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第一部 二章 少年と親友



 最低な人間といった者は何処にでも存在する。


 彼らは友とするには、一番最悪な人種だろう。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 第一部 二章 少年と親友






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 外は夕闇。薄暗い洞窟から抜け出した晶を出迎えたのは、赤焼けた景色だった。


 ふと、晶が見上げた赤い空には周囲の偵察用だろう、機竜の編隊が見える。竜とは名ばかりの、本物と比べてしまったらハリボテ同然の飛行機械だが、それでもどこか誇らしげに彼らは大空を舞っている。


「気持ち悪い……」


 晶の第一声は、それだった。空を舞う彼らとは、大違いである。今、晶は酔いと体中の痛みに苛やまされているのだ。


 亡骸の質量、精神、果ては魂という不確かな物までもエネルギーとして強制変換し、吸収する。それが、【生体核】最大の力であり、人類史上最高の発明と言われる所以である。だが、そのエネルギーに見合うだけの容器が無ければ、呆気なく破裂して終わりである。だから、中身が器を創り替えるのだ。


 尤も、自分の力量に合った夢魔の生体エネルギーだけを吸収するのであれば、軽い高揚感だけで済む場合の方が多い。問題は、遥か格上相手のエネルギーを吸収した場合である。


 その場合、過剰分の生体エネルギーがひどい二日酔いのような感覚を全身に齎す。そればかりか、過多に吸収しすぎた生体エネルギーが適合する身体へと無理矢理肉体を創り替えるために身体中に激痛が走り続け、最悪の場合、死に至るのである。


 晶は今、その一歩手前と言ったところだろうか。こうなってしまえば、身体が馴染み、落ち着くまでしばらくは大人しくしている他はない。


 その肉体の創り替えこそを一般的にレベルアップと呼んでいるのだが、それは人間側の都合を一切無視した最適化作業のため、力を望む者の最大の試練となっていた。少しずつ、身体に慣らすように生体エネルギーを蓄積させてレベルを上げれば、理論上は死の危険性は無いと言われているのだが、そう都合よく吸収できるはずが無い。


 無論、生体エネルギーを吸収するかしないかは個人の判断に委ねるようにはなっている。生体エネルギーを吸収したい場合は、死んだばかりの骸に手を付き、ただ吸いたいと願うだけである。それだけで、他者のエネルギーを吸えるという仕様になっていた。


 だが、冒険者を目指すような人種の場合、選択肢は一つしか存在しない。吸うしかないのである。強くなれる一番確実で効果的なものがそれしかないのだから。毎年、生体エネルギーの暴走によって、死ぬ人間や夢魔に堕ちる人間が少なからずいるにも関わらず、だ。


「パーティーの有難みが分かるよなぁ……。まあ、僕なんかと組んでくれる人なんていないんだけどさ」


 晶はそう呟いて苦笑した。


 その微かな動きだけでも、鈍い痛みが体中を駆け巡っていくのが分かる。痛み止めと酔い止めの薬を服用限界量ぎりぎりまで飲んでいるのだが、殆ど効果が無かったのだ。


 安価であっても、ほとんど気休め程度の効果しかないとして知られている【ニュージェネリック社】製品の物だけあって効果が低すぎるのである。【東方漢医局】などの高級薬であれば多少なりとも効果が得られるのだろうが、晶が常備薬として使うには少し、高価すぎるのだ。


 こういった時に組んでいる人間が居てくれれば多少なりとも安心できるし、生存率も上がるのだが、晶が零したとおり、彼と組んでくれる人間は少ない。勿論、それには、きちんとした理由がある。晶はパーティーを組む人間としては精神的に脆すぎるのである。


 晶は自分に自信を持つことが出来なかった。真ッ正面から何の策も無く、夢魔と戦うことなど怖くて出来やしない。晶のレベルであれば楽に戦える筈の最下層に属する夢魔だろうが、切り札や逃げ道となるものを最低一つは持っていたいと思う徹底振りである。


 それが分かっているのならば、変えればいいという人もいるかもしれないが、所詮三つ子の魂百まで……生まれ持った性根を変えることなど容易いことではない。


 しかし、晶とて、男である。昔話によく出てくる騎士や侍に憧れのような物は持っている。


 闇に堕ちた光の擬神殺しの英雄や何百という高位夢魔と正面からぶつかり合い壮絶な最後を遂げた侍達の物語などは小さな頃から暗記が出来る程読んだ。


 夢魔の侵攻によって、今は海の底に沈んでしまったが、古くは日本と呼ばれた極東の島国民族の血を引いていることから日本刀と言う武器を持って、前衛として華々しい活躍をしたいと常日頃から思っている。刀を扱う理も、幼少の頃に叩き込まれている。


 だが、どうしても駄目なのだ。だから、奇襲、不意打ちや罠と言った邪道な手段を多用する。腕っ節一つで冒険者に成り上がった物であれば、それに嫌悪感を示すし、神威術者と呼ばれる魔法使いや弓手であればそんな前衛は怖くて使えない。第一、もし晶と組んだとしても、自分が詠唱や狙いを定めている隙を晶が絶対に守ってくれるという安心感を持てないのである。


 それでもマッピングや鍵開けなどの技術が優れているのであれば、それを目的として組んでくれる人間はいるだろう。


 晶は普段ソロで動いているから多少はそう言った技術も持っている。だが、それを本職としている人間と比べて見てしまえば、どうしても見劣りしてしまう。よって、組んでくれる人間はほんの僅かなお人好しか変人だけなのだ。


「あの馬鹿も、流石に忙しいだろうしなぁ……」


 こんな晶を友と呼んでくれた人間も一人だけ居るのだが、既に彼はこの王国に忠誠――と、いうよりも女王陛下個人に忠誠を誓う騎士となってしまった。今では女王の切り札の一枚となっているらしい。それなのにこんな自分に付き合わせてしまうのは悪いだろうと晶は思う。何より、多忙な彼が晶に付き合ってくれることはまず無いだろう。


 だから、晶はより安全に夢魔を殺す手段を模索研究し、益々邪道寄りに成っていく……悪循環である。


「体は辛いけど……休息の前に壊れちゃった装備品の変わりや消耗品も買わなきゃ、か……」


 壊れてしまった武器の代わりに新しい武器も用意しなければならないし、ガルムとの戦いで革鎧も破損してしまった。回避を優先したというのに爪先で軽く引っかかれただけで、まるでバターのように革鎧は切り裂かれ、それは本来の用途を果たしていない。


 もし、あれから夢魔に襲われていたら、体の消耗と相俟ってひとたまりも無かっただろう。スライムやジャイアントラット等の最下位に属する夢魔であれば何とか成ったかもしれないが、ゴブリンや餓鬼などの下位夢魔の場合は死んでいた可能性の方が高い。第一、そういう相手は群れで現れる方が多いのだから。


 今回、晶はただ単に、運が良かっただけである。


「金、足りるかな……。ガルムがドロップしてくれた毛皮が少しでも高く売れればいいけど……」


 通常、夢魔の生体エネルギーを吸収すると、彼らは跡形も無くこの世から姿を消すが、稀に骸の在った場所に何かを残すことがある。


 それこそがドロップ品と呼ばれるアイテム群である。詳しい原理等は未だよく判明していないのだが、一説では夢魔の無念が世界に残った結果だとも言われている。故にそれらは自然と純度が高くなったり、強力なものが多いため、夢魔の死体から色々と剥ぐよりも、ドロップ品の方が価値が高く高値が付くのである。


「まあ、どちらにせよ。何時までもこんなところに居ても仕方ないか」


 そう零して、目を閉じ、時間を確認すると瞼の裏に浮かび上がった時計は、現地時間で既に十八時を回っていた。


 瞼の裏に画面を描いたのは、晶が右手の中指に付けている指輪、【Ωソフト】製【夢見る指輪】である。


 旧世界では携帯電話やパーソナルコンピューター呼ばれた機能を持った指輪のお陰でその程度のことを確認するのは容易い。機械型夢魔が稀にドロップする思考金属で作られた装飾品――ペンダントやピアスなど、種類は多岐にわたる――は、コンピューターを人間の生体、主に脳内を使用して組み込むことを可能にしていた。晶が今使っている指輪型演算装置は既に型落ちして久しいが、その性能に不足はないため、彼自身はこれで十分だと満足していた。


 晶が街に戻ろうと痛む身体を無理矢理動かした瞬間、その衝撃が、来た。ほんの些細な衝撃ではあったが、身体を痛めつけている彼には到底耐えられるものではない。ぱくぱくと、口を魚のように動かしながら、地面に四つん這いになってしまった。


「やあやあ、親友。こんな時間まで探索かい? 精が出るね――と、何をやってるのさ? 新しい土下座の練習? それなら、もうちょっと感情を込めたほうがいいと思うよ。それまでの動きはちょっと斬新で面白かったけどね」


 晶は誰のせいだと、怒鳴ろうとしたが、生憎のところ、彼にはそんな余裕すらなかった。力を振り絞るようにギロリ、と犯人を睨み付けると、そいつはおお、恐い顔と、まるでおどけた様な反応を取った。


 男、である。


 いや、まだ男と言えるほどの外見ではない。見た目だけならば、変声期前の少年である。一目には女の子と間違えられるような少年ではあるが、身体の細部をよく見ればそれが正しく少年であることが分かるだろう。白く長い、美しい髪を持った少年だ。身に纏っている白を基調にした服を含め、晶が薄汚れた黒ならば、この少年は正しく純白と言える。


 だが、これの中身は真っ黒だと言うことを晶はよく知っていたし、絵的なイメージでは正反対である二人だが、同じ亡国の血が呼応しあっているのか、不思議と馬があった。


 名を、月詠紅白つくよみこうはく。【白の侍】という仰々しい二つ名を持っているが、【猟犬】や【飼い犬】と言った名前の方が有名である。


 何時の間に現れたのだという愚問をする気は晶には無い。この馬鹿野郎は晶の記憶にある限り、神出鬼没をモットーにしていたはずである。むしろ、この場合は噂をすれば、影が出たが正しいのだろうか。


「いやー、ごめんごめん。久しぶりに晶に会えたからさ。ついつい癖で」

「お前は癖で人を轢くのかよ」

「だから、ごめんって言ってるでしょー? ま、いいや。立てる?」


 なんとかな、と言葉を吐き捨てるようにして晶は差し出される手を無視して自力で立ち上がった。晶が漸く立ち上がれば、何やらクスクスという笑え声。声の主は言わなくても分かるだろう。


「くふふ、随分無理してるねぇ。強がりは損だよ?」

「お前の手なんて借りたくないだけだ。それより、女王陛下の護衛はいいのか?」

「あー、いいのいいの。お姉様はお楽しみの最中だから。私だって、さすがにあの中にまでは付いていけないもん。それに、あそこは下手な要塞よりも防衛能力は強いしね。私の部下達も、身内自慢かもしれないけれど結構優秀な人間が揃ってるし。ま、こうやって親友と語る時間ぐらいは取れるよ」


 晶は女王の性癖を思い出し、苦笑した。同性愛者として国民に広く知られている彼女は恐らく後宮にでも引き篭もっているのだろう。それさえなければ有能な施政者であるのに、儘ならないものだと思う。


 一昔前は、晶と同じように僕という一人称を使っていたのに、何時の間にか私と言い始めた少年のことを考えて、晶は心の中だけで嘆息した。


 この白いのは無謀にも女王陛下に恋心を抱いているのである。彼女が後宮で色々としていることに思うことはあるだろうに、それをおくびにも出さないのは、心が強いからか、それとも壊れてしまっているからか。


「そういうことか」

「ん、そういうこと。ま、そのお陰で、親友に会うことができたしねー」

「気色悪いことを――」

「あははっ、まあ、いいじゃないか。それより、街までの護衛を雇う気はない?」


 ダンジョンの外に出たとは言え、決して安全とは言えない。夢魔というものは何処にでも現れるのだから。そして、消耗した冒険者を狙う野盗といったものすら現れる。冒険者を狙うだけあって、彼らは狡猾であり、弱った冒険者や少人数の者しか襲わない。今の晶など、彼らの格好の獲物だろう。


 冒険者が報復を考えようとも、討伐隊が組まれると何処からそれを察知したのか山狩りをしようとも決して姿を現さないのである。そしてほとぼりがさめると再び強奪行為に移るのである。


 それを考えた時、晶の脳裏にある一つのひらめきが生まれた。


「ああ、そういうことか。考えてみりゃ、普通お前がこんなとこに来るわきゃ無いもんなぁ……」

「あっちゃー、ばれたか。まあ、そういうこと。最近冒険者だけじゃなくて、他の人間も狙うようになったみたいで陳情が多くてさー、夢魔は冒険者に任せればいいんだけど、そういう馬鹿な人間をどうにかしてくれってのは国の仕事だからねー。私としても、お姉様の国にそんな屑みたいな奴らが住み着いてるのは我慢できないし。――ま、晶と会えたのは本当に偶然だったけど、都合よかったよ。本当は此処から出てきた人間使う予定だったしね」


 てへっ、と舌を出して笑う。100%計算して作られたであろうその顔はとても可愛らしいものではあったが、男としてはどうなのだろうと晶は思う。


「ま、ばれちゃったんなら仕方ない。護衛の件はロハでいいよ、囮として使わせてもらう訳だしね」


 自分で親友と言った人間を堂々と囮と言えるその胆力に晶は嘆息する。


「処刑人として有名なお前がいて襲ってくるような馬鹿はいないと思うけどな」

「えー? そんなことないでしょ、馬鹿だから野盗なんてやってるんだろうし。真っ当に働けるのに、働かない馬鹿なんてお姉様の庭園であるこの国には必要ないよ。むしろ、害虫だから駆除しなくちゃね」

「お前は、本当に傲慢だな……」


 野盗をやっている人間にもそれなりの事情はあるだろうに、それを一切考慮に入れない言葉である。人間を人間扱いしないこの男と何故親交があるのか、そして、何故親友と呼ばれなくてはいけないのか、晶は何時ものことながら考えてしまう。


「それにしたって、たかが野盗の討伐にお前が出張る必要があったのか?」

「あー、警備隊には使える人間がそう多くはないからね。精々が、ハーリーの爺さんとその相棒ぐらいでしょ? 後のは、ただのごく潰しだもん。爺さんも頑張ってるみたいだけど、彼の能力じゃダンジョン周りのゴミ屑共までは手が回らないよ。それで、お姉様のイライラがいい加減溜まっちゃってるみたいでさ。必要最小限の労力で最大限の効果がお姉様のモットーだし。それでお姉様の安眠の為に私が出てくることになったわけ」

「お前は本当に女王陛下の忠犬だな。いや、もっと性質が悪いか……」

「嫌だな、そんなに褒めないでよ」

「褒めてねぇっ!!」


 本当に照れた振りをする紅白に思わず晶は突っ込んでしまう。とうとう我慢しきれずに身体の痛みを無視してそんなことをしてしまったため、再びヘナヘナ、と晶は四つん這いになってしまった。


「あれ? 新しい土下座の練習?」


 話が最初に戻っていると思ったが、今の晶には其処まで突っ込む気力は、流石に残っていなかった。







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