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EP 3

昼行灯の天才パイロットと、ハイウェイからの出撃

 沖縄県、国道58号線沿いのコンビニエンスストア。

 2027年8月15日、午後1時5分。

「……はあ。あっつ。沖縄の夏、マジで殺しに来てるっしょ」

 平上雪之丞ひらうえ ゆきのじょう1尉、30歳。

 本来ならば嘉手納かでな基地でアラート(緊急発進)待機に就いているはずの彼は、指定された待機室を抜け出し、クーラーの効いたコンビニで「シークワーサー味のアイス」を齧っていた。

 航空自衛隊のフライトスーツのジッパーを胸元までだらしなく下げ、寝癖のついた頭をボリボリと掻く。その甘いマスクには、どこか緊張感の欠片もない。

 出雲艦隊に配備されたF-35B部隊のエースパイロット。

 しかしその本性は、借金まみれで女と酒が大好きな「及第点(60点)しか出さない」昼行灯である。

「あれ、雪之丞さん? またサボりですか。坂上司令にバレたら、今度こそ海に沈められますよ」

「よお、後輩くん。うるせえな、俺は『省エネ』を実行してるだけだ。100点の仕事なんてしたら、次からそれが基準にされて仕事が増えちまうだろ。俺は平和に酒飲んで、可愛い姉ちゃんと遊びたいの」

 たまたま買い出しに来ていた後輩の整備員に軽口を叩きながら、雪之丞はレジの列に並んだ。

 しかし、そこで彼は異変に気づいた。

 店内が、異常に殺気立っているのだ。

「すいません! お米、もう在庫ないんですか!?」

「ミネラルウォーター箱で! あるだけ全部出して!」

「おい、カップ麺の棚が空っぽじゃねえか!」

 地元住民や観光客が、血眼になってカートに食料や日用品を詰め込んでいる。まるで、世界が終わる前日のような狂乱状態。

 雪之丞が眉をひそめて店内のテレビを見上げると、ニュースキャスターが青ざめた顔で原稿を読み上げていた。

『——繰り返します。政府は先ほど、台湾周辺での中国軍の動きを受け、国家安全保障会議を緊急招集。日経平均株価はストップ安、円相場は1ドル220円を突破し、事実上のパニック売りが続いており……』

「……マジかよ。こりゃ、今夜の合コンはキャンセルだな」

 雪之丞がアイスの棒をゴミ箱に捨てた、その瞬間だった。

 ——ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 けたたましいサイレンが、沖縄の空を切り裂いた。

 Jアラートの不協和音ではない。嘉手納基地の方角から鳴り響く、正真正銘の『空襲警報』。

「おいおい……ウソだろ」

 雪之丞が店を飛び出し、東シナ海の方角を見上げた。

 青い夏の空が、黒い染みのようなもので埋め尽くされていた。

 雨雲ではない。ジェットエンジンの轟音でもない。

 ブィィィィィィィン、という、数万匹の凶暴な蜂が飛ぶような、耳障りなモーター音。

「……無人機ドローンの群れ(スウォーム)……!」

 直後、嘉手納基地の方角で巨大な火柱が何本も上がり、遅れて鼓膜を破るような爆発音が轟いた。

 開戦の第一撃。

 それは、高価な弾道ミサイルと、1機数万円の安価な『カミカゼドローン』を組み合わせた飽和攻撃だった。

「ひぃぃぃっ!」

「キャアアアア!」

 悲鳴を上げて逃げ惑う民間人たち。

 雪之丞の視線の先で、滑走路に駐機されていた数百億円のF-15やF-35Aが、次々と火ダルマになっていく。一発数億円のパトリオットミサイルが数機を迎撃しても、その背後から数千機のドローンが群がってくるのだ。

 完全に「コスト交換比」が崩壊した、絶望的な非対称戦。滑走路は無数のクレーターで穴だらけになり、固定翼機はもはや一機も飛び立てない。

「あーあ……これで俺のツケを払ってくれる先輩たちも、全滅かよ」

 雪之丞の胸ポケットで、軍用の暗号端末が強烈に震えた。

 画面には、たった一行の短いメッセージ。発信元は、洋上の『出雲』にいる坂上真一将補。

『——ツケを払う時が来たぞ、バカくう。お前の借金、全部チャラにしてやるから空を掃除しろ』

「……ちっ。あのヤクザ将軍、人使い荒すぎんだろ」

 雪之丞は舌打ちをすると、震える後輩整備員の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「おい、泣いてる暇はねえぞ。俺の機体オモチャはどこだ?」

「ひっ……! えっと、基地の外の、分散待機所(高速道路の退避エリア)です! ステルスシート被せて隠してます!」

「上等。バイク貸せ、後ろ乗れ!」

 数分後。

 封鎖された沖縄自動車道の一部、臨時滑走路(FARP)として設定されたアスファルトの上に、異形の戦闘機がその姿を現した。

 F-35B・ライトニングⅡ。

 短距離離陸・垂直着陸(STOVL)機能を持ち、滑走路が破壊されても、数百メートルの直線さえあればどこからでも飛び立てる、現代航空戦のジョーカー。

 周囲でドローンの自爆音が響く中、雪之丞はコックピットに飛び乗り、キャノピーを閉めた。

 ヘルメットマウントディスプレイ(HMD)を下ろすと、脳神経に直接リンクするような膨大な戦術データが視界を埋め尽くす。

 高度なシステムが、彼の『60点』で抑えていたリミッターを強制的に解除していく。

「あー……めんどくせえ。めんどくせえけど……」

 空を見上げる。

 民間人のスーパーが、港のコンテナが、通信塔が、黒い蜂の群れに蹂躙されている。

 女も酒も美味い飯も、この国から全部消えようとしている。

「俺の遊び場を荒らす奴らは、全員撃ち落とす」

 雪之丞の瞳から、昼行灯の緩みが完全に消え失せた。

 そこにあるのは、純粋で冷酷な、空の死神の眼光。

「平上機、出るぜ」

 F-35Bのエンジンノズルが下方を向き、灼熱の爆炎が高速道路のアスファルトをドロドロに溶かす。

 次の瞬間、最新鋭のステルス戦闘機は、物理法則を無視したような軌道で垂直に跳ね上がり、数万のドローンが飛び交う絶望の空へと、単騎で突入していった。

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