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「もしもし、受かった」
僕の言葉に、携帯の向こうから、奇声のような喜びの声が上がった。
「おめでとー愛斗お!早く帰って来い!」
純平と、父さんと、ばあちゃんが、向こう側でお祭り騒ぎをしている。
「おう。待っとけ」
僕は、無事に大学受験に合格した。僕が選んだ大学は、やっぱり家から自転車で通える距離にあるところにした。
「愛斗、裕子に報告しろよ」
純平の言葉に、僕は少し戸惑う。
卒業式以来、連絡などしていない。そんなに月日が経ったわけではないけど、会って大丈夫だろうか。
僕は、結局最後まで、自分の気持ちに目を逸らしていた。
「愛斗」
「あとで、かけ直す」
僕は、自転車をこいだ。
高校は、当たり前だけど、まだ何も変わっていない。校門前に着いて初めて、ああ、電話でも良かったなあ、と思った。だけど、僕はきっと、先生に会うべきなのだ。なぜだか分からないけど、そう思えて仕方がなかった。
だけど、春休みだ。先生は、いるのだろうか。僕は校門を入ろうと思うのだけど、勇気がでない。結局、自転車に、また乗って、僕は引き返そうとした。
「あれ、瀬能くんやない?」
後ろから、聞き慣れた声がした。
「ああ、先生…」
「あ、やっぱり。どしたん?あ、今日発表の日!ちょっと、そこ座りよ!待っちょって。報告に来てくれたんやろ」
ああ、いつも通りの先生だ。小さくて、子どものような、笑顔の。
僕は先生に言われ、校内のベンチに腰掛けた。桜が、ひらひらと目の前を舞う。
「お待たせ」
先生が来て、僕の隣に座る。ああ、僕がずっと憧れていた距離だ。
「で、結果は?」
「合格〜。余裕」
僕は笑ってピースをして見せた。
「やったー!おめでとうー!」
先生は、小さな細い手でパチパチと拍手をする。
「愛斗くん大学生やな、すごい」
その手に、僕は触れたかった。
「大人になるのは、早いね」
その肌に、僕は触れたかった。
「もう生徒じゃないっち、何か寂しいね」
その体を、僕は抱きしめたかったんだよ。
「先生…いや、裕子さん」
「えっ?なに、裕子さんっち!ふふふ」
先生は照れ臭そうに笑った。
「もう、俺は生徒じゃないんや」
手が、震える。勇気が出ない。
「俺は生徒じゃない」
だけど僕は、真っ直ぐに思いを口にした父さんと、貴女を、とても素敵だと思ったから。
勇気をだすまでに、時間がかかったけれど。
「貴女の好きな人は、俺の父さんです」
僕の言葉に、先生は少しうつむいた。
「俺は、」
ああ、僕は、この溢れそうな思いを、口にするのが怖くて堪らない。
「…俺は」
「あ、待って」
先生が、僕の髪に触れた。
「桜が、乗ってた」
僕はその手を、つかんだ。真っ直ぐに、先生を見つめた。
「…ん?」
先生は優しく微笑む。その瞬間、僕は改めて思い知る。
ああ、僕は、生徒なんだ。先生の生徒なのだ。
「なんも。じゃ、そういうことで」
僕は先生の手を離した。やっぱり、意気地なしなんだ。
「なんなん、驚かせんでよー。じゃあね、気をつけて帰るんで」
先生が立ち上がった。座っている僕の前を横切る。
「先生」
先生が、立ち止まった。
「そのまま、振り向かんで聞いて」
先生の顔を見て思いを言えば、僕はきっと泣いてしまう。
「先生」
「…ん?」
先生は向こうを向いたまま、優しい声で返事をくれた。
「好きだよ」
僕は、今までずっと溜めていた思いを一言、口にしただけで、全てを吐き出した気持ちになった。
涙が出そうになる。僕はこらえる。
「先生、好きだよ。ずっと好きやった」
先生は、何も言わない。
「俺の青春、ちゅーんかな。それは、先生で埋まっちょった。先生だけ見てた。叶わんくても、諦められんやった」
先生は、父さんの前でだけ見せていた、あの笑顔で、僕の方を見た。
「瀬能くんは、生徒やけん。いつまでも、私の」
先生は、僕の頭をぽん、と撫でた。
「合格おめでとう。応援しちょんよ」
先生の手が離れ、向こうに歩いて行く。
ああ、僕の恋は、終わってしまった。
行かないで、なんて、言わない。言う気にはならない。
先生、先生。貴女は僕の、人生の全てでした。




