1
ローウィックの森は広く豊かだが、決して険しい道のりではない。平坦であり、深く鬱蒼と繁っているわけでもない。しかし、暗闇で見えない足元が時折ぬかるんでいたりして、エリスの歩きにくそうにしている様子が、背後から気配で伝わってきた。慣れたリーンにはどうということもない足場の悪さも、彼女には平衡を崩すちょっとした罠だ。旅慣れているとは言い難い。それでも、リーンへの態度とは裏腹に、悪態ひとつ吐かず、先を歩くリーンについて来る。リーンはそんな彼女の様子を、時々ちらりと振り返っては、夜の道なき道を進んだ。
「少し休む?」
「何を馬鹿な、先刻休んだばかりだろう」
確かに、歩き出してあまり時間も経っていなかった。だがエリスの疲れ具合をリーンは察していた。
「僕はね。でも君はあまり休まなかったから」
「わたしは平気だ」
立ち止まったリーンを、エリスが強い歩調で追いぬく。リーンは溜め息をついて後に続いた。
「ところでお前、けがをしているのか?」
「なんのこと?」
「包帯をしているじゃないか」
言われてふと、リーンは左腕に目をやった。
「ああ、これか」
リーンは自分の左腕を見遣った。生まれた時からこの腕はこうだったから、怪我をしているとかそういう意識はリーンにはなかった。
「僕の左腕は、他の人とは少し違うんだよ」
リーンがそう言うと、ふうん、とエリスは気のない返事をした。体が不自由な人間はさして珍しくなかった。リーンの様に生まれつきであったり、戦傷でそうなってしまったものもいる。エリスが知っているのも、そういう人々であろう。
「気味が悪いかい?」
「まさか! わたしは騎士だぞ」
「そうだね」
それがどういう理由になるかは知らないが、リーンは相槌を打っておいた。彼女が左腕の包帯の下を見たら、どう思うだろうか。それは生まれた時からで、普段まったくと言っていいほど感覚がなかった。それでいて、時折軽い痛みを伴った激しい痺れに襲われる。そうなった時の左腕は、小さな子供にさえも捻じり上げられてしまうほど力が入らなくなってしまうのだった。
「さあ、行くぞ。わたしにはぐずぐずしている暇なんてないんだ」
リーンは、何度目かの溜め息をまた吐いた。どうしても休んではもらえないらしい。仕方なく、彼は再び先に立って歩いた。
まあいいだろう、アトランはそう遠くない。少女の無理がきく程度の行程だ。