第二章『Phase 2〜兵糧攻めと多正面作戦』
必勝の悪魔的ロジック『幽霊艦隊』出撃
開戦から二週間が経過した、2027年8月末。
深夜の東シナ海。漆黒の波間を縫うように、一隻の巨大な船が出雲艦隊に合流した。
それは、灰色の軍艦ではない。
側面に太陽のマークが描かれた、全長200メートル近い大型の民間カーフェリー『さんふらわあ』だった。本来なら家族連れやトラックを乗せて瀬戸内海や太平洋を優雅に進むはずの船が、なぜか最前線のキルゾーン(死地)に姿を現したのだ。
「……フェリーの乗組員、全員小型ボートでの退艦を完了。出雲で収容します」
レーダー手が報告を上げる。
「よし。ご苦労だったな。……蘭、操艦システムのジャックは済んでるか?」
出雲のCIC(戦闘指揮所)で、坂上真一将補が腕を組みながらモニターを見下ろした。
「完璧。フェリーの電子制御、全部私のサーバーに繋いだ。今、あの船は私がキーボード一つで動かせる巨大なラジコン(ドローン)だよ」
早乙女蘭が、配給品の乾パンを齧りながらエンターキーを叩く。
彼女の操作に合わせて、無人となった巨大フェリーが重々しいエンジン音を響かせ、中国の封鎖艦隊が展開する海域へと舳先を向けた。
「司令……一体、あの民間船で何をするおつもりですか?」
怪訝な顔をする副長に対し、坂上は獰猛な笑みを浮かべた。
「喧嘩の作法を、連中に教えてやるんだよ。……おい蘭、あのフェリーの『腹の中』に積んであるオモチャの数、教えてやれ」
「えっとね、東京都大田区とか東大阪市の町工場のおっちゃん達が、若林幹事長の『国家非常事態法』で尻を叩かれて、徹夜で急造した日本製FPV(自爆型)ドローン。その数、ざっと五千機」
CICのクルーたちが息を呑んだ。
民間フェリーの広大な車両甲板に、爆薬を積んだ五千機のドローンが、出撃の時を待ってびっしりと並べられているのだ。
「……名付けて『幽霊艦隊』作戦だ」
坂上は、真っ暗な海原へ突き進んでいくフェリーの巨体を見つめた。
かつて広島の裏社会で、どうすれば相手が一番嫌がるかを熟知していた男の、最も悪辣で合理的な戦術。
「いいか、よく考えろ。敵のレーダーから見れば、あのフェリーは巨大な『強襲揚陸艦』か『補給艦』のバカデカい反応(RCS)に見える。……当然、沈めようとするわな」
坂上は指を一本立てた。
「敵があのフェリーを、一発数億円の高級な超音速対艦ミサイルで撃沈した場合。……空っぽの民間船に無駄弾を撃たせた時点で、コスト交換比は俺たちの『完全勝利』だ」
続いて、指を二本立てる。
「敵がフェリーを放置、あるいは接近を許した場合。……射程圏内に入った瞬間、フェリーの甲板が開いて五千機の自爆ドローンが飛び立ち、敵艦隊を食い破る。俺たちの『完全勝利』だ」
最後に、指を三本立てる。
「フェリーから飛び立ったドローンの群れに対し、敵が迎撃ミサイルを撃ってきた場合。……開戦初日に俺たちが味わわされた『数万円のゴミに、数億円のミサイルを消費させられる地獄』を、そっくりそのまま連中に味わわせることができる。俺たちの『完全勝利』だ」
CICが静まり返った。
何をされても、絶対に日本側が損をしない。
非対称戦の残酷なロジックを逆手に取った、まさに『必勝の悪魔的ロジック』だった。
「……えげつねえ。さすがはヤクザ将軍、血も涙もねえな」
上空で護衛機(F-35B)に乗る平上雪之丞から、戦慄混じりの通信が入る。
「第一波で横須賀を燃やされ、国民を飢えさせた借りは、キッチリ利子をつけて返さねえとな」
坂上が低く笑った直後。
『——警告! 前方五十キロの中国海軍・駆逐艦隊より、対艦ミサイル(YJ-12)複数発射! 目標、先行する無人フェリー!』
中国艦隊が、見事に罠に食いついた。
暗視モニターの向こう側で、マッハ3を超える超音速ミサイルが三発、夜の海を切り裂いて『さんふらわあ』の巨大な側面に突き刺さった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
凄まじい爆発。巨大な火柱が夜空を焦がし、民間フェリーの船体が真っ二つに折れ曲がる。
中国艦隊のCICでは今頃、「日本の大型艦艇を撃沈した」と歓喜の声が上がっているだろう。
だが、その歓喜は数秒で地獄の絶叫に変わる。
「蘭」
「ん。——『パンドラの箱』、展開」
蘭がエンターキーを叩いた。
真っ二つに折れ、炎上して沈みゆくフェリーの車両甲板のハッチが、吹き飛ぶように開け放たれた。
そこから、まるで巨大な蜂の巣を突いたかのように——あるいは、内臓から湧き出す無数の羽虫のように。
五千機の日本製・自爆ドローンの群れ(スウォーム)が、一斉に夜空へと飛び立ったのだ。
「な……沈む船から、無数の光点が!?」
中国艦隊のレーダー手は、画面を埋め尽くす赤い光点の濁流を見て、恐怖に顔を歪ませただろう。
蘭のAIに統括された五千機のドローン群は、燃え盛る母船を抜け出し、海面スレスレを這うようにして中国のミサイル駆逐艦へと殺到していく。
「迎撃だ! CIWS(近接防御火器)と防空ミサイルを撃て!!」
中国艦隊がパニックに陥りながら、おびただしい数のミサイルと機関砲の弾幕を空へ向けてバラ撒く。
バタバタと撃ち落とされるドローンたち。
だが、坂上の顔には冷酷な笑みが張り付いたままだ。
(撃て。もっと撃て。てめえらの虎の子の防空ミサイルを、町工場のオモチャ相手に全部使い果たせ)
迎撃をすり抜けた数百機のドローンが、中国駆逐艦の『目』であるフェーズドアレイレーダーや、通信アンテナ、むき出しのVLS(垂直発射装置)に次々と特攻を仕掛けた。
ドガァァァァン!! ズズンッ!!
致命的な沈没には至らない。だが、目と耳を潰された最新鋭のイージス級駆逐艦は、もはやただの巨大な鉄の的へと成り果てた。
「……敵駆逐艦二隻、レーダー機能喪失。艦隊の防空網に、ポッカリと大穴が開きました!」
出雲のレーダー手が、震える声で歓喜の報告を上げる。
「上等だ。……雪之丞、空からトドメを刺してこい」
『了解! 俺のオモチャも、そろそろ期限切れ(エクスパイア)なんでね!』
上空で待機していた雪之丞のF-35Bが、防空網に穴の開いた中国艦隊の真上へと悠然と降下する。
そして、ステルスウェポンベイ(兵装庫)から、対艦ミサイルを的確に敵艦のバイタルパート(機関室)めがけて叩き込んだ。
轟音と共に、中国海軍の誇る最新鋭駆逐艦が、完全に海へと沈んでいく。
「……よし。これで敵の第一封鎖線を一つ、完全に食い破った」
坂上は、沈みゆく敵艦の火柱をモニター越しに見つめながら、長く息を吐いた。
「てめえらが持ち込んだルールの喧嘩だ。高くついたなんて泣き言は、閻魔大王にでも言え」
日本側の『幽霊艦隊』による、圧倒的なコスト交換比の暴力。
絶望的な兵糧攻めに対する、これが島国・日本の放った極悪非道な逆襲の第一撃であった。
しかし、坂上がこの勝利の余韻に浸る暇もなく、直後に市ヶ谷(若林)から入った緊急暗号通信が、出雲CICをさらなる絶望の底へと叩き落とすことになる。
『——真一、喜んでいるところ悪いが、最悪の知らせだ。……中国の要請で、“北の将軍様”と“北の大国”が動いた。日本海と北海道で、第二・第三の戦線がブチ開いたぞ』
第三次世界大戦は、ついにその『多正面』という真の地獄の蓋を開けようとしていた。




