうなるの? と、お父さんと私は完全に縮み上がっていた。


「……気持ちはわかったが、聞いての通り仕事が目白押しだ」

 低く詰問するような声が響く。


「それはわかっている。だから、英国に行くのは冬の間にする。春には戻って来るからそれなら問題ないだろう」


「あ、なるほど」


 私は思わずポンと手を打った。

 園芸店は冬はほとんど開店休業。雪下ろしのバイトなどを請け負う事があるくらい暇らしいのだ。

 その間、英国に留学(・・)するってのは悪い作戦ではないかも。


 流石は葵さん、ちゃんと考えて――


「ばっか野郎がぁあああああああ!」


 ドガン! と柚子(ゆずこ)さんの怒りがそこで爆発した。机を拳で叩いた拍子に、お茶がぱちゃんと溢れる。


「は!?」

「冬の間だけだぁ!? んな、生っちょろい修行でモノになるもんなのか、英国の庭ってのは!? あぁっ!?」

 驚く(アオイ)に向かって凄まじい剣幕で叫ぶ。


「そ、それは……その」

「ナメたこと言ってるんじゃないよ! 行くなら10年、いや向こうで頭目になるぐらい、二十年でも極めるまで戻ってくんな! わかったか! そんな覚悟が無いなら……端っから言うんじゃないよ!」

「……く」

 葵さんは気圧されたように視線を外し、黙りこくってしまった。


「葵……さん」


<つづく>


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