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みんなの元気を分けて

 ビッタン、ビチビチと極太のミミズが暴れまわる。

「うぎゃ!?」

 紅葉(くれは)は足元で暴れ狂う様子に悲鳴をあげ、硬直する。

 土が良いせいか、赤く艷やかなミミズは肥え太り動きのキレが違う。

「君……げ、元気良すぎでしょ」

 突然の眠りを妨げられて荒れ狂っていた10センチはあろうかというミミズは、再び土に潜り込んでいった。

 軒下に置いていた植木鉢を持ち上げると、そこは一晩で地下生命体(・・・・・)たちの楽園と化していた。

 コロコロと黒い玉がころがったかと思うと、パカッと開き四方八方へと逃げ回る。可愛い姿はダンゴムシたち。

 続いてムカデが無数の脚を動かしながらサンダルの上を駆け抜けていった。

「ひぃやあああっ!」

 流石にこれには驚いて、手に持っていた鉢がすべった。特売の薔薇の苗が地面に落ちてグシャリと音を立てる。

「あっ!? ご、ごめんね……」

 幸い苗は、折れたりはしていないが、衝撃で残り少ない葉が何枚か散った。


 炎天下のホームセンターで弱りきっていた薔薇の苗。

 紅葉(くれは)は不幸な境遇に自身を重ね合わせ、慈愛の心で自宅へと連れ帰った。


 しかし、閉め切った車内で蒸し焼きにしかけたり、更に地面に叩き落としたり……。

 もし自分がこの薔薇の苗なら、過酷で不幸な運命を呪っていたかもしれない。そんな仕打ちの連続である。


「と、とりあえず植え替え、するからね!」


 プロの庭師の「見よう見まね」で世話をしようにも思うようには行かない。昨夜は(アオイ)から借りた本を読んで勉強した。植え替え方法もバッチリ予習済み。

 まずは家の裏手にある小屋から、使っていない鉢を見つけてきた。これは(アオイ)が薔薇の苗を養生するために使い、庭に定植するまで使ってたものだ。

 黒い樹脂製の軽い鉢で、横に空気や水の通り道となる細い溝が彫られている。これは「スリット鉢」というらしく、直径は20センチほど。ちょうど二回りほど大きなこの鉢に、薔薇の苗を植え替えてあげようと思う。

 

 ホームセンターで特売されていた苗は、小さなプラスチックのビニールポットに植えられていた。根元の土はカチカチでおそらく根もギュウギュウ詰めだろう。これを開放し、自由に根を伸ばせるような環境にする。置く場所も夏を涼く乗り切れるよう、快適な場所にする。


「さぁいい子ちゃんですねー、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

 まずは窮屈そうな黒いビニールポットを外す。脱がしてみると、中は根がびっしりだ。


「恥ずかしがらなくてもいいのよ、お姉さんにまかせて」

 っていうか、何故か独り言が増える。


 そういえば(アオイ)も時々、ブツブツと薔薇を話しをしていた。

 紅葉も同じ環境に身を置いて、はじめて理解できた。つい、薔薇に話しかけてしまうのだ。

 (アオイ)さんをちょっとヤバイ人かもと思った時もあったけど、ごめんなさい。

 そもそも無職ニートに言われたくないわね。


 根を少しほぐしてから、スリット鉢に入れて、姿勢を整える。

 あとは土を周りに注いでゆく。

 使う土は、本によると「赤玉土、腐葉土、バーク堆肥などを7:2:1の配合で混ぜて……」と書かれていた。けれど準備が面倒だったので、とっておきの裏技を使うことに。


「お庭のみんな……! ちょっとずつ元気の源をわけてくれー!」

 両手を天に向けて掲げてそう言ってから、スコップを片手に、庭中を練り歩く。


 そして庭のあちこちにある薔薇の根本から、土をちょこっとずつ拝借し、集めてゆく。

 なんたって(アオイ)が丹精込めて作った良い土がたっぷりとある。ほんの少しずつ集めたところで影響はないはずだ。

 オタク界隈なら元気玉、会計ならサラミ戦術である。


 我ながら良い作戦ね、と紅葉(くれは)はほくそ笑む。


 最高のブレンドの土をスリット鉢に入れて、根本を固めるとようやく薔薇の苗らしくなった。

 どっしりと大きめのスリット鉢に、養生中の薔薇の苗がいい感じにバランスが取れている。ビニールポットのときはすぐにコテンと倒れていたので、それだけでもだいぶ違う。


「さぁあとはお水をたっぷり」


 水を浴びて、薔薇の苗も気持ちよさそうだ。

 

 朝日がのぼったばかりの早朝の庭、水玉が葉の上でキラキラと輝く。


 あとは直射日光の当たらない木陰に置いて、休ませる。


「早く元気になってね」


 ――もしかしたら秋に花をつけるかもしれないぞ。

 

 葵のそんな言葉が脳裏をよぎる。

 春と初夏に咲く薔薇が多いけれど、秋にも「秋バラ」と呼ばれる返り咲きをする品種もあるのだとか。


 よし、涼しいうちに庭の薔薇たちにも水をあげておこう。


 紅葉はすっかり板についた庭作業用のエプロンの泥をはらいながら、ホースを引っ張る。

 いつのまにか朝顔が屋根近くまで伸びて咲いている。ひまわりの花も盛りを過ぎ重そうに首をもたげている。


「夏も、いつかおわるのよね……」


 夏の終わりの気配が、近づいていた。


<つづく>


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