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足長おじさん(1)

すごく気取った物が書きたかったので、書いてみました。


 わりと有名な花屋さんから、今週の花を活けに従業員が来ていた。

とある公園の入り口にあるこの花屋が一番いいのだと、武実は言っていた。

 居間に花を欠かしてはいけない、というのが武実の持論で…、このマンションの部屋を買うときも、自由設計ができるマンションにこだわり、花を飾るスペースを自分でアレンジしていた。

「こんにちは」

 とその従業員が言った。

 う…。あたしにとっては、おはようだけど…と思い苦笑した。ナイティの上に簡単なカーディガンを羽織ってのこのこ起きてきた自分が、なんだか恥ずかしかった。

「こんにちは。大変ですね」

 と言ってみた。

「いえいえ、花に囲まれていることが好きなので」

 と笑顔で答えるこの人は、先週も来ていた人だろうか? たぶんそうだ。

「お、起きたの?」

 と武実がこちらをうれしそうに見た。その一瞬、その花屋さんの顔がくもったように感じた。

「おいで、ここへ」

 武実があたしのことを呼んだが、ただ武実に言われるままに隣に行く気がしなかった。ときどきそうだ。何かつまらない気分がやってくることがある。

「この花は何と言うのですか?」

 武実の言葉を無視して、紫色の丸い形をした花を指さして花屋さんに聞いてみた。

「ああ、これはギガンチウムというんです」

「へえ」

「形がおもしろいでしょう? ちょうど入荷してきたところだったので、一番にお持ちしました」

「かわいいですね」

「組み合わせが楽しい花です。このクリーム色のバラを散らせばいいと、頭の中ではなんとなくできあがっていたんですけれど、花器とのバランスはどうかしら…」

「すてきです」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、うれしいです」

 ちらりと見ると、武実は新聞に目を通していた。こちらの話を聞いているのかどうか? よくわからない。最近、武実と一緒に過ごす時間にふと「逃げたい」と思う事がある。逃げる必要なんかないのに。だって、あたしにとって今の生活は、昔には描こうにも描けなかったくらい完璧で、どこにも不足はなくて、このままずっと今の生活が続けばいいと思っているのだから。

「おれ、もう出かける。打ち合わせがあるから…、じゃ」

 武実は自分のことを淡々と済ませる。いつでも。

 あたしは今、その長くたくましい彼の人生にちょこっと絡まっているだけなのだ。そんな感じがした。

「帰りに、店に寄ってもいいかな?」

 赤茶に焼けた武実のおでこに、まるで描いたような深いしわが数本走った。

「いいよ」

「じゃ」

 武実はあたしの横をすりぬけながら、ふっとあたしのおしりに触り、あたしはその手の感触にすがって、着いて行きたくなってしまいそうになる自分を抑えて、花屋の従業員のほうにピントを合わせた。


 あたしの店は二十二歳の誕生日に武実がプレゼントしてくれたものだ。

 武実はあたしにとって、ずっと足長おじさんだった。母の育児放棄で放り出されたあたしは、父の事は知らなかった。でも、武実がいてくれたから、父というのは武実みたいな人のことを言うのだろうとずっと想像していた。

 

 あたしは小さいグループホームの養護施設で育ったのだけれど、武実はそういう児童養護施設をいくつか支援していて、多額の投資をしていた。あたしはラッキーだったと思う。武実は長い間、あたしのことに特に目にかけてくれていたらしい。養護施設にいる間にはわからなかったのだけれど、職員さんに目をかけてもらえたのも、きっと武実があたしに好意を寄せてくれていたからだろうと思うのだ。

 高校卒業と同時に自立しなければならなかったのだけれど、この時になって、武実は初めてあたしに直接連絡してきた。

 だれなんだろう? と訝しく思いながら、待ち合わせのお寿司屋に行った日のことは忘れられない。

「将来は何をしたいの? 大学には行きたくないの?」

 あたしはもう勉強なんかしたくなかった。学校という施設にも行きたくなかった。高校は出たほうがいいような気がしていたけれど、その先は早く世の中に出てお金を稼ぎたかった。自分一人の部屋で自分で生活をしてみたかった。

 そんなあたしに武実はバイトを世話してくれて、最初にアパートを決めるときにも援助してくれたのだ。


 よく援交という言葉がある。武実にもそんな意図があったのだろうか?

 わからない。たぶんあったのだろう。彼は三度も結婚していて、子供が六人くらいいるし、そのほかにも囲っていた女性は多かったようだ。女性という物が好きで、その扱いを心得ていて、武実にちゃんと見返りを与える女性を武実は求めていて、それが何なのかはわからないのだけれど、今、たまたまあたしは武実の私生活を独占している感じなのだ。

 今、彼の外見はただのじいさんなのだけれど…、それでも笑顔に魅力があって、ただそこにいるってだけでもなんだか人を惹きつける。あたしのことをちゃんと一対一の人間として扱ってくれる。時には執事みたいに世話をやいてくれる。お金をつぎ込んでくれる。それは武実の趣味みたいなものなのだろう、とあたしは思っている。

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