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 このガムリア世界は、今まさに滅びの危機に瀕していると言っても過言ではない。


 リュシャンテと言う世界において太陽を司る最高神の女神、ミラカヴァスラは頭を抱えていた。それもこれも邪悪なる魔王で、ミラカヴァスラを亡き者にし世界を奪おうと画策するガルムバースの所為である。


 故にミラカヴァスラは己の住処である神殿『星々より高く輝ける高殿』で己に付き従う二人の副神と頭を悩ませていた。


「本当さ、ありえなくない。魔王とはいえ自分の世界を作った神を殺すとか無くない? 言ってみれば魔王の国の土台を作ったのも私だしさ、魔王を生んだ母親を作ったのも私だからさ、私がおばあちゃんとも言えなくない訳じゃん? それをこの仕打ちって何なの」


 ミラカヴァスラは不満を次々に噴出させて自ら専用のソファーに身を投げ出している。


 最高神が腰かける為にガムリア各地から集めた伝説級の素材をふんだんに使った柔らかなソファーは、例えミラカヴァスラがどのように扱っても壊れるようなものでは無い。


「誠に。あのような者がこの世界に存在し、息を吸っているという事が私共も我慢がなりません」


 腰かけるミラカヴァスラの隣に付き従う副神の一人が尊大な態度で同意した。顎に蓄えた髭を大仰に撫でながら「魔王死すべし」と過激な発言をする。


「だよねー。あんな奴生きてる価値もないし。だけどなー」


 無駄に語尾を伸ばしたやる気のない言い方をするミラカヴァスラには不安があった。それは、魔王を殺しうる人間がいないことだ。


 無論、神である自らが出て魔王を屠ればいいのではないか、とミラカヴァスラは思うのだがこの髭の副神に拒否されたのだ。


「なりませぬ。なりませぬぞミラカヴァスラ様。あなた様はこの世界における絶対神で有らせられる。そのような御方が彼の欲と俗世に塗れた地に顕現しようものならあなた様が汚れてしまいまする。それに彼の地の統治は人間に任せてあるではありませんか。あなた様が動かれては凡庸な人間共は信用されて無いと思い信仰が薄れてしまいます」


 女神御自らがお手を汚す事も無いかと。と髭は言う訳だ。


 そう言われてしまえばそのようなものか、とミラカヴァスラは考えた。


「じゃあさ、人間に加護与えて魔王をぶっ殺してもらうのは?」


「いえ、女神様の強大な加護に耐えられる者がおりません」


 ミラカヴァスラの渾身の発案に口を出したのは、もう一人の副神だ。ミラカヴァスラの隣に控えた若い男は涼しげな顔を崩さぬまま進言した。



「こういうのはどうですか。例えば女神様が人間を御自ら誕生させ、かつ育成させるというのは」


 時間がかかりすぎる。どう想定してもミラカヴァスラの予想では十三〜四年はかかる。


 それまで待っていては殺されるのがオチだ。


 どうしたものかしらねぇ。


 考えが煮詰まりふと目線を上げたミラカヴァスラの眼に映ったのは、白亜の神殿の天井を丸ごとぶち抜いた先に広がる無限の星々からなる幾星霜をかけて作り上げた満点の星空だ。


 ふとある考えがよぎった。この世界にいる人間に加護が付けられないならあるいは、別世界の人間ならどうだろう。

もしかすればあるいは。


 全ては仮定だがこれならばなんの苦労を掛けることなく何もかもが上手く事が進むのではないかしら。


 そんな考えに行きついたミラカヴァスラの表情は素晴らしく晴れやかだった。


「良い? 私の言う事をよく聞きなさい。まずは水晶球を用意して……」


 女神の行動は全てを遍く飲み込む星空の中に消えていった。









「はい、こちら神様転生管理局です」


 そんな叶夢のやる気の無いダレた対応に。


「なに。その感じ馬鹿にしてるわけ? こっちはガムリアの最高神なのよ。少しは敬いなさいよ」


 声を荒げ、怒りを露わにする女の声。声は若いが神という者は年齢などあってないようなものだ。



 叶夢は声だけでもう面倒な事態が起きたと分かってしまった。しかも最高神ときている。

この手の話は面倒になるのが必定なのだ。



 全く、何をやらかしたのか。十中八九、転移か転生。受話器を握る手に嫌な汗が流れた。だがそうした感情が声に出ないよう叶夢は務めた。


「いや、すいません。これが俺の素なもんで。ガムリアの最高神様ね。この件は私、長谷川が担当させていただきます。まずお名前をお願いします」


『ミラカヴァスラよ。あなた、こっちの世界の神でなくて良かったわね。もし私の配下なら即、神敵にしてるわ』


 険のある言い方だが、確かにそっちの世界の神でなくて良かったと納得してしまい叶夢は静かに息を吐いた。


 

 ほら見ろ、厄介でめんどくさそうな()じゃん。


 電話の向こうでは『聞いてるの?』と喚き散らしているのが叶夢をイラつかせた。

 

 だめだ。癒し成分が足りない。

 

 現在進行形で痛める続けられているメンタルを何とかしようと視線を花香に向けると、紙の海からようやく抜け出して心配そうな目を向けていた。それに心配はいらないと手を振って合図すると、満面の笑みで片づけを開始した。



 が。被害が拡大しているのは多分見間違いだと叶夢は思い込む事にした。例え高く積まれた紙束の山が彼女が行動した結果に崩れていようと、その度にあわぁ、だの、あーだの聞こえたとしてもきっと気のせいなのだろう。



『ちょっと、聞いてるの? もしもーし』


「はいはい。聞いてますよっと。なんでしたっけ。確か、紙束が崩れた……までは聞いてたんですが」


『そんな事一言も言ってないわよ!? 全く、何も聞いてないじゃない。いいこと? もう一回言うから感謝しなさい。

そっちの管轄の世界から来た人間が全く戦わないから困ってるって言ってんの。分かったら何とかしなさい』


 どうも話を聞いていない内に随分と話が進んでいたようで、聞き捨てならない言葉が聞こえてしまった。


「え? 転移ですか? もしかしてまさか転生? 神様転生管理局(うち)何にも聞いてないですけど」


 ミラカヴァスラの言葉に叶夢は慌てて、聞き返した。


 地球の人間を転移、又は転生させる時はまず神転に話を通す段通りになっている。仮に神様転生管理局を通さずに天津神や国津神等の神々に話が通っていたなら何かしら神転に話が来るはずだ。


 そうしないと、居たはずの人間が忽然(こつぜん)と消えて、冥府の死神課特務実行部隊が混乱の渦に巻き込まれ様々な業務に差支えが出る。そしていつかは人間が死んだのでは無く、消えたのだという事になる。


 例え、失踪者、神隠し被害に遭った人間すら草の根分けて、砂漠の中の砂粒を探し当てるほどの死神課特務実行部隊がだ。

見つけられない。



 死んだ訳でもなく。消えるのだ。生きた痕跡は有るのに。死したという記録も残さず。


 するとどうなるか。結果は一つ。神転が死神課に連絡を入れていないと恨みの籠った苦情を熨斗(のし)付きで頂く事になる。例え叶夢が事情を説明した所で人間がいなくなった事に変わりは無いのだ。


 まずい。非常にまずい。今度は手からだけでなく、全身から嫌な汗が噴き出た。


 どこの地域の人間だ。アジア圏か。出来れば日本は避けてくれ。最悪の事態を想定するなら裁判官たる十王(じゅうおう)伊邪那美の命(いざなみのみこと)、又はその両者からダブルでありがたいお説教が来る。それは避けたい。


「ちょっとお待ちを」


 そう言うと叶夢はミラカヴァスラの返答を待たずに保留にして、すぐさま神垣の携帯にコールする。


 数秒の間をおいて神垣はあからさまに不機嫌な声で、


『何? 長谷川君。僕まだサボってる最中だよ?』


「非常に残念な事ですか、そんなこと言ってる場合じゃなくなりました。神垣局長。ここ最近ガムリアと言う世界で転生、もしくは転移を許可した覚えはないですか」


 その言葉に神垣は、うーん、と唸る。


『正直さ、基本的に君に任せてあるからねぇ。長谷川君がその、なんだっけ?』


「ガムリアです」


『そう、それ。そのガムリアについて長谷川君が覚えてないなら無いんじゃない? ちなみに言っとくと僕には全く覚えがないよ』


 頭を抱えた叶夢は唸った。非常に厄介な事になりそうだ。こっちに覚えは無く神垣にも無いとなると、もしかして珍しくいらん所でやる気を出した幽冥さんの仕業だろうか。


 細い記憶の糸をどう手繰り寄せても叶夢には幽冥が仕事をしていた記憶がない。なら花香か? いやそれは無い。彼女には極力において重要な仕事に関してはあまり手伝わないようにしてもらっている。


「よく思い出してください神垣局長。天津神の皆様や国津神の皆様に何か聞いてませんか?」



「いや、最近上の皆様方は極力干渉しない姿勢をとってるみたいでさ。最低限のやり取りしかしてないからね。触らぬ神に祟り無し。的な? そういう事で観賞に徹する的な? それにしてもどうしたんだい慌てて。君らしくも無い。

なんかあったの?」


「ええ、どうもそのガムリアに協定違反があったみたいです。今現状でガムリアの最高神から連絡がありまして。

どうやら無許可で転移、転生のいずれかを行った疑いありです」


 協定というのは、地球の神と異世界の神が取り交わした協定で、異世界に地球から転生又は転移を行う場合は許可を取り行う事と言うのが大前提だ。


一つ、地球の人間を異世界でも間違いなく人として扱うこと。


一つ、むやみに異世界に地球から人を連れて行かないこと。


一つ、神が転移者、又は転生者にむやみに危害を加えないこと。



一つ、その全ての裁量を地球の神々より預かりし神様転生管理局に委ね、神様転生管理局による決定に異議を申さぬこと。


一つ、協定を順守すること。


一つ、上記の協定を破る行為、又は意図的に協定の穴を突き悪用、もしくは故意に無視といった協定違反があった場合は甘んじて神様転生管理局の指示、もしくは介入を受け入れること。



 と細かく言えばまだまだあるが、大まかにはこういう事だ。基本的に異世界関連において全てを任されている神転は地球人が異世界で巻き込まれた事柄に対して全権を振るえる。


 基本的には異世界であっても世界を運営する者である以上最低限の常識を持ち合わせているから、どれだけ協定違反を起こしても指示だけで済む。


 これは、こちらの配慮もあっての事だ。あくまで異世界である以上あまり異世界の秩序を乱さぬよう指示だけで済ますのだ。

それを大体の異世界の神は分かっている。誰だって自らの世界に介入してほしくは無いはずだ。


 だが、稀にこういう介入案件を引き起こす馬鹿がいる。しかも全く悪びれる気配も無く。そして往々にしてそういう態度をとるのは先ほどのミラカヴァスラの様な最高神なのだ。


『協定違反? それはあんまり穏やかじゃないね。向こうさんの対応は?』


 協定違反と言う言葉に神垣の声が引き締まった。電話越しにもわかるヒリヒリとした気配だ。


『どーしたんですか局長。そんなぁ似合わない顔しちゃってぇ。顔の筋肉が()っちゃいますよ?』


 電話の向こうから幽冥の茶化す声が聞こえた。声が小さいことから少し離れた場所にいることがうかがえる。


『協定違反があったそうだよ。幽冥ちゃんサボり終わりね』


 神垣の言葉で幽冥のめんどくさそうな声が聞こえたがこちらに帰ってくるそうだ。


「で、どうします」


『僕もすぐ戻る。十王や伊邪那美の命からお怒りの連絡がない以上まだ公になっていないみたいだ。そっちはどうだい』


そっち、と言うのはミラカヴァスラの事と、死神課の事だろう。


「死神課からもまだ連絡はありません。向こうさんにはちょっと待ってもらってます」


『良いね。まだどこにもバレてないみたいだ。上の皆様や死神課の連中には怒られずに済みそうだ。長谷川君は僕が帰るまで適当に向こうさんの神様に話題でも振って間を持たせとて』


 電話から聞こえるバタバタとした足音を聞く限り神垣と幽冥は急いで帰ってきているようだ。


 神垣の、彼らが怒ると怖いからねと言う言葉で締められて電話が切れた。


さて、こっちは出来ることをしなければならない。叶夢はまず涙目でおろおろしている花香をなだめることにした。


「大丈夫だから。落ち着いて。そういや花香ちゃんはこういうの初めてだっけ?」


「いえ、あ、そ、そうですぅ。いつもは指示だけで済んでましたからぁ。で、でも……」


 随分と動揺しているようで、花香はしどろもどろに答えた。



「大丈夫だよ。いつもと同じさ。ただちょっと面倒なだけ、それだけさ」


「叶夢先輩がそう言うなら……」



 花香が落ち着いた所で保留を解き、叶夢は受話器に向かう。


「大変お待たせしました。長谷川です」


 すると、ミラカヴァスラではなく、貫禄と威厳のある男の声が怒鳴った。



『待たせ過ぎだ!! ミラカヴァスラ様はお待ちになるのに耐えられず私に代わるように命じられた。ミラカヴァスラ様を待たせるとは何事だ』


 受話器から声が漏れだすほどの大声だ。その声を聴いて花香はびくりと身を竦ませた。


 怒鳴りたいのはこっちだと叶夢は思うもぐっとこらえて、



「すいませんね」 


と絞り出した。すると男はそれが気に入らないかったようだ。


「なんだ。随分と不満があるようだな。不満が有るようなら連絡を絶っても良いのだ……」

 

 男が言い切る前に叶夢は静かに受話器を置いて電話を切った。


「と。叶夢先輩、大丈夫なんですか?」



「大丈夫。話があるのも、問題があるのも、電話を切られて困るのも全部向こうだから。またすぐにでも掛け直してくるよ」


 そう言い切ったが、このまま連絡連絡が来ないと困るのは叶夢も同じ、しかしすぐに電話が掛かってくるという確信があった。


 これはある種の駆け引き。こっちが強気に出る事でどちらが有利かを印象付けるためだ。失敗してしまえば非常に困った事になるがその心配はないだろうと確信したゆえの行動だ。


 

 すると。そう間を空けずに、電話が掛かってくる。


「はい、こちら神様転生管理局」


『先ほどは、申し訳ありませんでした。私ミラカヴァスラ様の副神を務めているラドスと申します。先ほどハイフ、同じ副神なのですが、大変な失礼をしてしまい』


 先ほどとは打って変わって礼儀正しい若い男の声だ。


 成程。先ほどの大声の男はハイフと言うらしい。叶夢としては先ほどの男やミラカヴァスラより話しやすそうなのでラドスと名乗る男を歓迎したい気持ちでいっぱいだった。あくまで気持ちだけだが。




 もう一度あのでかい声が聞こえようものならまた電話を切るつもりだった。相手が礼節を尽くすならこちらも同様だと思っている叶夢は口調を正した。



「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。|何故か突然通信が切れてしまって。どうやら機器の不調のようで」


 口調こそ正しいものの電話線を指に絡ませて手遊びする叶夢の表情は先ほどより堅い。


 頭の中が軽そうな女神にでかい声の脳筋風の男と来ればこのラドスと言う奴は頭脳派なはずだ。こういった手合いには一言一句気を払わねばならないことを叶夢は知っていた。


 何を仕掛けてくる。


 態度には出さず、さりとて緊張を緩めず。丁寧な言葉遣いを心がけて次の句を継ごうとした矢先にラドスが仕掛けてきた。


「こちらの恥を晒すようで気が引けますが、実はそちらの世界から呼び寄せた方はこちらの手違いで死なせてしまいまして、ええ、実に申し訳ない事です。ですので彼には加護を授けてミラカヴァスラ様の名の下にこちらの独断で転生させました」

 

 やられた。完全に奴ら確信犯でやってやがる。それも計画的にだ。


 ラドスの言葉が叶夢を揺さぶる。噛みしめた歯が悲鳴を上げるのを無視し、叶夢は思考を走らせる。



「ちょっと、花香ちゃん。アカシックレコードの記録を持ってきて」


 電話口を手で塞ぎ、花香に資料課から回されたアカシックレコードの記録をもって来てもらう。


 どこだ。アカシックレコードの更新がされていない、矛盾を起こしてる人間はどれだ。


 大量の紙束を素早くめくっていくが、その多さに中々見つける事が出来ない。叶夢は転生させた時期をラドスに問うと。


「三カ月前です」


と軽く言われた。


そういわれ三カ月前の記録を、ようやく見つけ出した。記録には。案の定。


「やっばい。死んだ記録が無い」



 神隠しに遭った訳では無く、失踪と記されてある。 


 神転が転生許可を出す場合、予めに天界に連絡を入れ、同じ冥府総務課の転生課に断りを入れる。これはしつこいようだが混乱をさけるためだ。転移ならそもそも神転から転生課に連絡など入れない。これはあくまで転移者が死なずに世界を渡るためだ。

 時代が変わろうと世界が変わろうと、その全てはアカシックレコードと言われる大三千世界の出来事すべてが刻まれるシステムに記録される。世界の始まりから移り変わりに至るまで、ありとあらゆる事柄全てを。それは誰がどこでどう死んで、何が在ってそうなったか、次はどうなったかまで事細かに。


 例え、異世界で死のうが、その全ての魂は循環の輪に組み込まれている。例外は神だけだ。


 なぜ、この場合がまずいのかと言うと、------異世界と言う冠は付くが------最高神が循環の輪から脱していない者を神の力をもって無理矢理に引っこ抜いたのが問題なのだ。


 

 するとどうなるか。結果が叶夢に突き付けられている。認めたくないと最後の抵抗で叶夢はラドスに聞いた。


「これってあれですかね? こっちの転生課には話は通して?」


「無いですね」


 電話の向こうでは何かミラカヴァスラとハイフが怒鳴っている。それはそうだろう。向こうにとってかなり都合の悪い事を平然とラドスは言ってのけたのだ。


 ただ都合が悪い展開になっているのは叶夢も一緒だ。


 どうする。叶夢は考える。死神課は気づいてなくらしくまだ動きを見せていない。だが転生課の連中はどうだろうか。

気づいてないというのは考えにくい。まだ大した事じゃないと楽観視しているという事だろうか。

秘密裏に処理するなら今だ。今動かなくては行きつく先は苦情の嵐と御立腹なお偉いさんのお説教だ。


だが、これを独断で決めるほどの権限を持っていなかった。その権限を持っているのは局長たる神垣ただ一人。

どれだけ悩んだ所で悩み考えた所でこれだけは変わらない。


「ねー長谷川。今どんな感じ?」


 聞覚えのある声が急に聞こえて後ろを振り返ると幽冥が背後に立っていた。いつの間に帰ってきていたのかわからない。

その後ろでは神垣が事の成り行きを見守っている。


 叶夢は再度受話器を抑えた。


「スゴイまずいですね。向こうさん勝手に人殺しておいて無許可で転生させた挙句、果てには加護まで付けてます」


 それを聞いた幽冥はうへぇと見るからにやる気を無くした。だがまだ言わなくてはならない事が残っている。


「えー、それ本当にしんどいやつじゃない? まじでヤバイ感じのやつ。私、残業嫌よ?」


「いえ。残念ながらまだヤバくなります。最悪残業だけじゃ済まなくなりそうですよ。幽冥さん」


 叶夢がそういうと幽冥だけで無く神垣までが引き始める。


「向こうさんが無茶苦茶して引っ張った結果、アカシックレコードに記憶さていなくて死亡扱いされずに失踪って事になってます。最悪------、転生課まで文句を言って来そうな状態になりそうです」



「うーん。どう考えてもやばいねぇ。長谷川君ちょっと電話代わるわってくれる? 僕が話してみるよ」


「どうぞ」


 事態の成り行きを見ていた神垣が叶夢に電話を代わるように言い、叶夢はすぐさま交代した。



「どーもお電話代わりました。神様転生管理局の局長、神垣と言います。ああ、そのままで結構」


 軽い口調で対応している。どうやら、電話の向こうでラドスが対応を代わろうとしたのを神垣が抑えたのだろう。


 そのやり取りから目を離して叶夢は携帯を取り出し操作する。電話帳を開き、ある人物を探していく。



「どーしたの長谷川。どっかに電話? まさか女に電話かしら?」


 にやぁ、と面白がる顔の幽冥が妙なステップを踏んで叶夢の方に、にじり寄っていく。


「違いますよ。っていうか茶化さないでくださいよ。死神課の吉田に探りを入れます」


 叶夢の背中に伸し掛かった幽冥が携帯を覗き込むが、叶夢は取り合わず、目当ての人物にコールする。


 一回、二回と何回か呼び出して繋がった。聞こえてきたのは聞きなれた軽薄な男の声だ。


『はい、吉田ぁ』


そんな適当な対応を無視してすぐに話を切り出した。


「おう。ちょいと聞きたいんだけど、今失踪扱いになってる人間って何人居る」


『どうした叶夢いきなり。なんかあったのか?』


「どうなんだ。居るのか居ないのか」


『そりゃあ、お前居るよ。居すぎて困ってるよ。閻魔帳が有るってぇのになんでこう失踪する奴がいるのかね。不思議でなんねぇよ。こっちは全部分かってるのにだぜ?』


 吉田が怠そうにぼやく。吉田が言った閻魔帳と言うのは、どこの誰が、何時、なんで、どうして死んだのかが詳細に書かれた物でしかも対象者がどんな人間でどういった行いをしたかまで詳細に書かれた死神の必須アイテムだ。


それは海外の死神も名は場所によって違うが同様の物を持っている。そんな物を持っていながらなんで居場所が分からなくなるかは叶夢も常々疑問に思っていた所だが今は好都合。


「確か死神課はどこの神の派閥だろうが問題なく機能するように世界中の死神をひっくるめてたよな?」


 死神は世界各地どんな場所でも居るもので、皆、自らの神の名において自分の仕事を全うする。

だが、世界の交通機関の発達により世界中の人間があちこちに分布するようになった。するとある問題が起こる。


魂の取り合いだ。例えばブードゥーを信仰する人間が神道を掲げる国で死んだ場合、どちらが管轄するかという問題が発生したとする。その場合、死んだ場所で処理するのか、それとも信仰していた宗教が処理するのかと言う事だ。


 もちろん揉めるし、実際に同様の問題が各地で発生せていたため、神々はある解決策を取った。


全死神を統合化して、各地に配属させるという制度を作り上げた。


 全死神連合。通称『全死連』というモノの誕生だ。死神は冥府、神界と様々な次元に部署を配属された。故に八百万よりは少ないが天使と並んで死神が多い。

そしてその割り振られて今ここの冥府に居るのが今叶夢と喋っている冥府死神課に配属している死神の吉田だ。


 吉田と叶夢は神になった時期がほぼ同じな為にこうして付き合いがあった。



『そもそも、いくら死神が多いからって人数が足んねえよ。一日で何人死んでると思ってんだ。よっぽどでもねぇ限り失踪者なんぞに人数割いてる余裕ねえよ』


「つまりまだ問題は起こってないって事だよな」



『ああ。なぁんにも起こってない。むしろ起こってほしくない。何だ? また面倒ごとかよ。大変だな神転は。言っちゃ悪いけど異世界に転生だの、転移だのと良くそんな七面倒なぁ------』


 吉田が声を掛けられた様で話が止まる。


「ん? そうそう。神転の長谷川。え? 代わってほしい? ダメダメこれ仕事の電話だから。そう言わずにさ。でどうしたの?」


 吉田が同僚に話しかけられたらしく声が遠い。


「うん? 閻魔帳の記載とレコードの記録が合わない奴がいる? いやいや。そんな筈ないでしょ。ちょっと見せて」


 吉田のうげぇと言う声がして声が近づいた。


『おい。まさかお前が言ってんのってもしかして。これの事か』


「ん? 何かあったのか。面倒な事態だな。死神も大変だろうけど頑張ってくれ」


『いや、急にらしくない事言ってきておいて関係ないこたないだろうよ。探りを入れてたのはこれの事か。まあ、何かあった……んだろうな』


 事態を大まかながら察してきたらしく吉田の声がダレていく。それはそうだ。叶夢から電話があった直後に謎の問題が発生した訳だ。これで分からない訳がない。


「我れらが神転には一切関係が無く、全く関与は無い」



『そう言う事にしとくよ。一応俺のとこでこの件は止めとくから安心しとけ。つっても長いことはもたんから早くな』


この同期の融通が利く、そういうところが頼りになるのだ。吉田に感謝しつつ叶夢は電話を切ろうとしてると。


『だから今度飲みに連れてけ。あのあそこだ。お前が祭られてる逢魔町のあの店なんつったっけか。あそこ結構雰囲気いいんだよ。特に九十九神だろうが妖怪だろうが神だろうが何だろうが受け入れるあの雰囲気が良いんだよな』



 まずい流れになってきた------。


 これが友人の残念なところなのだ。嘆息しつつ叶夢は携帯を切る事にした。


「アア、デンパガワルイミタイダ。ナニイッテルカワカラナイ。モシモーシ? アレ? ナニモキコエナイキルカ!」


『お、おい待てよ。まだ話は終わって------っ猫又はっ』



 残念ながら切れてしまい、吉田が何を言っていたのか聞こえなくなってしまった。不幸な事故だが電波状況の問題なら仕方ないと割り切る事にした叶夢はある特定の死神を一時的に着信拒否してポケットに携帯を放り込んだ。


 

 あの馬鹿に飲ませたら際限がないうえにウザい。


 一度それでひどい目に遭った経験が癒えない叶夢は極力吉田と飲まない事にしたしていた。


 「で、どうだったの? 死神課の連中はなんか掴んでたかしら?」


 幽冥が叶夢に伸し掛かったまま問う。


「ええ。丁度電話してる途中で気付いたみたいで。でも吉田が融通してくれてます」


ああ、あの長谷川の友達の。と幽冥が思い出したように言った。しかし、どうもピンときていないようだったが「まあ良いわ」と区切った。



 「長谷川君、こっちにガムリアの皆さんが来ることになったから」


 丁度電話が済んだようで神垣が受話器を置きながらそう言った。

 

 




  





 


 




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