Ep.5
「マコト君、落ち着こう。呼吸を整えて……」
「な、なにこれぇ! ちょっとウミ、助けて!」
その声を聞いて急いで食堂へ向かうと、白石マコトが何やら騒がしくしている。その美しい白い髪を乱しながら、壁際で座り込んでいる。
騒がしくしている理由は一目瞭然だ。なぜなら白石マコトの周囲には、大きな狼が二匹、マコトの両サイドに座っている。
近づこうにも、明らかに敵意を持ったその目にウミたちは右往左往していた。
「あ、ヒナタ君にサクラ君。マコト君の周囲が突然ああなってしまってね。どうすればいいのかがさっぱりなんだよ」
ウミ以外にも、昨日ウミとともにご飯を食べていたリリィたちもどうにかしようとしているが、近づくと威嚇されてしまっている。
「怖いよ……一人はいやだよ……」
マコトは今にも泣き出しそうだ。
「んー? なにか変ですかね?」
そんな言葉をいってずんずんとマコトに近づくのは、サクラだった。
「サクラちゃん、危ないよ!」
「いえいえー! 大丈夫ですよ!」
狼が強く威嚇している。今にも襲われてしまいそうだ。あんな大きな狼に襲われたら骨も残らないだろう。
「だって、ほら!」
しかし、サクラはそんなことはお構い無しと進む。狼の鋭い爪が、サクラの眼前へと迫っている。
そして……狼を撫でる。するとその狼は、煙に巻かれたかのように消えてしまった。
「……え?」
その様子に驚いたのはヒナタだけではない。
ウミやマコト、その他も含め、信じられないという表情を浮かべている。
「ほら、立てますか?」
そう言ってサクラは手を差し伸べる。マコトは呆然としながらもその手を取る。
「あ、ありがとう。サクラ君。助かったよ。もしよければ、なんであんな行動を取ったか教えてくれるかい?」
ウミがお礼を言いながら、サクラへと問う。
「簡単な話ですよ。この場所にあんな大きな狼はいません。そして確かマコトさんは『月』の運命……たしか月の運命の解釈の一つに、幻想や幻惑と言った物がありましたよね。それだと確信したからですよ!」
そういいながら自慢気に胸を張る。
「それはつまり……どういうことだい?」
「ここからは私の推論なんですけどね? たぶんあの運命の大アルカナってやつはただの運命じゃなくてその運命の解釈を再現できるっていう可能性があるんですよ。それをマコトさんが無意識に使ってしまったのかなー、って思ってます!」
驚愕すぎる事実だ。いや、まだ推論の域を出ない。だが証明など簡単にできる。
「マコト君、さっきのことをもう一度できるかい?」
ここで、マコトが我に返った。言われた通りにもう一度先程のことをやってみる
「おお~!」
驚いたのはサクラやヒナタ、ウミだけじゃない。そこにいた全員が、驚きを隠せないでいた。
それは、能力に対する期待と畏怖を織り交ぜたような視線であった。
「まさか、そんな事ができるなんて……」
そこには先程の狼のような存在が再び出現していた。相変わらず唸りを上げているが、先程よりかは落ち着いてみていられる。
「これで、サクラ君の推測が証明された、というわけだね」
そしてマコトが恐る恐る狼を撫でると、再び煙に巻かれたように消えていった。
「ひぃ、こわいこわい!」
思わずと言った声でそうこぼしたのは南リリィだ。
その金色の髪が、肩の震えに合わせてぷるぷると震える。
「どうしたんだい?」
「いやだってさ、考えてみてよ? 今回はマコトちゃんが誤爆したからこれで済んでるけど、例えば……だれだっけ? 死神の子とか悪魔の子とか、明らかにやばいやつもいるじゃん!」
死神の子と悪魔の子、つまりは橘ヒカリと清水キヨのことだ。
「それを言うならヒナタさんの塔も危なっかしいですねー!」
「ええっ!?」
たしかに塔のカードの意味は崩壊だ。もしもマコトのように誤爆したらただではすまないだろう。
(もしかして私の運命のカードはみんなを壊しちゃうものなの……?)
一瞬だけそんな不安が頭をよぎるが、そんなことはないとばかりにその考えを振り払う。
「それに、クモの言ってること忘れたわけじゃないでしょ? カードに呑まれる過程で必ず人が死ぬって。つまりさ、そういうことなんじゃないの?」
リリィが言いたいことは、要はカードに呑まれている途中の人間は、そのカードの能力が使える。そしてその能力で人を殺すんじゃないか、ということである。
「リリィ、言い過ぎ」
「そうですよ。リリィさん、そんなこと起こるわけないじゃないですか。みなさんも気を悪くしたならごめんなさいね」
不穏な言葉を口にしたリリィを咎めたのは、雪宮ルゥと佐々乃ノノミだった。
その短く切られた銀髪はの少女、ルゥは、鋭くリリィを見つめる。
セミロングの橙色の髪の少女、ノノミは、皆の気を悪くしたかと思い、皆に謝る。
「リリィ君、君の言いたいことはわかるが、今この場で話すべきじゃない。それに君もわかるだろう? この場に人を殺せるような悪者はいないってね」
ウミもリリィをなだめる。
だが、リリィの心配ももっともだ。
「あ、そうだ、ヒナタ君にサクラ君。君たちはまだ医務室に行っていないよね? 昼ご飯を食べ終わったらぜひ行ってみるといい。キヨ君とヒカリ君がいるはずだよ」
話を逸らすかのように、ウミは二人へ話題を振る。
キヨとヒカリ。先程名前が挙げられた少女だ。
「わかりました! では早く食べてしまいましょう!」
すでにサクラの興味は食事へと向いている。
食事の方も、相変わらず湯気が立ち、美味しそうな香りを振りまいている。
その匂いやサクラにつられて、ヒナタも食事へと意識が向いていた。
サクラはサラダに揚げ物、スープに白米というなかなかのチョイスだ。
対してヒナタはハンバーグにサラダ、少々のコーンだ。まるでハンバーグ定食のようだった。
「「いただきます」」
ふたりは相変わらずばくばくと食事を進める。
味も最上級。すでに彼女らはここの料理の虜になっているようだった。
「「ごちそうさまでした」」
そんな食事をあっという間に食べ終わる。
「それじゃ、行きましょうか! 医務室へ!」
そして二人はウミの言う通り、医務室へと向かう。
その様子を、誰かが見つめていた。




