EP 7
永田町の徴用工。民主主義を喰らう軍需工場
2027年9月中旬。
東京都千代田区、国会議事堂の地下深くに設けられた臨時災害対策本部。
空調の止まったサウナのような室内には、汗とタバコのヤニ、そして極度の疲労からくる『死臭』にも似た体臭が充満していた。
「……ふざけるな! これは明確な憲法違反だ! 基本的人権の蹂躙であり、戦時中の『国家総動員法』への回帰に他ならない!」
野党の党首が、顔を真っ赤にしてテーブルを叩き割らんばかりに怒鳴り散らしていた。
その視線の先には、シワだらけのワイシャツの袖を捲り上げ、両切りの『ピース』を静かに燻らせる与党幹事長・若林幸隆の姿があった。
「失業者や避難民を、劣悪な環境の工場に押し込め、労働を強制するだと!? しかも、従わない者には『食料配給を停止する』という罰則付きで! 若林、貴様は国民を国家の奴隷にする気か!」
野党党首の叫びは、平時であれば正論中の正論だった。
若林が先ほど提出した『非常事態・国民徴用特措法案』。それは、激減した日本の生産力を補うため、16歳から60歳までの健康な男女を、ドローン製造工場や農業、破壊されたインフラ復旧の現場へ強制的に動員するという、独裁国家顔負けの劇薬だった。
「……終わりましたか、先生」
若林は、灰皿にピースを押し付け、ゆっくりと立ち上がった。
温和な笑みを浮かべていた『永田町のバランサー』の顔はそこにはない。あるのは、一億人の命の算盤を弾く、冷酷な管理者の目だ。
「現在、我が国のGDPは開戦前の半分以下。エネルギーの枯渇により、トヨタも日産も、すべての巨大工場が操業を停止しました。失業率は実質40%を超え、街には職を失い、飢えに苦しむ数千万の難民が溢れかえっている」
若林は、手元の分厚いファイルを野党党首の胸ぐらに叩きつけるように押し付けた。
「人権? 民主主義? ……結構だ。では先生、その高尚な理念(お経)で、どうやって明日、一千万人の子供たちの胃袋を満たすのか教えていただきたい。札束が紙屑になった今、配給の米をタダで配り続ければ、国家の備蓄はあと二週間で完全に底をつく」
「そ、それは……アメリカの輸送船団が……」
「太平洋のど真ん中で、中国の潜水艦隊に囲まれ、海の藻屑になろうとしている最中だ。届く保証はどこにもない」
若林の言葉に、会議室の空気が完全に凍りついた。
「いいですか。現代戦は、兵器の優劣ではない。……『生産力の削り合い(コスト)』です。中国が数万機の安価なドローンで我が国のインフラを削るなら、我が国も数百万の国民の労働力をすり潰して、それ以上の『特攻ドローン』を大量生産し、敵艦隊にブチ込むしかない」
若林は、会議室の巨大モニターに、日本全国の工業地帯のマップを表示させた。
「幸い、我が国には世界最高峰の『町工場』の技術と、職を失った優秀な労働者が腐るほどいる。……彼らを遊ばせて飢え死にさせるくらいなら、強制的にハンダゴテを握らせる。働かざる者、食うべからず。ドローンを一機組み上げた者に、その日のカロリー(配給)を約束する」
「……悪魔め。後世の歴史家が、貴様をなんと言うか……」
野党党首が震える声で絞り出す。
「国が滅べば、歴史家すら生まれない。泥を被り、地獄の業火に焼かれるのは私の仕事だ。先生方は、黙って法案に賛成のボタンを押しなさい」
若林の圧倒的な威圧感の前に、もはや反論できる者は誰もいなかった。
数時間後。異例のスピードで法案は可決された。
日本という民主主義国家が、生存のために自らの手で人権という枷を外し、一つの『巨大な軍需工場』へと変貌を遂げた瞬間だった。
* * *
数日後。愛知県、豊田市。
かつて世界に冠たる自動車産業の中心地であった巨大な組み立て工場は今、異様な熱気と金属音に包まれていた。
冷房の切れた薄暗い工場内。
作業服を着せられ、無言でラインに並んでいるのは、数週間前まで都心の高層ビルでエクセルを叩いていたITエンジニアや、営業マン、飲食店員、そして避難民たちだ。
「……はい、基盤の接合完了。次のラインへ回して」
マスク越しに汗を滴らせながら、一人の元システムエンジニアの男が、粗悪なプラスチックの筐体にモーターと小型の炸薬を組み込んでいく。
作っているのは、車ではない。
原価数万円。一回限りの使い捨て。敵艦のレーダーやプロペラに突っ込むためだけに作られた、純国産のAI搭載型・自爆ドローン。
「……こんなオモチャみたいな爆弾作って、本当に戦争に勝てるのかよ」
隣で作業していた若いフリーターの男が、疲労困憊の顔で愚痴をこぼした。
「勝つとか負けるとか、どうでもいいよ。……これを今日ノルマの五十機組み上げないと、俺の娘に配給の粉ミルクが貰えないんだ」
システムエンジニアの男は、血走った目でハンダゴテを握り直した。
愛国心ではない。ただ、愛する家族を飢えさせないため。
その純粋な『生存本能』を、若林幸隆という政治家は完璧に計算し、国家の生産力へと変換していた。
こうして、全国各地の休眠工場で、一日数千機という異常なペースで『日本製カミカゼドローン』が量産されていく。
完成したドローンは、すぐさま軍用トラックに乗せられ、全国の港から接収された民間フェリー(幽霊艦隊の母船)の腹の中へと次々に詰め込まれていった。
* * *
再び、総理官邸地下。
若林は、タブレットに表示される『ドローン日産数:8,500機突破』という報告を見つめながら、暗号通信の回線を開いた。
接続先は、太平洋上でAUKUS補給船団の護衛任務に就いている出雲艦隊・坂上真一。
「……真一。注文の品は、絶え間なく送り続けているぞ。銃後の国民が、文字通り血と汗を流して組み上げた『日本国の怒り』だ。無駄遣いは許さん」
『……おう。上等なオモチャをありがとよ、ユキタカ』
通信の向こう側。坂上の声の背後では、悲鳴のような警報音と、波の砕ける轟音が響き渡っていた。
海中から放たれた百五十発の魚雷が、補給船団に迫っている極限状況。
『てめえが工場を回してくれたおかげで、こっちの“幽霊艦隊”の腹の中は、極上のドローンで満杯だ。……海の底のヒキガエル共に、上からの雷を落としてやる』
弾の尽きた出雲艦隊が、海の底の敵をどうやって沈めるのか。
坂上の獰猛な笑い声と共に、太平洋最大の決戦が、いよいよ火蓋を切ろうとしていた。




