日向造園の父と子と
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葵の運転する軽トラは、『日向造園』と看板を掲げた建物の駐車場で停車した。
周囲には村役場や小さなスーパーマーケットなどがあり、村の中心にほど近く比較的建物の多い場所。とはいえ道行く人もまばらで寂れた田舎の風景には違いがない。目の前の通りも昭和の面影を残す、古き良き商店街といった雰囲気。
「ついたぞ、降りろ」
「ここですか?」
「見ての通り、ここがうちの店だ」
紅葉の家から車で走ること15分、意外と近い村の中心部に店舗はあった。
建物は立派な瓦葺きで二階建ての和風。一階は事務所となっているようで両開きのガラス戸の左右に『日向』『造園』と太い文字で書かれている。
「あら……? 結構立派ですね」
「結構とは何だ。送迎付きのバイトを雇うぐらいは儲かっているからな」
「送迎っていうか運搬された気分です。軽トラお尻が痛くなりますし」
「贅沢を言うんじゃない」
「うー」
つい先刻までは家主であり「お客様」だったはずなのに……。若干納得出来ないものを感じつつ、紅葉は葵と車を降りて店舗へと向かう。
建物を見上げると二階は自宅らしく、作業着がベランダの物干し竿で揺れている。葵の母親が行方不明もとい旅行中ということは、葵かお父さんが洗濯しているのだろうか。
と、店の横に大きな外国製のバイクが停車していた。
ピカピカのメッキホイールに、ハンドルがカマキリの鎌みたいに長い。たしかアメリカ映画で見かけるハーレーなんとかいうバイク。実に和風の造園業には似つかわしくない違和感。西洋の庭園と薔薇が好き……そんな人が好みそう。
「これ、葵さんのですか?」
「……いや、違う」
「えっ? だって」
「俺はバイクに興味ない」
否定する葵。
ということは、まさか……?
カラカラと横開きのガラス戸を開けると、途端に中から威勢のいい声が響いた。
「フアッ!? アオイ! どうしたその娘!?」
「声がでけぇよ親父。……バイトみつけてきたんだよ」
「マイガッ!? リアリー!?」
ガタッと椅子から立ち上がり、サングラスを外す。
「ひぃ!?」
いかつい黒い革ジャンを羽織り、革ズボンを穿き、指先がカットされた革手袋をつけていた。足元はカウボーイみたいなライダーブーツ。やや白髪交じりの髪をリーゼントでキメている。
革ジャンに金属のトゲトゲこそ無いけれど、世紀末の荒野をバイクで駆け回る映画に出てきそう。スマート体型のちょいワル親父。これがバイクの持ち主で葵のお父さんらしい。
造園業というイメージとはかけ離れているけれど、顔はどことなく葵に似ている。
「……ど、どうも、紅葉と申します」
思わず葵の背後に一歩下がりながら、斜めに会釈をする。
「無職なのでここで働きたいそうだ」
「ちょっと雑な説明すぎません!?」
「いいだろ別に」
「よくないです」
普段からぶっきらぼうな葵だが、親父さんの前だと更に言葉が雑になる。まさかこの男、照れているのか反抗期なのか……。
思わず半眼で葵を睨む紅葉。
「リアリー!? 大歓迎だよクレハ嬢! よく来てくれたね、ハッハー!」
親父さんは見た目とは違い実にフレンドリー。豪快な笑みを浮かべながら両手を広げ、アメリカンなリアクションで歓迎の意思を示してくれた。
「は、はい……。よろしくお願いします」
「イエス、ベリー助かるぜ! 伝票ピコピコが苦手で困ってたんだよ」
「ピコピコって」
「パソコンの事だ」
葵がため息混じりに耳打ちする。
「ついでに電話番も頼めるかい、ソーリー」
「パソコンも電話番も、たぶんできますよ」
「パソコンへの伝票入力は最初から了解済みだし、電話番も大丈夫だそうだ」
「イエス! 決まりだ」
親指を立てて、早速タイムカードを用意し始める親父さん。
電話番も伝票整理のパソコン入力だって、元社会人として出来ない仕事ではない。
簡単な履歴書を書いて契約完了。案内された席に座ると、どうやら葵のお母さんの席みたい。
今はどこかに旅行中だと言うけれど、親父さんの奥さんともなれば、相当の自由人に違いない。
「さて、やりますか」
事務室内は机が3つとデスクトップ型のパソコンが一つ。壁には仕事の予定が書かれたホワイトボード。
パソコンの電源を入れると、紙に書かれたパスワードを手渡される。そして葵が横から入力用ソフトとメーラーの使い方を教えてくれた。
「これが、そう」
「はい」
骨ばった長い指がディスプレイの前を行ったり来たりするのを目で追う。意外と丁寧な説明にちょっと感心する。
「……という感じだ、いいか?」
「出来ます。大丈夫」
「そうか」
なんだ出来るじゃん、とでも言わんばかりの安堵したような口調。
確かにこの半年、働いていなかったので正直不安だったけれど杞憂だった。椅子に座りキーボードを打つ指は滑らかに動くし、伝票だって以前やっていた仕事に比べたら、さほど難しいものじゃない。
ふと顔を上げると、目の前の壁にあるホワイトボードに「木枯」という文字が目に留まる。
「あ……」
赤く書かれている印は、紅葉の家に来る日だとわかる。それが3日おきに書かれている。なんだか、ちょっとだけ嬉しくなる。
外では葵と親父さんが、大きな五葉松を運び始めていた。根の部分が荒縄でぐるぐる巻きにされているので何処かに納品する庭木なのかしら。
席から立ち上がり様子を見に行く。親父さんは革ジャンを脱いで、上には和風の法被を羽織っている。
「立派な松ですねー」
薔薇以外の植物は全然詳しくはないけれど、それでも立派なものだとわかる。
「わかるかい!? これは五葉松、ボンサイ風に仕立ててやると見事なもんよ。日本庭園には欠かせねぇ主役だな。この、粋な葉の色合いがたまらねぇだろ」
嬉々として松の魅力を語り始める親父さん。溜息をつく葵。
「……親父はこう見えて、全日本五葉松普及協会の副会長なんだ」
「松の普及……!? 葵さんとギャップがありすぎますね」
「イエス! 松は最高だぜ? クレハ嬢ンところに庭があるなら、絶対にオススメだ! 間違っても薔薇なんて甘ったるいものは植えちゃぁいけねぇ。日本人なら松! 春夏秋冬、凛として変わらない生き様、姿が最高よ!」
「あ、あはは……?」
見た目はアメリカンな世紀末覇者で、五葉松押しの親父さん。
息子の方は英国風トラッドスタイルに身を固め、薔薇が好き。
全然違うけれど、実は似た者親子なんじゃないかしら……。
苦々しい顔で反論したそうな葵だが、紅葉に目配せをすると、静かに首を横にふった。
言うだけ無駄、話がややこしくなる、ということだろう。
そこはお察し。笑顔で頷きながら適当に話を聞き流す。
「じゃぁ俺は親父と仕事に出てくる。3時には戻ってくるから」
「ソーリー! 店番、頼んだぜ、クレハ嬢」
「任せてください、いってらっしゃい」
軽トラの荷台に五葉松を積み込んで固定し終えると、二人は乗り込んだ。そして軽いエンジン音を響かせながら走り去っていく。
乗り込むと車内から「松が」「薔薇が」と噛み合わない会話が聞こえてきたけれど、仲のいい証拠だろう。
「さて、店番しなきゃ」
葵たちの背中を見送った紅葉が夏空を見上げる。
成長する入道雲に、蝉時雨。いつもと同じ空のはずなのに、なんだか新鮮な心地がした。
<つづく>




