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足長おじさん(2)

 高校からアルバイトをしていたけれど、卒業したらすぐにその会社で営業の仕事を得た。それが武実の会社だったということは、武実と会った時に初めて知った。武実はあたしの立ち位置から見たら、まるで神様みたいな存在で、その人が個人的にあたしに好意を寄せてくれているという事実はまるでおとぎ話のようだった。

 あたしは外勤が多かったのだけれど、ときどき自分の机であたしがパソコンに向かって仕事をしている時、ふと武実がその部屋に来る事があった。武実はいくつかの会社のトップを務めているから、一つずつの会社に来る事自体そんなに多いことではなかったし、来たからといって社員に一人ずつ挨拶するわけでもないし、ただ通りすぎるだけだ。

 でもそのなにげない時間に、武実と直接話をしたことがあるということが、強くあたしを力づけて、自分が特別な存在になったように感じられたものだ。

 その会社で一番偉い人から直接連絡をもらい、気にかけてくれているということで、あたしはどんどん調子に乗っていた。だから、その会社にずっと勤めようと考えていた。

二十一歳の誕生日を迎える時に、武実から誘いを受けて、夕飯をごちそうになった。

オフィスで働いているいっちょ前の自分がけなげだな、と自分で思っているようなそんな、自己チューのあたしだった。

「覚えてる?」

 と武実が言った。

「ええ、何でも覚えています。村沢さんがあたしのことを支援して下さって、アパートも決めることができましたし、今の仕事にも就く事ができましたし…、その前からグループホームの方にも多大なご寄付をいただいているということは、養父母というか…、施設の方からもなにげに聞いていましたし…」

「そんなことじゃないよ」

 あたしは武実を怒らせたくなくて、身が縮こまった。

「まあ、君は三歳くらいだったから、忘れてしまっても無理はないけどね」

 と武実は意味ありげにあたしを見て、笑いながら続けた。

「ぼくが施設を訪問した時、ぼくに興味があるみたいで、ぼくに寄って来たんだ」

「はい…」

 その頃、あたしはまだ武実に敬語で対応していた。

「そんな子供たちはいるんだ。ぼくは子供が好きだから…、子供が好きだとわかる子供はなんだか寄ってくることがあるんだ」

 あたしは返答する言葉がわからなくて、目を伏せて、武実の言葉を聞き逃さないようにと緊張していた。

「職員は当然、そういう子を追い払おうとするんだ。なにかぼくに失礼があったら困ると…、たぶんそんな配慮からだと思うけど…」

 あたしは何か失礼をしたのだろうか? 今さらそんな昔のことで叱られる事はないとは思ったけれど、ますます緊張した。

「君は、そんな職員のことは気にせず、とにかく好奇心いっぱいの目をぼくに向けていた。で、人が止めるのもかまわず寄って来て、ぼくのこの人差し指をぐっとつかんで…、で、ぺちゃっと口に入れたんだ」

 あたしは恥ずかしさでいっぱいになり、顔が真っ赤に火照っているのがわかった。

「ぼくはそれでイチコロだった。ガキに。それも、自分の孫といってもいいような小さいガキにイチコロになった」

「はい」

 と言いながら、あたしはその時、小さく小さくなって、この世から消えてしまいたいと思っていた。

「君が女の子になるのを待っていたんだ。どういう少女になるのかと。そしていつか…、できればぼくは君と直接関わりが持てたらどんなにいいだろうかと」

 今は思う。それって、スケベな中高年おやじのまったくいやらしいただの落とし文句じゃないかって。それってつまり、ロリコンの一種なんじゃないか? って。だって。その頃の武実は五十歳くらいだったはず。あたしはただの何も知らない子ども。なんてオヤジなんだ?

 それから武実はあたしにプロポーズした。とは言っても、法律上の奥さんはもういる。だけど、生活の基点をあたしのマンションに移して、毎日はいられないけれど、たぶん死ぬまでの時間をなるべく多くあたしと過ごしたいのだと、まじめに熱く語った。

「君が二十歳を過ぎる日が早く来ないかと思っていた。その焦がれる思いがぼくをずいぶんと助けてくれた。苦しみとか辛い気持ちとか、ドロドロの人間関係のもつれとか、君もこれからそういうことをたくさん味わうと思うけれど…、そういうマイナスな気持ちは実際、ぼくをすごく不愉快にする。

 でも、その不愉快は他の物に置き換えられる。それは君と新しく築く生活というファンタジーだった。ぼくの場合」

「はあ」

 あたしはまったく惚けたように返事するしかなかった。その時点のあたしには返事できるような考えは見当たらなかった。

「ぼくはもう七十歳を過ぎている。いつまでも若くありたいと願って来たし、いつまでも少年の心を持っていたいと願って来た。けれどそれはそんなに簡単なことじゃあない。身体も心も少年のままでいるなんて…、できるわけないし。

年取って焦っているんだ。残り時間を少しでも多く君と過ごしたいと思っているんだ」

 あたしはすぐに返事をすることはできなかった。ただ黙っていた。

「すぐに返事をくれなくてもいいよ。待っている。ただしあまり長い時間待たせないで欲しいけど」

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