クリスマスの次のイベントはこれです‼
梶谷家は、年末、女性陣である末っ子の嫁を含めた6人でおせち料理を作り、そして、男性と子供たちは稽古納めをして、年越しそばを口にし、その後、神社に向かうのだが、
「え?えぇ?どこに行くの?」
余り着物を着なれない新妻を嬉しそうに着飾らせる琴音と結花、琴音の次兄と三兄の妻の梓と智尋に、おろおろと問いかける。
「ん?管弦の神様を祀る神社に初詣だよ?奏」
「えぇぇ?でも、何で留め袖とか、訪問着じゃ……」
「晴れ着でしょ?はいはーい。髪は短いから、ちょっと可愛らしく……結花義姉さん、化粧は大丈夫?」
楽しげに微笑むのは化粧品一式を並べた結花である。
「大丈夫よ?梓ちゃんに智尋ちゃんも、お着物よろしくね?」
「藤娘風も素敵なのよね……季節は違うけれど。どうかしら、智尋?」
「そうねぇ……でも素敵だわ……。私たちはそんなに着なかったものね」
「え?」
奏がキョトンとすると、梓と智尋が、
「私たち同級生なの、信乃と。私と龍も、智尋と信乃も、できちゃった結婚だったから、こんなの着てられないわ……すぐにマタニティドレスよ」
「そうそう。おばあ様には嘆かれるし……結花義姉さんたちの方が子供たち小さいでしょ?結花先輩とお兄さんは、どちらも卒業してしばらく別々に活動されていたのよ」
「と言うよりも、付き合ってたのは学生時代で、卒業前には自然消滅でしたわね」
「えぇぇぇ‼」
衝撃の事実に硬直する奏。
仲の良い義兄夫婦の過去を聞いてしまったと、ぐるぐるしているらしい。
結花は微笑み、
「4年位してからかしら……?琴音くんが私のコンサート……と言ってもチャリティーコンサートね?立派なものじゃないわ……そこに足を運んで、楽屋に来てくれたの。で、『お姉ちゃん、何時になったら、僕のお姉ちゃんになってくれるの?』って。え?って驚いたわ。そうしたら、『お兄ちゃん、お姉ちゃんの電話番号ずっと見てるよ』って言われたの」
「琴音が?」
「だって‼お兄ちゃんが‼携帯変えても、お姉ちゃんの番号と写真だけは移して、ずっと見てるんだもん‼いい加減にしてほしいけど、お兄ちゃんの性格だと絶対に尻込みするから、僕が調べて会いに行ったの」
奏は呆気に取られる。
長兄の琵琶の代わりにプロポーズしに行ったとは‼
結花は照れたように、
「私もね……音楽の道を進んでても、他の人とお付き合いらしいことはしてなかったのよ。だからそろそろ見合いとか、親が言ってきてもその気にならなくて……で、こちらにご挨拶に伺ったのね。疎遠になってしまったし、久し振りにと……その時に再会して、で、もう一度付き合うようになって……あ、ちゃんとプロポーズしてくれたのよ?」
「良いなぁ……お義姉さんたちは」
「私たちなんて、『出来ちゃったし、はい』って婚姻届よ?色気ないわ~‼信乃は‼」
「私もそうよ。『ふーん。じゃ、結婚するか?』よ?この馬鹿龍‼って殴ってやったわ」
それはそれで凄まじい……が、言いようもなく黙っている。
が、
「琴音くんと奏ちゃんのことを聞いたとき、羨ましいわって本当に思ったもの……」
「本当‼素敵よ‼」
と梓と智尋に言われ、いつの間にか末っ子の嫁に納まってしまった自分に申し訳なくなる。
「あ、梓お義姉さんも、智尋お義姉さんもご挨拶ができずにすみません」
「良いのよ。前もって旦那を介して聞いていたし……でも良いわ~‼学生結婚‼」
「しかも旦那さんの琴音くんが年下‼」
「しかもプロポーズ‼クリスマスイブ‼恋人同士で……良いわねぇ……」
その時は恋人未満で、押しきられましたとはどうしても言えず、視線をそらすと、にこにこと言われている当人が手を振っている。
頑張れといっているらしい。
「あ、一応……」
「お式は5月か6月だって聞いたわ。お式の準備も楽しみね?」
「そうそう。神前式に披露宴は……」
「あの、私は……」
実は、奏は両親を早く亡くし、親族とも疎遠で、友人らしい友人も……。
「奏、ごめーん‼披露宴、じいちゃん達があれこれ決めちゃって、こっちのお弟子さんとか、奏も知ってる演奏家の方とかが主になっちゃって、俺も友人呼ばないんだ~‼ゴメンね‼」
「そう言えば、私もそうだったわ~」
結花も苦笑する。
「一応大学の先輩って言っても、演奏家の方とか二人とも仕事関係でしょ?披露宴と言うよりも、仕事のお話ばかりね」
「許してね?新婚旅行も、何故か家族旅行……梓姉さん、智尋姉さん、兄ちゃんたち置いていかない?それか演奏会狙っていこうかな?」
琴音の言葉に、二人は楽しそうに、
「それは良いわね‼子供たちも置いていこうかしら」
「それは無理よ。子供たちはつれていかないと。あ、パスポートは持っていく?」
「そっちが良いかしらね」
「そうそう」
うふふと嬉しそうに笑う。
「旅行まで‼あのっ……そんなお金……」
「お金のことはナーシ‼奏は家に来てくれるだけで良いの。ほーら出来た。じゃぁ、行こうね?」
スーツにコートの琴音はニッコリと、手を差し出す。
そして、父親の車の助手席に琴音が、後ろには姑の沙羅と並んで席についたのだが、振り袖と、後ろの帯が乱れないように、背筋を伸ばして座っていなければならず、慣れている沙羅に比べ、かなり体力を消耗した。
しばらく走り、神社の駐車場に停まると、先に降りた琴音が扉を開ける。
「大丈夫?真っ青だけど……」
「帯がきつかったのかもしれないわ、少し休んでからにしましょうか?」
「あ、大丈夫です……ゴメンね。ちょっと手伝って……」
手を借りて降りると、少し肌寒い、でもスッと通る空気を吸い、微笑む。
「うん。平気。ありがとう、琴音」
「……めちゃくちゃ可愛い……」
「わぁぁ‼苦しい‼それに人前‼やめて~‼」
「あらあら新婚さんは良いわね……」
周囲はかなり暖かい視線を向ける。
奏はお正月をほぼ一人でだったため、困惑もあり、それで少し嬉しかったりもする。
おせち料理を作るのも知ってはいたものの、大量に作るとは思ってもいなかったし、でもそれを飾ったり、詰めていくのも楽しかった。
年越しそばを皆で食べて、お雑煮を作る準備をしておくと言うのは初めてである。
「琴音に奏ちゃん、こっちだよ」
「はい‼琴音、行くでしょ?はい、離れる‼」
「えー、もうちょっと‼」
「だーめ‼初詣です……手を繋ぐのは良いよ?」
「やったー‼」
兄たちの言葉に離れ手を差し出す琴音に、そっと手をのせる。
「さぁ、行こう。挨拶挨拶」
「引っ張らないで~‼歩き慣れてないから」
「あ、そうだった。ゴメンね」
すると、指をからめ、並んで歩き始める。
慣れていないこともあって、俯きがちの奏の視線に合わせつつ琴音はこころもちゆっくりと鳥居をくぐり、御手水で奏の長い袖を持ち上げ手助けし、そして人混みの中お詣りする。
そしてぐるっと回り、神殿の中に入ると椅子が設けられており、そこに腰を掛け直々にお祓いを受ける。
「毎年の事だからね。家では」
「……そうなんだ……」
「それに……」
一通りの儀式が終わると、祖父に手招きをされ、琴音と手を繋いだ奏が近づいていく。
「お忙しいのに申し訳ありません。年末お伝えしていた、末の孫の琴音とその嫁の奏と申します。琴音が先に籍をと言うことで、すでに結婚はしておるのですが、日を改めて式をと思っております。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「初めてお目にかかります。奏と申します。よ、よろしくお願いいたします」
頭を下げる。
にこにこと温厚なこちらもおじいちゃんといった風情の禰宜さんは、
「おや、琴音くんもそんな年でしたか……私が年を取るのもわかりますなぁ……」
「私とかわらんではないですか」
「そうでしたね……」
二人は笑うと、
「では、後日、式の時によろしくお願いいたします。琴音くん、奏さん」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
と深々と頭を下げる。
「本当に似合いのお二人ですな……」
「まだ若いのですが、琴音自身がどうしてもと……」
「それはそれは……昔はあんなに……」
「や、やめてくださいよ~‼神社のおじいちゃん‼」
「神社のおじいちゃん……?」
奏はキョロキョロと見ると、プッと噴き出す。
「琴音くんは、お兄さんたちと年が離れていて、もう、甘えん坊だったんですよ。お母さんや琵琶くんにしがみついて……」
「……言わないで欲しかったです」
顔を隠す琴音を示し、
「でも、お兄さんたちの、特に琵琶くんのことは時々ここに来て『今年こそは、お兄ちゃんが結婚できますように……』と……ここは縁結びじゃないのですが……」
「縁結びとか分からなかったし、それにお兄ちゃん結婚して欲しかったし‼」
「で、式の時にお二人に伝えたらビックリしてましたよ」
「……恥ずかしいから、話してほしくなかったのに……」
うめく。
「でも、琵琶くんと結花さんは喜んでいましたね。特に結花さんは涙をこぼして……この神社と琴音くんが結んでくれた縁だと……そんな琴音くんが結婚とは……私も嬉しいですね」
「……おじいちゃん……ばらすなんてひどい……」
「おやおや、琴音くんがこんなにいい子ですよと伝えたかったのですがな?」
「ありがとうございます」
奏は微笑む。
「琴音……私は6年……もう、7年になるのですが、琴音や梶谷家の皆さんとご縁がありますが、夫や家族のことを今日はたくさん知ることができました。本当に嬉しいです。まだ未熟ですが、梶谷家の人間として頑張ろうと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。……そう言えば、奏さんと言うと、琴音くんが……」
「それはもうなし‼やめて~‼」
琴音の声に、年長の二人は笑い、奏は手を握り返したのだった。
一話完結予定でしたが続きます。多分……。