ある軍団長のおはなし 逆ハンニバル篇
第二節 「ある軍団長のちょっとした不満」
思うに半年というのは、あまりにも短い。
帝国を十年に渡り苦しめた蛮族が、わずか半年で根絶やしにされたのである。
しかも半ば人間の手によるものではなく、神の手によるものだ。
----実に納得がいかん。
「閣下、何か帝都に送る報告書に不備でもありましたか?」
不備など全くない。むしろ向こうから送られてくる資材のほうに不備が多いくらいだ許さん。
とはいえ6万もの大軍を預けられた時は正直どうしようかと思ったが、常に全員がこの世界にいる訳でないようなので食料も節約出来ている。
それにどやつも勤勉で従順だ。そして何より計算が出来る。
我が帝国の誇る土木において数学は極めて重要であるため大変結構である。
----うむ、独り言だ。気にするな。
----しかし最近貴様も私を『先生』と呼ばなくなったな。
「もう呼びませんよ閣下。僕だって野戦昇進とはいえ弓隊大隊を預かる身ですからね。」
耳長… ええっと、最近はエルフだったか。この頃は物覚えが悪くてかなわん。
最初は耳長にありがちなひ弱で軟弱な小僧だと思ったが、なかなか根性がある。
私の楽しい帝国式土木技術講座上級編を最後まで寝ずに聞いていたのはこの小僧がはじめてだったからな!帝都の屋敷に来て息子と【BAN】させてもいいくらいだ!
衆道は蛮族からの戦利品である馬よりはマシだとは思う。あと羊も山羊も備品なんだから使うでない。
まあともかく、大隊長だから騎士身分への取り立ては確実だろう。
なぜか小僧どもが全員通信石を持っていたおかげで、座学だけは毎日講義出来たのは布教に一役買った。
あとは道路を整備したり、途中の都市の修復といった教材に溢れていたのもよい。
そんなことを言ったら口うるさい妻に、また叱られてしまうな。
…従軍させてなくてよかった!
----もう戻ってよいぞ。ついでに部下どもに今後の身の振り方も考えてさせておけ。
「身の振り方…ですか?」
----ああ、貴様のような将校ならまだしも、兵卒は一生軍団兵という訳にもいくまい。
「ですが我々は何度も閣下がご覧になったように、不死です。」
たしかに帰還者連中は不死身だ。初陣で小鬼族の大軍に向け突撃していったのは目を疑った。
緑豆どもにかなりの損害を与えながらも、特に理由もなく半数近くが包囲され壊滅したのは笑った。
ふと目を離した隙に軍団旗のあたりからわらわら沸いていたのを見てしまった時は正気を疑った。
行った。死んだ。あ、勝った。
あれは今でも夢に出そうな光景だったありえん。
----我が偉大なる軍団には寿命がある。あと何十年かで貴様らも定年だ。
「年金とかって出ませんかね?」
----恩給かね?一応あるが、余りにも今年は人数が多いということで物納になった。
「あのパン?と魚?ですか。」
やはりエルフは魚は好かんのだろうか?内陸の戦場で塩漬けの魚という贅沢なのだが。
----我が西部方面軍第一軍団は北部国境である大天幕山脈より西方の開拓の任務を拝命した。
----それに加え軍団兵には開拓した土地が恩給の代わりとして与えられることになった。
----またその辺りは私の裁量に任せるとのことだ。
実に不愉快な話だ。払えなくなったからと言って自前でどうにかしろとは。
私の大事な息子たちを元老院はなんだと思っているのか。
今月も警告と報告を陛下あてに送らなくては。
「つまり閣下が新設される西方領をやりたい放題出来るという訳ですね。」
----元老院は全大陸を支配下におさめ、古代帝国の版図を回復する心づもりらしい。
----実際の目途としては、西大河辺りを自然国境として防備に努めるのが精々だな。
「我々は不死のはずですのに、飢え死にしますからね。」
そう、軍にとって兵站の問題は死活問題だ。
蛮族が蝗だというのはそれだ。食糧を現地調達というのは軍として愚の骨頂である。
そう、我らが蛮族の集落を襲って財産や糧秣を略奪してるは何かの偶然に違いない。
インフラは我が軍団が完璧に回復させたのに、十分な資材を送ってこない元老院が悪いのだ。
----西大河沿いにいくつか要塞都市を作り、後背に生産拠点や流通拠点を乱立させようと思う。
「まだ大天幕山脈を越えてもいないのに、戦後の話ですか。」
----やはり兵士たちにも報酬の話をせんと、やる気も違うだろう。
「この世界で生きているだけで満足なんですがね。」
どうも去年ぐらいに空気の股から生まれてきたような連中は、帝国人としての常識とはズレがある。
しかし読み書きは出来るから使い道は多い。
むしろ国土回復戦争が終わってからの方が、官職についたり土地を元手に商売をやったり色々と出来るだろうに。
宝の持ち腐れにして、欲深い商人どもに騙されるのはあまりにもかわいそうである。
私の目の黒いうちに教育してやらねば。
----夏のうちに山越えの準備もしなければならんな。
「僕らなら凍死してもリポップするので大丈夫ですよ。」
リポップ?
----私や幕僚が凍死するわ馬鹿者め。
----では小僧、退舎に戻るついでに誰か暇そうな幕僚を呼んでおいてくれ。
「全員暇そうに道路作ってますが。」
帝国軍人にふさわしい暇のつぶし方である。
----全員呼んできてくれ。山越えの行動計画を練る。
----あと暇な時でいいから近隣の集落から必要そうな物を集めてきてくれ。家畜は好きにしてよい。
「僕の隊だけ抜け駆けするのも申し訳ないので、他の隊にも声をかけてきます。」
なんと耳長族の青年の足の速いことよ。
同僚や部下にも気遣い出来るよく出来た子なのだが、帰還者のこれはいただけんな。
軍団の規模が規模だけに、商人は呼べても巫女が足りん。
西方領平定は、蛮人の取り込みもある程度行う必要がありそうだな。
第三節「ある酋長の誤算」
まさかちょっと毛皮を拝借するだけで英雄の出現を招くとは…
やたら雪男が沸いてくるので、もはや無限に沸いてくるものと錯覚していたからな。
どれもこれも建国以来の西方遠征ということで、予算と資材をそれなりに回してもらえると思っていた私の見積もりの甘さが招いた結果だ。
それにしても帝都の本命が西方領への海上輸送だったとは。
一個軍団を運ぶガレーを作るだけでも、レムルス半島が皇帝の頭のようになってしまう。
ましてや現行の軍の規模では…。
そもそもサンマルコの船大工は開戦直後にほとんどが、二足歩行の豚の餌になるか服になってるだろうから大型軍船の建造は厳しいだろうに。
よもやサンカタルドの船大工にあの巨大な廃材を修理させるつもりだろうか。
まったくもって馬鹿馬鹿しい。
いずれにせよ今回の補給物資にも毛皮や火酒は混ざっていなかった許さん。
となると偶然、現地で必要なものを見つける他あるまいという話だ。
素晴らしい事に山中で盾を鳴らしながら歩いているだけで毛皮が沸いてきた。
なお何故か一緒に新鮮な肉も沸いてきた。天の神の恩寵に違いない。
兵士たちも雪男がいるなら雪女もいるに違いないと、よくわからないが士気も高かった。
新種の蛮族だろうか?雪男は通称で白くて大きくておいしいただの熊なのだが。
そして峠を越えて、西方の蒼い山脈が眼前に広がった時だった。
急にこのあたりで雪崩でも起きるのか地響きが聞こえてきた。
「オサ!天狗ダ!」「天狗ノシワザ?!」「オサ!雪男ノタタリダ!」
何故か我が親愛なる軍団兵はあの熊を生で食べて毛皮を纏ったせいか何か、私には理由はわからんが退化していた。
「オサ!キット雪女ダ!」「雪女!」「ドコダ!探セ!」
----オサと呼ぶな。軍団長閣下と呼べ。
ついこの間大山羊と大羚羊をどこからか捕まえてきたばかりだろうに。
雪崩に備えて軍団兵を散開させようと、角笛と太鼓を鳴らさせる為に伝令に声をかけた瞬間。
突如我が軍勢の目の前が小山のように膨れ上がり、それが現れたのだ。
「オサ!肉ダ!」「大キイ肉!」「オレノヨメニモ毛皮ガ!」「オレノヨメダ!」
----本当に雪男の祟りではないか。大祖霊だ。
思わず呟く。ある種族を根絶やし寸前まで追い込むと出現するとは聞いていたが。
…狩りすぎたか。
見たところ120メートルほどだな。期待したほどの肉と毛皮は取れそうにないか。
姿も今まで我々を歓迎してくれた雪男を、そのまま大きくしたような姿で芸がない。
----弓兵隊!顔を狙え顔を!重装歩兵隊!足を狙え!腱を切れば動けまい!
----設営隊!つま先を狙え!つま先を!地面にキスさせてやれ!
----そこ!毛皮に傷をつけるな!
「閣下!まだ我が軍団の大半は軽歩兵なのですが!」
「閣下!我々はどうすれば!雪かきと街道整備ですか!」
わかっているではないか。しかし知性の残っている者がまだ残っていたのか。
----軽歩兵隊は牽制!陣形を組み肉…、デカブツが谷に落ちないように警戒せよ!
しかし未だにあまり軍装の補給が届かん。もうそろそろ半分である。
いい加減に帝都への嫌がらせに山中に恒久的な拠点を整備しておくの良いかもしれん。
まああの大物を狩れば、現界している連中の分だけはこれで揃いそうだろう。
討伐もしばらくかかるだろうし、ゆっくり考えるとしようか。
第四節 「ある市長の野望」
大天幕山脈を越えた先に、半月型の大きな湾があった。
もはやこの延々と連なる山々にも飽いた私にとっても、多少は唸らせる光景ではあった。
しかし発見してしまったこれを、進軍先を間違えて内海に出たものかと思い服毒を考えた。
この事実が本国に伝われば名門ノートン家末代までの恥である。
ただでさえ鉱山に利権を多く持っている我が一門は評判があれだ。
無駄遣いと行き当たりばったりには定評があると聞く。きっとそれは私だけではないはずだ。
今回の戦争で元老院に厄介払いされたと、帝都では口傘のない平民の噂になっていると出入りの商人に聞いた馬鹿な。
しかし天の神は我を見放さず、南岸を暫く進むとこれは巨大な湖とわかった。
----天の神よ!嵐の夜には女房を外に出しておきます!
ところで周囲を山に囲まれ、水資源もある。
ある程度の耕作も出来る土地があるのでこれは都市を建設するしかないな!
実際問題そろそろ拠点が欲しい。というか人数が多すぎて進軍が遅い。
具体的には何割か置いていきたい。
本当ならば私は既に西方領全土に街道を整備していなければおかしいはずである。
本国では既に北方への進出を検討していると聞く。
とらぬ狸の皮算用もいいところだが。いずれ拠点の整備を進軍中の西部方面軍に命じてくるだろう。
なんと言ってもまだ中間点だからな。やはり道のりは長い。
しかもいけ好かない連中から命令を受けてからやるのも癪である。
----全軍に通達。この湖の南西岸に恒久的な拠点を建設する。
ずいぶん急な話ではあるが、訓練された軍団兵である我が息子たちなら大丈夫だろう。
「オサ!」 「オサ!」 「オサ!」
「オサ!独立ダ!」「オサ!オレタチノ村!」
「雪女モホシイ!」「モウワスレロ」
やる気と気力も十分なようだ。今の我らならば帝都にも負けぬ威容を誇る都市を建設できるだろう。
まず神殿と劇場は必須だな。他にも競技場や闘技場も欠かせないか。
ついでに街の中心部には、元老院を超える規模のヘラス様式による軍団長宮殿を建てるとしよう。
都市計画はいい。計画を立てるのは楽しいし、何より夢がある。
「オサ!厩舎ト牧場ヲ!」「オレコノ戦イガ終ワッタラ大山羊ヲ飼ッテ暮ラス」
----おおそうだった。農地の配置も忘れてはいけなかったな。
退職金代わりの農地も用意しなければならないのもある。
いずれは息子のように思っているこやつらとも別れねばならぬしな。
だがまずは地ならしと建材調達だ。石切りには山人を纏めて一個軍団を送り込むとしよう。
ついでに本国に石灰と火山岩を送ってくるよう申請せねば。
そのあたりを詰めるためにも幕僚を集めて会議を開かねばならない。
ああ忙しい忙しい。
第五節「あるオサへの来客」
帝都を出発して以来、休む間もなく進軍し続けたせいか。近頃は疲れがどうも抜けなくて困っている。
流石にこの一月は一か所に留まっているおかげで怠いだけになってきたが。
いや、この疲れというより倦怠感の原因は貧相な食事だな。
流石にパンはかさを増すために混ぜ物を入れているとはいえ。主原料はちゃんと小麦を使わせている。
パンのかさ増しが嫌だからといって、まさか代わりに大麦の粥など出されでもしたら軍勢を反転させて帝都を襲撃していたところだ。
いくら余っていても大麦など家畜に食わせるものである。
このひもじいパンと毎日つけあわせにイワシの塩漬けだけ出されるのは辛い。
前執政官にして西部方面第一軍団長ですら戦場ではこの食事なのだから、兵卒にいたってはわずかなパンとそこらで掘ってきた岩塩と熊肉だった。
これでは軍歴の短い彼らでは、全くもってやっていられなかったことだろう。
全く文明人の食事ではないな。
----だがその蛮人のような生活も今日で終わりだ!
我々が整備した西方街道を脅かしていた熊の群れが何故かは知らんが絶滅したおかげで、この湖岸要塞都市への恒久的な補給路が確立したのだ。
それにしても先日剥いだ大白熊の毛皮のマントは暖かいな。
その肉も生き残りで分けて岩塩で食べたが、レムルス貴族たる私でも頬が落ちるような芳醇な味であった。
もしあの時代わりに魚醤があれば、我が息子たちに更なる至福を味あわせてやれたのに。
新しく届いた鮪の塩漬けも実によく出来ている。
まあドワーフ族はともかくエルフ族は魚はあまり好かないだろうが、この魚醤があれば虜になるに違いない。
我が息子たちは軍団に志願してこのかた、食事の喜びも知らぬらしいからな。
さて、昼夜を問わず馬車馬のように働かせたので城壁と宿舎だけは完成した。これで外見だけはなんとかなったな。
帝国の前線拠点の要となることはわかっていても、本国の商人たちは安全だとわからんと寄ってこない。故にこればかりはかなり力を入れさせた。
これでどうにか出入りの商人を通じてアピールをせねばならん。あと神殿の巫女も呼ばせないと兵士たちも本当に限界だろう。
家畜と結婚されたらいろいろと上司として困る。
あとは軍団長宮殿の造営を急がさなくては、あれがなければなにも始まらん。
私の野望はここからはじまるのだ!
しかし何やら外が騒がしい。何を騒いでいるのだろうか?
おや、どうも私の天幕に向かってくるな。
「オサ!トモダチツレテキタ!」
石切り場の指揮を任せている山人族の副官か。
見どころがあるのでこの戦役が終わったら養子に、と考えていたのだがこやつもか。
その背後から黄金色に輝く鎖帷子を着た、見事な装飾の兜と宝石を散りばめた剣を佩いた山人族の男が入ってきた。
帝都でもなかなかこれほどの彫金師はおるまいな。この職人のを私も欲しいな。
いや待て。
「さぞかし名のある大酋長とお見受けいたす。それがしは人類種ドワーフ族、ジュラの王ドーリの嫡男エーリと申す。この度は我らの従属をお許し頂きたく参った。」
どういう事だこれは。
しかし蛮人の使者か、一体どう扱ったものか。
「オサ強イ!オレタチ強イ!村モスゴイ!ダカラトモダチナリタイ!」
「ええ、この方の仰るように、この十余年の度重なる蛮族との交戦で我が部族も疲弊しております。
そのうえ戦ってきた蛮族とは比べ物にならない部族が現れたとなれば、降伏する他ありませぬ。」
まあこの規模の軍を見たら、首から上にあるものが飾りでなければ降伏するだろうな。私だってそうする。
というか大天幕山脈に人類種の生き残りがいたのか。まとめて豚の餌になったものかと。
これは西方領の開拓も一筋縄ではいきそうにないか。
----ふむ、要するにレムルス帝国の属国になりたいと。
「どのような形でも構いませぬ。これだけの戦士を擁する部族と敵にする道理もありませぬ故。」
----あいわかった。その旨ピエトロの子フランチェスコが承った。
----では今宵は宴を開くとしよう。それまでゆるりと寛がれよ。
仕方ない。帝都に行ってもらって事後処理は元老院に押し付けるか。
しかし帝国を出たら蛮人しかいないと思っていたが、意外とそうでもないかもしれんな。
というか我らの方が…。
第六節「ある軍団長の出発準備」
ついにこの時が来たのだ。
嗚呼、ようやく完成したのだ。
北方で最も美しく!壮大で!華麗な!偉大なる神々の祝福を受けた都!その名も…!!
「閣下、帝都より通信です。
西方軍第一軍団は中央軍から再編された北方軍の到着を確認次第、西方領へ進出せよとのことです。
なお兵力に損耗が無い為、周辺部族を補助兵として連れて行くことは認められないそうです。」
馬鹿な!私の計画が!聖都フランシスコの野望が!
帝都から離れたこの地に聖帝フランチェスコⅠ世として君臨するはずが!
となると新設されるという北方軍は闇の森を経由して黒海にでる算段か。
未だに彼の森の耳長とはろくに外交どころか交易もしていないというのに。
これが無駄な禍根とならねばいいが。
結局のところ戦争とは外交の一手段でしかない。私は好きだが。
案外話せばそれなりの妥協点は見つかるというのに。
そういえば豚と戦争していた時、野蛮なことにあやつらは降伏した都市を焼き払っていたな。
お返しに戦場で追い詰められて、何を思ったか槍の穂先を揃えて高く掲げて怯えてる奴らをまとめてハムにしてやったが。
まさかな…。
だがこの地ではもうそれは出来なくなった。
先のドワーフの部族の件で勝手に従属を受け入れたせいで、外交権を帝都に取り上げられてしまったのだ。
これでは現場で取り得る選択肢が戦争しかないではないか。
規則通り一々帝都にお伺いを立てていては、いきなり全権大使が来てからでは遅いというのに。
というか通信石が国家機密などと、元老院はいつの話をしているのだろうか。
兵士が全員持っているのだから、放っておいてもバレるに決まっているだろうに。
まあ私の外交の腕なんぞ、連中も期待しておらんかったろうしな。
むしろ最初から取り上げる機会を狙っていたのかもしれん。
ファビウス閣下に泣きつかねば。
いや待て、今や同じ前執政官なのだから閣下とかいらんな。
ざまあ見るがよい。
さて、なんだったか。
後に問題を残さない程度に、自国に有利な妥協をするのが外交官の手腕である。
そして話してもどうにもならない蛮族や蛮人が現れた時に、絶対に妥協せず戦うのが私の仕事だな。
後に問題を残さないように、一兵たりとも残さないのが将軍の手腕である。
出来れば前者の仕事だけで終わらせたいのが人情ではある。
人情といえばそうだな。
----待機中の全軍団に出撃の準備をさせよ。ただ、此度は残りたいものは申請させるがよい。
「いいのですか閣下?将校で希望者が出れば軍団の運営に支障が…。」
----この地で所帯を持った者も多かろう。若い身空の未亡人を生むのも趣味ではない。
「この地に帰ってこれる希望もないのであれば、死んでいるのと同じですからね。」
----それに将校や下士官が抜ければ、より多くの息子たちを騎士身分に出来る。
「それも言い含めれば兵士たちも安心できるでしょうね。口傘のない者に日和った腰抜けと呼ばれずに済むでしょうから。」
実際軍団兵で騎士身分というものはモテる。所帯を持てたものは騎士身分がやはり多い。
やはり腐っても上位の身分なのだ。結婚できれば玉の輿である。
それに軍団兵ということで、真面目で働き者であることが保証されている。
正確な人数はわからんが、結構な数が抜けると思われる。
だからといって、我が親愛なる軍団が弱くなるとかそういったことはないだろう。
既に我が息子たちのほとんどが中隊長クラスの教養を手に入れ、どこの軍団でも士官としてやっていけるレベルになったのだ。
通信石というのは実にすばらしい。どこにいても講義ができる。
しかし時折耳にするノートン先生の安全保障教育とは何なのか?
まあどうでもいい。
それにしても、北方軍団の到着までもう少し時間がありそうであるし、ジュラのドワーフに鉄器の増産を急がせるとしよう。
準備はするに越したことはない。
西方領の蛮人は強敵と聞く。我らを超える長剣と大きな盾を使うというからには投槍も数を用意させねば。
これだけやれば安心だな。
いや、待て。慢心はいかん。
ただ今回の遠征で一つ不安があげるとすれば、彼らが蛮族のような組織的戦闘を行わないとドーリ殿が警告していたのが気になるな…。果たしてどういうことだろうか?
とにかく訓練しかないな。