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この街で、僕は恋をした  作者: めい
第六章
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4


「先生、俺はな。」


父さんが、話し始める。僕はただ、耳を澄ませる。


「俺はな…、幸せ者なんや。他の人間の、何十倍もな」


父さんは、ゆっくり、ゆっくりと、囁くように話した。


「その、俺の、何十倍もの幸せを作れるのは、母さんだけなんです」


胸が、熱い。


「そして、母さんは、俺に、他の人間の、何百倍もの幸せを残してくれた」


ドクドクと、血が巡っている。


「それが、愛斗や」


熱い。


「先生、俺はな、直子を、今でも愛しちょん」


母さんの名だ。父さんが母さんを名前で呼ぶのなんて、最後に聞いたのは、いつだったろう。


「直子が、消えんのです。今でも夢に出てくる。俺は…後を、追いたかった」


父さんの声が震えている。


「でも、愛斗を残してくれたんです。俺の宝を。それでもな、俺は弱いけん。直子に会いたくて会いたくて、堪らんときがある」


僕の頬を、涙が流れた。


「その度、直子が夢に出るんです。生きて、あなた、生きて。また会えるから。ち、言うんです」


父さんは、声をうわずらせた。母さんが死んだ日の、あの夜と同じように。


「先生、気持ちだけ、気持ちだけ貰う。でもな、ごめんなさい。俺の幸せは、直子にしか、作れんけん」


父さん。父さん。


「直子を、愛しています」


父さん。僕は、あなたの息子で。これ以上のしあわせは、ありません。


僕は、涙が止まらなかった。先生はきっと、泣いていただろう。二年前からの片思いが、終わってしまったのだ。


僕と純平は、そのまま家に帰ることにした。中村さんは、状況が分かっていないようだった。だから、五分ほど看護婦さんに足止めをしてもらって、僕らは病院を出た。


「かっけえな、父ちゃん」


帰り道で、純平がつぶやいた。


「うん」


僕の父さんは、かっこいい。あの人の、深い愛には、とても敵わないのだ。

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