EP 8
SHIELD起動、脳と電子の防衛戦
「司令! 敵沿岸部より高熱源体、複数浮上! 大気圏上層をスキップ軌道で飛翔中! ……極超音速滑空兵器(HVGP)、マッハ10で本艦隊に接近中! 着弾まで、あと二分四十秒!!」
レーダー手の悲鳴が、出雲のCIC(戦闘指揮所)に死の宣告のように響き渡った。
マッハ10。音速の十倍。
それは、既存のミサイル防衛網の常識を完全に破壊する『神の槍』だ。
弾道ミサイルのような放物線を描かず、大気圏の縁を水切りのように不規則に滑空してくるため、迎撃コンピューターが未来位置を予測できない。気づいた時には頭上から真下に突き刺さり、空母だろうがイージス艦だろうが、一撃で真っ二つにへし折る。
「……イージス艦のSM-3(迎撃ミサイル)、発射不可能です! 敵弾の飛翔高度が低すぎます!」
「近接防御火器(CIWS)も間に合いません! 速すぎる……ッ!」
百戦錬磨の海自幹部たちが、文字通り『手も足も出ない』絶望に顔を青ざめさせる。
「騒ぐな」
坂上真一の低く重い声が、パニックになりかけたCICを一喝した。
「物理で落とせねえなら、目を潰してやり過ごすまでだ。……蘭、お前のオモチャ箱に、あの流星を躱す手品は入ってるか?」
「……」
早乙女蘭は答えない。
彼女は咥えていたストロベリー味のチュッパチャプスを、ガリッ、と大きな音を立てて噛み砕いた。
甘い糖分が脳髄に行き渡る。世界最高峰のAIエンジニアの瞳孔が、極限の集中力でスッと収縮した。
「手品じゃないよ。ただの、超絶高度な計算」
蘭はコンソールに両手を叩きつけるように置き、十本の指を狂ったような速度で走らせ始めた。
画面上に無数のコードの滝が流れ落ち、出雲のメインシステムから『警告:権限の逸脱』という赤いエラーが乱舞するが、蘭はそれらを全て強行突破していく。
「おっちゃん、出雲の航海長に伝えて。今から10秒後、全エンジンの出力を完全に停止。艦の電源も、私のサーバーとSHIELDシステム以外、生命維持装置も含めて全部落とすよ。……出雲を『死体』にする」
「何……!? 馬鹿な、回避行動も取らずに的になる気か!」
副長が叫ぶが、坂上は一切の躊躇なく命じた。
「蘭の言う通りにしろ! メインエンジン停止、艦内電力カット! 全電力をあの小娘のコンソールへ回せ!!」
ブゥン……という重い音と共に、出雲の巨大なエンジンが停止し、CICの照明が真っ暗に落ちた。蘭のモニターの青白い光だけが、暗闇の中で妖しく輝いている。
「着弾まで、あと一分!」
「マッハ10の化け物は、撃ち落とせないし逃げ切れない。なら——『幻』を殴らせる」
蘭のエンターキーを叩く音が、暗闇に響いた。
『SHIELD・完全自律モード起動。アクティブ・デコイ展開』
出雲の周囲の海域に展開していた無人水上艇(USV)と、迎撃を生き残ったインターセプタードローンの群れが、蘭のAIによって一斉に『異常な電波と熱源』を放射し始めた。
中国軍の極超音速ミサイルの先端に搭載されたシーカー(探知機)は、終末誘導の段階で標的の『熱』と『レーダー反射面積』を探し出す。
蘭は、出雲の出す熱と電波を完全にカット(ステルス化)した上で、数キロ離れた海上に展開した無人機の群れに、出雲と『一ミリの狂いもない全く同じ熱源と電波信号』を偽装させたのだ。
「……敵AIの誘導ロジック、完全解析。ミサイルの目を、うちのドローンが作った『偽物の出雲』に誘導する」
蘭の額から滝のような汗が流れ落ちる。
冷却システムが止まったCICはサウナのような熱気に包まれ、彼女の専用サーバーからは今にも火を噴きそうなほどファンの絶叫が響いている。
秒間何百兆回という演算。マッハ10で迫るミサイルのシーカーと、蘭のAIとの、光の速さでの騙し合い。
「着弾まで十秒! 九、八……!」
暗視モニターに映る空が、赤く発光した。
大気との摩擦でプラズマを纏った極超音速の流星群が、真上から艦隊へと突き刺さってくる。
「……私の計算から、逃れられると思うな、鉄屑」
蘭が血の滲むような声で囁いた。
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
世界が、真っ白に染まった。
出雲から数キロ離れた海面——蘭が無人機で作った『偽物の出雲』が浮かぶ海域に、数発の極超音速ミサイルが直撃した。
数十メートルの巨大な水柱が天を突き破り、海そのものが沸騰する。
遅れて襲いかかってきた衝撃波と人工の津波が、エンジンを止めて海に浮かぶだけの巨大な出雲を、まるで木の葉のように激しく揺さぶった。
「ぐっ……! 衝撃に備えろォッ!!」
坂上が指揮座のパイプを握りしめ、咆哮する。
艦体が軋み、乗員たちが床に叩きつけられる。しかし——直接の被弾はない。
数分後。
荒れ狂う海面が静まり返り、非常用電源が復旧してCICに薄暗い照明が戻った。
「……本艦、および随伴する護衛艦隊……無事です! 直撃、一発もなし!!」
血まみれになったレーダー手が、狂喜の声を上げた。
マッハ10の神の槍を、電子戦の『幻影』だけで完全に無力化したのだ。
「はぁっ……はぁっ……」
コンソールの前で、蘭が糸の切れた人形のように突っ伏していた。
パーカーは汗でぐっしょりと濡れ、キーボードを叩き続けた指先は痙攣している。
「……あー、もう。糖分、完全にゼロ。……おっちゃん、これ、銀座のキルフェボンのタルト、ホールで三つ……いや、五つ奢ってもらわないと、割に合わない……」
虫の息でぼやく蘭の頭に、坂上は自身の被っていた将官の帽子をポン、と乱暴に乗せた。
「五つでも十でも食わせてやる。よくやった、世界一のオタク娘」
坂上は獰猛な笑みを浮かべ、再び全艦隊の指揮通信をオンにした。
「出雲より、上空のバカ空(雪之丞)へ! 生きてるか!」
『……こちら雪之丞。空から花火見物させてもらったぜ。こっちの空域は完全にクリアだ。敵のドローンも戦闘機も、俺のミサイルと蘭ちゃんの電子戦で全部機能停止してる』
「上等だ。……総員、聞け」
坂上の声のトーンが、一段階、低く沈み込んだ。
それは防御を耐え抜いた将軍の声ではない。かつて血みどろの抗争の果てに、敵対組織の事務所へカチコミをかける直前の、広島の不良総長の凄みだった。
「中国軍の第一撃は、完全に凌ぎ切った。だが、横須賀が燃え、俺たちの帰る港は半壊し、国民は飢えに直面している。このまま海の上で指をくわえていれば、日本は一ヶ月で餓死する」
坂上は、メインスクリーンに映る中国大陸の沿岸部——無数のミサイルやドローンを発射した軍事拠点群を睨みつけた。
「やられっぱなしで泣き寝入りするほど、俺たちは行儀のいい軍隊じゃねえ。……防御の時間は終わりだ」
2026年度予算で前倒し配備され、今まさにこの出雲艦隊の随伴艦に搭載されている、日本の『切り札』。
「反撃能力展開! 目標、中国沿岸部のドローン発射基地およびミサイル施設! ……出雲打撃群のターンだ。全門、ブッ放せ!!」
第三次世界大戦、日本による初めての「敵基地攻撃」の命令が、絶望の海に響き渡った。




