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先生は、本当に、ご飯を食べに来た。とういことは、夜まで、この家にいるのだ。
僕は、父さんと先生の一緒にいるところを見たくなくて、部屋に篭っていようか、なんて考えたけど、やっぱり先生と居たくて、結局そんなことはしないのだ。
「いただきます」
豪華なご飯が、テーブルに並んでいる。父さんは、ご飯を食べながら、母さんとの写真を、たくさん並べて見ていた。
「先生、見てください。これな、初めてのデートやったんや。母さん綺麗やろう。愛斗は、母さんにそっくりや」
父さんはひとつひとつ、先生に思い出を話していく。先生は、やっぱり、少し寂しいような顔で、だけど普通のように振舞っている。
僕はそのやり取りを、すごく複雑な顔で見ていた。父さんが、先生の気持ちに、気付いてしまえよ、とも思うし、気付かないでいてくれよ、とも思う。
そして僕はやっぱり、先生を好きなのだと再確認してしまって、思い知るのだった。
「瀬能さんは、再婚とかは、されないんですか」
家の中が、一瞬静まった気がした。純平以外だ。きっと先生は、その質問をするのに、すごく勇気を出したのだろう。
僕は適当に料理を口に運びながら、チラチラと先生と父さんを交互に見た。
「俺は、もう、出来んわ!42の、おっさんやけん」
父さんはそう言って、ゲラゲラと笑った。先生も笑ってた。ばあちゃんは、よく分からない。純平は、夢中で料理を食べていた。
僕といえば…、何だか、みんなでいる、この空間で。1人でいるような、感覚だった。
「遅くまで、お邪魔しました。ご馳走様でした」
夜11時になって、先生は席を立った。父さんはすっかり酔っ払っている。酔っ払って、真っ赤になって、何度も先生を引き止めたのだ。
「おい、愛斗お!送っちゃれ、先生を!」
父さんは酔っ払って、僕の背中をバシバシと叩いて来た。僕は正直、先生と2人になるのは、照れ臭さと気まずさがある。だけど、断ることも出来ないので、僕は靴を履いた。
「純平は、泊まるんやろ」
僕が聞くと、純平は半分眠りかけていて、うんうん、と目を閉じたまま、頷いた。
「じゃあ先生、送るわ」
先生は、家の近くの駅に車を止めていた。僕と先生の、2人だけの足音が道に響く。
「瀬能くん、いいなあ。楽しいお父さんで。今日は本当にありがとうね」
先生はにっこりと笑って、僕に言う。僕は、変に緊張して、上手く話せなかった。
先生、少しは、僕を見てくれよ。父さんじゃなくて、僕を見てくれ。
心の中で僕は、ひたすらそう繰り返していた。
「瀬能くんは、お父さんが再婚とか、どう思うん?」
僕は思わず、驚いた顔で先生を見た。立ち止まってしまった。
どうして、僕にそれを聞くんだ。残酷すぎるじゃないか。
「…先生、父さんに再婚してほしいん?」
「そういうわけやないけど、寂しくないんかなあって。でも、1人の人を愛し続けるって、素敵やけんなあ」
僕は気付くと、先生の方を向いていた。目を合わせることは、できないけれど。きっとすごく、情けない顔をしていたと思う。先生は、僕を見た。きっとすごく、不思議そうな顔で。
「…先生」
僕は、あなたのことが……。
「父さんは。」
先生だけが、好きなんです。
「父さんは、母さんのことがすげえ好きやけん。」
気付いて下さい。先生。
「先生には、可能性、ないよ」
僕の気持ちに……。
「……え?」
僕は言い終わって、はっとした。何を、言ってるんだ。知らないふりをしていた、先生の恋心。僕は、なんてことを言ってしまったのだろう。
僕は動揺して、先生の顔を見た。
その顔は、夜の暗い道にある、ひとつの外灯の明かりだけでも、十分わかるくらい。誰が見ても、気付くくらいに。
驚いて、そして、顔を赤らめていた。
先生は、父さんのことが、すごく好きなのだ。
僕はそれを知っていたのに。またも、こんなに自分を傷付けることができる。
「先生…」
僕は先生の腕を掴んでいた。僕はずるい。先生に、僕の苦しみを、思い知らせてやりたくて、先生を、傷付けたくなった。追い討ちをかけてやろうなんて、思ったのだ。
こんなに、好きなのに。好きだから。
「父さんのこと、諦めて」
先生が、少し涙目になったのを、僕は真っ直ぐに見つめていた。
嫌だった。父さんを想って、苦しくて、切ない先生を見るのが。なのに、目がそらせなかった。
否定をしてほしかった。何をバカな事言ってるの、好きじゃないわよ、なんて、言ってほしかったんだ。
だけど先生は、何も言わない。僕は先生の手を離した。
「じゃあ、ここで」
僕は居ても立ってもいられなくなって、その場から逃げ出した。




