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EP 2

第二戦線勃発。狂気のミサイル乱射と命のトリアージ

 キュイィィィィィン!! キュイィィィィィン!!

『——Jアラート。ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、または地下に避難してください』

 深夜の護衛艦『出雲』のCICに、無機質な全国瞬時警報システム(Jアラート)の音声が響き渡った。

 南西諸島を向いていたレーダーの警戒網とは『真逆』の方向。

 日本海側から、無数の巨大な熱源が放物線を描いて日本列島へと迫っていた。

「……ッ! 弾道ミサイル(SRBMおよびMRBM)、多数! 日本海側の舞鶴基地、小松基地、および……韓国の在韓米軍基地(平沢・烏山)へ向けて飛翔中!!」

 レーダー手が、血を吐くような悲鳴を上げた。

 通信モニターの向こう側で、総理官邸の地下にいる若林幸隆が、シワくちゃになったワイシャツの首元を緩めながら苦々しく吐き捨てた。

『——シミュレーションの最悪ワーストケースだ。台湾上陸でドローンのミンチにされ、太平洋側では俺たちの“幽霊艦隊”に足元をすくわれた中国が、ついにプランC(多正面作戦)を切りやがった』

「要請に応じた北の将軍様が、ミサイル在庫の在庫処分(大盤振る舞い)ってわけか」

 坂上真一は、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 中国単独の封鎖網でさえ、日本国は窒息寸前だったのだ。そこへ、世界最悪のならず者国家が火事場泥棒のように背後から殴りかかってきた。

「韓国軍と在韓米軍はどう動く! 迎撃は!」

『無理だ。彼らはソウルを火の海にしないための“自国(半島)防衛”で完全に釘付けにされた。台湾や日本の援護に回す戦力は、事実上ゼロになったと思え』

「……北のヒグマ(ロシア)は?」

『オホーツク海で太平洋艦隊が演習名目で展開し、北海道の自衛隊を牽制している。NATOは欧州防衛を盾に、経済制裁のカードを切るだけで精一杯だ』

 若林が、氷のように冷たい声で事実を羅列する。

 南の台湾海峡。西の朝鮮半島。北の北海道。

 全長3000キロに及ぶ日本列島が、文字通り「三つの巨大な軍事力」によって引き裂かれようとしていた。これが、第三次世界大戦の真の絶望——『多正面マルチ・フロント』の悪夢だ。

「……おっちゃん。舞鶴と小松に向かってる弾道ミサイル、着弾まであと五分だよ」

 コンソールに突っ伏したまま、早乙女蘭が死んだような目で告げた。

 出雲艦隊は東シナ海(南西)に展開している。日本海側に撃ち込まれたミサイルを、ここから迎撃することは物理的に不可能だ。

「市ヶ谷! 日本海側のイージス艦と、本土のPAC-3(地対空ミサイル)部隊はどうなってる!」

 坂上が通信機越しに吠える。

『……迎撃用の在庫タマがありません!』

 防衛省の官僚が、泣きそうな声で答えた。

『開戦初日、中国のドローンスウォームから太平洋側の重要港湾とLNGタンクを守るため、日本海側のミサイル防衛網の予備弾まで、ほぼすべて南へ回してしまいました! 現在、日本海側は……文字通り、丸裸です!』

「な……ッ」

 坂上の目の前が、一瞬真っ暗になった。

 守るための盾が、ない。

『——防衛省。残存するすべての迎撃ミサイルの統制権を、私が預かる』

 パニックに陥る官邸で、若林幹事長の声だけが、異常なほどの静けさを保っていた。

 彼は手元のタブレットで、日本地図に表示された迎撃ミサイルの「残弾数」と、北朝鮮から飛来する「ミサイルの予測着弾地点」を冷徹に見比べていた。

「若林! どうする気だ! 日本海側の基地が吹き飛ぶぞ!」

 坂上の怒号に対し、若林は胸ポケットの『ピース』を指先で弄りながら、死神のような宣告を下した。

『……トリアージ(命の選別)を行う』

「なんだと!?」

『残弾数発のPAC-3で、すべての基地と都市を守ることなど不可能だ。中途半端に撃ち落とそうとすれば、すべてを失う。“すべてを守ろうとする者は、何も守れない”……軍人の基本原則だろう、真一』

 若林は、モニター越しに坂上の目を真っ直ぐに見据えた。

 その瞳には、一国の政治家として、数万人の命を見捨てる「ごう」を背負う覚悟が宿っていた。

『迎撃目標を絞る。……日本海側の軍事基地および、一部の地方都市への着弾は“許容”する。残ったすべての防空網を、首都圏の「送電網グリッド」と「残存する食料・燃料サイロ」に集中させろ』

「ふざけるなッ! 民間人を見殺しにする気か!」

『そうだ!!』

 若林の怒号が、坂上の声を叩き潰した。

『軍備が吹き飛んでも、お前たち出雲と、アメリカの補給船団が来れば戦争は続けられる! だが、ここでエネルギーの中枢と食料を断たれれば、一億人が一週間で餓死して“日本国”が消滅するんだぞ! ……撃たせろ。恨みと地獄の業火は、俺が永田町で全部被ってやる』

 その言葉と共に、若林は通信を一方的に切断した。

「……くそッ……! くそぉぉぉぉっ!!」

 坂上は、指揮座の手すりを怒りに任せて殴りつけた。分厚い鉄のパイプが、ベキリとひしゃげる。

 最前線で命を懸けているのに、背中(故郷)が理不尽な暴力で焼かれていく。

 これほど無力で、残酷なことがあるか。

 数分後。

 北朝鮮の放った弾道ミサイル群が、迎撃されることなく、日本海側の自衛隊基地や港湾施設に次々と着弾した。

 巨大な火柱が上がり、通信が次々と途絶していく。

 日本の『致命傷』は避けられた。若林の冷酷なトリアージにより、国家の生命線であるエネルギー網は辛うじて守られたのだ。

 だが、この「日本列島全域にミサイルが降り注いでいる」という事実と恐怖が、ただでさえ物流停止とハイパーインフレで極限状態にあった『銃後の社会』に、最後の一撃トドメを刺すことになった。

     * * *

 同刻。東京都内。

 停電で真っ暗な街に、不気味なサイレンの音と、遠くで上がる黒煙が立ち込めていた。

 開戦から二週間。

 円の価値は消滅し、配給は滞り、警察機構はほぼ機能不全に陥っていた。

 そこに「北朝鮮からのミサイル攻撃」という情報がラジオで流れた瞬間、市民の心の中でピンと張っていた『理性の糸』が、完全にプツリと切れたのだ。

「食い物を出せェッ!!」

「こっちの家だ! この家にはまだ備蓄の米があるはずだ!!」

 窓ガラスが割れる音。怒号。泣き叫ぶ子供の声。

 暗闇の東京は、ミサイルが直撃しなくとも、すでに『暴徒(略奪者)』という名の内なる敵によって地獄と化していた。

 坂上真一の自宅。

 頑丈な門扉が、バールを持った数人の暴徒によってガンガンと叩かれている。

「……ママ、こわい。おばけがドア叩いてる……」

 暗いリビングの隅。4歳の千姫が、小さな体を震わせて泣いていた。

 妻の恵は、娘を強く抱きしめながら、震える手で包丁を握りしめている。警察に電話しても、とうの昔に繋がらなくなっていた。

「大丈夫よ、千姫。パパが……お兄ちゃんが、絶対守ってくれるから……!」

 ガシャァァァンッ!!

 ついに、玄関の分厚いガラスが鈍器で叩き割られた。

 飢えと恐怖で目を血走らせた三人の男たちが、土足で坂上家へと上がり込んでくる。

「おい、この家デカいぞ! 自衛隊の偉い奴の家だって噂だ! 絶対にいいモン隠し持ってるはずだ!」

「米だ! 水と缶詰を出せ!」

 暴徒の一人がリビングの扉を蹴り開け、暗闇の中で身を寄せ合う恵と千姫を見つけた。

 男の顔に、下品で凶悪な笑みが浮かぶ。

「……おいおい、食い物だけじゃなくて、上等な女もいるじゃねえか。自衛隊の旦那は海の上でお星様になったんだろ? 備蓄、全部置いていきな」

 男がバールを振り上げ、恵たちに一歩近づいた、その時だった。

 ——シュガァァァァンッ!!!

 凄まじい風切り音と共に、銀色の閃光が暗闇を切り裂いた。

 先頭にいた男の側頭部に『硬質な金属』がフルスイングで叩き込まれ、男は悲鳴を上げる間もなく、くの字に折れ曲がって廊下の壁まで吹き飛ばされた。

「……あ?」

 残された二人の暴徒が、呆然と立ち尽くす。

 月明かりに照らされたリビングの入り口。

 そこに立っていたのは、身長180センチを超える、しなやかで強靭な筋肉を持った青年だった。

 手には、血に濡れたミズノ製の硬式用金属バット。

「……俺の親父は、まだ死んでねえよ。クソ野郎」

 長男・坂上鷹人たかと、18歳。

 名門高校野球部で四番打者を務めながら甲子園に届かず、挫折をバネに猛勉強して東京大学へ現役合格した、坂上家の最高傑作。

 親父譲りの圧倒的な『闘争本能』と、母譲りの『冷徹な頭脳』。

 それらを併せ持つ彼が、飢えた獣のようにバットを構え、暗闇の中で目をギラつかせた。

「……さて。不法侵入と強盗未遂。今の日本じゃ警察も機能してないし、法律ルールは無意味だ」

 鷹人は、金属バットを肩でトントンと叩きながら、残る二人の男へ一歩、ジリッと歩み寄る。

「だから俺も、俺のルール(喧嘩)で、家族を守らせてもらうぜ」

 前線では、父親(真一)が幽霊艦隊で中国軍を食い破り。

 銃後では、息子(鷹人)が金属バットで暴徒の頭蓋骨を砕く。

 一億総飢餓の暗黒都市・東京での、血みどろのサバイバルが幕を開けた。

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