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EP 5

喧嘩殺法(近接防空戦)と、燃える横須賀

面舵一杯おもかじいっぱい! 両舷りょうげん、前進強速ッ!」

 坂上の怒号とともに、全長248メートルの巨大な護衛艦『出雲』の船体が、悲鳴のような金属音を立てて右へ大きく傾いた。

 甲板上の乗員が吹き飛ばされそうになるほどの、強引で暴力的な急旋回。

 早乙女蘭の電子防壁(SHIELD)をすり抜けた七機の特攻ドローンが、海面スレスレの超低空を這うようにして、出雲の左舷(腹)めがけて突進してくる。

 無人機の群れを統括するAIは、出雲の質量と速度から『回避軌道』を瞬時に予測し、最適解の未来位置へと殺到していた。

「……機械の考えそうなこった。喧嘩ってのはな、予測の斜め上を殴るんだよ」

 坂上は艦橋の指揮座から身を乗り出し、ニヤリと笑った。

 かつて広島最大の暴走族を率い、鉄パイプの雨をくぐり抜けてきた男の『死線に対する嗅覚』。それは、最先端のアルゴリズムすら凌駕する。

「左舷機関、後進一杯(急ブレーキ)! 右舷はそのまま回せ! ケツを振れェ!」

「無茶苦茶です! スクリューと舵がへし折れます!」

 操舵手が悲鳴を上げるが、坂上は「やれ!」と一喝した。

 巨大な艦艇としてはあり得ない、ドリフトのような変則機動。

 予測座標から出雲の巨体がズレた瞬間、ドローンのAIが一瞬だけ『迷い』を見せ、軌道修正のために機体を僅かに浮かせた。

 坂上が待っていたのは、そのコンマ数秒の隙だ。

「CIWS(高性能20ミリ機関砲)、撃てェッ!!」

 出雲の甲板に設置された白いドーム型の自動防空システム——ファランクスが、獲物を捉えて火を噴いた。

 毎分4500発という狂気の連射速度。

 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!! という、布を引き裂くような独特の重低音が響き渡り、空中に濃密な劣化ウラン弾の弾幕(壁)が形成される。

 軌道修正で減速した七機のドローンは、自らその弾幕の壁に突っ込む形となり、出雲のわずか数十メートル手前で次々と爆散した。

 ドカーーーン!! という轟音とともに、強烈な爆風と大量の金属片シュラプネルが甲板に降り注ぐ。

「……全機、撃墜確認。本艦、被害軽微!」

 レーダー手が震える声で報告すると、CIC内にワッと歓声が上がった。

「馬鹿野郎、喜ぶのは早いぞ。こっちは高価なミサイル在庫の半分と、ファランクスの弾を無駄撃ちさせられたんだ」

 坂上は安堵するクルーたちに冷や水を浴びせつつ、ふと隣を見た。

 蘭はチュッパチャプスの棒を咥えたまま、サブモニターの別回線から送られてくる映像を見て、完全に固まっていた。

「……おっちゃん。うちの艦隊は生き残ったけど……日本が、死んだ」

「何……?」

 坂上が覗き込んだモニターには、絶望的な光景が映し出されていた。

 ——横須賀港、炎上。

 ——東京湾岸、LNG(液化天然ガス)タンク群に被弾。巨大な火柱。

 ——神戸港、無数のカミカゼドローンによりガントリークレーン全壊。

 軍事基地の被害ではない。

 中国軍の放った数万機のドローン群は、その半数を自衛隊や米軍のミサイル防衛網の『飽和(囮)』に使い、残りの半数で、無防備な日本の「民間港湾」と「エネルギー施設」を的確に削り取っていたのだ。

「……兵糧攻めの、完成ってわけか」

 坂上はギリッと奥歯を噛み締めた。

 1機数万円のオモチャが、数千億円の経済インフラを一方的に蹂躙した瞬間だった。

     * * *

 同じ頃。

 東京都千代田区、総理大臣官邸の地下にある危機管理センター。

 与党幹事長である若林幸隆は、壁一面の巨大モニターに映し出される日本列島の『出血状態』を、冷徹な目で見つめていた。

「総理。被害報告がまとまりました。嘉手納および三沢で、空自・米軍の航空機約120機が地上撃破。しかし、致命傷はそれではありません」

 防衛省の官僚が、震える手で資料を読み上げる。

「横須賀、佐世保、神戸など、主要な商業港湾施設がドローンによる精密攻撃を受け、完全に機能停止。東京湾への航路も、撃沈された民間商船によって事実上封鎖されました。現在、我が国の海上貿易は『99%停止』状態です」

「……」

 気弱な総理大臣が、頭を抱えて机に突っ伏した。

「LNG(液化天然ガス)の備蓄は、火力発電所へのドローン攻撃による喪失分を含め、残り『7日分』。それを過ぎれば、首都圏は完全なブラックアウト(大停電)に陥ります。食料の輸入も途絶しました」

「……若林くん。どうすればいい。このままでは、ミサイルが落ちてくる前に国民が餓死暴動を起こすぞ……!」

 泣きつくような総理の声に、若林は胸ポケットから『ピース』を取り出し、火もつけずに口にくわえた。

 日本という国の急所(アキレス腱)。

 食料自給率38%、エネルギー海外依存95%。

 敵は、上陸作戦などという面倒な手間をかける必要すらなかった。外から血管を縛り上げ、窒息するのを待つだけでいいのだ。

「総理。泣言を言っている暇はありません。直ちに『国家非常事態法』を発動し、国民の財産権を一部制限してください。残存する食料と燃料を国家管理下に置き、配給制に移行します」

「そ、そんな強権を発動すれば、内閣が吹っ飛ぶぞ!」

「吹っ飛ぶ国すら無くなるよりはマシでしょう」

 若林の冷たい一瞥に、総理が息を呑む。

 永田町の妖怪は、すでに戦後の焼け野原を見据えていた。ここで国民に痛みを強いてでも、継戦能力を維持しなければ、中国の属国にされるだけだ。

「……同盟国のアメリカはどう動く? ジャック司令はなんと言っている!」

「彼らは彼らで、第七艦隊が手酷い損害を受けてブチギレています。ですが、だからこそ……日本の盾(自衛隊)を、絶対に死なせるわけにはいかない」

 若林はモニターの隅に表示された、東シナ海で孤立しながらも無傷で耐え抜いている『出雲艦隊』のデータリンクを見つめた。

(耐えろ、真一。ここから先は、地獄の我慢比べだ)

 若林は口にくわえたピースを無造作に噛み千切った。

 開戦初日。

 日本のGDPが瞬時に40%吹き飛び、真の絶望が産声を上げた日であった。

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