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EP 2

永田町の妖怪と星条旗のヤクザ、そして開戦

 東京都内某所、地下深くにある広大な隠しガレージ。

 空調の効いた無機質な空間に、紫煙と、古いエンジンのオイルの匂いが漂っている。

「ジャック。お前の国のインテリジェンス(諜報機関)は、ずいぶんと呑気だな。ペンタゴンはまだ『大規模演習の域を出ない』とでも言うつもりか?」

 与党幹事長・若林幸隆わかばやし ゆきたか、55歳。

 最高級のサヴィル・ロウのスーツを無造作に脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げた彼は、愛車であるクラシックなカワサキZ1のキャブレターを磨きながら、両切りの『ピース』を深く吸い込んだ。

 その視線の先には、折りたたみ式のパイプ椅子に巨体を沈める初老の白人男性がいた。

「ペンタゴンの官僚どもは、スーツの尻が火で炙られるまで動かんよ。だが、俺は現場の海兵隊上がりだ。血の匂いには敏感でね」

 在日米軍トップ、ジャック・ジャスティス大将、60歳。

 身長190センチを超える鋼の肉体を持つこの男は、なぜか新橋の高架下で買ってきた焼きタレを齧りながら、プラスチックのコップでホッピーをあおっていた。任侠映画をこよなく愛する、異常な親日家にして極東防衛の最高責任者である。

「台湾海峡の対岸に集結している無人機ドローンの群れ。あれはブラフじゃない。数日……いや、数時間以内に飛ぶぞ、ユキタカ」

「飛べば、どうなる?」

「決まっている。米空軍の主力は嘉手納(沖縄)と三沢で釘付けだ。台湾は完全封鎖され、第七艦隊の空母打撃群もすぐには動けん。オーストラリアのホバート級駆逐艦が到着するまで、最低でも2週間。……その間、日本には『不沈空母』として、最高の盾になってもらう」

 ジャックの青い瞳が、鷹のように鋭く細められた。

「同盟国としての義務を果たせ、ユキタカ。自衛隊の全戦力を南西諸島に展開し、中国のドローンとミサイルの雨を凌ぎ切れ。一歩でも引けば、極東のパワーバランスは崩壊する」

「……馬鹿を言え」

 若林は磨き用のウエスを放り投げ、静かにジャックを睨み据えた。

 温和な笑みを絶やさない『永田町のバランサー』の顔から、冷徹なリアリストの素顔が覗く。

「1機数万円のドローン数万機に対して、1発数億円の迎撃ミサイルを撃ち続けろと? そんなコスト交換比の最悪な消耗戦、我が国の国家予算が数日で吹き飛ぶ。それに、奴らの標的は軍事基地だけじゃない」

 若林は手元のタブレットを叩き、ジャックの足元へ滑らせた。

 そこに表示されているのは、最悪の経済シミュレーションデータだ。

「奴らのドローン群が数機でも防空網を抜け、横須賀の港湾クレーンや、東京湾のLNG(液化天然ガス)タンクに特攻したらどうなるか分かるか? 我が国のエネルギー自給率はたったの6%、食料は38%だ。商船が沈められ、港が潰されれば、物流は即死する。二週間で電力が消え、一ヶ月でスーパーから食料が消え、餓死者が出る。GDPは一瞬で半減だ」

 若林はピースの煙をゆっくりと吐き出した。合気道の有段者である彼は、相手の力を利用して制する盤外戦術の天才だ。

「盾にはなってやる。だが、アメリカが日本のシーレーン(海上交通路)の保護と、インド洋経由でのエネルギー迂回補給を『今すぐ』確約しない限り、自衛隊は動かさん。俺は日本国民を餓死させてまで、星条旗を守るつもりはない」

「……ふっ、ハハハハ!」

 ジャックは焼き鳥の串を置き、腹の底から笑った。

「相変わらず、お前とハグすると財布をスられた気分になるぜ。微笑む悪魔め。いいだろう、補給線の維持はワシントンに捻じ込ませる」

 その時。

 若林の胸ポケットに入っていた、極秘の暗号通信用スマートフォンが震えた。

 発信元は『出雲艦隊・戦闘指揮所』。

「……俺だ」

『若林先生か。防衛大臣を通さず直接電話した無礼、許していただきたい』

 スピーカーから聞こえてきたのは、出雲艦隊司令・坂上真一の重い声だった。

「構わん。平時のルールなど、もうじき紙屑になる。……真一、状況は?」

 若林の口調から政治家の顔が消え、広島弁のイントネーションが微かに混じる。同郷の盟友にしか見せない顔だ。

『蘭(AIエンジニア)のシステムが、人民解放軍の異常なデータリンクを傍受した。欺瞞信号じゃない、実戦のコマンドだ。連中、ドローンの群れ(スウォーム)を一斉に解き放つ気だ。標的は台湾だけじゃない……沖縄、九州、そして本土の港湾施設もロックオンされとる』

「開戦、か」

 若林がジャックに視線を向けると、ジャックの腕につけられた軍用端末も狂ったように赤いアラートを点滅させ始めていた。

『ユキタカ。俺たちは前線で戦う。だが、海自のミサイル在庫にも限界がある。本土の家族と、国民の胃袋は頼んだぞ』

「……ああ。お前は法と建前のことは忘れろ。現場の全権は俺が裏から保証する。一隻も沈めさせるなよ、総長」

 通話が切れた瞬間。

 ジャックの副官がガレージに血相を変えて飛び込んできた。

「司令! 中国沿岸部より、多数の飛翔体を検知! 弾道ミサイルおよび……推定3万機を超えるUAV(無人機)の群れです! 第一波、嘉手納および横須賀へ向けて飛来中!」

 2027年8月15日、午後1時。

 後に歴史書に刻まれる『最悪のドローン戦争』——第三次世界大戦が、ついにその口を開けた。

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