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高等学園の召喚魔導士  作者: 甲斐
3/3

瞳に映るものはなく、口から流れる言葉に意味はない。

 普段よりも強い風に起こされる。目を開けると、薄暗い雲が視界の端から端まで描かれていた。辺りを見るまでも、起き上がるまでもない。

 肌にひしめいていく感触が教えてくれる。

 風は冷たく、それで熱く感じる体温に乾燥した空気。絶妙な気圧のバランス。

 少し崩れるだけで、一気に崩れてしまいそうな繊細さ。


「……近いうちに、荒れるな」


 どこかの誰かに言う訳でも無く、静かに呟く。

 ふと、隣でモドモドと動いている何かを感じずにいられなかった。視線をそちらに逸らしてみると、黒い炎に包まれている子供が寝ていた。

 燃えやすい気候なのか、寝ているからなのか炎が昨日よりも強くなっているのが一目で分かる。

 そこまで燃えておりながらも、熱を感じる事は無かった。

 燃え盛っている体に似合わず、とても可愛らしい寝顔に吐息。そこに居るのは無邪気な子どもとも変わらなかった。あくびの仕草も赤子に近い何かを感じる。


「……うっ…………うぅん……」


 知らず知らずのうちにホムラの頭を撫でていた。

 自分に可愛らしい存在がいたら、このような気持ちを抱くのだろうか。そんな事を考えながらも頬にもつついてみる。


「おおっと、ホムラの眠りは妨げないでおこう」


 そう聞こえない様に呟くも、眠りが浅くなってきたのか、程無くホムラは目を覚ます。

 正直、ホムラの寝顔はまだ見ていたかった。

 堪能したいとは違う――もっとも、忘れていたとは違う、心の底から溢れてきそうな気持を感じる。

 それは優しくて、力強く明るい色をした何か。

 何なのか分からないが、嫌いになれない。とても綺麗な色をしていた。


「……うぅん……オル兄、おはよう」


 何ともまぁ自分もついさっき起きたばかりか、その挨拶の声すらかわいらしく思えてしまう。

 自分でも分かってしまう。不思議と嫌いになれない。

 顔が――笑っているのだと。


「ああ、おはよう。ホムラ」


 目を覚めたホムラの身体は何一つも変化は無かった。空気による影響かもしれない。


「何か今日、燃えやすいね。僕の身体」


 自分の身体なのか、確認しなくても分かるらしい。


「空気が乾燥しているからじゃないか?」

「うん。きっとそうだと思うよ」


 ついでに、気になる事を聞いてみる。


「体が燃えやすいと、何か変わっている部分があるか?」


 ホムラは、自分で自分の身体を探るように何度も触ってみた後、ジャンプや少し走ってみるなどもやり始めた。

 どうして確かめる様に聞いているのか、他ならない自分自身が一番の疑問だった。


「う〜ん? そこまででも無いと思うよ?」


 疑問を隅に追いやると、声が掛かる。

 どうやら、特に変わっている様子は無いらしい。


「オル兄、この後はどうするの?」

「そうだな……エデリシアが来るまで、下を捜索するか」

「エデリシアって誰?」


 ホムラは下という場所よりも、人物名の方に気が向いたらしい。

 それもそうだろう。誰が好き好んで、自分の大切なのが奪われた場所に行くのだろうか。

 それを察したオルターは特に問い掛ける事無く、彼女だと分かる特徴を上げる。


「エデリシアは元気な奴だ。ここに来た瞬間、俺の名前を呼ぶだろうし……まぁ兎に角、元気な女だと思えばいい」


(あ、あれ? 元気以外何かあるはずなのに、これっぽちも思いつかねぇ……)


 特徴らしい特徴だけど、特徴ともいえない特徴にホムラは曖昧なままに首を傾げるも、一応分かってくれたみたいに頷く。

 無理させているのは気のせいなのか、微かな罪悪感が込み上がってくる。


「じゃ、来たら教えてくれ」


 立ち上がると、教頭が来た梯子とは違う非常口に向かって歩き出す。


「来たらどうやって呼ぶの? 場所が分からないよ」


 もっともな疑問だと思うが、生憎ここは廃寮だ。


「思いっきり叫べばいいよ。たぶん、それで聞こえるから」


 自信満々に言えてないのは、他ならぬ初めての事だ。

 はーい、とホムラの返事を背中に受けながらも歩き出す。

 ドアを開けてみると薄く暗い通路が続いている。奥になるにつれ深みは増してくる。

 完全に見えないわけではない。何もなく長い階段だけが続く。長く歩いてきた経験が教えてくれる。

 今なら目を閉じながらでも歩ける自信はある。

 いくら歩いても何気ない風景が広がるだけだ。そんな事がつまらないと思ったのか、さっきまでの会話を思い出す。

 浮かび上がるのはホムラの顔だ。

 ちゃんと返事してくれたことに何気なく嬉しく感じる。


(ふふっ……元気に返事しては楽しくなるなぁ。――ん? 何で、こんなに親しく感じているのだ? ……気になるが、まぁそこは追々考えよう。しかし、子どもがいたならあんな感情を抱くのかな? まぁ俺には無縁な話だな。結婚して幸せを得るには、過ぎた幸福だ)


 それよりも確かめたい事があった。確実に静かに下っては、次の階段を探しに歩き出す。捜索と言いつつも、三階層は見る事無く、目的の階段がある廊下の中央を目指す。

 今、歩いている場所はかつて女子寮と言われていた。この寮は中央にある階段を境界に女子寮と男子寮に分かれている。屋上に繋がっている階段は基本的、女子寮にしかない。男子寮には階段より壁付き梯子である。のだが、全部錆に錆びている為、触れる事もままならない。

 ヌン教頭先生が登った時、大方手に魔法を掛けながら登ったのかもしれない。

 ようやく目的の階段に辿り着いたと思えば、再び降り始める。階段はボロボロで虫食い状態がちらほらと見える。

 それでも運よく端っこの方は健在であった。

 慌てる事無く静かに、それで普段通りに降りる。

 ここで腐り果てている場所は当たり前であると、受け入れている。たったそれだけの事。

 なら、尚更慌てる必要性がどこにある?

 ――無い。

 しかしながら、慌てて事態が好転するならいくらでも慌てよう。しても意味ない事であると理解しているから、冷静に歩ける。

 冷静に。なのに、強くハッキリと昨日の怪物の姿が思い浮かんでくる。

 ホムラを助ける時、現れた怪物の言い訳にはならない。己の未熟さを味わったのか、右手を思いっきり握っては、壁に叩き込む。

 壁の木材は腐っている為、耐久性は著しく低下しており、容易く無残な残骸に成り果てる。


「……何してんだ? こんな壁を壊して」


 拳を見つめては、壊した壁の先を見つめる。

 何もない。

 それは当たり前の光景だ。事実、ここ以外にも穴の開いた壁は沢山ある。

 奥を見つめても暗くて何も見えない。音が聞こえるのは、穴から流れる風の音かもしれない。

 正直、壊れた壁は鏡に見えてくる。いや、実際には見えるわけない。しかし、オルターにはそう思えてくる。

 馬鹿げた話だ。

 普段のオルターなら、そう切り捨てられただろう。だが、それをする余裕が無かった。

 時には人の思い込みは大いなる――もとい、理解できないような――力が発揮される。それが必ずしも良い方向に発揮するわけでもない。


「やぁ、たまには会いに来てくれないか? ここのところ、僕自身もさみしくてね」

「ぬかせ。なぜ貴様に会わなければいけない」


 外から見ればオルターは一人で喋っているようにしか見えないが、彼本人からすればそこに確実に誰かが存在していた。それは徹頭徹尾まで自分自身と変わらない人物であるが、ただ一つ違う点を挙げるなら、色合いが黒いだけだろう。

 穴から聞こえていた風の音はいつの間にか聞こえなくなっている。

 黒いオルターの後ろに見える景色は、複数の子ども達が遊んでいる。

 だが、場所は似合わない程に異様であった。

 何も知らない第三者が見れば、景色と子ども達の笑顔に矛盾点、もしくは常識を疑ってしまうかもしれない。

 その場所は複数の檻に、上を見れば数え切れない鳥籠がぶら下がっている。檻は視界に入るだけで、ざっと三十は超えている。鳥籠なんて数えている本人が馬鹿になってしまいそうなほどある。

 どれもこれも人間では無い異形――いや、異形なんて生易しい言葉に思えてくる。一体一体を見つめるだけでも、心臓を鷲掴みされてしまう程の恐慌に陥ってもおかしくない存在。

 そんな人の手に負えるとは、一欠けらも夢を抱かせない怪物がはこびっている。

 少し暴れただけで、たったそれだけで檻は壊れてもおかしくないのに、一体も暴れる素振りを見せない。

 その中心で遊びまわっている子ども達。彼らの顔には恐怖など一文字も描かれていない。

 その風景こそ、オルターだけの心の『景色』だ。


「そう言うなよ。子供が泣いてしまうよ?」

「はっ、泣いていろ。そんなの言ったって俺にはどうでもいい」


 鼻であしらいながらも、傲慢な態度を見せつける。

 こんな奴に心を許したくないと、怒りがくすぶってくる。


「そんな事を言うなよ? 君は僕だろ」

「違うな。貴様は貴様であり、決して俺ではない」


 調和の声に対して、拒絶の声で反撃を切り出す。そこに妥協を為すための意思は存在しない。

 存在してはならないと、切り捨てる意志だけを見せつける。

 だが、黒いオルターは気付きながらも、無視しながら語りかける。

 その行動が、よりオルターの頭を燃やす。抑えている怒りが神経に、脳髄へと手を伸ばして来る。


「いつまで、拒絶するの? そうやっていればずっと傷ついていくだけだよ」

「なら、永遠に傷つくがいい。俺の預かりどころではない」

「何度、言えばいいの? 僕は君で、君は僕だよ」

「違うな。ふざけるのも程々にしろ。貴様は貴様だ」


 常に平行線の会話。乱れもしない。しかしながらも、そこにある感情の鬩ぎ合いは伝わっていく。つまるところ、お互い譲る気はない。

 もし、目の前に実体があるならば、何度も殴っては視界から消したい。

 そんな思いが叶うことないと、分かっているからこそ嫌になってくる。


「なら、いつになったら、僕らのペルソナやシャドウを使うの?」

「使わん」

「君は頑固者だよ。景色も見ないで、どうやって復讐するの?」

「黙れ。それだけは絶対に使わん。俺だけの魔法で殺してやる」


 声が荒々しくなっていく。元から荒いといえども、優しさの欠片は微塵も感じられない。そこにあるのは拒絶と嫌悪。それも自分自身に向けるほどの威圧ではない。


「そんなに自己嫌悪になってさ、自分の存在意義すら拒絶しても、きついだけだよ」

「何度も同じことを言わせるな! お前は俺ではない。俺はお前を嫌い、拒絶するだけだ。それだけの事だ! 一々、口に出して来るな!!」

「いいや! 違うよ。君が拒絶しているのは他ならない自分自身だよ!」

「ならば! 尚更、あの事件を引き起こした原因である俺は、何をしろと! 貴様は原因である餓鬼を殺されずにいる事に感謝しろ!」

「言い過ぎだよ! そこまでも自分の子供時代を追い詰めなくてもいいじゃないか!」


 お互いにヒートアップしていく。仮に二人とも刃に近い類を持っていたなら、一発触発になってもおかしく無い空気である。何よりやばいのは、それを止める事が可能な人物がこの場所に存在しない事だ。

 だが、何故子どもを嫌っているのか自分でも分からない。これだけは分かってくる。

 “絶対に許すな”

 昔の事を少ししか覚えていなくても、この怒りだけは身体に刻まれているかもしれない。黒いオルターと子どもを見るだけで、どうしても激しい憤怒と苦しい言葉が吐き出していく。

 浮かぶのは少女の顔だ。彼女に会いたい気持ちは何故か強く膨らんでいるのに、膨らむたびに泣きたくなる自分が居る。

 何をしたいのか分からないままに彷徨う。

 それしかオルターはできなかった。


「ふん。貴様と会話してもらえているだけでも感謝しろ」


 それだけ言うと、背を向けて歩き出す。未だに目指している場所には辿り着いていないのだから。

 早く離れたい気持ちを隠しながら。


「どこに行くつもりだよ。まさか、逃げるの?」

「何故、貴様から逃げなければならない?」

「あそこに行くのでしょ? 自分が怯えてしまった場所に?」


 その一言で、空気は変わった。

 お互いに魔法陣を一瞬で作り上げ、打ち放す。何の魔法でも無く、命令式も無い単純な魔法だが、確実に命を奪うつもりだと分かる程の速さであった。

 本物は殺す為に、偽物は己を守る為に。そこにも特別な感情は宿らない。


「――……黙っていろ」


 腕は力無く垂れさがる。だが、殺せないという事は他ならない自分で分かっている。抑える。それだけが最大の抵抗だ。

 それに反応する様子もなく、受け流す。だが、これ以上追随するつもりが無いのか、声が掛かる事無く姿をくらます。

 余計な時間を食った。そうしか思えない。先程の怒りが込み上がるが、無理やりにでも抑える。二の舞になるなら、自殺した方が浮かばれる。

 階段を降り終えると、再び女子寮の方面に歩き出す。

 上の階と比べると一段と暗くなっている。それも昨日と比べると、明るい方だ。奥から数えて2番目に部屋に辿り着くと、扉を開ける。

 そこには何もなく、汚いものが散らかっている。床は中央に穴がある程度だ。蜘蛛の巣は見た事もない怪物が走り回ったせいなのか、ボロボロになっており原型を定めていない。タンスにはハンガーが掛けられており、下には回収しなかったのか、埃まみれの上着が落ちている。

 一部の床と壁沿いに角以外、汚れている埃が吹き払われている気配が無い。


「本当にあいつはここで暴れていたのか?」


 あいつと言うのは見た事もない怪物の事だ。

 何処を探しても食った後が無い。勿論、勘違いと言う可能性もある。だが、それにしては――こんなに汚い場所ではいささか抵抗感があるが――綺麗すぎる。埃も払われていない。

 なのに、あの動き。奪われたと、言っても何を奪われたのだ? 食った割には何も残されていない。怪物なら、血や毛など抵抗した後も残ってもおかしくないのに、一欠けらも無い。


「そう言えば、あの怪物、言葉にならない言葉を喋っていたな」


 方法を決めたのか、オルターはすぐさま部屋から出る。廊下の開けた場所に着くと、右手に魔法陣を描く。それを前に突き出と同時に、呪文に近い言葉を紡ぐ。

 この言葉に意味は存在しない。ある道に繋がっているドアを開ける為の合鍵に近い存在だ。



        汝に しらない物は 存在しない

         故に 我は 汝を 恐れる

          本を 開け ページを 捲れ

           汝の 知識を 超えるものは いない

            だからこそ 願う だからこそ 欲する

             今こそ 顕現せよ 顕示せよ ――ダンタリオン



 一つ一つの言葉を紡いでいくほど、魔法陣の輝きは強くなっていく。かざしている魔法陣の中心を起点に渦巻き、風が巻き起こる。

 何らかの名前を唱えた瞬間、緋色の魔法陣は徐々に黒くなっていく。そこから零れるのは、硫黄の匂いに黒い霧。

 それが意味するのは悪魔の中でも上位者である証明。

 通常の人間が嗅げば嘔吐は間違いない程、ひどく耐えかねない匂いだ。だけども、オルターには効かない。

 なんてことない。術者だからでは無い。その程度の匂いなら慣れているし、それに構っている余裕が無いからだ。

 魔法陣の回転が速くなり、霧と匂いがより濃くなっていく。

 そろそろ出る頃の合図だと、理解したオルターは素早く、魔法陣を中央に――手首を捻らせ回転させながら――投げ込む。

 ギリギリだったのか地面に張り着いた途端に、先程より酷く濃縮された霧と匂いが解き放される。それに伴い、突風も。

 両手に余裕が出来たオルターは、すかさず腕を交差させ、防御態勢を構える。

 その時間――数秒程度。

 その場に居る者からすれば、それより長く感じる。

 霧が重力に従うように、低く霧散していくと同時に嘔吐を手助けする空気も薄くなっていく。

 顔の前に交差させていた腕を下ろす。手の大きさ如きに嵌らないほどに誇大化した魔法陣の上に、黒くそれでいて素肌が一切見えないローブを纏っている、人型の何かが居た。右手には片手で本を抱えている。顔があるべきところには、黒い煙が微かに零れている。顔だけではなく、腕に足や衣の隙間から流れている。

 初めて見る者でも、知恵に特化したタイプに見えるだろう。だが、その先が見える者がいたなら、なにより本とローブを恐れる。本は鎖で縛られており、大きさも片手で持てるようなサイズではない。ローブに至っては黒い呪詛みたいなものが隙間なく刻まれている。

 それはオルターの存在に気付いたのか、声を吐き出す。同時に黒い霧も。


「……オオ、主殿デハナイカ。アレカラ、幾夜ノ時ハ過ギタノダ?」


 老若男女のどれとも言えない声が聞こえる。時には若い男性の声かと思えば、老女の声が聞こえてくる。固定された声が存在しない、と誰もが思うだろうが、ハッキリ言えばそれが正しい。

 彼に本当の声はどれなのかと問いてはいけない。


「ああ、悪いな。ダンタリオン。僕にはそこら辺の記憶がないんだ。そうだな……ニャルラトホテップにでも聞いてくれないか?」


 やっぱり、こいつらと話すと落ち着いてくる。だって、現に、口が柔らかくなっているから。

 ダンタリオンと話していると、ついつい他の怪物たちと話したくなってくる。


「フウム……ンナ訳ナイダロウ。我ニ知ラヌ物ハ無イ。ソレハ理モ同ジ事ダ」

「悪いな。こればかりは、僕でも分からないよ」


 何も変わらない挨拶、いつもの会話に胸をなで下ろす。

 普段なら答えられるが、こればかりは答えられない。

 簡単な話。記憶にないからだ。


「ナラ、後デ調ベテオイトクカ」

「ごめんね、ダンタリオン。それで本題に入ってもいい?」


 謝罪しながら、本題に入ろうとするが、それをダンタリオンが制止させる。


「言ワナクテモ分カル。ダガ、時間ハ貰ウ」


 そう言うと、右手に持っていた巨大な本を開く。重々しく開けた本は何の抵抗もなく、ページが勝手に捲れていく。

 一瞬、中身が見えるが何も書かれていない。何ページも捲っても、文字らしきものや絵らしいものなんて見当たらない。

 それでも、ダンタリオンは何度も頷いている。

 あの本はダンタリオン以外、読むことができず、開くこともかなわない。まさにダンタリオンの為に存在すると言っても過言ではない。


「良シ。理解シタゾ」


 甲高い音が鳴るほど、勢いよく本を閉じる。

 どうしてか分からないが、ダンタリオンはこの勢いよく閉じる時に鳴る、甲高い音が好きらしい。

 完全に閉まった後は鎖が本を癒着するように固定し始める。

 全ての作業が終わったと理解したダンタリアンはそれを元の場所に戻す。


「やっぱりダンタリオンは凄いね。僕には敵いそうに思えないよ」

「フフッ……適材適所トイウモノダ。ト言エドモ私ハ、芸術ト科学ガ専門ダガナ」


 ダンタリオン――ソロモン七十二柱の一柱を担う者。右手にある書物に過去と未来が書かれていると言われている。得意な魔法は『幻術』である。彼の中に『個』は存在することなく、『集』で存在している。それどころか、存在しない人格に思考は無い。

 とも言われているが真偽は定かでは無い。


「……シカシナガラ、マトモナ生活デハ無イナ」


 それが意味するのは、他ならないオルターを取り巻く環境の事だろう。

 その事に返事をしない。それに口答えするつもりもない。

 オルターがここに居るのは、怪物たちのお願いでここに居るのだ。友人とも云える怪物のお願いを無下にする事は出来ないし、する勇気もない。


「私トシテハ何カ、オ土産ヲ置イテ行キタイガ、求メテイルノハ之デハ無イナ」


 僕は頷く。


「うん」

「マァ……分カッテイタガ、アレハ厄介ダゾ」


 アレと云うのは、黒い4本の腕を持った怪物の事だ。


「マズ、アレハ此処ノ怪物デハ無イ。シカシナガラ、我等トモ違ウ」

「どういう意味なの? ダンタリオン」


 返事は返ってこない。ダンタリオンにしては珍しく沈黙を貫く。


「……――……――――、――――――――――」


 それが聞こえていない僕は問いかける前に、言葉が紡がれていく。


「マズ、一週間後ニ生徒交流戦ガ始マルナ――」

「えっ? 一週間後?」


 あまりにも早すぎる。ヌン教頭から得た情報と、情報が噛み合わない。

 それでもダンタリオンとヌン教頭を、どちらを信じるかと言われるまでもなく、ダンタリオン側だ。


「ダンタリオン、どういう事なの? 3週間以上はあるはずなのに……」

「ソノ説明ハ少女カラ聞イタホウガ良イダロウ。ソレヨリ、厄介ナ事ニ警戒セネバナラナイ事ガ或ル」


 ああ、始まった。

 ダンタリオンの口から『警戒』なんて出ると、まともな事なんて一回も起きた試しがない。

 だからこそ、警戒しても問題ないし、杞憂になった試しも無い。


「……………」

「生徒交流戦ニ、アノ男ガヤッテクル」


 頭が痛くなってきた。よりによってこのタイミングか。だが、同時にこれはチャンスだ。勿論、あいつが気づいていない事が前提だが。

 その男が復讐したい男なら、殺すべきなのだ。

 どうして憎悪を抱かずにいられないのか分からないが、囁いてくる。身体が反応する。

 殺せと。理解するな。話をするな。して、殺した後は――


「なら、発見次第に召喚魔法を使ってでも殺す」

「バカ者……ダカラ、厄介ナノダ」

「?」


 ダンタリオンが厄介という事がどれ程の事なのか、皆目見当もつかない。


「オ前ハ周リノ者ドモニ、ドンナ認識デ見ラレテイル?」


 確かにそうかもしれないが、今のチャンスを逃せばいつ見つかると言うのだろうか。

 相手はあの男だ。この場所にいる事自体が奇跡に近い。

 現に、探している怪物からの、発見したという報せが来ていない。

 悠長に待っていられない事が伝わったのか、ダンタリオンは困ったように考え込む。


「ソレデモ我慢シロ。使ウ素振リヲ見セルト、周リノ者ドコロカ先公モオ前ヲ殺シニカカルゾ」

「そんな事、出来ないはずだよ。周りの人が見ているのに?」

「ソレハ今マデノ事ダ。アノ男ハ分カッテイルカラ、正々堂々ト姿ヲ晒ス行為に出タノダ」


 話を聞けば聞くほど納得できない。何でそうなったのかも原因が分からない。そもそも、あいつは何が分かっているのだ。

 話から察するに正体はばれている事になる。

 いや、それ自体は問題じゃない。大事なのはどうやって殺すかだ。


「ダンタリオン、何でそうなっているの?」


 そんな未来すら分かっているからなのか、身じろぎ一つも無く、犯人に最終宣告をするかのように言葉を突き放す。

 もし、救いを与えられるとしたら、慈しむ眼差しだけを感じられたぐらいだ。


「――全テ、オ前ガ参加ノ意欲ヲ示シタノガ始マリダ」


 その一言で、情けない事に動きが停止してしまう。後ろで何かが崩れた音がする。まるで心の動きを表しているようにしか見えない。

 本当に察してくれているなら、何一つ音をたせてもらいたくない

 振り向かずにいられない心が惹かれるままに、振り向いてしまう。

 そこには、もう一人の自分が居た。

 鏡で向き合っていた姿と何一つ変わらぬまま、静かに佇んでいる。


「何だ、君もじゃないか? 子供のせいじゃないよね? 原因は君だよね? 君がエデリシアと手を組もうと登録したからだよね? 一人だったら登録しないでいいのに、やる気を見せたせいだよね? 何? 昔に戻りたかったの? ははっ! なんだよ、君も甘ちゃんだね。あいつは君が居るのを分かって挑発しているもんね? 子供は何もしていないよ? 全部、全部、全部……君のせいだよね?」

(……さい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!

 何もできなかったお前にそれを言う権利があるのか!? お前のせいで、彼女は死んでしまったのだぞ! 俺の目の前で死んだのを忘れたとは言わせんぞ! 貴様のくだらない好奇心と自己顕示欲のせいでな! ふざけるのも大概にしろ!!)

「はぁ、臆病者は――」


 もう堪忍の限界だ。理性を保っていられる自信が無い。

 一秒でも早く、あいつを消したい。

 自己嫌悪が、自我の拒絶が強くなっていくのが、体に影響を与えてくる。

 血脈は神経に、鼓動は筋肉に成り代わっていく錯覚すらしてしまう。


『――よく吠えるね。まるで昔の僕みたいに』


 限界線突破。

 単純な言葉の中でも、腸が煮え返る思いしかない。

 俺はあいつを受け入れない。たったそれだけ。そう、その程度でいいのだ。

 力任せに溜めるに溜めた魔力を、敵の顔面に向けて解き放す。

 生死を問うつもりなんて一片もない。

 死んでしまえ。

 それだけが肉体を、精神を支配する。

 回避されるのは目に見える。なら、当たるまで殺せるまで攻撃をすればいいだけだ。


「また? 意外に僕はイタチごっこが大好きだもんね?」


 先程と違い違わぬまま、防がれる。

 だが、それだけで終わるわけではないとお互い分かっている。

 魔法が衝突した直後に、魔力と魔力の反発に風圧と煙がまき上がる。

 その瞬間をオルターは見逃すことなく、低い体勢から回し蹴りを解き放す。


「えっ? え〜〜? 何それ、何かセコイよ?」

「良く喋るな? 愚者の末裔が」


 あっけなく回避されるも、すぐさま態勢を立て直す。

 休む時間を与えない様に畳みかける。

 だけども、それは諸刃の剣だと分かる。休み時間を与えないという事は、同時に自分も休めないのだから。

 右手で脇腹を狙った突き。肘で防がれる。

 そこで止まる事無く、体を反転させる。回転力がついたまま、上半身を目掛けて足を振り回す。

 黒いオルターは動作を見る事無く、伏せては回避し、唯一地面についている足を狙ってくる。

 そんな動きはお互いに分かっている。自分が何をすれば効くのかでは無く、何をしても同じなら不意打ちを打てるかどうかが大切になってくる。

 体勢を崩される前に、黒いオルターの真上で足を止め、重力に従うかのように力一杯に振り下ろす。

 ゴッと音がするも、真横に回転していく。

 すぐに立ち上がる様子を思うと、掠った程度しか思えない。


「ちょっと〜、最初の攻撃はフェイクだったの? 危ないじゃない」

「そうか? それは悪かった。そのまま死んでくれた方が、初めて役に立ったのにな」

「へぇ? それ以外は役に立っていないと認めたんだ?」

「さぁな? あと、口答えには気を付けろ。貴様のような奴が死んでも誰も気に留めないのだからな」

「ふふっ……そういのは追い詰めてから言って――ね!」


 最後の言葉と同時に、突進し始める。

 流石に向こうも、くらうだけが性に合わないのか反撃を繰り返す。

 ここまで自分と同じ感性を持っていると、イラつきが止まらなくなっていく。

 腹を、足を、腕を、首を狙っては何度も攻撃が繰り返される。

 流石に同じ攻撃に、同じ防御をされるとイラつきが収まらないというより、見たくも無いモノを無理やり見られている感覚が沸き上がってくる。


「ほらほら、ほらほらぁ〜? どうしたの? 弱くなっていくよ?」


 ああ、声を聞くだけでも飽き足らず、顔すらも醜く映る。坊主憎けりゃ袈裟も憎いなんて言うが、正にその状態だ。


「だから君は守れないんでしょ? どうせ、ホムラもエデリシアも目の前で殺されるから」

「黙れ。貴様、己の事を棚に上げてそれを言うのか? 愚者の邁進もここ極め、だな」


 腹に向かって、掌底を突き放す。だが、それも当然のように当たらない。


「君の攻撃何て一回しか当たらないよ? そんな事だから、こんな事態になるのでしょ? ねぇ、世界解放の犯罪者さん?」

「おかしいな? 貴様は俺では無かったのか? なのに、俺だけのせいか?」


 優しい言葉の中には、当然の如く、怨嗟に呪詛の塊だ。

 誰があんな奴を許すのだ。いや、許さないし、許してはならない。

 決して許されてはいけない存在。


「うん。だって君だからだよ?」


 ケタケタ、と笑いそうな笑顔で告げる。

 つまるところ、人間どころか生物……いや、存在すら認識していない。

 存在を否定するのではなく、そこに居る事も認識しておらす、ゴミである事が当たり前だと。


「ああ、この世で一番嫌いな言葉をありがとうなぁ……愚者の末裔君?」


 言葉に出来ない怒りが沸き上がっていく。

 脳に熱が入っては、理性という氷を溶かしていく。神経が脳全体に張り付いたかのように。脳の形が、熱で動きが分かっていく。

 身体に纏われている神経が薄くなっていってしまう。最後は何も感じないのだと分かる。

 脳は生きて体は死ぬ。

 精神は形を成して、肉体は形を崩す。

 これに飲み込まれるとどれだけ楽で、どれだけ拭いきれない感情に汚染されるのか分かったものじゃない。


「……仮に俺を殺したら、どうするつもりだ?」


 小さな水滴しか残っていない理性を総動員する。熱で蒸発するのは時間の問題だと瞳に張ってくる神経が伝えてくる。

 ただ、これだけでも聞かないといけない気がした。

 特別な感情が入り込む余裕なんて何処にも無い。


「別に? 君の代わりに敵を殺し、怪物も彼女も全て壊し――殺してあげるよ?」


 その言葉を聞くのと同時に、理解出来ない熱が頭を襲ってくる。自我の消失なんて生温い。

 自分では無い自分が身体を操っているかのようだ。体の熱は感じない。痛みも。まるで、いや、完全に体が勝手に動いているようだ、と錯覚している。

 きっと、早く蒸発させて、会話をしたくなかったかもしれない。そうでなければ、質問をした自分ですら殺したくなってしまう。

 右腕全体を横殴りに振り回す。

 それは敵に向かってでは無く、壁や床に向かって――すぐさま、汚い埃が舞い上がる。

 一瞬、硬く鋭い物に触れたのか、手の平から血が零れる。


「うわ、汚いよ? って、振り回すだけであんなに埃が舞うの?」


 余裕を隠す気が無いのか、どこか間抜けの声が聞こえる。

 煙が舞い上がってくれているお陰で、お互いの姿は見えない。

 右手に魔力が伝うのを感じる。

 さらさらと流れるのではなく、憎悪に呼応する粘質の液体が、肩から離れては腕の終着点に落ちてゆく。ソレは魔法陣を描く事無く、中心に渦巻きながらも円形を象る。零れ落ちる己の血を見境も無く獣の如く喰らいつく。

 見なくても分かる。明らかに異質な魔法だと。

 いつものように少しだけ汚れが入っている濁流でも無く、汚れの存在を浄化する清流な流れ。

 汚れがあればあるほど、蝕んでは浄化を行う。まるで、腕の中に悪魔が居るかのようだ。

 自然物だけでは足りない美の結晶。

 人工物だけでは足りない芸の高質。

 そんな二つを合わせていて、更なる存在へと生み出しているように。

 模造から創造へ。

 芸術から神秘へ。

 そんな風にランクが上がっていると理解できる。

 正直、使いたくない魔法だ。始めての領域に片足だけでも入れただけで分かってしまう。

 これは生物が使っていいものでは無いと――


「――消え去れ。《緋色の閃光》」



 解き放された紅玉は五つものの光線となり、霧の先へと走っていく。それは鏡に反射される様に一直線に、垂直に折れながらも目標へと目指していく。

 不規則な動きをもたらす光線は、逃がす気を感じさせない。そして、生かしてくれる気配も。

 あれは命どころか、存在価値を奪う悪魔の光線だと、残された思考が伝える。


「――へっ?」


 黒いオルターは気付くが、何もかも遅いのだと同時に悟る。

 一瞬、防御するように両手を前に突き出すが、五つの光線は遮られる事は無かった。そして、それは防ぐ事が出来ない閃光。

 黒いオルターは予測できなかった。この魔法を使ってくるのだと。いや、正確にはその可能性も感じていた。だが、使えるはずが無いのだ。

 何も代償を払わないでは。

 だから、嬉しくなる。自分の中にある何かを失う覚悟があったのだと。

 笑いながら死ぬのも悪くないと、笑顔のまま閃光を受け入れる。

 右腕を。

 左足を。

 胴体を。

 左目を。

 額を貫く。

 人間なら、いや真っ当な生物なら生きる事も出来ない傷を負う。断末魔を上げる間など与えられず、黒いオルターはあっという間に横たわる。

 死んでしまった。

 それだけでも分かる。目の前には自分が拒絶していた、もう一人のシャドウ。心の中を占めるのは征服感でも解放感でも無い。粘りに粘っているのではなく、それが肌と一体化している焦燥感。取るにも取れない虚無感だった。


「……なんて――」


 なんて、つまらないのだろう。目の前にある死体に揺らがされていたのだろうか。こんな人形に、負けていたのか。なんて、なんて、なんで、なんで――


「――私は弱いのだ」


 認めざるを得ない。こいつは私なのだと。他ならない、私のシャドウなのだ。


 ――だから、言っただろう? 君は僕だって。


 生きていたら、そんな声が聞こえてしまいそうだ。

 怖い、怖い、怖い怖い怖い。触れても見つめてもいけない存在だ。

 そんな感情がオルターの心を蝕んでくる。一秒でも離れたい気持ちが溢れてくる。


「一体、何処ニ行クツモリダ?」


 聞こえるはずがしない声が耳の中で木霊してくる。

 あり得ない。

 精神の世界で聞こえてくるはずがないと、オルターは声がした方向を、怯えながらも振り向く。その様子はばれたくない友人に見せたくない一面を見られたかのようだ。


「フフ、凄マジイ程ニ面白イ勘違イダナ」

「……ダンタリオン……? な、何を言っているの?」


 意識が完全に、ダンタリオンに向けられるのと同時にある存在に気づく。

 周りはゴミや埃だらけの廊下。それだけでは無く床抜けに、はこびる蜘蛛の巣や無残な爬虫類の骨。


(う、そ? ここは召喚した場所……? 何で、あいつがあそこに居るのだ?)


 さっきまで戦っていた感触が教えてくれる。幻影では無いと。

 ダンタリオンの方を見つめると、足元に小さな子供が一人いた。服はボロボロであるもの、貧民街の中でも綺麗な方だ。靴も汚れているが、愛着のある汚れだ。綺麗に垂れ下がっている髪は、紫色の輝きを灯している。見つめてくる瞳はくりっとした可愛さを宿している。

 オルターは知っている。

 顔も――忌々しい――昔の自分だと。

 笑顔も服装も昔のまま。子供時代のオルターだ。


「やっぱり失敗だよ! ダンタリオン。彼は急ぎ過ぎだって、僕はいっつも言っているのに! 今度はダンタリオンも止めてよ!」


 口を尖らせながらも、可愛らしい声が響く。ダンタリオンは「フフ、次カラソウシヨウ」などと笑いながら相槌を打つ。

 その光景を見つめるだけで、脳内に掻き集められた神経は解ける事無く、重く深く沁みこむ様に鼓動を繰り返す。徐々に熱を帯びてくる。


(これ程吐き気を、拒絶反応が引き起こされる景色があってたまるか! その声を止めろ。その笑顔を止めろ。その仕草を止めろ! なんで、お前がそっち側にいるんだ……ダンタリオン……――これ以上、見るに堪えない! あいつを呼び出して存在ごそ消してやる!)



         愚鈍にして 無知なる王

          己が強欲のままに 手足を――



 魔法陣は輝くことなく、少しずつ消えていく。揺らいだかと思えば、霧のように霧散してしまい、最後には消滅してしまう。


「……嘘だろ? 何故、反応しない……?」


 いくら呼びかけても繋がらない。反応も無い。

 急いで別の奴を呼びかける。



        ただ 一体のみ

         愛する――



 さっきと同じ結果。これも反応しない。何が起きたのかも理解出来ない。


「……一体何が起きているのだ……」

「ねぇねぇ、お兄さんは何を呼ぼうとしているの?」


 あらかさまに何をしようと、しているのを分かっている声が聞こえる。

 喜びたる嘲笑。一人だけの声じゃない。その意味を理解した途端、顔を上げる事しか許されていなかった。


 「残念だけど、君の仲間は殆どいないよ? だって、み〜んな僕の味方になってくれたもん」


 エッヘンと、胸を誇らしげに張る子供。

 信じたくない言葉。聞きたくない言葉。

 だけども、事実であると嫌でも分かってくる。拒絶も出来ない。信頼できる者も反応してくれない。何よりもダンタリオンが向こう側にいる事が、重くのしかかってくる。


「オル兄〜! エデリシアみたいな人が来たよ〜〜!」


 いきなりにして声が聞こえる。ホムラの声だと理解するのに、嫌になるくらい時間が掛かった。


「う〜ん? アレにも挨拶する?」

「イヤ、ソレハ避ケヨウ」


 そう言うとダンタリオンは、子供を掴んでは姿を消し始める。

 姿を消す前に何とでも――聞かないといけないのに――喉に、手に、足に力が入らない。

 それを見かねたのか、声が聞こえてくる。


「ソコデ寝テイロ。我ラガ、殺シテヤル。喜ベ、貴様ノ中ニ居ルシャドウハモウ居ナイ」


 意味する事は、『全てのシャドウは出ていき、貴様から離れて行った』になる。シャドウといえども精神体なのに、さっきまで戦っていた奴に子供。どちらも肉体を持っていたのが分かる。

 つまるところ、みんな肉体を持っている。その上で、離れていった。

 嫌でも理解できる。

『我ラガ、殺シテヤル』


(それは復讐したい、あの男の事を指しているのか?

 あんな愚か者が……? 殺す? 無理に決まっている。でも、仲間はみんな離れて行った。みんな僕じゃなくて、子どもを選んだ。復讐してやるのに、なんで子供を――罪の根源の味方をするのだ。そんなに信用してくれないのか? そんなに努力しても見てくれないのか? どうして、何もしないで好奇心のままに動く奴を選んだ?)

「……ふ、ふっ……ふっざけん――なぁぁぁ!!!!! あいつは俺が殺す! 例え、誰もが居なくなってもだ! 俺が、俺が! 絶対に!!!」


 涙が溢れていく。止める術を持たない肌はひたすらに流させる。頬に、髪の毛に当たっても、下に向かい続ける。

 それは小さな滝になっていく。一つ一つの反射は輝きとなり、決意を集めては引き寄せる。


        ★ ★ ★


           負愚なる思い、鬩ぎ遭えども道を示せ。

           我を、顧みるな。

           醜い姿は、何も生まない。

           怨恨と怨念、混じり生まれは。

           小さき、されど強き輝きを灯す。

           乗り越えよ。苦しみが道となり、土台になるだろう。

           我は居ない。

           我は聞こえない。

           我は見えない。

           けれども、信じている。

           目となり、耳となり、存在しうる者が居ると。

           して、それは我では無い。

           我は成ってはならない者だ。

           求められるべき存在では無い。

           求めるな。見つめるな。理解するな。

           ここに居ない。

           それが他ならない、たった一つだけの。


           ――私だけの存在意義だ。


        ★ ★ ★


「シテ、ドレ程味方ニナッタカ?」

「う〜ん? 残念だけど、半分しか仲間になってくれなかったよ」

「ソウカ」


 冷静に言いつつも、その事実にダンタリオンは驚きを隠せなかった。

 ダンタリオンは未来を読めるが、あくまでも数ある未来の中からである。全てを読める訳でも無い。そして、今は未来の中でも可能性が最も低かった未来であった。どの未来に辿り着くかは本人ですらも分からない、ただ、分かるのは起こりうる確率だけだ。

 だからこそ、ダンタリオンは尋ねたのだ。


「シャドウハ?」

「ああ、シャドウはみんな成功だよ! みんな自分の身体を作っている最中だから……終わったら、また探さないとね」

「オオ、ソレハ良カッタ! 流石ハ好奇心ノ結晶ダナ」


 これに関しては、揺らぎは無かった。だが、読めているだけで傲慢になってはいけない。頑張ったのはオルター自身なのだから。


「でも、一人だけ出てくれなかったよ……」


 声のトーンが下がっていく。

 余程、全てのシャドウを引き離せなかったのがショックだったのだろう。


「誰ナノダ?」

「集団的無意識の根源だよ」

「……アア、アレカ」


 それだけは誰でも受け入れることが出来ない。強く意識している者には尚更。中には受け入れていると錯覚している者が殆どだが、ごく一部だけ真剣に受け入れている者がいる。

 そんな佳境に存在するシャドウを受け入れたり、引き離す事はオルターには出来ないと、ダンタリオンは思考に耽る。


「それで……どこに行くの?」

「フウム、基地トナル場所ダナ」

「えっ! 基地? イィヤッホー!! 楽しみだよ!」


 子供特有に喜ぶ声が響く。

 それを微かに笑いながら、ダンタリオンは目的地に向かいながらも進む。

 読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。

 さて、言い申したい方、どうぞどうぞ言ってください。あっ、ただし悪口だけはお断りです。なんて言っても無駄なものは無駄ですから。

 そもそも厄介なことに、悪口というのは自覚している人が自覚していないと意味ありませんし、防ぎ様もないので。まぁ、言ってきた人にはそれなりの対応をさせてもらいます。たとえ、どれだけ偉い人であっても。

 ――などと云う冗談はここまでにしまして、本題に入りましょう。

 それでは、わたくしの作品を楽しんでいただけたなら誠にありがとうございます。

 


 すみません。書く事はいったん止めました。あまりにも未熟な私が之をやるには早すぎましたし、才能が無いと言っても否定はできません。

 ですので、書く事はもうありません。ですが、友人たちに面白いと言わせてくれましたらやってみたいです。

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