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EP 8

激突。幽霊艦隊 vs 中国潜水艦隊

 2027年9月。フィリピン海。

 海面は不気味なほど穏やかだったが、海中では、人類史上最大規模の『殺戮の網』が絞り上げられようとしていた。

『——ソナーに感あり! 全方位から魚雷接近! 数……ひゃ、百五十以上! 第一波、本艦および補給船団まで残り三分!』

 AUKUSオーカス艦隊の中核を担う、オーストラリア海軍・ホバート級イージス駆逐艦のCIC(戦闘指揮所)は、阿鼻叫喚のパニックに陥っていた。

 中国海軍の原子力潜水艦および通常動力型潜水艦の『狼群ウルフパック』が、海中から一斉に牙を剥いたのだ。

「オーマイガー……。迎撃用の対潜ロケット(ASROC)を全弾撃ち尽くしても、半分も防ぎきれないぞ!」

 豪州海軍の艦長が、青ざめた顔で頭を抱える。

 護衛艦隊の背後には、数百万トンの小麦とLNG(液化天然ガス)を満載した、鈍重な巨大輸送船団が連なっている。一発でも魚雷が直撃すれば、日本の命綱は海の底だ。

『——AUKUSのオージー野郎ども。泣き言を喚く暇があるなら、耳を塞いでしっかり船のハンドルを握ってな』

 通信回線に割り込んできたのは、出雲艦隊司令・坂上真一の、ドスの効いた低い声だった。

「サカガミ提督!? しかし、あなたの艦隊は対潜兵器の在庫がゼロのはず——」

『こちとら丸腰でも、喧嘩の引き出しは腐るほどあるんだよ。……蘭、極上のデコイ(囮)を並べろ』

 出雲のCIC。

 糖分不足で白目を剥きかけていた早乙女蘭が、ガリガリと氷砂糖を噛み砕きながら、ハッキング用の黒いコンソールを叩きまくっていた。

「……任せて、おっちゃん。永田町のブラック政治家(若林)が送ってくれた、国民の血と汗の結晶……無駄にはしないよ」

 AUKUS船団の十キロほど前方を航行していた、五隻の巨大な民間カーフェリー。

 かつて修学旅行生や家族連れを乗せていたその『幽霊艦隊ゴースト・フリート』の船底から、突如として強烈な音響信号アクティブ・ソナーと、偽装されたスクリュー音が海中へ向けて大音量で放射され始めた。

「……フェリーの船底に後付けした水中スピーカーから、AUKUSのイージス艦と、巨大LNGタンカーと『一ミリの狂いもない全く同じ音紋シグネチャー』を垂れ流してる。……さあ、中国の耳長ザルども、こっちが本物の極上ディナーだよ」

 蘭の冷酷なエンターキーの打鍵音。

 直後、海中の魚雷群の軌道が、一斉に『ぐらり』と変わった。

 音響誘導とウェーキ(航跡)誘導を組み合わせた中国の高性能魚雷は、蘭の作り出した完璧な『幻聴』に騙され、本来の標的であるAUKUS船団を素通りし、前方の無人フェリー群へと殺到していく。

「馬鹿な……! あんな巨大な音響欺瞞デコイ、聞いたことがない!」

 豪州艦長がモニターを見て絶句する。

 ズドガァァァァァァァァァァァンッ!!!!

 立て続けに起こる、凄まじい水柱と爆発。

 百五十発の魚雷のうち、実に八割以上が、無人の民間フェリー五隻の土腹に突き刺さった。船体はひしゃげ、炎を上げながら海へと沈み始める。

「……敵潜水艦群、こちらを日本の強襲揚陸艦と誤認して魚雷を浪費しました! コスト交換比、圧倒的勝利です!」

 出雲のレーダー手が歓喜の声を上げるが、坂上の顔に笑みはない。

「まだだ。喧嘩ってのはな、殴らせてから『骨まで折る』のが作法だ」

 坂上の目が、沈みゆくフェリーの残骸を冷徹に見据えた。

 若林が国内の休眠工場をフル稼働させ、避難民に徹夜で組み立てさせたのは、空を飛ぶドローンだけではない。

「フェリーの船底に敷き詰めた『町工場特製の粗悪な爆雷(ドラム缶)』五千発……。水圧信管、起動限界深度デプスに到達。……おっちゃん、お望み通り、海を割るよ」

 蘭が、パチンと指を鳴らした。

 魚雷を撃ち尽くし、戦果確認のためにフェリーの沈没地点の海底(深度百メートル付近)を悠々と潜行していた、十隻以上の中国原子力潜水艦。

 彼らの頭上から降ってきたのは、撃沈されたフェリーの残骸と共に海中へばら撒かれた、数千個の『改造ドラム缶(対潜爆雷)』だった。

 ——水深五十メートル。水圧信管が、一斉に作動した。

 ボゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!

 太平洋の海面が、ドーム状に大きく隆起した。

 爆薬の量は、一発一発は粗悪で小さい。しかし、五千発の同時爆発が引き起こす『海中ショックウェーブ(衝撃波)』は、物理法则を凶器に変えた。

 水という非圧縮性の液体を伝わる絶望的な圧力波が、真下にいた中国潜水艦群のチタン合金の耐圧殻を、まるで卵の殻のようにベキベキと叩き潰したのだ。

「……敵潜水艦隊から、圧壊音インプロージョンを多数探知!! ソナーから反応が次々と消えていきます!!」

 音を頼りにする潜水艦にとって、至近距離での飽和爆発は、目と耳と肺を同時に潰されるに等しい。

 海底深くへ沈んでいく者。耐えきれずに緊急浮上ブローを試みる者。

「……浮いてきたか。息継ぎの時間だ」

 坂上が空を見上げた。

 海面を割って、黒い巨体(中国の原潜)が三隻、海水を滴らせながら緊急浮上してきた。

 ダメージコントロールのため、あるいは状況を確認するために、潜望鏡ペリスコープと通信アンテナを空へ向けて伸ばす。

「蘭」

「ん。上空待機させてた『空のオモチャ』、降下開始」

 海中の爆発の直前、フェリーの甲板から密かに飛び立ち、上空の雲の中に隠れていた二千機の日本製自爆ドローン群。

 それが、浮上してきた無防備な潜水艦めがけて、急降下爆撃カミカゼを開始した。

 狙いは、分厚い装甲ではない。

 突き出された潜望鏡、レーダーマスト、そしてスクリュー。

 一機数万円のドローンが、数千億円の原潜の『目』と『耳』と『足』に次々と突っ込み、爆散していく。

「……チェックメイトだ」

 坂上が、静かに呟いた。

 空からはドローンの雨。海中には爆雷の衝撃波。

 中国が誇る太平洋の狼群ウルフパックは、ただの一発の高級ミサイルも使われることなく、町工場で作られた粗悪品と無人フェリーの連携(ゴースト・フリート作戦)によって、完全に無力化された。

『……クレイジーだ。日本人は、狂っている』

 AUKUS艦隊の豪州艦長が、十字を切りながらモニターの前で震えていた。

『自分たちの民間船を爆弾の塊にして、文字通り“肉を切らせて骨を断つ”……。こんな悪魔のような戦術を思いつく奴が、味方で本当に良かった』

「……味方に悪魔がいなけりゃ、この地獄は生き残れねえんだよ」

 坂上は通信を切り、大きく背伸びをした。

 レーダー画面には、もう赤い光点(脅威)は一つもない。

 振り返れば、夕日に照らされた巨大なLNGタンカーと小麦を積んだ輸送船団が、日本の東京湾へ向けて、その重々しい歩みを進めていた。

(……待ってろ、恵。鷹人、千姫。……今、飯が届くぞ)

 開戦から約一ヶ月。

 絶望的な兵糧攻めのタイムリミット寸前。出雲艦隊と永田町の狂気が生み出した『絶対勝利のロジック』が、ついに日本の血管シーレーンに、再び血を流し込んだ瞬間だった。

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