眠れる森
群青の夜。
青い匂いがして、目が覚めた。柔らかく、ひどく暖かい場所にいた。身体を起して気が付く。苔むした大地に身を横たえていたのだった。
ぼんやりとした頭で、辺りを見回す。山毛欅の木々が林立する、そこは眠れる森だった。
天上へのびる、まっすぐな幹たち。それと反対に、月光が柱となって大地へ降り注いでいる。茂みや草や岩が、うっすらと光を纏う。森全体がほの白く染まっている。
顔を上げれば、梢越しにまるい銀月が垣間見えた。白々とした月の光が、滴り落ちてくる。光が散って、涼しい音が鳴る。それが聞こえるような気さえした。
光を受けて山毛欅は、青い樹影を足元に広げていた。無数の葉が幾重にも連なり、レースの透かし模様のように、複雑な陰影をつくる。そこをそっと踏みしめて行く。
風が吹いた。枝葉が潮騒のようにさざめく。清涼な空気が身体を包み、甘い水の匂いがした。どこか遠くで、沢の音が聞こえる。
誘われるようにして、ゆらゆらと歩けば、木々の合間にそれはあった。苔むした緑の巨石。その隙間から、清水が流れ落ちている。森が隠した水源だ。月の光を受けて、きらきらと輝いている。
近づいて、流水をすくった。ひやりとつめたく、澄み切っている。そっと口に運べば、かぐわしい香りが咥内に広がった。それは甘露だった。身体を清め、微睡みへと誘う水。
私は苔むした大地に、また身体を横たえた。水の流れる音がした。揺れる梢の先に、銀月が見える。白々とした月の光が、滴り落ちる。光が散って、身体を包む。
山毛欅が静かにさざめいた。
森はいま、眠りのなかにあった。