EP 5
沈む台湾、血を吐くAUKUS
2027年9月。
かつて東アジア屈指の夜景を誇った大都市・台北は、灰色の瓦礫と黒煙に包まれた『肉挽き機』と化していた。
キュルルルルルッ……ドガァァァァァン!!
崩れかけたビルの影から飛び出した台湾軍の自爆型FPVドローンが、通りを制圧しようと前進してきた人民解放軍の水陸両用歩兵戦闘車(ZBD-05)の弱点である上部装甲に直撃し、車体ごと搭乗員を吹き飛ばした。
台湾海峡は今、文字通り『鋼鉄の墓場』だった。
開戦初日、中国軍が絶対的な航空優勢のもと強行した大規模上陸作戦(D-Day)。しかし、台湾側が長年準備してきた『ハリネズミ戦略(Porcupine Strategy)』——無数の対艦ミサイルと、国産および米国製の大量の自爆ドローンが、海を渡ってくる揚陸艦隊に牙を剥いたのだ。
数万の兵士と数十隻の大型揚陸艦が海の藻屑となり、中国側は建軍以来最大となる天文学的な『血の代償』を払わされた。
それでもなお、圧倒的な物量とミサイルの雨で強引に橋頭堡を築き、空挺部隊を降下させた中国軍と、一歩も引かずに市街戦(ゲリラ戦)に持ち込んだ台湾軍。
両国の意地と血の泥沼。
台湾本島は今、一日に数千人の命が消える、世界の最も凄惨な地獄となっていた。
* * *
「……台湾海峡で海軍(水上艦)の主力を失った中国は、戦略を完全に『兵糧攻め』へシフトした。上陸という面倒な手は打たない。日本と台湾の補給線を断ち切り、内側から餓死させて降伏のサインを書かせる気だ」
東京都内、地下の秘密ガレージ。
在日米軍トップのジャック・ジャスティス大将が、珍しく酒も飲まずに、巨大なホログラム・マップを睨みつけていた。
「だが、ワシントンのジジイ共も、ただ指をくわえて見ていたわけじゃない。……ユキタカ、約束の品だ」
ジャックが端末を操作すると、マップ上の『インド洋』から『フィリピン海』へ抜けるルートに、巨大な青い光の矢印が表示された。
「アメリカ本国とオーストラリアからかき集めた、小麦、大豆、そしてLNG(液化天然ガス)を満載した超大型輸送船団。護衛は、再編された我々のアメリカ海軍第七艦隊の残存兵力と……オーストラリア海軍の誇る『ホバート級イージス駆逐艦』を中核とするAUKUS連合艦隊だ」
「……」
与党幹事長・若林幸隆は、腕を組んだまま、口にくわえた『ピース』の煙をゆっくりと吐き出した。
日本国民の、いや、日本という国家そのものの命綱。恵たちが計算した「18日の餓死のタイムリミット」に間に合う、唯一の希望の光。
「ジャック。同盟国の血を流す覚悟には感謝する。……だが、君の顔色は“希望”を語る男のそれじゃないな」
「……ああ。最悪の障害が、太平洋側に展開を完了しやがった」
ジャックがマップの『フィリピン海(日本の南側ルート)』を拡大する。
そこには、無数の『赤い波紋』が、網の目のように広がっていた。
「人民解放軍・潜水艦隊。……旧式の通常動力型から、最新鋭の093型原子力潜水艦(商級)まで。連中、台湾海峡でのドローン戦で水上艦を失った代わりに、海の中の暗殺者をすべて太平洋側に回してきた」
ジャックの巨体が、ギリッと軋むような音を立てた。
「輸送船団の足は遅い。さらに、上空には中国の長距離偵察ドローン(無偵-7)がウヨウヨ飛んでいる。空からコンボイの位置を特定されれば、海中から無数の魚雷と巡航ミサイルが飛んでくる。……今のAUKUSの護衛艦隊だけじゃ、対潜哨戒(ASW)の網を張りきれない。東京湾に着く頃には、食料も燃料もすべて海の底だ」
「……ならば、日本の『盾』が空と海の掃除をするしかないな」
若林は、マップ上の東シナ海で、満身創痍になりながらも中国軍を牽制し続けている『出雲艦隊』のデータリンクを指差した。
「ジャック。君たちの輸送船団がフィリピン海を抜けるタイミングで、日本の残存全航空戦力と、出雲艦隊を太平洋側へ向かわせる。……上空の目(偵察ドローン)は空自が潰す。海中の化け物(潜水艦隊)は、海自が沈める。AUKUSの船団は、その開いた血の道を全速力で駆け抜けろ」
「ユキタカ……正気か?」
ジャックが目を見開いた。
「空自の連中はもう休眠する時間すらなく飛び続けてるんだぞ。それに、出雲艦隊の対潜ミサイル(アスロック)も魚雷も、とっくに在庫が尽きてるはずだ。丸腰でどうやって潜水艦と戦う気だ!」
「日本人は、切腹用の短刀一本でも敵の首を掻き切る民族だ。……それに、現場には暴走族上がりのヤクザ将軍と、月給3億の魔女がいる」
若林は薄く笑い、胸ポケットの暗号通信機を取り出した。
* * *
「……冗談キツいぜ、若林の大先生よ」
東シナ海。護衛艦『出雲』のCIC。
通信を受けた坂上真一将補は、ボサボサに伸びた頭を乱暴に掻きむしった。
「こっちはさっき“幽霊フェリー”の特攻で敵の駆逐艦を沈めて、やっと一息ついたところだぞ。弾もなけりゃ、ソノブイ(対潜探知機)も尽きてる。どうやって海の底に隠れてる原潜の群れを沈めろってんだ」
『……泣き言は聞かん。お前の妻と娘が餓死してもいいなら、そこで寝ていろ』
通信越しの若林の非情な宣告に、坂上は舌打ちをした。
恵、千姫。そして、鷹人。
家族の顔がよぎれば、背中の仁王像に熱い血が通う。絶対に退けない理由が、そこにある。
「……分かったよ。太平洋のど真ん中で、ヤクザな喧嘩を見せてやる。だが、まずは空の“目”を潰さねえとな」
坂上は通信を切り、サブモニターで死んだように突っ伏している早乙女蘭の頭を小突いた。
「起きろ、三億円。……上空の“バカ空(雪之丞)”を叩き起こせ。残業の時間だ」
太平洋の黒い海中を潜行する、中国の無数の潜水艦隊。
そして、その上空を旋回する高高度偵察ドローン。
日本とAUKUSの希望である「輸送船団」を迎え入れるため、弾の尽きた出雲艦隊と、過労死寸前のエースパイロットが、再び死地へと身を投じようとしていた。




