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「裕子が帰るまで、俺お前の部屋おるけん」
純平は僕の家に帰り着くなり、そう言って、僕の部屋へ上がって行った。
ばあちゃんは、片付けの仕上げをしていて、父さんは帰るなり、ケーキを皿に出していた。
数十分も経ったころ、インターホンが鳴り、先生が来た。僕の心臓は、若干早くなる。
「お邪魔します」
学校では体操着だった先生は、スーツに着替えて来ていた。それもそうか、さすがに体操着では来られるもんじゃない。
ばあちゃんが紅茶と、先生に買ったケーキをテーブルに並べている。僕は父さんとならんで座った。
「先生、三年も世話になりました」
「いえ、こちらこそ。まだまだ、進路の事とか、ありますけど」
僕は普段見られないくせに、父さんの前にいるときの先生を、じっと見てしまう。些細な変化を知って、傷つくのは自分なのに。
「瀬能くんは、進路どうしますか」
僕は、進路の事なんか何も考えていない。これと言って、やりたいことがわからないのだ。まだ僕は18年しか生きていない。その中で決めろなんて、無理のある話だと思った。
僕が黙っていると、父さんが口を開く。
「愛斗、大学に行きたいなら行けよ。俺の仕事、継ごうなんか、思わんでいいけん。純平が会社入りたいとは言いよんけどな、はは」
父さんは1人で楽しそうだ。
「先生も、結婚なんか、そろそろいいんやないんですか」
父さんが先生に、急にそんなことを言うから、僕は急に心臓が跳ねる。何だ、この空間の、小さな三角関係は。
僕はすかさず、先生を見た。先生は、少し驚いた顔をしていた。もちろんそれは、周りには気付かれないような、小さな変化だけど、僕にはやっぱり、わかる。
「そうですね、良い人でもいれば、いずれは結婚したいですね」
「先生なら、大丈夫や!俺にはそう思いますよ、素敵な女性やと思います」
僕はもう、その場から溶けて無くなりたかった。先生はその言葉に顔を赤らめるし、父さんはもちろん、先生の気持ちなんて知る由もない。苦しいのは、僕だ。
「父さん、あんま、そういう話するのやめん?」
僕が苦し紛れに、そう言うと、父さんは、はははと笑って、先生に謝る。先生は、いえいえ、と笑う。僕は、苦しい胸を押さえるのがやっとだった。
「瀬能くん、進路とかで質問あったら、先生に言ってな」
「うん…」
僕はもう、先生を見ることが出来なかった。父さんの前で可愛く笑う先生を、見たくなかったのだ。
本当に、自分が愚かだと思う。好きな人がいる人を、好きになるなんて。
それも、父さんのことが好きな人を。
それから他愛のない話が続き、30分ほどで先生は帰って行った。
「お邪魔しました、じゃあ瀬能くん。また明日」
先生が、僕に手を振った。僕は手は振り返さず、頷いた。
父さんは、先生に笑顔で手を振っている。
僕は、僕は。どうしてこんなに、苦しいんだろうか。




