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第一部 三章 少年と店主



 商人というのは狡猾だ。


 もし、君が愚かならば全てを毟り取られる。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 第一部 三章 少年と店主






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 古都【ファナ・ファム】


 現在、晶がホームタウンとして使用している街は、西方大陸の南の外れに位置している小さな王国の都市である。


 古都と呼ばれるだけあり、旧時代から受け継がれた歴史と伝統を感じさせる遺跡群を今でも守り続けている。そして、一介の娼婦から成り上がった女王が簒奪した新興国家だ。


 しかし、いや、だからこそ、この王国が治めている地はこの都市とその周囲だけしかない。本当にちっぽけな国である。


 高い塀と防御壁に守られたこの街の周囲には、夢魔の湧き出るダンジョンや遺跡が大小合わせて七個も存在している為、命を惜しむ一般人の数は驚く程少ない。その代わりと言ってはなんだが、冒険者や軍人と言った戦いを生業としたもの達、それらを相手にした商人、そして普通の都市では住めないような脛に傷を持つ人間達が多く生活を営んでいる街でもある。


 そんな街の裏街道の一角。


 裏町に似合わず、赤煉瓦造りの小洒落た店構えを見せる武具店――【アリスのお店】――を晶は好んでよく利用していた。


 商品に掘り出し物は少ないが、程度の良い品物を多数取り扱っている店であり、そして何よりも、安い。紅白がすっきりしたといった顔で去って行った後、晶は其処を訪れていた。


「――もうちょい高くならないか?」

「馬ー鹿、これ以上高くしたら明日と言わず今日の夜にでも私は首吊るわよ? 死んだら化けて出てやるからね~? それに、ガルムって言ってもオリジナル直系の子孫や神話系列じゃないみたいだし。多分、旧時代に濫造された物語に出てくるヤツでしょ。そうじゃなかったら、晶君はここにいないだろうしね」


 そんな店内の中、頑丈に作られた木製カウンターの上にぶちまけられた今日の戦利品を前に晶とこの店の美貌の女店主が言い争いを続けていた。女店主の見た目は二十歳前後であるが、生体エネルギーに拠って老いと寿命という縛りから開放された人類にとって見た目は当てにならない。すでに齢九十は過ぎていると晶は噂で聞いたことがある。


 女店主の名前であり、店の名前にもなっているアリスには友好種族であるエルフの血でも入っているのか、耳が尖っており、銀色の髪とスカイブルーの瞳を持っている。そんなゴシック調の服を着た女店主が武具店を経営しているだけあって、この店はある種の異様な雰囲気を持っているものの、客は男を中心に多い。


 身も蓋もない話ではあるが、美人というの物は年を幾ら食っていようともそれだけで強いのである。


「だからって――ガルムの牙と毛皮が合わせて六万五千ってのは安すぎだって言ってんだ、少女趣味の糞婆ッ!!」

「あー、はいはい。嫌だったらウチはいいのよ、別に。他の店に持っていきなさいよ。た・だ・し、他の店でこんな値段付けてくれるとこはないだろうけどね……あ、それとその言葉――二度目は無いよ、若造?」


 最も、言い争ってる気になっているのは晶だけで、カウンターに頬杖をついたアリスは彼を軽くあしらっていたのだが。


 ガルムのドロップ品の他、今日の戦利品を合わせて九万と五千ダルク。晶がよく好んで使っているスローイングダガーが一本二千ダルクなので壊れてしまったジャマダハルや革鎧、その他諸々を考えると足が出てしまう。ちなみに現在は世界共通通貨としてダルクというものが使われている。


 多少の色を付けてくれていることぐらいこの女店主との付き合いの長い晶は分かっている。だが、死ぬような思いをしてこれでは報われないという感情が抑えきれずに出てしまったのだ。


 だが、それも体中の痛みが邪魔をして長くは続かない。酔いの方はここに来るまでに大分マシになったが、痛みは全く引いた気がしない。晶は零れ出るようにため息を一つ。


「……ごめん、分かった。それでいいから買い取ってくれ」

「フン。最初っからそう言えばいいのよ、この馬鹿。全く……これでも飲んで頭を冷やしなさい」


 そう言ってアリスがカウンターの下から取り出したのは東方漢医局の銘が刻まれた痛み止めの瓶。一本一万ダルク以上はするはずの物である。


「いいの、か……?」


 それを受け取ろうとして躊躇する。この女店主に借りを作ると後が怖いというのもあるが、晶は人の善意と言うものをあまり信じていなかった。何か裏があるのではとつい勘繰ってしまうのだ。


 盗み見るようにアリスの顔を見ても、彼女は底意地の悪い笑みでニヤニヤと笑っているだけである。


「お得意様にそうホイホイ死なれちゃったら、ウチも商売にならないからね。いいから飲んどきなさいな」

「――あー、うん、その、有難う」


 顔を逸らしながら感謝を述べると一息でそれを飲み干す。小っ恥ずかしいと云うのもあったが、彼女の顔をこれ以上見ていることが出来なかったのだ。


 ――熱くて、苦い。


 そんな形容が似合う薬は晶の体を内側からじんわりと癒し、飲んだだけで体を支配していた痛みが無くなった様な気がした。実際は未だ鈍痛が残っているのだが、先程までと比べれば雲泥の差である。


「あ。それ、ツケとくから後でちゃんとお金払ってよね」

「ぶはっ。ぼったくりじゃねぇかッ!!」

「え~? タダ、だなんて私一言も言ってないじゃない。それに、商売人が物をタダで渡すと思って?」


 あの笑みの意味が理解できたと言うように、晶はがっくりと肩を落とす。やっぱりこの世には善意と言うものは無いのだと晶は改めて確信した。


「それにしたって、言い方があるだろうが。ほとんど詐欺だぞ?」

「へぇ? だったらチャーリーちゃんに言ってみようか。あの子、君が嫌いみたいだから、きっと厳罰を下してくれるわ」

「ごめんなさい。それだけは勘弁してください」


 弱かった。ただひたすらに弱かった。思わず、涙目になりそうになった晶の顔を見て、ぷっとアリスが吹き出した。


「あははっ、冗談よ。お茶目なじょ~だん。私の言い方も悪かったしね、それはタダにしといてあげるわ」

「くそ、この性悪婆――」

「ん~? 今、何か言ったかなぁ?」

「何でもありませんっ!!」

「よろしい」


 何故、自分の周りにいる女はこういう種類の人間しかいないのだろうと晶は嘆息した。昔、己が弟子にとって出て行った彼女も考えてみれば、かなり灰汁が強い女だった。


「それに、何か今、きな臭いのよね。この前もまた封印刑にされちゃった人間がいるみたいだし。チャーリーちゃんに言ったら晶君もそうされちゃいそう」


 上客だったのにとアリスは嘆くように首を振った。封印刑という処罰を喰らった人間のことは既に諦めていると言うような仕草だった。


 最も、それもそのはずだ。その刑に処せられた人間の生存確率は一割を大きく切っていた。そして、生き残った人間であろうとも、正気を保ったままで居られる人間は五百人に一人がいい所であり、他は例外無く『使いモノ』にならない。


「え、またか? ついこの間も馬鹿やったグループが纏めて封印刑くらったばかりだったよな」

「そうよねぇ……ちょっと、ペースが速すぎるわ。まあ、そうでもしないと、もう持たないところまで来ちゃってるのかも知れないし」

「まあ……二つも封印指定されたダンジョンがあるしな。掃除が出来るような英雄さん達を雇う金もこの国にはないだろうし」

「そのコネもないだろうし、ね。女王陛下は有能だけれど、治世の歴史が浅すぎて無理でしょうね。前歴の問題もあるし。晶君も気を付けなさいよ?」

「んー……まあ、大丈夫だろ。刑罰を喰らうような真似をする気はないし、何より僕のは親友っていうコネがあるっ!!」


 堂々と胸を張って言う晶に、アリスは何の自慢にならないわと米神を指で押さえる。


「晶君の親友っていうと、あの子よね。女王陛下のワンちゃん」

「そ、そのワンちゃん。ついさっきも会ったばかりだ」


 晶は言わなかったかと、先程の経緯をアリスに話す。その話が進むにつれ、次第に彼女の瞳が何かの思考を開始するようにぼやけていく。


「ふぅん……ワンちゃんが、そんなところに――ね」

「ん、僕もあいつがあそこにいたのはちと不思議に思ったけど、ま、あれの思考回路は全く理解できないからなぁ……」

「親友の晶君がそういうなら考えるだけ無駄、かしら。ま、いいわ」


 商売人の彼女はそれよりもすることがあるのだ。無駄話をしてしまったせいで、晶一人に随分と時間を使ってしまっていたことにやっと気付いたというように、机の下から算盤を取り出した。


「さって、お買い上げは何時ものセットでいいのよね? スローイングダガー五本が一万とスキュラの毒が小瓶が三万五千。後は痛み止めとかの薬が五千ね――あ、そのみすぼらしい鎧の変えも用意しないとか。今使ってる鎧と同じものでいいのかしら? そうね、鎧はちょっとオマケして五万っと。全部合わせて、丁度十万ね、さっさと残りの五千出しなさい」

「……あと、これの代わりも頼む」


 そう言って、恥ずかしそうに晶が取り出したのは先端の折れたジャマダハルとガルムとの一戦で刃がボロボロになってしまったマインゴーシュ。それを見てアリスは呆れた様な、納得した様な顔をした。


「はっはーん。何時も冷静でムッツリな晶君がさっきあんな無茶を言ったのはこれのせいか。装備品全取っ変え何かしたらお金がいくらあっても足りないものねぇ……。お金はどれくらい残ってるの?」

「さっきの金を合わさずに二万五千程度、しか……」

「あらら、それじゃ、マインゴーシュは買えるけど、ジャマダハルには足りないわねぇ……もう一回潜ってくる?」

「それが出来れば苦労は――」

「言うと思ったわ。でも、うーん……さすがに晶君にだけこれ以上オマケしちゃうのは他のお客様に示しが付かないしぃ……」

「いや、いいよ。これ以上アンタに迷惑を掛ける訳にはいかない。マインゴーシュだけ頼む」

「全く、何時もながら可愛げがないわねぇ……中古のやつっていうか、刃部分しかないので良ければ二万でジャマダハル売ってあげるわよ? でも、すげ替えと研ぎぐらいは自分でやりなさいね。それぐらいは出来るでしょ。ま、今回はマインゴーシュ諦めなさい。メインはジャマダハルなんだし、ガルムを倒したってことは多少レベルが上がったんでしょ? 浅い階層だけなら【愚者の墓場】ぐらいなんとかなるでしょ」


 【愚者の墓場】は先程まで晶が潜っていた洞窟だ。すでに最下層までのマップのデータは出来上がっていることや、旨みも少ないことから普通の冒険者達はあまり使用しない。忘れ去られていくようなダンジョンである。


 最も、定期的に掃除をしないと夢魔が溢れ出て来てしまう為に、ギルドという冒険者の寄合には月に一回から二回の割合で【愚者の墓場】の夢魔掃討のクエストが張られているのだが。


「僕はそこの五層でガルムと遭遇したんだけど……」

「アハハッ、それは運がなかったと諦めて、ワンダリングの夢魔に会っちゃったんだと納得しなさいよ。男の子が済んだことを何時までもうじうじ悩んでたってしょうがないでしょ? じゃ、さっさとお金を払ってよね」


 アリスは先にあげた商品を麻袋の中に詰めると晶に押し付けてお金を要求するという客商売にあるまじき真似をするが、晶はため息を吐くだけで諦めた。この女傑に何を言っても無駄だということは今までの付き合いの中でよく分かっていたのである。


 アリスは晶の手の上からカウンターの上に乗せられたダルクの金額を数えるような真似はしない。ただ、そのままそっくりとカウンターの下へと仕舞うだけだ。それを見ていると、敵わないよなぁと晶は常ながら思う。


「毎度ありー。またのお越しをお待ちしております」


 アリスの声と笑顔を後ろに、晶は【アリスのお店】を後にして自宅へと向かう。一々確認せずとも分かる、麻袋の中にこっそりと詰められたマインゴーシュの金は今度までに必ず用意しておこうと誓いながら。








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