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高等学園の召喚魔導士  作者: 甲斐
1/3

空に何かを描いても、誰もがきっと忘れる。

――空に何かを描いても、きっと誰もが忘れてしまう。


 空は青く清らかに晴れ渡っている。風はゆっくりと頬を、体を撫でていく。それは穏やかな睡眠を誘ってくる。

 普段の少年なら喜んで外で遊び楽しんでいただろう。残念な事に、今日に限ってそれは出来ない。

 薄れていく感覚の中、冷たい風は肌に触れるたび、神経を逆なで痛みを与えていく。

 それは意識の安定を許してくれず、眠りのその先へと導かれてしまうようだ。目を開ければ、そこには灼熱の大地獄が広がっていた。

 何処を見ても、紅蓮の輝きが包んでいる。どこが始まりなのかも分からない。ただ分かるのは、確実に死ぬだけだ。

 もはや意識があまりない少年からすれば、死という存在は恐ろしく思えない。何処を見ても、人も物質も塵と化し抗えない死に運ばれていく。遅からずとも、自分もそれと同じになると理解できる。

 視線を動かしてみても、紅蓮なる輝きは遥か上にある空を目指しているようにも見える。いや、広大な青空も侵食されているようにしか見えない。生きている者は誰も居ないのを肌で感じる。叫喚も何も聞こえない。

 口を開けば輝きは吸い込まれ、全ての存在を奪う。助けを呼べる者はいない。

 唯一動く許可を与えられている瞳は、何かを求めるように空に、紅蓮なる輝きが侵食していない青空に吸い込まれていく。

 その先には、巨大な何かが浮いていた。人型でありながらも、身丈と同じくらい巨大な翼が生えている。その姿は生物の頂点に立つ者の威圧を感じる。圧倒的な存在感を放すそれは、遠くても避けがたいモノだった。

 口の中に輝くものが入る前に、少年は呟いた。


「…………ドラゴン……」


 その言葉は誰にも聞かれる事無く、少年は他の者と同じ結末を迎えた。


★ ★ ★


「あっ! オルター、やっぱりここに居たんだ」


 男子寮の屋根で揺蕩う眠りを妨げる声が聞こえる。

 誰かを呼んでいるの女性の声が、誰なのか判りつつ起き上がる。

 その寮の屋根以外は誰かが住んでいる気配はない。それどころか、使われている様子も見受けられない。所々がボロボロであり、廃寮の一歩手前、いや、廃寮そのものだろう。


「……やっぱり、エデリシアか」


 後ろに視線だけを向けると、茶色のシュートヘアが入ってきた。次に元気が有り余っているタイプの顔。瞳を覗けば覗くほど青色に輝く。


「何だ、はナシナシ。せめて、何でしょうか、にして」

「そっちの方が面倒だろう……」


 その言葉を発してから、何か考えているのか声がしなくなった。

 ふと、空を見上げると太陽はまだ傾いている。つまるところ、まだ授業中。

 ここに居るエデリシアとオルターは共に十七歳だ。して、二年生でもある。


「……あー、ほんとだ。さすが、オルターだね」

「安心しろ。お前がバカなだけだから」


 膨れっ面をしているかと思えば、どことなく自慢げな態度を取っているエデリシア。


「ざまぁみろ!」


(……何が?)


 話題を変えた方が良いと判断した後、尋ねる。


「で、授業休んでもいいのか?」

「それを言ったら、オルターもじゃん」


 エデリシアはオルターが休んでいるのが嫌なのか、文句を言ってくる。特に反論する気も無いが説明しないと忘れているかもしれない。


「あほ、俺は授業剥奪なの。それにこの時間だと基礎魔法学だろう? だったら、尚更受けれねぇよ」


 魔法――それは人間の精神力とも言える存在。この世に在るべからざる現象を引き起こし、生み出すモノ。根源・結末・神秘・未知・自然・奇跡・創造などあらゆる言葉が飛び交う。そんな偉業を行えるのは、人間の中でも一握りだけ。

 そんなのを扱う人からすれば、それほど神々しいものでは無い。もし言い嵌めるなら、模造・真似事・利用・不還元・既存だろう。失礼だが、少なくともオルターにはそうしか見えない。勿論、いじけている訳では無い。それほどの神境に辿り着いた者と、着いていない者の差は大きい。

 炎、氷、風など自然を扱い、自然でも無い血、肉、生命を扱う禁術まである。


「う〜ん? よく退学にならなかったね?」


 彼女の言いたい事は確かに、とも頷ける。だが、それは学園からすれば出来ない相談なのだ。

 カルトス高等学園

 基礎の魔法を学び、生徒同士や他校との交流戦を交え、身体的かつ精神的成長を促す学園。四年制で退学者はゼロ人。特に有名な学園ではないが、誰でも入りやすいと親しまれている。やっと世界の波に乗れたと思えば、いきなり問題発生。退学してしまえばそれこそ立つ場が無くなってしまいかねない。

 だから新生の問題児であるオルターは退学をする事もなく、特に誰かの目に留まる事は無く過ごしている。流石に行儀系統の物には参加しないといけないが、それ以外は参加するなと学園長や一部の先生に言われている。

 実際に言われる前に授業に出ると、お淑やかな先生は恐ろしく怖い何かを、見たかのような顔で気絶してしまう。逆に強気の先生は怒鳴り喚き、チョークを投げる事なんてある。挙句の果てには、至って平然そうな(気が狂っている)先生は逆に呼び、晒し者にして笑いを取る、もしくは自分の人気を上げようとしていた。


「う、ん? おかしくない?」


 何か感じる所があったのか、キョトンと首を傾げる。


「何がだ?」

「普通なら授業は出て、行儀系統は出るなって言われない?」

「……お前、ほんとにここの生徒か?」

「オウ!」


 自慢するな。自慢出来ない事だからね? と突っ込みたいが、ぐっと堪える事にする。そうしないと長くなる未来が見えてくる。 


「なら、この学園のモットーは?」

「モットー? ……う〜ん」


 これで分からないと、一体何のために入ったのか聞きたくなる。


「……あっ! 分かった!」

「ほう。では、答えを」

「どんな奴でも卒業できます!」

「おう。なんて都合のいいモットーだ」


(……入った理由はそれか。まぁ彼女らしいと言えば、らしいけどさぁ……)


 聞く前に真相が分かった。とてもくだらない理由。だが、共感は出来なくない。そんなのがあったら、誰でも行きたいだろう。その前に上層部が認めれば、の話が前提になる。


「違う。このモットーがあるから、誰でも入りたいと興味を持ったのだよ」

「へぇ? どんなの?」

「痛みを知るから人は強くなる、だ。生徒同士や他校との交流戦を行う大会や祭りがあるだろ? 生徒の肉体的、かつ精神的な成長を促す為に主催されたのだよ」


 簡単に言うと生徒同士の交流戦が実力テストで、他校との交流戦は期末テストに近い存在だ。運動が苦手な者には最悪だが、殆どの者は面白半分興味半分で入っている。

 凄い奴になると一歩も動かないで優勝した、なんて存在する。勿論、伝説に近い噂話であるが、知的な男女はそれに興味があるのか、入学するなんてこともある。

 因みに他校との交流戦は基本的に、カルトス高等学園から申し込む事によって始まる。どこが選ばれるのか分からない。選ばれるという事はレベルが高いと認められている証拠らしい。他の学校や学園もこれに倣い始めようとするが、本格的に始まった場所はここだけ。

 だからこそ学園はオルターみたいな汚点は隠したいと必死になっている。それも当然の話。烙印を押されてしまうと汚名返上どころではないからだ。


「へぇー、そうなの? 去年簡単に負けたから、どうでもよく思っていたのよね!」


 誰かエデリシアの頭を治療してくれ。そう願いたくなってしまう。

 エデリシアがどのようなタイプなのか、を思い出したオルターはすぐさま頭を振るう。

 学績――サボりではナンバーワンの為、運動と精神は最低ランクに位置付けされていたはずだ。流石に先生も注意する気が無いのか、生徒も一部を除いて無視しているとエデリシアから聞いた事がある。


「なら、次はいつあるの?」

「その報告は、もう少しで来るな」


 オルターの言葉に、エデリシアは黙って座る。勿論というか、ごく当たり前のようにオルターの隣に近づいてきた。

 それから十分もしないうちに、屋根の外から繋がっている階段から声が聞こえる。


「はぁ……はぁ……老いぼれにっ……階段ほどっ……きついモノは無いな……はぁ……」

「あれ、この声って……やば! ばれたら怒られるよ!」


 エデリシアは、この声が誰なのかすぐに判ったのか、すぐさまその場所から離れる。


「ひぃ……ひぃ……やっと着いたわ。オルター、次からお前さんが来てくれ」

「ヌン教頭、それは無理な話だとあなたも知っているでしょう?」


 階段から顔を現したのは、教頭先生であった。事情を知らないが、オルターに協力してくれている数少ない存在。

 その体は魔術師特有の、体より知を優先させてきた者だと一目で分かる体付き。筋肉もさほど無いように見える。いや、実際に年齢も年齢の為、筋肉があまりないのは誰もが知っている。


「そうだった。いかんな、魔法に集中し過ぎた老いぼれは」


 物忘れが激しくなっておる、と愚痴をこぼしてくる。


「それで、早く本題に入った方が良いのでは? 教頭、貴方が私と関わっていると知られると、立場が悪くなりますよ」

「うーむ。真にその通りなのだが。何、あ奴らには白ければいいだけだ」


 どうやら校長達を好ましく思っていないらしい。

 オルターを糾弾したのは校長を筆頭にした先生たちである。理由は簡単だ。

 入学式時にオルターがある事を拒絶した為である。その上、魔力検査では上位に軽々と入っては、先生を喜ばせた。だが、魔法が使えないと分かり次第、不気味な何かと見られてしまうようになった。


「何も、魔法が使えないからと言っても差別しなくてもいいのにの」

「無駄に魔力と濃度が学園一なのですから、向こうからすれば面白くないのでしょう」


 魔法と言っても、一概にまとめられない。細かく分けると魔力と濃度がある。魔力が高ければ高い程、威力も上がってくる。して、濃度が高ければ高い程、魔法のランクも高くなる。

 ランクの位置付けは正確には決まってない。ただし、色合いが純色であればあるほど強いらしい。逆に混色であればあるほど、弱いらしい。


「へぇー、そうなんだ。なんだかオルターに裏切られた気分だよ」


 よよよ、と泣いたフリをしているエデリシアがいつの間にか隣に居た。


「お、お主は……」

「あ、やべっ……」


 今更気づいたのか、失敗したかのような顔をするエデリシア。

 それに対して、ナワナワと震えているヌン教頭。

 何もしないで傍観するオルター。面白そうだから。


「なんと! いい奴じゃあ! 見直したぞ、エデリシア!」

「ありがとうございまぁーす! という訳で、この場を見逃してくださぁーい!」


 元気な声が耳元で飛び交う。さっきまでの空気はどこに行ったのだろうか。ふむ、本格的に質問しないといけないような気もするな。


「それとこれは話が別じゃ」


(うわぁ、さっきまでの態度はどこに行ったの?)

 教頭は両手を前に突き出すと。

『フライ・クライ・ソワカ』

 そう唱えると、エデリシアが浮かび上がる。


「えー! 酷いですよ! 降ろしてください! 予定を教えてぇ〜」


 泣き言を漏らすのと対照的に、どこか含み笑いをしながら話している。


「次の授業は召喚講義だろう? お前さんが一番好きな授業のはずじゃが?」

「イエッサー! このまま、送ってください。理由は歩くのが面倒だからです!」


 がらりと態度が変わるわ、理由も悲しくて目にも当てられない。

 あまりの事なのか、流石に教頭も呆れる事しか出来なかった。だが、敢えて何も言わずに送ったのは優しさなのかもしれない。


「……何か、楽しそうですね」

「……何故か、羨ましいわい」


 各々の感想を呟く。


「それで、本題は何ですか?」

「ああ、そうじゃ。これから一ヶ月後に、生徒交流戦が始まる」


 それを聞いても特に思う事が無い。参加しないと困ると先生は言うが、その情報を与えないのは他ならない先生側である。

 オルターが参加しないといけないのは、上層部からの偵察も同時にあるからだ。普段は来ることないが、この様な交流戦が出された学園は一目置かれている。その為、他の高校や学園に上層部から視察に来る。

 そして、全員参加しているのかと一人一人調べる。授業なら言い訳ができるが、この場合は出来ない。それで一人休んでいると、その人に一対一で話し合いをする。本当に風邪なのか、あるいは別の理由で休んでいるのかと聞いてくる。この時にどんな人物でも同席は許されていない。しかも、看破の魔法も使われるため、嘘もつけない。

 何故そんな事をするのか、生徒は誰一人も何一つ知らない。いや、先生でも知っているのかも怪しい。

 それはそれとして、沢山の先生が差別していると露見されるわけにいかない先生は、強制参加させる。ただし、始まった途端リタイアしろと命令付きで。

 他人に言えば共感されるかもしれないが、ヌン教頭達みたいな存在も居るからこそ、校長も何もできず抱える事しか許されなかった。

 それを分かっている教頭先生は静かに――


「それに参加して、勝て」


 おおよそ冗談と言えるものでは無かった。その眼差しに影は無く、真剣な表情が教えている。


「………………………………」

「………………………………」

「…………はぁ、分かりましたよ。しかし、どうやって勝てと?」


 根負けしたオルターは、すぐさまに口を開く。

 自慢ではないが、僕は魔法が使えない。唯一頼りになるとしたら身体能力だけだ。

 授業でどんなに簡単なものを習っても、使えることは一回もなかった。しかしながら、魔力の含有量は学園一、いや世界のどこを探しても中々見つからない。その上、濃度も異常に高い。これで魔法が使えれば、将来の有望な人物として見られていただろう。

 だが運命のいたずらなのか、魔法が使えない為、人間では無い何かに見られている。


「……本当は、お前にも使える魔法があるはずじゃ。それを使え。隠すなとは言わないが、それさえ使えば、誰にも負ける事は無いだろう?」


 ヌン教頭の態度が、眼差しから伝わる雰囲気が変わる。


「…………ふぅん? 世迷い事ですね。どうしたのですか? あなたらしくありません」

「確かに、そうかもしれない。だが、人間一人一人の中に怪物は存在する。それも使えないなんて言えないはずだ!」


 教頭としては、未来ある者の芽を潰すのが嫌なのだろう。魔力が教頭の身体にまとわりつき、辺りに強い風を生み出す。普通の魔法使いがくらえば、少しくらい飛んでもおかしくない程だ。それほどヌン教頭は強い。強いのだが――

 オルターはそれをそよ風のようにしか感じない。そして、静かに首肯する。


「残念ですが、それはシャドウのことですね。まだ、その域に達していません」


 その一言で教頭のやる気が削がれたのか、風は徐々に弱く、終いには何も感じなくなる。


「やはりワシ程度では効きも、効果も無いか。だが、待っているぞ。一ヶ月後の交流戦に参加し、勝ち進んでくれると」


 そう言うと、ヌン教頭は来たのと同じ方法で帰り始めた。

 その背中に何らかの思いを感じかける。オルターからすれば、遥か昔に感じた事がある重みだ。だが、それを何処で見たのかを思い出せない。


「降りるの……こわっ……」

「……魔法、使えばいいじゃないですか?」

「い、いや。そうしたいのは山々じゃが、今のうちに鍛えておきたいからな」


 そんなことを言われても、もう遅いと思うがあえて言わないでおこうと決心するオルターであった。


 あたしはエデリシア。

 只今、教室の最後尾で召喚講義を受けておりますけど、正直に申し上げます。

 眠いです。はい。この様なことになるのであれば、残ってオルターと話をしたかったです。

 ほら、ありますよね? 面白い授業なのに、十回に一回の頻度で真面目にクッソつまらない話をされることが。

 身に覚えがないとは言わせません。きっと眠って忘れているはずです。はい。じゃないとあたし、怒ります。というより、怒ってもよいですか? 怒らせてください。暇なので。

 ああ、意識が遠くなっているような、なっていないような……

 すごく曖昧です。はい、曖昧です。それ以外言いようがありませんし、言う気もありません。要するに面倒なのです。

 その前に一応、召喚講義のおさらいをしましょう。

 召喚には二種類存在します。一つは己が契約した怪物を召喚するか、テキトーに唱えて別世界から召喚する事なんてありますが、大方は前者ですよぉ。ま、そんな事を言っても実際に使っている人物すら見た事がありませんしね。まぁあったらいいな、みたいに受け止めていますからね。出たと言っても神話や英雄伝に登場する仲間ぐらいですね。

 そして2つ目ですが、これは誰でも使えると申していたようで、申し上げていなかったようで? どっちだったでしょうかぁ? ……あぁ、ようやく眠くなってきました。

 と言う訳で、時間が来るまで眠らせらせてもらいます。誰も起こさないでください。


「ん? 今、だれか眠らなかったか?」


 カッ、とチョークを止める音が聞こえる。


「せんせー。早く続きを聞かせてください!」


 何処となく声が聞こえる。先生の意識は惹かれるように逸らす。


「何だ、お前たち。こっちのほうが好みなのか?」

「はい! 先生みたいな綺麗で凛々しく美しく、それで尚、強いのですから私共のあこがれの的です! ですから、どのように頑張ればそう強く美しくなれますか?」

「いや、そんな話はしていないが……まぁ、意識せずに何かを努力すればいいじゃないか? そうだな、授業の方はどこまで話していたか……」


 ああ、言い忘れておりました。ここの学園は体育や魔法など授業や、召喚講義では男女別々なのです。差別ではありませんので、安心ください。

 何も、交流戦に向けて別々にしているらしいのです。

 どうせやるならお互い驚かせようぜ、らしいです。実に馬鹿な人間が考えそうなことです。ですが、馬鹿な男どもの声がしないので、そこは感謝します。

 一時的に起きましたが、やはり眠りから覚醒しません。というわけで、さよならです。


「ああ、そうだったな! 人間の心の中には、性格や思想を反映されている物が置かれていると言われている。それは『景色』と呼ばれる。勿論、私も見た事ある。これからお前たちも、この先自分のだけでは無く他人の心の風景を見る人もいるだろう」


 女性人たちの私語が交わる。

『私の心はね〜』『どんなの?』『何があるの?』『正確には分からないけどね』『えー? 何それ』『何でも、分かる為には特殊な装置か、媒介人が必要らしいよ?』『それって入学時に受けなかったかしら?』『受けたけど、覚えていないよね?』『そして、目を覚めたらクラスが決まっていたし……?』

 これ以上ヒートアップして授業に戻ってこない事を避けたいのか先生は、パンパンと高い音を出して注目を集める。


「ある人の心理学によると人間はペルソナとシャドウが存在する。勿論、それが全てではない。他にもあるが、今日の授業で重要なのは、とりわけこの二つだ」


 ペルソナとシャドウについて知っている者はいないかと、声がかかる。

 再び私語が聞こえるが、特に止めるような真似はせず、終わるのを待っていた。だが、誰も自分から手を上げることはしなかった。

仕方がないと、先生が答えようとした瞬間、一人だけ手が上がった。


「では、僭越ながらこの私が答えます」


 凛とした声が聞こえてきた。

 あぁ、眠れません。何ですか? 女共も十分に姦しいです。

 メガネをかけては、長髪の黒髪。どこか偉そうで、他人を近寄らせない雰囲気を保っている女性。一見すると、自己中が激しそうに見える。一見しなくてもその通りですけどね。

 確か、名前はテリヤと申しました。彼女は先生たちの中でも人気あり、陰ながらファンも存在するとかしないとか。しかしながら同じ二年であり、女性の生徒会長も務めていられるとか?

 詳しいことはあたしも存じていません。ですが、これだけは知っています。魔法については天才だとか。

 恐悦ながら申し上げたいですぅ。オルターこそ天才だと思いますよ?

 なぁ〜んて、申し上げても通じませんしぃ……ですが、所詮は自己満足ですよぉ?


「ペルソナは自分であり自分では無い、もう一人の自分であります。にして、シャドウは自分が憎む、なりたくない自分を指します」

「うむ、流石だな。これだと、生徒交流戦が楽しみだ」


 先生が自慢げに数度、頷くと生徒の顔に視線を巡らした。


「そうだ。ペルソナとシャドウは重要なのだよ。ペルソナを扱えるようになると、それは自分の武器や鎧となってくれる。逆にシャドウを受け入れると、それ自体が怪物になり、この世に召喚できる」


 その言葉に、少女達の目に光が溢れていく。まるで手に届かない英雄を目の前で眺めている眼差しだ。勿論、その英雄は他ならない先生本人であるが。


「だが、事は簡単にいかない」


 声のトーンが下がる。生徒たちは、どうしたのかと心配になっていったのか表情が陰っていく。


「シャドウを受け入れる事は、決して簡単ではないのだよ。中には負けて自殺してしまった者もいる」


 生徒たちは、固唾を飲み込む事しか出来なかった。そんな怪物が自分の中に居る事実が恐ろしく感じてしまったのだろう。


「だが、シャドウは必要ない! 己のペルソナを受け入れ、更なる強さを求めればいいだけだ。だから、無理に挑もうとするな」


 テリヤを除いた女性陣の生徒はみんな、何も言わず何度もしきりに頷いては、拍手など喝采を送りはじめる。


 黙って聞いていれば、正直みなさんって馬鹿じゃないですかぁ? シャドウを受け入れないで、ペルソナだけ使い強くなるぅ?

 そんな事が出来るなら、誰も自殺なんてしませんよぉ。まぁ、テリヤは分かっているみたいですけどね……しかし、やる気は中々出ませんねぇ。

 終わりそうなので、帰りましょうかぁ?


 チャイムの音が聞こえる。

 それを機にエデリシアは立ち上がり、静かに教室から離れる。女性たちは興奮が収まらないのか気づいていない。先生も先生で未だに熱弁している。

 エデリシアからすれば、これ程ウザイものは存在しない。やるのは自由だが、よそでやれと言いたくなるが、言ったところで火に油を注ぐ結果になるのは嫌でも分かる。

 廊下に出てから、妙な解放感に包まれる。


「う〜〜ん! いやー、若返りますねぇ」


 正直、授業が終わった後の快楽は癖になってしまいかねない。


「オルターは何処に居るのでしょうか? 動かないでいると嬉しいですね?」

「ええ、本当に、動かないでもらえると嬉しいですよ?」


 後ろから扉が開くのと同時に声が聞こえてきた。感情を感じさせない声で。冷たい温度は感じる。

 エデリシアは静かに後ろを向く。そこにはテリヤが一人だけ立っていた。


「おやおや? 噂に名高いテリヤ様が一体、あたしに何様でございますか?」

「あら、そう言うのね? そうやって逃げるの?」


 お互い挑発……いや、正確にはテリヤだけが挑発している。エデリシアは引っかかった様子も無く、切り返す。


 見え見えの挑発に乗る程、暇ではありませんから。


「残念ですが、交流戦には興味はございませんので……目立ちたいなら、どうぞ頑張りください」

「そうやって、異能も隠すのですか? とぼけるのもほどほどにして、こっちに来なさい」


 どうやら、テリヤはエデリシアがオルターに会っているのが気に食わないらしい。だが、それこそ余計なお世話というモノだ。


「あなたほどの異能なら、世界のどこでも受け入れてくれるわ。その才能を無駄にするな」

「………………」

「世の中にはどれ程、その異能を欲しがっていると思っている! どれ程、無念に散った者がいると思っている! お前はそっちに居らず、私と共に来い。悪く、妬ましく言う者もいるだろう。だが、そんな奴らは無視すればいい」


 予断を許さないと言わんばかりに畳みかける。普段、無口なテリヤが喋っていると思えないほどだ。だが、エデリシアは特に驚く必要もなく、半分聞き半分聞き流している。

 それも、束の間の事だ。


「あんな屑に捕まっているなら、私が助けてやろう! どうだ? 一緒に――あ……」


 その言葉が最後まで発される事は無かった。

 テリヤは背中に何発の氷柱に刺されてしまう。すぐさま錯覚と思い知るが、実物だったら死んでもおかしくなかった。精神体が貫かれたことを感じながら、ゆっくりとエデリシアを見つめる。

 すぐさまに後悔という意味が身体全身から冷や汗と同時に伝わっていく。

 明らかに彼女の眼差しは氷柱より冷たいモノだった。もはや自分を生き物とは捉えられていないのを肌が教えてくれる。

 この後、どんな言葉を投げ出しても何も好転しないどころか、触れてはならない所に触れてしまう事がテリヤには理解できていく。


「いえいえ、テリヤ様、あなた様が異能と言うほどではございません。何故なら――」


 やっと終わったのか、沢山の女生徒が出てきた。誰一人とも興奮が収まっていないのか、やかましく話し合っている。


『これが、あたしにとっての当たり前なのですから』


 傲慢とも嫌味でも無く、本当の事を言っている態度。ガヤガヤした場所では声が届くことがあり得ないのに、テリヤには聞こえていたらしい。

 怯え腰になっている彼女でも、負けられないと琴線に触れたのか、魔力による旋風が起こる。だが、自分でも力が出ないのが分かっているのか、廊下に細やかな風が舞ったようにしか感じない。


「この私と、交流戦でバトルよ! 負けた者は言う事を聞く!」


 その言葉で、誰もが動きを止めた。そして、誰もが指が指している方向を見つめた。その先は当然、エデリシアだ。

 して、数秒後に笑い声が響いた。

 なぜなら、エデリシアは学園中でも弱いと、みんなは知っているからだ。天才と謳われている人物が最弱に挑むのか、理解出来なかった。みんなはこの様な思想に辿り着いた。

 ――エデリシアがテリヤを侮辱した、と。

 しかしながら、エデリシア本人はそんな彼女らを気にすることなく――


「いいでしょう。それで面倒事が、貴女が消えるなら」


 エデリシアは怯え腰でも無く、やけくそでも無く、冷徹に何かを射抜くような視線を投げかける。心臓か脳を見れば効果は大きいと言うが、正確に相手の眼差しをじっくりとじわりじわり見つめるだけで勝手に追い詰められていく。

 それを感じた彼女たちから、笑いが消えて困惑に包まれていく。そして、すぐさまに噂は風に乗るように広がっていく。

『今年の交流戦は荒れる!』『過去の遺物が天才に挑む!』『弱者が強者にどう抗うか?』

などと面倒事があっという間に広がっていく。


 再び一から投稿しました。

 読んで頂いている方々、どうもありがとうございます。

 初心者である為、あなた方には読みにくい所があるかもしれません。その所はどうかご指摘し、教えてくださることを願います。

 挨拶が遅れました。聴覚障碍者の甲斐と申します。

 もし、ご興味があれば次回作も楽しみにしてください。

 私自身も小説に関しては努力を惜しみませんので。

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