金薔薇の棘は鋭く、痛い
将来国を動かしていくであろう、やんごとなき血筋の子息子女が集う学舎でとんでもない醜聞が起きた。
「スカーレット、貴様との婚約は今を持ってして破棄だ!そして、この清らかなメイベル•ベチュニーと私は婚姻を結ぶ!!」
卒業式を兼ねたパーティでこの国王子であるアレンドロが長年自身を支えて来た婚約者を一方的に貶め、身分の低い男爵家の令嬢を国母に据えると宣言したのだ。
なんでも、スカーレット侯爵令嬢が身分の違いを傘に男爵令嬢のメイベルに非道ないじめを行ったのだという。
この茶番に現国王は激怒した。スカーレット嬢の無実は火を見るより明らかで、しかも、来賓も多く集まったパーティーでのやらかしである。スカーレット嬢との婚約は国有責として破棄となり、この件で修羅になった侯爵家は友好国へ亡命してしまった。
そしてバカ息子の母である王妃も、腹の中で煮えくりかえる感情を抑えながら件のバカ王子とアホ令嬢をひたと見据えて口を開いた。
「お前たちの短慮な行動のせいでこの国はいい笑い者になった。責任をとり、此度の汚点を払拭するほどの姿を臣下と国民に見せなさい」
バカとアホは手を取り合って喜んだ。もっと恐ろしい無理難題をふっかけられると思ったのである。やはり母は私に甘い。王子はしおらしげな顔の下でひそりと笑った。
そんな中、王妃はひとりの少女を招き入れる。
その姿は、例えるなら綻びはじめた光り輝く金の薔薇だった。
緩やかに波打つ髪はまさに黄金、瞳は国宝級のエメラルド。まろやかな頬と愛らしい唇は瑞々しく色づき、甘やかに微笑みを浮かべている。
いっそ神が手ずから作り上げたとすら思えるほどの美少女だった。
圧倒的な美に唖然としているバカとアホに、再び王妃は口を開く。
「エスメラルダ、よく来てくれましたね。…王子よ、お前は死に物狂いでその女を国母に相応しい淑女に成長させなさい。3年間の猶予を与える。そして、同じく3年間わたくしの元で鍛えたこの娘と比べ相応しい方を国に迎え入れる」
「お待ちください母上!そのような事をせずとも、メイベルはすでに国母としての素質に溢れています。何より、その、そこの少女はまだ10歳にも満たしてないのでは…?」
そう、黄金の薔薇の少女はようやく王子の腰に背が届くかどうかの幼女だったのである。
「少し体が弱いため幼く見えるが、先月ちゃんと10歳になったぞ」
「いやいや、10歳じゃまだ赤ちゃんみたいなものじゃないですか!」
思わず頭を抱えた王子と男爵令嬢をポイと部屋から捨てて、王妃は宣った。
「ならばそちらにも都合が良かろう。10歳の幼女に負けるような無様な姿は見せるでないぞ」
「アレンさまぁ、どうしましょう。あたし、立派な王妃さまになれるかなぁ」
「メイベル、君を初めて見た時から、私の隣に並び立ってくれるのは君だけだと確信したんだよ。だから大丈夫。一緒に頑張ろう」
自室のソファでイチャつきながらバカとアホが作戦を立てている。なんてことない。明日からメイベルに教育係をつけるという単純な話である。
2人には勝算しか無かった。とんでもない美少女といえど相手は10歳の幼女だ。10歳といえば家庭教師を雇って行儀作法を習ってるくらいだろう。(一応)貴族学校を卒業した二人からすれば相手にすらならないくらいだ。
(きっと母上は私たちを焚き付けるためにこんなくだらない試練を出してきたのだろう。まったく、我が母ながら私に甘々で困るなあ)
王子はしたり顔で頷く。今皇太子となる可能性のある子供は自分だけだ。どう転んでも王座が転がり込んでくる立場からしたらこんな事態はただの茶番でしかない。
メイベルが教師とワンツーマンになっている間、暇になったアレンドロはプラプラ城内を歩く。首を垂れる下々の者に鷹揚に手を振りながら、いくつもあるレッスン室のひとつにたどり着いた。
「国家間のやり取りの中では他国の文化を尊重することが肝要です。基本的なカーテシーのみならず、相手方の挨拶も覚えるようにしましょう。では、隣国でのカーテシーの作法は分かりますか?」
「はい、先生。こうでしょうか?」
「よろしい。及第点ですね」
そこには件の美少女が何度もカーテシーを繰り返す姿が見えた。幼さもあってか、部屋の空気も心なしか微笑ましげだ。
(ぷっ!いやいや笑ってはいけない、彼女なりに真剣なのだから。しかし、本当に美しい…。これほどまでの美貌なら話題にならないはずがないのに、噂ですら聞いた事がないぞ?)
突然現れたエスメラルダなる少女の正体が気になる。しかし、その謎はあっさりと解けた。
「エスメラルダ嬢は王弟殿下の娘御であらせられますよ。なんでも産まれた時から体が弱く領地から出ることはなく大事に育てられたと。なので王都に参られたのも今回が初めてだとか」
「叔父上の子だったのか!そういえば娘がいるとは聞いていたが…」
現王クロードには腹違いの弟モリスがいる。母である側室が身分の低い伯爵家の出である事と、モリス自体が表舞台に出ることを好まなかった為にさっさと臣籍降下して辺境伯家へ婿入りした人間だ。
王都に来る事もあまりなく、アレンドロも年に一度会うかどうかの関係だ。
「まあ!王子殿下、ここは少し空気が悪いので…」
「いや、気にしないでくれ。今日はただ従姉妹殿に挨拶をしに来ただけなのだから」
今日も今日とてエスメラルダのレッスン室にやってきたアレンドロである。いつもはこっそり覗き見る程度だったが今日は堂々と扉を開けてご登場だ。
仮にもライバルである令嬢の教師はやんわりと締め出そうとするが、アレンドロはさっさとエスメラルダの正面に回り込む。
「初めまして、従姉妹殿。会ったことはなかったが君の事はいつも心の片隅で気にかけていたよ。元気になってくれて良かった」
堂々と嘘をブチ込むバカ王子である。
白々しいセリフに気づいたのか気づいてないのか、エスメラルダはニコリと微笑むと優雅に一礼をする。
「王国の若き太陽にご挨拶申し上げます。心優しきお言葉、有難き幸せにございます」
盗み聞いていた時も思っていたが、この少女は声まで美しい。繊細な鈴のように柔らかな声色に、アレンドロはついうっとりした。
「どうかそう堅苦しくしないで欲しい、私たちはその、一応競い合っている仲ではあるが…従兄弟ではないか!どうか私のことはお兄さまとでも呼んで欲しい!」
「まあ、そのような畏れ多い事…」
「いいや、ぜひ呼んで欲しい!」
エスメラルダは困ったように笑むと、そっと自身の教師を仰ぎ見る。空気を読んだ教師はさりげなく手を出口に向けアレンドロに退室を促した。
「王子殿下のお心遣いは、大事なお連れ様に向けてあげて下さいませ。我々は王妃陛下の命のために日夜研鑚を積むのに手一杯ですから」
「それで酷いんですぅ、話を聞いてなかったのは内容が面白くなかったからなのに私のせいにして叱ってきて!!アレンさまぁ、あの人じゃなくて別の先生にして下さい!」
「メイベル、可哀想な目にあったんだね。でもこれで5人目じゃないか、もう少しだけ我慢できるかい?」
「嫌!イヤ!もう無理です!!変えて下さい〜!」
貴族学校で一体何を学んできたのやら。メイベルはあれこれ文句をつけては授業に身を入れず、全く学習する意欲が無いらしい。教師も正確に言えばメイベルやアレンドロが辞めさせたのではなく皆自ら辞退しただけである。
「でも、もうすぐ一年目が終わってしまう。メイベルが王妃になれなかったら困るだろう?」
「あはは!大丈夫ですよ。だってあの子まだ10歳ですよ?メイベルが本気出さなくても余裕で勝てますって!」
「それはそうだが…」
(あれだけ大口を叩いたんだ、なんとかメイベルを王妃に据えなくては。だが、最近なんだかメイベルといると気が滅入る)
まだ本格的では無いが自身の公務の合間を縫ってメイベルと会っても、口に出るのは教師への不平不満とご褒美と称した高級品のおねだり。あと時々エスメラルダへの嘲り。今までの甘やかな関係性が緩やかに崩れ始めてきたのをアレンドロは感じていた。
そんな中での最近の癒しは相変わらずエスメラルダを覗き見る事だ。王妃に選ばれる事など無理だろうに、それでも日々研鑚を積む姿がなんともいじらしくて、健気で。
(待てよ、メイベルが王妃に選ばれたらエスメラルダはどうなる?また領地に戻るのか?)
高度な教育を身につけつつあるエスメラルダを王妃が手放すとは思えない。きっと、いや確実にどこか利になる相手を探し出し婚姻させるだろう。
(あの美しいエスメラルダが?私の隣に立とうと寝る間も惜しんで学んでいる健気なエスメラルダが別の男のものになるだと…?)
そんな事、決して赦せるものか。
そして3年の月日は経ち、約束の両名のお披露目の日が来た。王妃を選定するにあたり3つの課題があらかじめ通達されている。
一つ目、貧困街への炊き出し。
二つ目、飢饉が発生した際の対処
三つ目、舞踏会でのダンス披露と社交
まず一つ目の炊き出し。
メイベルは牛肉が贅沢にゴロゴロ入っているビーフシチューを。エスメラルダはパンとサラミとチーズ、蜂蜜を固めた飴を布袋に詰めた物を用意した。
食材の用意と当日の配布は王家が用意した人員が行ったので、両名とも特に混乱もなく無事に終了。
二つ目の飢饉への対処。
メイベルは国内各地に備蓄倉庫を設置し有事にはそれを配布する事を提案し、エスメラルダはまず小麦の品種改良を行う事と、備蓄は商人にもたせ毎年王家で買い取り飢饉に備える事を提案した。
三つ目、ダンスと社交。
この日に備えメイベルはとにかく豪華で、目玉が飛び出るほど高いドレスを用意した。ギラギラしたピンクの生地にはこれでもか!と小さな金剛石を散りばめ、金糸銀糸をふんだんに折り込み、頭には幻の存在とまで言われている極楽鳥の羽がデデンッ!と主張している。
対するエスメラルダは、変則的であるが今回がデビュタントに当たるとして慣例である純白のドレスを用意した。メイベルと比べると質素なそのドレスは、しかし、間近で見れば恐ろしい程精緻な意匠が施されている事が分かる。
それぞれのエスコートはメイベルはアレンドロ。エスメラルダは父であるモリスが務める。
それぞれ別室で入場までの待ち時間。メイベルはアレンドロの肩に甘えるようにもたれ掛かり、以前よりかなりふくよかになった胸というより腹を押し当てながら耳元で囁いた。
「ようやく私達の念願の日が訪れましたね。これでメイベルは王妃さま…アレンさまのお嫁さまになれますぅ。3年間アレンさまの為に頑張ってきたメイベルを褒めて下さい♡」
「可愛いメイベル、今日までよく頑張ってくれたね。ありがとう」
アレンドロは優しくメイベルに笑いかける。
実際はメイベルはこの3年間ほとんど真面目に学ぶ事は無かった。課題が通達されてから久しぶりに教師を招いたくらいである。
それでもアレンドロは咎めなかった。メイベルと享楽に耽りただただ楽しく時間を過ごした。
まるで最後の時間を消費するかのように。
控え室のドアがノックされ、入場への時間が近づいた事が知らされた。アレンドロはメイベルに手を取り歩き出す。
審判の時は近い。
モリス・ヘイラードは凡人だった。王家の血を引くとはいえど、産まれた時にはすでに優秀と名高い兄がいたし、何より自分でも頭も容姿もパッとしない事を自覚していた。救いだったのは側室である母がモリスの意思を尊重し玉座の奪い合いに巻き込まれないよう立ち回ってくれた事だ。
凡人であれど王族は王族。貴族学校では兄を支える為の知識を蓄え、そのさなか出会った妻エメリンダ・ヘイラードと共に辺境から国を支える事を選択した。『縁の下の力持ち』それこそが己にもっとも相応しい立場だと思っている。
「ふふっ」
傍から鈴を転がすような愛らしい笑い声が聞こえる。何百対の値踏む視線をゆったりと受け止めながら微笑む娘は、まさに王者の風格を漂わせている。少し離れた場所にいる例の令嬢は遠目でも分かるくらい震えているというのに。
「お父様の方がわたくしより緊張してらっしゃる様子。どうか鷹揚に構えて下さいな」
「そうは言っても私は余りこういう空気が好きでは無いのだよ。背中がソワソワする。ところで、我が家の床が釣り書きで埋まりそうな件はどうする?」
「あらあら、露骨に話題を変えましたわね。…どうせ今晩あたりにでも泡を食って回収しにくる事でしょう。放って置いて下さいませ」
今、三つ目の課題であるダンス披露と歓談という名の社交が終わったところだ。一度退場した国王陛下と王妃殿下が戻ってきたら結果が発表される。そしてそれを受け、この場に招待された貴族の承認をもって勝者が決まる。
「それにしても、メイベル嬢のドレスのなんと豪奢な事。眩すぎて近づくと目が刺されるかのよう」
「エスメラルダ嬢のドレス、なんでもあの偏屈なマダム・グレイソンが手ずから縫い上げたそうよ。そんなの前代未聞だって評判だわ」
「エスメラルダ嬢の炊き出しが大評判だったらしい。日持ちはするし病気なんかで足を運べない者にも広く行き届いたみたいだ。メイベル嬢のは赴かないと口に出来ないし、なによりあの牛肉!粗食に慣れた民たちはかなり胃を苦しめたみたいだぞ」
「この国もいつ飢饉が訪れるか分からない。麦の品種改良は早急に進めるべきだ」
「とはいえ、いつ訪れるか分からない飢饉の為に莫大な備蓄を抱えるのは得策ではないな。エスメラルダ嬢の提案では、商人から買い取った小麦は有事がなければそのまま国民へ配布されるらしい。商人は潤い貴族は死蔵に頭を悩ませなくて良い。国は炊き出し用の予算を新たに組まなくて良いし、民たちの腹もくちる。万々歳だな」
「メイベル嬢、学園にいた時はなるほど王子の心を射止めたのも納得。とも思っていたのに…」
「随分と羽振りよく遊び回ってたみたいですわ。まだ卒業してから3年しか経ってないのに、とても豊かになられて…」
「ああ!エスメラルダ嬢…。あの愛らしい手を取り踊る事が出来たら私は喜びの余り死んでしまうだろう。いや死んでも良い!貴女のためならいくらでも死のう!!」
波のように寄せては返すざわめきに、メイベルの拳はわなわなと怒りに震える。
(皇太子妃…いずれは王妃となるわたくしに何という不敬!侮辱を吐いた者は必ずや死ぬほどの後悔を与えてやるわ!!)
心の中では威勢が良いがその実、背中には止めどなく冷や汗が流れている。
辞めていく時の教師達の失望の顔。
課題が終わるたびに色濃くなる嘲りの視線。
相対するエスメラルダへの賞賛。
そして何よりアレンドロの態度だ。
本来ならパートナーである自分を褒めはやし、労わなくてはいけないはずなのに、入場からずっとアレンドロの視線はあきらかな熱を持ってエスメラルダに釘付けだ。
(大丈夫。私達は真実の愛に固く結ばれているのだもの!あの眼差しはただの憐憫よ)
周囲の喧騒を拒むように頭を振ると同時に、両陛下入場のファンファーレが鳴った。
「これより、この宝冠を与えた者にこの国の未来を託そうと思う。両名、前へ」
メイベルとエスメラルダは揃って両陛下の前で跪く。皆が固唾を飲んで見守る中、王妃が宝冠を託したのはエスメラルダだった。
会場は賛成の喝采に溢れた。
「嘘よ!嘘ようそようそよおぉぉっ!!」
興奮冷めやらない歓声は、獣じみた咆哮によりしん、と鎮まる。
怒りでどす黒く染まった顔でメイベルはダンダンと地団駄を踏み怒りを床に当たり散らす。
「私が選ばれないなんておかしい…お前!どんな卑怯な手を使った!!」
「何も。わたくしはただ国の為、民の為に何が最善であるか。自分には何が出来るかを考えただけですわ」
怒り狂うメイベルに怯えることもなく泰然と構えるエスメラルダの姿にあちこちで感嘆のため息が上がる。13歳になったエスメラルダは、かつての愛らしさに加えほのかに薫る色気も合わさり、今まで以上の美しさで場を圧倒していた。
その美しさが何より勘に触る。
メイベルは激情のままに憎い恋敵へと手を伸ばす。しかし、その手はあっさり衛兵達に奪われ体ごと床に縫い付けられた。
もがいてももがいても衛兵からは逃れられない。
メイベルは縋るような目をアレンドロへ向けた。
「アレンさまぁ早く助けて!…ギャアアァッ!!」
メイベルの助けを求めて伸ばされた手を、アレンドロは事もあろうかダンッ!と踏みつける。そしてさすがに目を見張るエスメラルダの側に寄りそっとその手を取った。
「大丈夫かい?僕が来たからにはもう安心しておくれ」
まるで恋人に向けるような愛おしげな表情をエスメラルダに向けた。
「アレンさま…何を言ってるの…?」
呆然とつぶやかれたメイベルの言葉など聞こえてないのだろうか。アレンドロはただ頬を赤らめてエスメラルダの手を撫でている。
「君が王妃になるために必死に研鑚を積んでいる姿を僕はいつも見ていた。そのひたむきさ勤勉さに僕の心は虜になってしまった。さあ、僕と一緒にこの国を幸せに導こう」
フフッとはにかんで笑う。
「結局君にはお兄さまと呼ばれずじまいだったね。しかし、こうして伴侶になるのだからかえって良かったのかもしれない。エスメラルダ、これからは君の夫として僕のことはアレンと呼んでほしい」
見目麗しい王子と素晴らしい美貌の姫君。もし側に絶望に顔を濡らした女が這いつくばっていなければ、それはそれは美しい一幕だったであろう。
アレンドロの言葉にエスメラルダはぽうっと頬を染める。そして誰もを魅了する輝く笑顔を浮かべて宣った。
「お断りいたしますわ」
「………へ?」
手を掴む力が一瞬抜けた隙にエスメラルダは手を振り払い、アレンドロから距離を取る。
愛娘を守る為にモリスがふたりの間に入り、さらにはモリスを守る為衛兵達が間に入る。
その様子はとても王子に対する態度には見えない。狼藉者に対するそれである。
「なんと愚かしい。真実の愛を語った女性に暴力を振るった挙句、易々わたくしに鞍替えするとは。本当に救いようがありませんわね」
「エ…エスメラルダ、どうしたんだい?君は愛するこの僕と結ばれる事を願っていたんだろう?ああ!大丈夫。あの女の事はもう微塵も好いてはいないさ!出会ったあの日から僕の胸には君が住みつき、掴んで離さない。運命の相手は君だったんだ!…だから安心して僕の胸に飛び込んでおいで!!」
両手を広げながらエスメラルダに近づこうとするアレンドロだったが、その手はメイベルと同じように衛兵によって床に縫い付けられる。
そのあり得ない事態にアレンドロは怒り狂う。
「王子に対してなんたる侮辱!!一族郎党全て拷問にかけて処刑だ!おい!お前達何をしている。王族に対する不敬罪の現場だぞ。サッサとコイツらを殺せ!!!」
「まあ。彼らは己の任務を遂行しただけですわ。少なくとも「王族に対する不敬罪」は当てはまりませんのよ。だって…」
エスメラルダが甘く囁く。
貴方様はもう王子殿下では無く、ベチュニー男爵家の婿殿なのですから。
「…は?」
「この宝冠をわたくしが授かった時点で貴方様はメイベル様の伴侶。籍はもちろん男爵家のものに変わりましたの。陛下がおっしゃっていましたでしょう?宝冠を与えた者に国の未来を託すと。わたしくしには国、貴方様には真実の愛が与えられましたの」
エスメラルダが感極まったように声を張る。
「なんと素晴らしい事でしょう、アレンドロ様は身分すら投げ捨て、至高なる愛を掴み取ったのです!きっとこの偉業は後世まで語り継がれますわ。王族としての責務はわたくしに任せて、どうぞ安心してメイベル様との愛を貫いて下さいませ。さあ皆様、ご両名に祝福を!」
それを合図にじっと様子を見守っていた貴族達が手を叩く。始めはパラパラと。次第に手を打つ音が大きくなり、最後は地面を轟かす拍手となってアレンドロに襲いかかった。
必死に上げる制止の声など一瞬で掻き消される。それでもアレンドロは真っ青な顔で負けじと吠える。
「貴様如きが王座に座れる訳が無いだろう!!正統なる青き血を汲むのは私だけだ。私だけが王になれるのだ!!!」
その声はエスメラルダに届いた。モリスにも、険しい顔を見せる両陛下にもなんとか届いた。
王は力無く首を振る。
「忘れたか。エスメラルダは王弟の子であるぞ」
「…あ……」
病弱で一度も領地から出なかった娘。
誰の口からも話題に出ず存在を忘れられた娘。
しかし、歴とした王家の血を汲む娘。
「は、母上…ははうえぇ…」
アレンドロは助けを求めて母親に手を伸ばす。しかし王妃は哀しげに眉を下げるだけで動く事はない。
虚しげに宙を彷徨く手をガシリと掴む者がいた。
「アレンさまぁ!やっぱり私たち、真実の愛で結ばれてるんですよぉ!!」
「ひぃっ!!」
ドロリと蕩けた笑顔のメイベルがその腕に齧り付く。
「聞いてくださいこの喝采を!誰も彼もが私たちを祝福しているわぁ。そうよ、祝福しているわあぁぁ!!」
未だ鳴り止まぬ拍手はふたりを閉じ込める檻だ。
ふたりを雁字搦めにする呪いだ。
「一緒に幸せになりましょうねえぇ。キャハハハハハハァッ!!!」
「い、嫌だ…助けて!助けてくれえぇぇ!!!」
拍手の嵐の中、ふたりは衛兵に引きずられながら退場する。
王妃はたまらず一粒の涙を落とす。
その狂騒から一歩離れた静寂の中で、エスメラルダはそっと自分の頂に手を伸ばした。
「この報せが『お姉様』に届くのは、明日くらいかしら」
今頃、エスメラルダが手配していた早馬が全速力で隣国に向かっている事だろう。
「その価値も判らぬ者に、これを手に入れる資格は無くってよ」
豪奢に宝石が散りばめられた宝冠。正面中央に据えられた大粒のスピネルが眩い光を放つ。
その色は、とてもとても美しい、鮮やかなスカーレットであった。
〜fin〜
【蛇足】
アレンドロの言葉にエスメラルダは(怒りのあまり)ぽうっと頬を染める。そして誰もを魅了する輝く笑顔を浮かべて宣った。
「お断りいたしますわ」
(地 獄 に 堕 ち ろ)
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