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EP 4

Xデー、日本経済の即死と電子の盾

 東シナ海、護衛艦『出雲』の戦闘指揮所(CIC)。

 無機質な空間は、耳をつんざくような警報音アラートと、血の気を失ったオペレーターたちの怒号に支配されていた。

「司令! 第一波、沖縄本島および周辺の自衛隊施設に着弾! 嘉手納の滑走路、完全に沈黙! 続いて第二波、第三波が日本本土、九州・本州方面へ北上中!」

「レーダーに感あり! ……だ、駄目です! 数が多すぎます! システムが目標を処理しきれません!」

 メインスクリーンを埋め尽くすのは、おびただしい数の『赤い光点』。

 数千、いや数万。

 中国大陸から放たれた安価な自爆型ドローンと、それを援護する極超音速滑空兵器(HVGP)の群れだ。

「落ち着け。システムがダウンする前に、迎撃プロトコルをマニュアルに移行しろ」

 阿鼻叫喚のCICにあって、出雲艦隊打撃群司令・坂上真一の低くドスの効いた声だけが、異様なほどの落ち着きを払っていた。

 かつて広島の裏社会を束ねた男にとって、多勢に無勢の死地など日常茶飯事だ。問題は、今の自分が背負っているものが『愚連隊のメンツ』ではなく『日本国の一億の命』であることだ。

「……おっちゃん、最悪の知らせと、超絶最悪の知らせ、どっちから聞きたい?」

 坂上の隣で、専用コンソールにへばりついている早乙女蘭が、ガリガリと飴を噛み砕きながら言った。彼女の十本の指は、常人には視認できない速度でキーボードの上を舞っている。

「最悪から言え」

「奴らのドローンの群れ、軍事基地だけを狙ってるわけじゃない。半分は完全に基地を『迂回』してる。……標的は、横須賀や神戸の民間港湾施設、それと東京湾岸の巨大LNG(液化天然ガス)タンク」

 坂上の眉間がピクリと動いた。

「……兵糧攻めか」

「そう。一発数億円の迎撃ミサイルを、数万円のゴミドローンに撃たせて防空網に穴を開ける。そこをすり抜けた数機が、無防備な港のガントリークレーンや燃料タンクに自爆突撃するだけでいいの」

 蘭はカタッ、とエンターキーを強く叩いた。

 サブスクリーンに、内閣府の経済予測モデルが弾き出したリアルタイムのシミュレーション結果が赤文字で表示される。

『貿易機能:99%停止』

『国内LNG備蓄:7日後に枯渇』

『予測GDP損失:即時マイナス40%〜60%』

「……日本経済、即死ゲームオーバーだよ。商船は海に沈み、工場は止まり、一週間後には全国がブラックアウト。おっちゃんの奥さんと娘さんも、真っ暗な東京で餓えることになる」

 CICのクルーたちが絶望に息を呑む。

 弾道ミサイルによる派手な破壊ではない。インフラとロジスティクスをピンポイントで削り取る、現代戦の最も冷酷な殺戮手法だった。

「超絶最悪の知らせはなんだ」

「そのゴミドローンの群れの一部、約三千機が、今この『出雲艦隊』に向かって真っ直ぐ飛んできてるってこと」

 蘭が呆れたようにため息をついた。

「艦隊のイージスシステムじゃ、海面スレスレを飛んでくる小型ドローンの大群は処理しきれない。ミサイルを撃ち尽くした時点で、この船はただの巨大な鉄の棺桶になるよ」

「……上等だ」

 坂上は、獰猛な笑みを浮かべた。

 艦橋の冷たい手すりを握りしめるその手は、かつて鉄パイプを握って敵対組織に単身乗り込んだ時のように、闘争本能で熱くたぎっていた。

「全艦に通達! これより本艦隊は、対スウォーム近接防空陣形へ移行する! 一歩も引くな! この海域を突破されれば、本土の民間人が死ぬぞ!」

 坂上の怒号がスピーカー越しに全艦へ響き渡る。

 同時に、彼は蘭の華奢な肩にポン、と分厚い手を置いた。

「月給3億円の分、働け。お前のオモチャで、あの羽虫どもを叩き落とせ」

「……給料の査定、あとで倍にしてもらうからね、ブラック上司」

 蘭は口の端をニヤリと吊り上げた。

 彼女の目が、徹夜明けの死んだ魚の目から、世界最高峰のAIエンジニアとしての光を取り戻す。

「対ドローン防衛網『SHIELD』、メインサーバー直結。リミッター全解除。出雲艦隊の電子制御、全部私がもらうよ!」

 蘭の宣言と同時に、出雲の甲板および周囲の護衛艦から、無数の黒い影が空へと射出された。

 自衛隊が2026年度予算で緊急配備した、迎撃用インターセプタードローンと、無人水上艇(USV)の群れだ。

「AIの演算領域、フルバースト。……私の計算テリトリーに、安物のアルゴリズムで土足で踏み込んでんじゃねえぞ、三流ポンコツが!」

 蘭がキーボードを叩きターンッ!と鳴らした瞬間、見えない強力な電子妨害(EW)の波動が海域一帯に放射された。

 中国軍の安価なドローン群が、目に見えない壁に衝突したかのように次々と制御を失い、海面へと墜落していく。さらに、蘭が完全に同調シンクロさせた防衛用ドローン群が、生き残った敵機に正確無比な体当たりを敢行する。

 レーダー画面上で、赤と青の光点が凄まじい速度でぶつかり合い、消滅していく。

 ミサイル一発撃つことなく展開される、無音にして極限の電子空間の死闘。

「よし、第一波の迎撃率は94%! ……でも、処理能力メモリがもうカツカツ! 冷房の温度もっと下げて! サーバーが熱暴走する!」

 蘭が叫ぶ中、坂上の鋭い視線は、レーダーの端をすり抜けてくる『数個の赤い点』を正確に捉えていた。

 蘭の電子の盾(SHIELD)をもってしても、圧倒的な物量の前には、わずかに撃ち漏らしが生じる。

 そしてその数機が、海面を這うような低空飛行で、出雲の横腹へ向かって特攻を仕掛けてきた。

「……電子戦で落とせねえなら、物理で殴り潰すまでだ」

 坂上は通信機を掴み、吼えた。

「CIWS(近接防御火器システム)、マニュアル起動! 面舵一杯! 喧嘩の時間だ、野郎ども!!」

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