『品種不明』の薔薇ガチャと妄想の美少女
◇
葵に言われた通り、エンジンを止めないように走り続け、なんとか隣町にあるホームセンター『コメリン』へと到着。
車で20分ほどの道のりは、混んでおらずスイスイと走れた。
「よく頑張ったわね、いま診察してもらうからね」
バッテリーが弱って動かなくなった愛車、『おとうふ号』を駐車場に停め店内へ。
適当な店員さんに声をかけて事情を話すと、すぐに対応してくれた。軽自動車用のバッテリーを選んでくれて交換の工賃、合せて7000円。
最初に会計を済ませサービスカウンターで作業の手続きをする。痛い出費だけれど、これで直るなら安いものだ。
「作業ピット担当の者が対応します。20分ほどで終わりますので店内でお待ち下さい」
「はい、お願いします」
若い店員さんが車の鍵を預かり、バッテリーを抱えて出ていった。20分たらずと、意外と早く作業してもらえるということで一安心。
作業を待つ間、店内をウロウロすることに。
「そうだ、香取線香とか殺虫剤とか買わなきゃ」
今夜も蚊に襲撃されてはたまらない。対策グッツを選んで買い物かごに入れていると、横から声をかけられた。
「いらっしゃいませー!」
「あ……茜さん、こんにちは」
「いつも兄がお世話になっております。紅葉さん」
愛想のいい笑顔が素敵な彼女は、葵の妹ちゃん。
小顔で愛嬌のある大きな瞳にしっかりとした眉。明るいブラウンの髪を一つに結わえている。
「いえいえこちらこそ」
「なにかお探しですか? あ、夏の害虫対策ですね、嫌ですよねー、蚊って。私も刺されやすい体質で。……あ! 園芸コーナーは平日セールしてますから、見ていってくださいね。暑くなる前、今の時間がおすすめですよー! ではごゆっくりー!」
「あ、はい、あはは」
商品の運搬中だったらしく忙しそう。マシンガンのようなトークと笑顔を振りまいて、嵐のように去っていった。
レジで蚊取り線香――昔ながらのぐるぐる巻きタイプと各種日用品の会計を済ませる。すると丁度いい具合に、バッテリー交換終了のアナウンスが店内に流れる。
店員さんの説明では交換してみたところ、何の問題もなくエンジンが始動できたみたい。これでもまた故障するなら整備工場に行くべきとの事。まずは、めでたしめでたし。
お礼を言って車のキーを受け取る。
よかったね『おとうふ号』くん。これからは心を入れ替えて、ボンネットを開けてみることにするからね。……ん? 開けたからって良いわけじゃなかったっけ。
「まぁいいか。それより……」
園芸コーナーの夏のセールが気になる。
バッテリー交換が思ったよりも早く終わったし、バイトに行くにしてもまだ時間もある。ちょっとだけ見てみよう。
茜ちゃんの可愛い笑顔にまんまと釣られ、私はフラフラと外の園芸コーナーへ。
ホームセンターの園芸コーナー、つまり植物の販売コーナーは、春とはだいぶ様変わりしていた。
春先は一年草の苗が所狭しと並んでいて、果樹や野菜の苗もたくさんあった。
けれど真夏の植物売り場は、思ったほど商品が多くはない。むしろ春よりも規模が縮小されている気がする。
そのかわり、気軽に玄関先に飾れる大きな寄せ植えや、ハイビスカスの鉢植え、昼でも萎れないセイヨウアサガオの鉢植え等など。夏の暑さに負けない花々が主力みたい。他にも小型の鉢植えのひまわりやルドベキアなど、夏の色鮮やかな花々が売られている。
「暑くて植物も大変だものね……」
盛夏の今は、植物を植え付けるには不向きらしい。もちろんこれは葵の受け売りだけど。
つまり今は買い時ではない、ということ。
例え平日のセールだったとしても。
そんな園芸コーナの端の方で、「見切り品」「半額セール」等と黄色い札をはられた植物たちが並んでいた。
みんな萎れたり、花が無くなっていたり。多年草なら今買って来年の花に期待出来るけれど、一年草では買い手はつかないだろう。
可哀想だけれど、こればかりは仕方ない。
「ぬっ……?」
けれど見つけてしまった。
それは比較的大きなバラの鉢植えで、花は一つもついていない。
葉っぱは一部萎れ、暑さで疲れ果てている、そんな感じだった。
――オールドローズ『品種不明、赤花』
定価3980円のところ2480円。
更に特価 → 980円!
「な、なにぃ……これは」
何度か値引きされていたのだろか。それでも売れずに結果、7割引ぐらいの大特価。
周囲を見回しても既に薔薇の苗は置いていない。
札には「赤花」とあるので、赤い花のオールドローズらしい。でも、品種がわからないのでは価値も半減かしら。
これはもう完全な売れ残り。
葵の話しによれば、店員である妹の茜さんは植物には丁寧にポップを付けているらしい。それなのに『品種不明』とはかなりミステリアス。きっと入荷した時から名無しだったのかしら。
思わず手を伸ばして枝ぶりを診る。根はしっかりしているし、水をあげて涼しいところで養生すれば元気になるかも……。
「って、いやいや!? ダメだよ無駄遣いだし」
葵になんて言われるか。でも、自分のお金で買って、自分の家の庭に植えるんだし……いいよね。
しばし鉢の前で悶々と悩んでいたけれど、思わぬ出費で軽くなった財布を思い出す。
「お金を散財してどうする。ここは諦めよ……」
『……暑いヨ……』
「……ぇ?」
踵をかえした時、そんな幻聴が聞こえた気がした。
『……枯れちゃうヨ……』
「えぇ……!?」
ゲームの禁断症状か、二次元から三次元に戻ってきた私の脳が生み出した幻覚か。ボロボロになった名もなき美少女――薔薇の苗が、必死に訴えかけているように思えた。
捨て猫はほっておけない性分で、親に何度か怒られたっけ。
多分、ほとんどの人は商品価値のない謎のバラ苗に、興味なんて示さないだろう。
このあとはきっと殺処分(?)されてしまうに違いない。
なんだか急に切なくなってきた。
「紅葉さん、来てくれたんですねー、あ! 特売品に目をつけるとはお目が高い」
気がつくとジョーロを片手に茜さんが立っていた。
「これ、品種不明って……」
「そうなんですよー。他のオールドローズ苗と一緒に入荷したんですけど、入荷時点から札が外れてて。卸しに返品しようと思ったんですけど、店長が面白いからって」
「面白いって、まぁ博打要素はありますね」
「品種不明の『ガチャ』みたいだって」
「ガチャ……」
まぁ確かにガチャね。実は名だたる名花だったりして。
路地裏でズタボロになった美少女を助けたら実は名家のお嬢様だった……。なんてのはベタすぎるけれど、薔薇に関しては無きにしもあらず。
「……買います」
「ありがとうございます。お運びしますね!」
買っちゃった。
『……嬉しい。アリガト……』
後部座席に乗せた苗から、やっぱりそんな声が聞こえてきた気がした。
私も葵と同じ、薔薇狂いの病気にかかったのかしら。
<つづく>




