02
「おい、ヒナタ。お前、本当にお嬢ちゃん連れてくるとは……やるじゃねえかよ」
張りつめていたものが切れたのかジープの後部座席で眠ってしまったイリスを見やり、ゼインが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「いやー、お前さ、結構な額の金稼いでて、しかもお盛んな年頃なのに、娼館も行かねえし酒場で言い寄る女にも手ぇつけねえから、俺はてっきり自分のケツの穴を心配してたんだがよ? まさか年下が趣味だったとはなあ」
「趣味じゃねえよ、狸が」
「ありゃあ、違うか? 鬼のヒナタ」
「……うっせ、バカ。俺は年上好きだ」
「はぁ、お前まだ十八だろ? 酒場の連中なんて二十から八十まで選り取り見取りじゃねえか」
「ストライクゾーン広ぇな、おい」
助手席のヒナタはシートに頭をつけ、夕空を見やった。つられて運転するゼインも目を上げる。
「で、真面目な話、あの子拾っちゃって良かったの?」
「……良かったかは正直分からない。それが本当にあいつのためになるのかも、な」
「ヒナタ、お前、妙に入れ込むじゃんか。やっぱ惚れ……」
「てねえ」
「じゃあ、何だってんだよ? お前は他人に情けをかけるようなヤツじゃねえだろ?」
「うっせ……シュノレテじゃねえのに殺しかけちまったから、その詫びだよ」
「けっ、嘘吐け。そんなの一言謝れば十分だろ?」
「……そうかもな。じゃあ、レム・ライトのことが気になるからだ」
「アレはただの錯覚だろ? それこそ間違えることだってある。……ホントのところは?」
「……ただ」
「ただ?」
「……重なるんだよ……昔の俺に」
「……そっか」
ヒナタが観念したようにぽつりと漏らした言葉に、ゼインは深く頷くと、それ以上何かを言うこともなく目の前に意識を戻した。
夕焼けの橙色が広がる荒野。砂塵を巻き上げ、車は走る。
ヒナタとゼインが街に帰ったのとほぼ同時に日没が訪れた。
「ヒナタ、その子どうすんのよ?」
「酒場に住まわすさ」
「……あの夫妻なんて言うかね」
「狂ったように歓迎するだろうな」
「ははは、言われて確かにと思った」
中央通りを抜け、駐車場に車を止めると、ヒナタはイリスを背負ってゼインと共に裏路地の酒場に向かった。
「ああ。この臭いを嗅ぐと帰ってきたって自覚するよなあ」
「……死体漁りをしてきた商人とその護衛を出迎えているんだろうよ」
ゼインの言葉に、ヒナタが皮肉混じりに答える。シュノレテによる人口の減少のために、裏路地のごみを回収をわざわざする人がいるはずもなく、何日も放置されたごみの腐敗臭が漂っている。
「たっだいまあ!」
目的地である酒場に到着するやいなや、ゼインはドアを勢い良く開けて中に入って行った。
「んだよ! アホ狸! うちの子はあんたみたいに太っちょじゃないんだよ!」
威勢良くゼインに啖呵を切る女性はこの酒場の主人の妻だ。
「がっはっは! まあ良いじゃねえか」
そして豪快に笑い飛ばすのは酒場の主人。
「一応言っておくが、俺はあんたらの子じゃない。酒場の上の部屋を借りているだけだ」
ゼインが開けた扉を片手で支えながらヒナタも酒場の中に入る。
「いやいや、それよりも御両人。聞いてくれ!」
「なんだい、なんだい? また隣町の廃墟で何か掘り出し物でも見つけてきたのかい?」
ゼインの言葉に、主人の妻が興味深そうにカウンターから身を乗り出す。まだヒナタの背中のイリスには気づいていない。
「なんと、ヒナタが幼女を誘拐してきました!」
「……ああん、何を寝ぼけたことを? を?」
「誰が幼女を誘拐するかよ。大体どう見ても十はあるだろうが」
未だに眠るイリスを背負ったままヒナタは店を横切り、二階の部屋に向かおうとする。
「…………」
「…………」
「ん?」
しかし、先ほどまで喧騒に満ちていた酒場が静まり返っていることに気づき、ヒナタは階段の所で振り返った。
――と、夫婦だけでなく常連の人も穴が開くほどヒナタと、ヒナタの背中で眠る少女を凝視していた。
「キャッホ―――――――――ウ!!」
主人の妻が叫んだのを皮切りに、店中で歓声が上がった。
「鬼のヒナタがついに女を手籠めにしやがったぜ!」
「おい、ヒナタ! その嬢ちゃんどうやって言いくるめたんだ!?」
「かーっ、期待のリュコス様はやっぱ一般人とは一味違うなあ!」
「がっはっは! 今日は記念すべき日だ! おめえらの飯代、全部タダにしてやるぜ! 好きなだけ食え!」
「マスター太っ腹! 酒だ! 酒! 乾杯! ヒナタの脱童貞に乾杯!」
「乾杯っ!」
「乾杯っ!」
次々とグラスが合わせる音が酒場に響く。
「……てめえら……!」
拳を握りしめ、言われたい放題のヒナタは怒りに震える。
「次に会う時は覚悟しとけよ!」
吐き捨てるように言うと、ヒナタはイリスを背負い直し二階へと上がって行った。