Ep.6
「こんにちはー!」
サクラが元気よく挨拶をしながら医務室へと入る。
「あら~、サクラさんにヒナタさん。こんにちは」
それに返答したのは、橘ヒカリだ。
そして彼女の直ぐ側のベッドでは、清水キヨがすやすやと寝ていた。
医務室は、外からの光が差し込み、木々が生い茂る景色が見える。窓は空いており、自然の良い香りが心を落ち着かせる。
窓からの陽光により、ヒカリの茶色の長い髪が輝いている。
「おお~、これが医務室ですか!」
「ちょっとサクラちゃん、声が大きいよ。キヨちゃんが起きちゃう」
「おっと、これは失礼しました」
サクラは慌てて口を閉じる。だが、時すでに遅しだったようだ。
「大丈夫、だよ? もう私、起きてる、から」
キヨが、弱々しく体を起こす。
その紺色がかった髪は、ベッドの上まで伸び切っている。
「キヨちゃん大丈夫?」
「うん、へーき。ありがとう、ヒカリちゃん」
キヨの様子は顔は少し火照っているが、呼吸は安定しているし、特に大事には至っていないようだった。
「それにしてもキヨちゃんはなんでここにいるの?」
ヒナタはふと思ったことを口にする。
「それは私の口から説明するわね。キヨちゃん、元々あまり元気な子ではなくて、それにこんな突然の環境の変化のせいでウミちゃんの話が終わった後すぐ体調崩しちゃったのよね。だから私が看ているの。たまにウミちゃんたちがお見舞いに来てくれるわ」
ヒカリは、慈愛に満ちた聖母のような顔で話す。それが総合格闘技経験者というのが信じられないくらいだ。
ましてや、『死神』に選ばれたということも。
「そうなんだ……キヨちゃんお大事にね」
「ありがとう、ございます」
そういって再びキヨは眠りにつく。
「それにしても、やっぱり変ですよね」
「……なにが?」
サクラが突然口にした疑問にヒナタが反応する。
「まず、私たちが目覚めたのが牢屋でした。一生豚小屋生活かと思いきやすぐに解放されてこうやって自由に行動できます。夜中に施錠されるとはいえ牢屋に入れられるような人間に許していいことではないんですよ。それに豪華な食事に、整備された庭、水回りも清潔でした。極めつけには医務室まで完備されています。クモという人は私たちに一体何を求めているのでしょうか?」
サクラの疑問はもっともなことだった。
なんとなくで受け入れてしまっていたが、考えてみればおかしなことだ。寝室が牢屋なこと以外はまるで宿のようであるが、そもそもこんな場所になぜ連れてきたのか。その上、謎の能力を有する運命の大アルカナ。
疑問は山積みとなっているのだ。
「やはり、この大アルカナが……」
「待って、そこの扉で聞き耳を立てているのは誰かしら?」
サクラの発言に待ったをかけるヒカリ。そのエメラルドグリーンの瞳は、鋭く医務室の扉へと向けられていた。
「ありゃ、だれかいるんですかー!」
サクラが呼びかける。するとゆっくりと、静かに扉が開く。
「こんにちは…………あの、えっとその……ご、ごめんなさい!」
静かに出てきたのは、可愛らしい水色の髪を三つ編みに結んでいる、鳴神アズキだった。部屋に入ってくるやいなや、目にも止まらぬ早さで頭を地面に擦り付ける。
「その……許してください」
涙声でアズキは必死に訴えかける。
その様子を見たヒナタたちは、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「そんな、顔を上げてちょうだい? 別に怒ってるわけじゃないわ」
「そうだよ。そんな土下座なんてしなくても、ゆっくりしてね」
「そうですよー! 元気だしてください!」
各々が必死に呼びかける。その言葉に少し安心したのか、恐る恐るアズキは顔を上げる。
「あの、えっと、その……」
顔を上げたはいいものの、顔は赤く、おどおどした様子を隠すことができていない。
「はーい緊張しないで! つぎあの~とか行ったら肩揉むよ!」
気づけばサクラがアズキの背後に周り、そのプルプルと震えている肩にぽんと手を乗せる。
「す、すみませんでした! 盗み聞きとかするつもりはなくて、ただ話しかける勇気がなくて……」
そこからは話が早かった。
簡単に言えばアズキは超人見知りなのだ。自分から話しかけることもできずに、屋敷内をウロウロしているだけ。ウミたちのグループは怖くて近づけなかったらしい。
そういえばウミたちとの初対面、この子はめちゃめちゃ声が小さかったのを覚えている。
そんな中偶然サクラの声が医務室の外まで届き、少しだけ耳を傾けたということだった。
「そんな謝らくてもいいのよ。私たちも別にそんな大事になるようなことは話してないわ」
未だに緊張しているアズキに、ヒカリは優しく微笑みかける。
しかし、その様子が逆に緊張を呼んだのか、そそくさとサクラの後ろへと隠れてしまった。
そのままサクラの服の裾をぎゅっと握っている。
「あらら、私ならいいんですね!」
アズキに懐かれたサクラは嬉しそうだ。
「あらあら、嫌われちゃったかしら」
ヒカリのつぶやきに、アズキはブンブンと首を横に振る。
どうやら別に嫌いになってしまったわけではなかったようだ。
「あらそう? それなら良かったわ」
ヒカリはにっこり微笑んで見守る体制に入った。過度な干渉はしない主義らしい。
「とりあえず、二人がいることはわかったしレクリエーションルームにいかない?」
「レクリエーションルーム? なぜまたいくんですか?」
ヒナタは唐突に忘れていたことを思い出した。
「ほら、あれだよ。ウミちゃんが言ってた剣のやつ」
「ああ! そういえば言ってましたね!」
最初レクリエーションルームに行く目的は、その剣の確認のはずだった。しかし、思いの外ケイとヒビキとゲームを楽しんだせいですっかり忘れてしまってた。
「ん? 何の話なの?」
「ああ、実は……」
ウミに言われたことをそのままヒカリにも話す。
「なるほどね、そんな物があったなんてね。怖いところだわ。まあ私なら大丈夫よ! なにせ私には拳があるからね!」
そういってシュッシュッとシャドーボクシングをする。総合格闘技経験者だけあって鋭いパンチだ。
「おお、すごいですね! いつか教えてください!」
「ええ、もちろんよ」
ヒカリはサクラの誘いを快く引き受ける。
「よし、それじゃあレクリエーションルームに行きましょう!」
言質を取ったサクラは、満足そうにヒナタとアズキを連れてレクリエーションルームへと向かうのだった。




