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バラのコサージュの婦人(2)

「最近はコサージュ作りをお教えしているの。作る楽しみは分ける事ができますものね。そういう時にはね、もちろん、そういったグラスにアレンジしたものやね、リースやらも作るから、クリスマスシーズンにはね、習いたい方も増えるのね」

「リースはいいですね」

「そうね」

 何か気に障ったのか? ふっと不機嫌な表情を残して、婦人は黙ってしまった。

 次にそのバラの婦人が現れた時、胸にコサージュがなかったので、あたしはドキリとした。やはりこの間の会話が気に食わなかったのだろうか? でも、また店に来てくれたということは、あたしのカクテルが気に入ってくれているということなのだろうか。

 その日は、ほかに若いカップルの客がいたので、あたしはバラの婦人に何も話しかけなかった。ただ、心をこめてカンパリ・モヒートを作った。

「なにか、いつもと味が違うような気がするんだけど…、なにかあったのかしら?」

 婦人の方に寄って、カップルの軽食を用意していたら、婦人が話しかけてきた。

「え? おわかりになりますか?」

 と答えた。だけど味が変わっているはずはなかった。いつもきっちり量っているし、特になにかがあるわけない。だけど、そんな風に言う人はそう言いたいのだ。自分が特別に人の中に何かを見出せるということで優越感を持っている人もいる。

 あたしはとにかくお客様に気分よくこの場所にいてもらいたい。だからお客様の意向に沿うように答えを選びたい。

「なにか、悲しいことでもあったのかしら?」

 と続けて婦人が聞いたので、心の中で(はぁ?)と思い、少し面倒くさく感じたけれど、そこに武美が入って来たので、空気が破れて息がしやすくなった。

武美がこんなに早い時間に来ることはめったにない。これからまた仕事に戻るのかもしれない。武実の雰囲気にアンテナを合わせながら、婦人のことにも気を配った。今、二人は私にとっては同等のお客様だ。

武実は婦人の隣の席を一つ置いて座って、メニューを眺めていた。

「いつものでよろしいですか?」

 と武実に言ってみた。いつもの、なんてないんだけど。だって武美は決まっていないもの、変わりやすいものを好む。新しいものがあったら、新しいものを好む。

「そうだね、たのむよ」

 とあたしの答えを受けて、武実はたぶんおもしろがっている。あたしたちだけに通じる謎かけあい。さてさて、何をいつものにしようか、と心が騒いだ。

 まずカップルの食べるベジタブルサンドを用意して、武実のカクテルを作った。武実はなんでも飲める。まあ、ダイキリでいいかな、と思った。

 そのグラスを武実の前に置くと、

「あら、好みがお変わりになったのかしら?」

 とバラの婦人が武実に言い、武実は目を丸くして婦人を見つめた。

「おわかりにならない?」

 と婦人が言った。

 カップルは二人の世界に入っている。あたしはなるべくカップルの方にいるようにして、婦人と武実のやりとりにアンテナを合わせた。

「あ? どこかでお会いしたことがありますか?」

 と武実が答えた。

「あらいやだ。ほんとうに忘れていらっしゃるの? いやだわ」

 と婦人が言った。

 あたしは気まずい雰囲気が積もらないようにと願いながら

「何か軽い物でもお作りしましょうか?」

 と婦人を見つめた。

「今日はカンパリ・モヒートの味が違う、その意味がわかったわ」

 と婦人が言った。

 あたしは返事をしなかった。もしかしたら武実とこのバラの婦人は、昔つきあっていたことでもあるのかもしれない。でも、そんなことは、あたしにとってはどうでもいいことだった。

 武実がちらりとあたしの目を見るのがわかった。あたしも一瞬目を合わせた。

「私が悲しかったのだわ。だから、味が違っていたのね」

 と言うと、婦人の目からポロリと涙がこぼれた。

「あなた、お若いからまだおわかりにならないと思うけど…。私の年になるとね、昔、自分が一番輝いていた時がふと懐かしくなることがあるの」

 とバラの婦人はあたしに諭すように話し始めた。

「その時は、自分が色あせるなんて想像もできなかったわ。毎日がバラ色だったの」

 下手に返事をしない方がいいと思い、あたしは洗ったグラスを拭きながら、ただにこやかにしていた。

「その輝きがもどらないことはわかっています。でも、その輝きをくれた人にもう一度会いたくて探していたの」

 と、婦人はそっと武実の方を見て、武実は一瞬、真顔になった。

「ねえ、まだおわかりにならないの?」

 と婦人は言った。

 武実はそつのない笑顔にもどり、

「誰かとお間違えではないですか?」

 と言った。

 その時、あたしは武実の中にときどきのぞく、氷のように冷たい何かを感じた。

「もし、私のことをご存じで、探していたとおっしゃるのなら、私の会社なりどこなり連絡することは可能だったと思いますが…」

 はて、武実は本当にこの人のことを覚えていないのか? バラの婦人が勘違いをしているのか? まあ、そんなことどうでも良かったのだけれど、二人のやりとりを待った。

「私、お花を作るのをやめたの。その日にちょうどあなたに会えたなんて、奇跡だわ」

 婦人はカクテルをぐっと飲み干すと、

「お会計お願いしますね」

 と言った。その目はうるんでいて、また涙がこぼれそうだった。

「もし、お花を作るのをおやめになったのなら、その記念日ということで、今日はお題はいただきません。これまでのお礼もこめまして、今日のカクテルはわたしから、贈らせていただきます」

 あたしはなるべくごてごてにならないような言葉を選んで、感情を込めずにさらっと言った。

「ありがとう」

 婦人はさっと立つと、

「ずいぶんと、よいご趣味ね。お若くて礼儀も正しくて、よく飼いならされているわ。そのあなたの審美眼にかなった時があったということだけでも、誇りにしないといけないわね」

 と武実に言い、バーを出て行った。

 武実は一瞬きょとんとしたけれど、あたしの方を見ずに、

「おかわり」

 と言った。

 ほどなくして、サンドイッチを食べたカップルが「おいくらですか?」と聞き、支払いを済ませて店を出て行った。

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