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大秦戯界開拓録  作者: 御食山左近
ある軍団長のおはなし
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ある軍団長のおはなし 女ったらしのハゲの旅行記篇



第七節「ある軍団長の回想」



予定されていた増援が来ないらしい。


代わりに友人の前法務官に預けていた長男がやって来た。


あまりに船酔いがひどくて使い物にならないとか。


まあ五段式ガレーなど人間の乗るものではないから仕方ないな。



----それで、前執政官フランシスの子ジョシュアよ。何か申し開きはあるかね?


「はい父上!船など人の乗るものではありません。よって人間である私が乗る必要はないのです!」



わかっているではないか。


説教を長くしても仕方ないので、今日はこの程度でいいだろう。


人間の寿命は短いのだ。



----もう退出していいぞ。適当に夕飯まで街を見て回るがよい。



あ、聞く前から走っていきおった。全く誰に似たのか、きっと妻に違いない。


まあ素直で明るいところは私に似たから問題ないな。


ふと執務室の机に積まれた書類に目を落とす。


本国から取り寄せた蛮族とのこれまでの会戦の概要と、西方領の報告書か。


どうも我が帝国を蹂躙した蛮族は、調査によると西方領から大天幕山脈を越えてやってきたらしい。


初期に半島北部へ移住した群れは、無数の荷車と屈強な戦士が確認されたという。


まだ余力がある部族が移動したのは、単に新天地を求めに来たという訳ではないな。


豚鬼に代表される蛮族は、見た目の通りに農耕民族だ。


それだけに土地に対する執着が強いものである。


となると単純に考えて気候変動による不作が続いたか、あるいは…。


考えたくはないが、より強大な他部族による圧迫か。


元から半島にいた豚鬼族は、家族単位でしか動かないので然したる脅威では無かったが。


そんな連中が部族を組んで対抗し、大天幕越えを選ぶほどの強敵が西方領にいるということである。


これは元老院にも警告しておかねばなるまい。


高度に組織化された軍団。


かつての戦役でレムルス帝国軍は、豚鬼族に完膚無きまでに叩きのめされた。


ある日突然山から下りてきた連中は、瞬く間に帝国北方を制圧した。


北方諸都市からの救援要請を受けると、元老院は満場一致で二人の執政官に軍団と指揮権を預け、勝利を確信したものだった。


しかし帰ってきたのは出征していった市民のうち、ごく僅かだった。


当時の帝国軍は、四個軍団を市民の全階級から無理やり徴兵し編成していた。


やはり敗因は士気が低く、体力のない兵にもあったかもしれない。


残念ながら装備も曾ての様には揃っていなかった。


だがどれよりも確実なことを言えば、単純に我らは戦術で負けたのだ。


開戦当初、帝国軍の基本戦術は伝統的な重装歩兵によるファランクスを採用していた。


半島の都市国家間の戦争は、長きにわたり基本的にこの陣形で行われていたからだ。


最初の接敵はアペニン山脈の北だったと聞く。


山麓の丘陵に我らは大盾と槍を掲げ、右翼に元老院議員や騎士などの精鋭を配し、レムルス必勝の陣形がそこにはあった。


だが豚鬼族の戦争はその先をいっていたのだ。


斥候の騎兵が持ち帰った情報によると、連中は笑いを誘うことに盾を持たずにやたらと長い槍しかもっていなかったという。


丘陵の中腹に陣取った我が軍は鼓笛の音と共に秩序だって、それでいて勇猛に突撃した。


待ち構えるその長槍は、大凡人族の大人三人分の丈であったろうか。


単純なリーチの差は、そのまま死者の数として我らに襲いかかった。


流石の我が戦士達も足が止まる。


だが右方より帝国の誇る精鋭達が猛然と進み、ついには側面に齧り付いたのだ。


誰もが勝利を確信した、その瞬間だったという。


敵の背後の丘陵から帝国では考えられない無数の騎馬が、側面をついたはずの我が軍の更に側面に襲いかかったのは。


それに合わせ敵軍の右翼が、平民が多い我が左翼をあまりにもあっけなく撃破し包囲しにかかった。


あとは言うまでもなかったそうだ。


執政官2人が討ち取られ、騎兵や重装歩兵として参陣した歴戦の勇士である元老院議員60名が戦死するという歴史的敗北であった。



----よく立ち直れたものだ。



しかし最近は独り言が増えて、年齢を意識してしまうな。


それにしてもその後十年もじわじわと領土を削られていく訳であるから、面白い話ではないな。


緒戦では恐らく斥候が泳がされていたのと、我らの戦術をすでに北方諸都市との交戦で学ばれていたのが原因で敗北したのだろう。


奴らは蛮族ではあったが、統一された装備や戦術を見れば野蛮ではなかった。


だが、我らは新戦術と新兵器によって勝利した。


あと天佑か。


ああそうだ、西方領進攻について今後の対策を練るのであった。


…また今度でいいか。




第八節「ある軍団長と友達」


鬱蒼とした暗い森と平原の広がる未だ帝国の威光の届かぬ辺境に我らはいた。


案内の山人族がルグドゥヌムなどとくぐもった音で呼ぶ妙な名前の地だ。


ジュラの東の要塞都市にあった湖から流れる大河と、北の方角から流れ込む川の合流地点にある。


軍事的にも商業的にも今後を考えるに、河川交通の要所として機能しそうなのは確かだ。


であるからして、偶にはということで元老院にお伺いを立てたところ、普段はろくに何も流さん連中が今回はなかなか有益な情報を送ってよこしおった。


既に友軍との通信で、内海沿岸を進んだ西方軍第二軍団がマッシリアと呼ばれる地に港湾都市を築いたという話は聞いていたが、これにはまだ先があったのだ。


そのマッシリアと現在地の古名と思われるルグドネンなんとかは、大河で繋がっていると今更本国が言ってきたのである。


どうせ私が放置していったら、元老院子飼いの本国軍団を送って自分たちの手柄にするつもりだったのだろう。ざまあみるがよい。


いずれにせよ、蛮人や蛮族に拠点を築かれては、要塞都市とマッシリアの防衛の障害となるので帝国で確保せねばなるまい。


そういえばマッシリアだが、サンジェナーロにいた第三軍団と艦隊の新たな根拠地にするらしい。


前法務官の分際で暖かい地に移住とはいいご身分だな許さん。


彼らの到着に合わせて第二軍団は内陸に侵攻だったか。


強大な有力部族がいる可能性があるという警告は、私だけではなく第二軍団長のヴァレリウスも元老院に発していたはずだ。


単に無視されたのだろうか?あるいは勝算があってのことか。


いや、早くも南西領攻略の計画を立てているのだろうな。


内海沿岸を回廊として、南西領への直接侵攻を考えているのだろう。


まだ西方領の平定も済んでいないというのに気の早いことだ。


兵站の目途もたたないうちに、事を急いては本国に遊びに来た緑豆どもと同じ轍を踏むだけである。


元老院もろくなのが生き残っていないせいか、あるいは過熱した市民や平民の突き上げかだろうな。


人族中心の国家だからブレーキが利かないのが帝国の根幹にある問題である。


一応ヴァレリウスに合流を検討するよう通信しておくか。




…というのが先々月の今頃の話である。




----それで、貴様の連れてきた軍団について、何か弁明はあるかねヴァレリウス?


「わが友フランシス、それについては本当に申し訳ないとは思っている。

 しかし君と友人ということで、帝都を出てから元老院に通信を監視されていてな。

 それになんといっても君の軍団はあまりにも妖精族が多い。

 元老院は君の所から蛮人に情報が流出するのを懸念しているのだ。」


----我が帝国は多民族国家である。それは今さらだろうて…。


「君はただでさえ、いや、やめておこう。」


----賢明だな。この執務室とて、どこまで監視があるかわからん。


私はよき帝国の市民である。本当に、ただそれだけだ。


----しかしこれだけの兵力を寄越したということは、本国も本気だということか。


「そうだともフランシス。元老院も我々を見捨てた訳じゃないということさ。

 ただ君にとっては新手の嫌がらせのように見えるかもしれんがね。」


人が思っても言わなかったことを…!!


一言多いから敵が多いのだ馬鹿者め。


----貴様の軍団が西方領を中央突破、我が軍団が西大河以南か。


「そして我らが前法務官殿が西方領南部だな。平定後はそのまま総督位が与えられるらしい。」


----最初と最後で矛盾が生じているぞ貴様。


「恐らく平定後に一日執政官をやって夕方に総督になるのだろう。忙しいことだ。」


----なんとも一日執政官など、今のご時世でなければ考えれられないな。


「それだけ元老院が人材不足だということだ。我らにとって良きにせよ悪しきにせよな。」


せっかくの生きての再会だというのに、肩がこってかなわんな。


たしかジョシュアに見つかっていなければエトナのいい酒が残っていたな。


----ひとつ気分転換に一杯どうだね?20万近くを指揮したうえに長旅で疲れたろう。


戸棚の奥に隠しておいたから、私の背丈では取りづらいな。


----貴様が前から飲みたがっていたとっておきを開けてやろう。


「それは素晴らしい!あの前法務官殿の悔しがる顔が目に浮かぶな!」


----いい加減前法務官殿を前法務官殿と呼ぶのをやめてやれ…。


「それはそうと、君の軍団が聖都サンフランシスコで温泉を掘り当てたと聞いたのだが。」


なぜその名前を…?!日記は古典ヘラス語で書いているので、そこらの密偵程度では読めないだろうに。


----なぜジュラの要塞都市にそのような名前が?いや温泉を都市まで引いたのは事実だが。


「水臭いじゃないか友よ。私に温泉の話をしてくれないなんて。

 なにやら君が温泉を掘り当てたり、魚醤を妖精族に広めたおかげで君のところの軍団兵や

 それを聞いたうちの小僧どもから聖人扱いされているらしいな。

 本当におもし…よくやっているじゃないか。」


こ、この男…!!


----そんなに気になるなら馬で行って温泉にでもつかるかね?


我が軍の一個軍団を退役させ、更に一個軍団ごとに順番で「北方への警戒のため」と自主的に警備に就かせた魔の温泉だ。


はたしてこやつに耐えきれるだろうか。


存分に堕落するがよい…!!


なにはともあれ、こやつの率いてきた大軍の宿営をどうにか捌き切らねばな。


温泉に一緒に行くのはそれからだ。この後それを告げたらこの男はどんな顔をするだろうか?


さて、忙しくなってきたぞ…!!




第九節「ある軍団長の独り言」



目的地であった西大河に根拠地を移して以来、どうも敵軍の襲撃が多すぎる。



----やはり中央戦線の戦局は思わしくないか。



思わず口から洩れる。


一軍の将が間違っても戦場で口に出してよい言葉ではない。


上官の不安は部下にも伝播する。士気の低下は正常な作戦行動の支障となるだろう。


蛮人による散発的な襲撃が増えていた。


西方領中部に侵攻したヴァレリウスの軍団が、野戦での蛮人の殲滅に失敗したためだ。


渡河中に有力な部族に襲撃をかけられ、痛み分けに終わったらしい。


奇襲を受けるとは我が友も情けない。愛国心が足りんな。


戦力を再編後、旧来の陣形に第二軍団で開発した新しい槍、ハルバードだったか?を騎兵対策に担いでいったとか。


密集陣形による槍衾と、野戦陣地で敵騎兵の突撃を阻止するのだったな。


発想は悪くない。しかし守勢に回っていては数に勝る蛮人を滅ぼせまい。


まあそのために我が軍の秘密兵器であるロングボウを供与しておいたのだが。


蛮人の弓は帝国軍と同じコンポジットボウなので、簡単に圧倒できるだろうとな。


事実二度目の会戦で敵騎兵の突撃を軽く防ぎ、蛮人の部族連合軍を壊走させたとヴァレリウスも自慢しておった。


ただ西方軍全体としての傾向だが、騎兵が敵軍に対してかなり不足しているため追撃が困難だという状況がある。


正直間引きの効率が悪い。


しかも連中は不利になるとすぐ逃げおる。


さらに連中が組織的な行動ではなく、少数の部隊の寄せ集めの集積による攻撃というのがもやっかいだ。


ロングボウによる弾幕を張ったり、大量投入したカタパルトによる面制圧を行っても散開しているため効果が薄いのである。




本国での戦争とは勝手が違うため、あやつもまだ効果的な作戦を練れていないのだろう。


ただ蛮人のこの習性を見るに、まとまりがないのは外交的切り崩しのチャンスと見えるな。


そのためにヴァレリウスも私に友人のヴォージュ王へ依頼し、蛮人への仲介を頼むと言ってきたのだろう。


オーリンは我が友人にして同盟者であり、私やドーリとも縁戚関係にあるがやはり大きな問題がある。


蛮人との仲介に乗り出せば、西方領で中立寄りの立場を保っていた彼の立場が悪くなる。


帝国の味方になったと短絡的な連中は考えるだろう。


いくらヴァレリウスから外交権を委任される形で動いてるとはいえ、一国の浮沈の責任は重い。


だがやるしかあるまい。


幸いにして連中は一枚岩ではない。一部が激発したとしても、定石通りに各個撃破していけばよいだけの話だ。


最悪西大河地域で全面戦争になったとしても、兵力的には本国から植民都市に移動させた私兵がいるので問題はない。


これだけの戦力と、ヴォージュ王からの仲介を背景に部族単位で講和を行い、各個通商と平和を求めていく形でしか平定は行えまい。軍略と一緒であるな。


ただ現場の苦境を恐らくわかっていないであろう元老院の反応が気になるが。


なにはともあれ、現地の蛮人どもに圧力をかけるためにも手始めに城塞都市の建設を急がねばならぬ。


それはそうと、新しく開発しているアルゲントゥムの対岸には温泉があったな。


設営の前に放っていた斥候が偶然発見したのである。


実に素晴らしいことだ。我らレムルス人から風呂をとったら焦土しか残らないからな。


浴場は街のどの施設よりも早く完成してしまった。


防壁も放っておいた宿営地の方に蛮人の襲撃があったらどうするつもりだったのだろうか?


まあ温泉のためなら迷わず死守命令を出すが。


しかし私の行く先々で温泉が涌くせいで、西方軍だけではなく東方軍や本国軍からも私の軍団への転属希望が出ているようだな。


ただの偶然だろう。あるいは我が父祖の地エトナの大火龍の加護であろうか?


いや、数代前から帝国の女ったらしの天神を崇めているのだからそういうこともあるまい。


おや、いきなり走ってきたが何事だ?


「閣下、ラングル族の代表が講和条件についてお話ししたいと。」


確かこのあたりの大部族か。


中央の話を聞いて、連中も自分たちをどれだけ高く売れるか必死なのだろう。


いや、単に生き残りをかけているのか。


----丁重にもてなす準備をしておけ。酒はヴォージュの葡萄酒を出すように。


既にオーリンがこちらについたと示すためにも大事なことだな。


しかし思ったより早かったな。


我々が考えているより戦況を有利に進められているのか、あるいはもっと…




第十節「ある軍団長と押し売り」



西方領中部の泥沼化は、西方軍第一軍団と友好関係にある北部諸族の中部侵攻を招いてしまった。


聞く話ではこの地において我らが来る前まで好き勝手に部族同士が相争っていたという。


しかし帝国軍という強大な外敵が生まれたことで、ある程度にまとまってしまったのだ。


だがその緩やかなまとまりも、私が北部の生産の多くを担うヴォージュ王と友誼を結んだことで再度分裂した。


中央で暴れている外敵と同じ西方領にとっての脅威である我らを追い出したい一派と、オーリンと結ぶ我が方に頭を下げても生き延びたいという利口な一派である。


このような状況では当然ながら夷をもって夷を征す方が利口であり、我が軍を後者に加勢させ北部の大掃除を行った。


我々が接触した西方領の蛮人は自由身分の男は全員が戦士である。


よって新暦が始まって以来はじめての我が軍の兵力を上回る敵との戦いであった。


西方領の戦争は無数の貴族階級に率いられた小部隊が統率もなく、好き勝手な方向から適当なタイミングで襲撃してくるのである。


組織的な戦争に慣れた我らにとっては、極めて厄介な敵だった。


そしてヴァレリウス同様に甘く見ていた我らは緒戦で多大な被害を受け、家畜の大半を別働隊に奪われてしまった。


国土回復戦争以来の大敗である。


しかもこの結果、従属していた部族からも離反が相次いで西方領の今後の展開に支障をきたすものとなった。


一度負けた相手に二度も負けるわけにはいかん。


捲土重来を期すため、第二軍団より有効な戦術を教えてもらい猛訓練に勤しんだ。


我が軍団兵たちも、目の前で伴侶を奪われたような気迫と熱意で新たな戦術を体に叩き込んでいった。


やはり我らに二度目の敗北はなかったのだ。


周囲に強力な弓兵隊を配し、我が精鋭だからこそ出来る大盾とハルバードによる人間の移動要塞。


我らがテルシオを前に蛮人は次々に討ち取られていった。


どこからともなく沸いてくる蛮族であったが、ことごとく虫のように串刺しになって死んでいきおった。


だが、幾ら長期戦になって疲弊し同胞が死んでいっても連中は退かなかった。


敵ながらあっぱれである。


いや、単に一度勝って侮った相手に負けるのが許せないのだろう。


戦士の誇りとか沽券などそのあたりだな。生き恥を曝してでも再起を図るという発想がないのは、こちらからすれば大助かりだ。


なにはともあれ味方してくれた従属部族や友好部族に追撃戦で花を持たせて、実際のところ我々は追撃できなかったのだが、連中に大打撃を与えることができた。


その後数度の会戦があったが、有力な戦士と兵力を失った蛮族な敵ではなくすんなりと撃退できた。


同数同士の戦争ならば蛮人など物の数ではないのである。


この戦争の結果、疲弊した敗者を帝国側の部族が取り込んで北部は友好的な部族の支配する地域となった。


また、多くの家畜が戦利品や献上品として我が軍に贈られた。


家畜は蛮人にとっても貴重な財産であるから、彼らなりの信頼の証でもあるのだろう。


我が息子たちが異様に喜んでおったので、私もなんだか嬉しくなったな。


問題はそれからである。


北部を現在の部族連合が統一したことにより余力が発生し、ヴァレリウスによって王が討ち取られて政治的空白が生まれている中部への侵攻を目論もうという機運が生まれたのである。


この機運を止める術を私は持たなかった。何故なら結局のところ帝国軍はこの地において、彼らの友人であり強力な同盟者でしかないのである。彼らの主人ではない以上、我々は忠告以外の事は出来なかったのだ。


彼らは中部侵攻の為に強大な我が軍を当てにしていたが、巻き込むための手間を惜しまなかった。


我が軍の兵士が北部諸族に取り込まれていったのだ。


別に誘拐だの何だのといった強引な手段ではない。それならば兵を動かしてでも止めている。


それは有り体に言って嫁を取らせて部族に取り込むという直球な手段である。


別に彼らとしても悪意はなかったのだろう。


勇気ある戦士はこの地ではモテるからな。


まさかとは思ったが、相当数の兵士が現地の女性となんらかの関係を築いていたのは事実である。


いつものように酒を集りに来ていたラングル族の族長に問い質しても、北部では男が大方戦死して女が余っているから仕方ないと返し、それにあなた方のような強い戦士の血は我々としても積極的に入れたいと悪びれる様子もない。



「それよりもなぁフランシス殿、あの見事な一角獣の騎士殿をわしの娘の婿に欲しいのだが。」



まさか直接私に言いに来るとは…!!


一角獣の騎士というと、あやつか。


弓兵隊の総指揮を任せていたのに、いつの間にか一角獣を捕まえてきて弓騎兵隊を勝手に組織していた。


しかし一角獣とは本来であれば清純な乙女でなくては乗れないという、美しい一角の白馬だな。


…乙女?



----あれには我が軍の騎兵の指揮を任せているのでな、抜けられると困るので勘弁して頂きたい。



あれは男のはずだ。浴場でもよく顔を合わせるし。


…乙女というと、まさか、あの四足の畜生どもはヘラス趣味なのか。畜舎には寄らぬようにせねば。



「娘があの騎士殿に随分熱をあげておりましてなぁ。どうかそこをフランシス殿にお願いしたい。」



たしかにあのエルフは顔だちも凛々しく、戦士としても指揮官としても優秀だ。


そう考えると浮いた話のひとつもないのは不思議であるな。


少し前まで仲間と大山羊や大羚羊を襲っていたのだから、さもありなんという気もするのは無しだ。


ちょっと哀れであるし、親である軍団長として一肌脱ぐとしよう。



----まあ、よかろう。そのあたりは本人の気持ちなりを斟酌して適当にやってみるがよい。



こちらとしても、有力部族との縁戚は悪い話ではない。向こうにとっても同じことだろう。



「感謝いたす!ではこれにて御免!」



と言うなり足早に去って行った。あ、葡萄酒持ってきおったなあの耳長。


そんなやりとりがあって、あっという間に広まって色々な部族から縁談の申し込みがあったのがちょいと前。


なかば北部諸族と一体化して、断りきれなくなり我らが第二軍団に挨拶だけして中部に進攻したのがついこの間の話だ。


そして今、なぜ我々は白熊の毛皮をかぶって敵陣に向けて鬨の声を上げているのだろうか?


膠着した中部戦線に一石を投じるため、という建前で元老院には報告した。


しかし実際は嫁に尻にひかれた軍団兵の具申と、北部諸族がとりあえず越境したのを追いかけた形になる。


最近ようやくあの連中は何も考えていないのだと気づいた。


もっと早く気付けば楽になれたのだが。


まあ仕方無い。



----全軍密集陣形で突撃!同胞とともに帝国の力を見せつけるのだ!




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