少女の願い
音が、響いていた。
美しくも、どこか切なさを感じさせる旋律だ。
その音を奏でているのは、制服姿の少女と、一台のグランドピアノ。
……これだけならば、ただの素晴らしい演奏の光景であろう。
だが、少女とピアノがある場所が異質だった。
そこは水の中だった。
それにもかかわらず、少女の演奏が止まることはない。
空間の中心に制服姿の少女と、一台のグランドピアノ。
床に敷き詰められているのは、磨き抜かれた大理石だ。
それが淡い光に照らされて、青白い光を発していた。
大理石の床の上には、少女とピアノ以外には何もない。
不思議な空間だった。
一見すると水族館のように見えなくもない。
透明の壁が隔てた向こう側で、魚たちが悠々と泳いでいるような錯覚を覚えさせられる者もいるかもしれない。
だが、透明の壁が少女とその先を隔てているわけではなく、そこにはただ、段差がひとつあるだけだった。
段差一段隔てた向こう側は、まったくの別世界だ。
そこは海だった。
柔らかな光が降り注ぎ、その光を反射した魚たちがキラキラと輝いている。
少女の周囲も同様に水であるはずだが、彼女の様子はそれを微塵も感じさせないものだ。
少女の細い指が鍵盤の上を滑る。
その指使いに迷いの色は全くない。
決して途切れない演奏。
その旋律を受けた魚たちの命の輝きは増し、光は溢れ、世界はその輝きを増してゆく。
少女はここで、永遠にその美しい音色を奏で続ける。
世界を途切れさせてしまわないように。