バラのコサージュの婦人(4)
小さいアルバムの中には、武実の若い頃と、バラの婦人が若い頃の写真が何枚か入っていた。
ヨーロッパのホテルのベランダで並んで写っているもの、コサージュの展示会のような所。いろいろな花を飾ってある会場。
その展示会のあいさつ? なような舞台で武実がバラの婦人の肩を抱いて、二人でにこやかに笑っている写真。ドレスやスーツにアレンジされたコサージュ。
いったい、なんだっていうんだろう?
私のお腹の底から怒りに似た感情がわいてきた。
この人はきっと、小さい頃からちゃんと誰かに愛されて、大事にされてきたのだろうと思った。
だから、武実から示された愛情を当然のように受け取り、それが自分から離れる事はないと、信じていられたのだろうと。
この人とあたしとの関係はバーテンダーとお客様というそれ以上でも以下でもない。そのあたしに、これを送りつけるというのはいったいどういうことなんだろう?
武実に直接送ればいいものを。
武実がそれを無視し、葬り去る事を想像したから、あたしに送りつけてきたに違いなかった。
その日、私はすごく不機嫌になった。
だけれど、とにかく仕事だ。
仕事を始める事で気持ちを切り替えることができる。
私は自分の城をくまなく点検し、今日も最高のカクテルを提供しようと心に誓った。
また国内の出張に出ていた武実が帰ってきたようで、ぶらりと店にやってきた。その顔を見て、あたしはますます不機嫌になった。
あたしの足元にはまだ処分していないバラの婦人からの包みがあったので、それをこっそり、足で蹴飛ばした。
でも表面はいつも通り、ただのバーテンダーとお客様で過ごした。数人のほかのお客様の出入りがあり、初めてのお客様はいなかった。また来て下さるお客様というのはありがたい。
仕事に没頭することで、機嫌も直って来ていて、そうなると家に帰って、武実にバラの婦人のことを問いただしてみたいような気持も出てきた。『この手紙をあなたがお読みになっている頃、私はもうここにはいません』と書かれていた『ここ』とはどこなのか? この店ということではないだろう。日本なのか? この世ということなのか? 彼女は命を絶ってしまおうと思っているのだろうか? それを止めないあたしのことを、責めようとしているのだろうか?
こんな変な余韻を残されたことが、本当に憎たらしかった。
次の日の朝、まだ武実が目覚める前に、あたしは武実に甘えた。
「おい、どうしたんだよ? こんなに変な時間に」
「一緒にいたかったの」
とあたしは言った。
「ほう、珍しいこと言うね」
と武実は言った。あたしは武実の身体にかぶさり、まだまどろんでいる武実のぼんやりしている身体が生気を取り戻すように、武実の身体の隅々を探った。
眠っていた武実はむっくりと起きて、あたしにちゃんと答えてくれた。
それからあたしは武実のベッドで眠ってしまい、ふと気が付いた時にはもう昼を過ぎていて、武実はいなかった。
ぼんやりと天井を見つめると『この手紙をあなたがお読みになっている頃、私はもうここにはいません』というバラの婦人の言葉がまだあたしの頭の中に残っていて、じっとりと恨みがましくあたしを責めていた。
今日は、少し早めに行って、まずあの小包を整理してしまおう、とあたしは思った。写真も手紙もみんな、ばらばらに切り刻んでしまおう。
『どうぞ幸せな人生を歩いて下さい。
村沢様にどうぞよろしくお伝え下さい』
という言葉もまだ心に残っている。武実には、もうあたしの身体でたっぷりとよろしく言った。そして、あたしは幸せな人生を歩くわ、と思った。
自分を不幸だと信じて、自分の不幸を振りまくような、そんなコサージュなんか作りたくない。まだ揺らめきそうになる心を労わるように、あたしはゆっくりと起き上がった。




