記憶
*記憶のそこ*
朝日に混じって悲鳴が聞こえる。
今日は12月24日、クリスマスイブ。
雪がしんしんと不気味な音を立てて降る中、ただ無意味に悲鳴が聞こえる。
目の前は血の海。ひたすら叫び、喘ぎ、怯えている母の上に、真っ白なシャツを返り血で染めた父がいる。
母はこっちを見て 来るなと必死で訴えている。が、私は駆け寄っていった。あの、大好きで優しくて暖かいにおいがする母が、今、血で染まり無残な姿になっている。
「お母さん…お母さん!!」
私は必死で父に飛びかかった。大好きな母に何をする、と。
父は我に返り、周りを見て一言
「救急車を呼べ。」
しばらくして、母は病院に搬送され父はすぐ警察署に連行された。
そして私は――――――――
あれから何年たつだろう。7度目のクリスマスイブ日のことだった。
私は人生最悪の日を思い出し、ふと毎日書いている日記を見ると1998年12月24日から2ヶ月ほど空白のページが続いた。その2ヶ月は母の看病・警察の事情聴取・裁判・マスコミへの対応などでかなり忙しく、また心の傷も癒えないままで日記など頭になかった。
前のページには、家族3人でのバーベキューの事・海水浴に行ったこと・体育祭で優勝したことなど仲睦まじく過ごしていた痕跡。そう、あの惨劇は何の前触れもなく起こったのだった。
「色葉!そろそろ降りてきなさい!」
宏さんの怒鳴り声だ。でも宏さんの怒鳴り声は、怒鳴り声なのにどこか安心する。これがきっと本当の父なのだろう。
今日もいつもと変わらない楽しい日々が始まる。
「宏さーん。今日の朝ごはんは何ですか?」
すると宏さんは少し困った顔をして
「色葉ぁ。いい加減“宏さん”と呼ぶのやめてくれないか?一応、“父親”なんだからさぁ。」
「ごめんなさい。でも、やっぱり“お父さん”ってなんか嫌なの。わかるでしょ?」
宏さんとアイツは別なの。宏さんは母さんを殺すような人とは違う。労わってくれて、愛してくれて・・・。だから、あんな奴とは一緒にしたくない。宏さんは、宏さんだから。
私の生みの親、つまりあの惨劇の日鬼と化した父親は「高橋 人」という。
「人」とかいて「ると」と読む。変った名前だ。
人は昔からおとなしくて、優しくてとても思いやりのある紳士だったらしい。
だが、母さんと結婚し2週間たったぐらいから可笑しな行動をするようになったそうだ。
急に皿を割ったり、頭を抱え込み独り言を3日3晩言い続けたり・・・。まるで、何かに怯えるように。
人は、その事件以降「殺人未遂」として刑務所暮らしだ。だが、最近出てくるという話も聞いた。そうでないことを願うが。
「ほら、隆君待ってくれているわよ。」
あの事件のせいで、車椅子暮らしに母が宏さんに聞こえないように言った。だが、結局宏さんに聞こえていたようで
「りゅう??誰だ?!ま、まさか・・・!!彼s・」
宏さんの言葉をふさぐようにして母は言う。
「あーーー知らない知らない。早く言っておいで!遅れるよ!!」
母さん、ありがとっ!
私はろくにご飯も食べないまま、玄関を飛び出していった。
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