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この街で、僕は恋をした  作者: めい
第七章
31/33

3


「もしもし、受かった」


僕の言葉に、携帯の向こうから、奇声のような喜びの声が上がった。


「おめでとー愛斗お!早く帰って来い!」


純平と、父さんと、ばあちゃんが、向こう側でお祭り騒ぎをしている。


「おう。待っとけ」


僕は、無事に大学受験に合格した。僕が選んだ大学は、やっぱり家から自転車で通える距離にあるところにした。


「愛斗、裕子に報告しろよ」


純平の言葉に、僕は少し戸惑う。

卒業式以来、連絡などしていない。そんなに月日が経ったわけではないけど、会って大丈夫だろうか。

僕は、結局最後まで、自分の気持ちに目を逸らしていた。


「愛斗」


「あとで、かけ直す」


僕は、自転車をこいだ。



高校は、当たり前だけど、まだ何も変わっていない。校門前に着いて初めて、ああ、電話でも良かったなあ、と思った。だけど、僕はきっと、先生に会うべきなのだ。なぜだか分からないけど、そう思えて仕方がなかった。


だけど、春休みだ。先生は、いるのだろうか。僕は校門を入ろうと思うのだけど、勇気がでない。結局、自転車に、また乗って、僕は引き返そうとした。


「あれ、瀬能くんやない?」


後ろから、聞き慣れた声がした。


「ああ、先生…」


「あ、やっぱり。どしたん?あ、今日発表の日!ちょっと、そこ座りよ!待っちょって。報告に来てくれたんやろ」


ああ、いつも通りの先生だ。小さくて、子どものような、笑顔の。

僕は先生に言われ、校内のベンチに腰掛けた。桜が、ひらひらと目の前を舞う。


「お待たせ」


先生が来て、僕の隣に座る。ああ、僕がずっと憧れていた距離だ。


「で、結果は?」


「合格〜。余裕」


僕は笑ってピースをして見せた。


「やったー!おめでとうー!」


先生は、小さな細い手でパチパチと拍手をする。


「愛斗くん大学生やな、すごい」


その手に、僕は触れたかった。


「大人になるのは、早いね」


その肌に、僕は触れたかった。


「もう生徒じゃないっち、何か寂しいね」


その体を、僕は抱きしめたかったんだよ。


「先生…いや、裕子さん」


「えっ?なに、裕子さんっち!ふふふ」


先生は照れ臭そうに笑った。


「もう、俺は生徒じゃないんや」


手が、震える。勇気が出ない。


「俺は生徒じゃない」


だけど僕は、真っ直ぐに思いを口にした父さんと、貴女を、とても素敵だと思ったから。

勇気をだすまでに、時間がかかったけれど。


「貴女の好きな人は、俺の父さんです」


僕の言葉に、先生は少しうつむいた。


「俺は、」


ああ、僕は、この溢れそうな思いを、口にするのが怖くて堪らない。


「…俺は」


「あ、待って」


先生が、僕の髪に触れた。


「桜が、乗ってた」


僕はその手を、つかんだ。真っ直ぐに、先生を見つめた。


「…ん?」


先生は優しく微笑む。その瞬間、僕は改めて思い知る。


ああ、僕は、生徒なんだ。先生の生徒なのだ。


「なんも。じゃ、そういうことで」


僕は先生の手を離した。やっぱり、意気地なしなんだ。


「なんなん、驚かせんでよー。じゃあね、気をつけて帰るんで」


先生が立ち上がった。座っている僕の前を横切る。


「先生」


先生が、立ち止まった。


「そのまま、振り向かんで聞いて」


先生の顔を見て思いを言えば、僕はきっと泣いてしまう。


「先生」


「…ん?」


先生は向こうを向いたまま、優しい声で返事をくれた。


「好きだよ」


僕は、今までずっと溜めていた思いを一言、口にしただけで、全てを吐き出した気持ちになった。

涙が出そうになる。僕はこらえる。


「先生、好きだよ。ずっと好きやった」


先生は、何も言わない。


「俺の青春、ちゅーんかな。それは、先生で埋まっちょった。先生だけ見てた。叶わんくても、諦められんやった」


先生は、父さんの前でだけ見せていた、あの笑顔で、僕の方を見た。


「瀬能くんは、生徒やけん。いつまでも、私の」


先生は、僕の頭をぽん、と撫でた。


「合格おめでとう。応援しちょんよ」


先生の手が離れ、向こうに歩いて行く。

ああ、僕の恋は、終わってしまった。


行かないで、なんて、言わない。言う気にはならない。

先生、先生。貴女は僕の、人生の全てでした。

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