琴音は頭を抱えます。
「遅くなりました‼……あぁぁ、やっぱり……」
例年通り、頭を抱えたくなるような光景である。
祖父は怪しい手つきで鍋を取ろうとし、長兄が必死に止めている。
双子でもない二人の兄は何故かよりにもよって、包丁を振りかぶって……。
「兄ちゃんたち‼また子供の頃のちゃんばらじゃあるまいし‼しかも包丁で遊ぶな‼新年早々から、何してるの‼それに、父さん?」
「琴音……」
「わぁぁ‼また手を切ったの?もう、じいちゃんも父さんも外‼俺たちがする‼」
台所を追い出し、戻ってくると、また遊び出す下の兄二人に蹴りを入れ、
「楽器と食べ物を大事にできないなら、出てけ‼馬鹿兄‼」
「新年早々から何をしているんだ‼器の準備に、おせちを運んでこい‼」
とどめの琵琶の一言に、二人は頬を膨らめつつ、去っていく。
「ごめんなさい。お兄ちゃん。遅くなりました」
「それはいい。奏ちゃんがまだまだ慣れないだろうし、琴音は大丈夫か?」
「大丈夫。手伝うよ。本当に……お兄ちゃんは仕事に育児に大変なのに……お正月から大変だね」
「普段は結花が色々としてくれるからね……それに、琴音はできた弟なのに……何で龍と信乃は……」
「お兄ちゃんができた人だから。あ、お兄ちゃん」
兄弟はお雑煮を作っていく。
帰ってきた龍と信乃にはできた順に運ばせていく。
おかわりと戻ってくる器に載せていくと、最後には食べる間もなく洗いものになる。
もう、その頃には琴音も琵琶も無言で黙々と片付けていき、終わったときにはぐったりである。
「……戻るか……」
「うん、お疲れ様でした。お兄ちゃん」
「お前こそ……あっ!そう言えば、母さんの……」
「忘れてた‼……お兄ちゃん……あの人たち来ないようにできないかなぁ……」
渋い顔の琴音に微妙な顔で琵琶は、
「私たちが物心ついた頃から当たり前のように来てたからな……」
「母さんの実家に行くのなら普通だけど、妹の嫁ぎ先に押し掛けるって非常識だよね」
「まぁ、そう言うな」
「だって……母さんが可哀想だ」
琴音の言いたいことは良くわかる。
琵琶も昔から何度も遠回しにだけではなく、きっぱりと言ったことすらあるのだ。
しかし、懲りずにやって来る。
さも当然のように……。
と、玄関の辺りが騒がしくなってきた。
早足で向かうと、誰も迎えに来ていないのに堂々と靴を脱いでいる一団がある。
去年までは一応奥から出てくるのを待っていたのに、去年以上に悪質化している。
その様子に、一気に険しい顔になる。
「何しに来られたんですか?」
冷たく言い放つ琵琶に、ツルッとはげ上がった頭を隠すために、横髪を必死に流している初老の男が、
「あぁ、新年明けまして……」
「おめでたくありませんよ‼去年、あれだけ言いましたよね?家族と過ごすので今年は来ないでくださいと‼」
「私たちも家族ではないか‼」
「母の実家の人間でしょう‼お帰りください‼私たちは家族で静かにお正月を過ごしたいんです‼いい加減にしてください‼」
琵琶の一喝に、走り出そうとした従兄弟達の子供たちを止めるのは琴音である。
「悪いけど、帰って。新しい家族もいるんだよ。初めてのお正月を静かに過ごしたいんだ」
「何で~‼」
「お年玉~‼」
「……ここに来てたかるな‼いい加減にしないと、警察呼びますよ‼新年早々から図図しい‼」
琴音が睨み付ける。
すると、琴音の背……奥から二つの足音が響いた。
「どうした、どうした‼」
「又来たのかよ。去年帰れ‼って言ったよな?帰ったら来る?来るなよ‼全く‼」
「帰ってくれ。正月早々から、何考えてんだ‼二日以降に来やがれ‼」
龍が腕を組み、顎で示す。
信乃も大きく腕を広げ、大袈裟に玄関に向けて動かす。
「お、お前たち‼伯父に向かって‼」
「伯父と思ってねぇから安心しろ!」
「そうそう。おっさんたち、こっちにたかってばっかりで、俺たちにお年玉ひとつくれなかっただろうが」
「それに、何だっけ?おっさんの息子がどっかの名前も知らねぇ学校に入ったから祝い金だの、成人式だなんだと要求してただろ?それに確か、おっさんの息子もここに来て、家を建てるから金をくれって言ったらしいなぁ……?」
「おかしいよなぁ……?」
龍がスマホを取り出し操作すると、声が聞こえる。
『ですからね?オジさん。家を建てるので、お金を少し融通してくれませんか?えぇ、ここに負けない家をと父と言っていますので……そこそこ、いただけると……』
ざぁぁ……
青ざめる男たちに、信乃がずんずんと歩いていき玄関の鍵を閉めつつ、操作していたスマホを耳にあて、
「もしもし?警察でしょうか?お正月早々すみません。先日相談した件なのですが、やはり今日、例の親戚が家に来ておりまして……はい、今すぐ来ていただけませんでしょうか?……えぇ、そうです。よろしくお願いいたします」
「わぁぁ‼信乃‼お前‼」
「えぇ、今、おりますので……よろしくお願いいたします」
玄関の鍵の前にたち、信乃はにっこり笑う。
「家に来たんでしょう?お待ちいただけますか?」
「待て、開けんか‼わしらは関係ない‼息子が勝手にやったんだ‼」
「何だと?親父が言ったんだろう‼梶谷のおじさんに頼めば出してくれるだろうって‼逃げるなよ‼」
親子が掴み合いの喧嘩を始める。
「いい加減にしやがれ‼」
「このおっさんが‼おとなしくしとけ‼」
二人の兄が引き剥がし、本物の警察が到着すると突き出し、一応情報を持っている龍と信乃が、
「ほんじゃぁ、いってくらぁ‼」
「兄貴、琴、母さんには気にしないで奏ちゃんと話していてくれってな」
「おいおい、私が……」
「いや、ちびたちも頼むわ‼」
「じゃぁな‼」
と、何故か楽しげに出ていったのだった。
琴音は、
「お兄ちゃん……兄貴たち、大丈夫かなぁ?」
「まぁ、一応常識と非常識は違うことは徹底的に言い聞かせておいたから……琴音。何か疲れたな……」
「うん……鍵かけて中に入ろうか」
鍵をしっかり閉め、そしておせちだけでも食べようかと、二人で話しながら奥に入っていったのだった。
ある程度兄弟で頭脳派、悪巧み派と別れているようです。