Ep.14
『もどりなさい、※※※※※!』
その理解できぬ声と同時に、今にも襲ってきそうだった黒いものがするすると小さくなってゆく。そして、裁判所の中心から染み込むように消えていった。
そこには、リリィの体すらも残っていなかった。
まるで最初から何もなかったかのように、元通りに戻っていた。
『さて、お騒がせしました。無事、罪人の処理が完了しましたね。それでは、橘ヒカリ殺人事件裁判……閉廷です』
クモの一言によって、裁判の終わりが告げられる。
裁判所は、重い空気に包まれていた。
そんな空気の中少女たちの間では、悲しみや衝撃、恐怖など、様々な感情が渦巻いていた。
「皆、今日はもう休もう……」
ウミがそう言い、裁判所から出ていく。
ウミの退出に合わせ、次々と少女たちも外に出ていく。
「ヒナタさん、私たちも行きましょう!」
サクラに声をかけられて、我に返る。ずっと呆然としていた。
それがヒナタを元気づけるための空元気なのかはわからないが、サクラは明るくヒナタに声を掛けた。
「うん、そうだね……」
正直、ヒナタは未だに立ち直れていない。いや、ヒナタ以外もそうだろう。目の前のショッキングな光景を見せられて、すぐに切り替えられる人はほとんどいないだろう。
そうして、少女たちはいつもの生活に戻った。
その日の夕食は、味がしなかった。
†
「おっはようございまーす! ヒナタさん!」
あの日から一週間が過ぎた。
少女たちも、時間が経つにつれ少しずつだがメンタルも回復してきている。
「おはよう、サクラちゃん。アズキちゃんもおはよう」
ヒナタも例外ではなく、サクラの明るい性格もあり、他の少女よりも早く立ち直ることができた。
もしサクラがいなかったら、ヒナタは立ち直るのにもっと時間がかかっていただろう。
「おはよう……ございます」
アズキも随分と元気になった。
その上、ヒナタやウミたちとの距離も近くなってきた。
「じゃあ、いこっか」
三人は、いつもの朝食にいく。
もう慣れたもので、食べるものはほぼ固定となっている。
三人ともサラダは固定で、ヒナタはスパゲッティ、サクラはハンバーグ定食、アズキは白米だ。
相変わらず味は最高級だが、その味にも慣れつつある。
「やぁ、ヒナタ君にサクラ君にアズキ君、一緒の席いいかな?」
そんな三人に、水を入れたグラスを持ったウミが話しかけた。
「いいですよ!」
サクラが快く了承する。
「それにしても、サクラ君の底なしの明るさには助かるよ。お陰で皆早く立ち直ることができた。感謝するよ」
「お礼されるようなことじゃないですよ! みなさんも立ち直れたようで良かったです!」
実際、皆がここまで早くに立ち直れたのは、サクラのおかげとも言える。サクラの明るさが、皆を救ったと言っても過言ではなかった。
「私はこれ以上殺人事件のような事が起きないように、皆のメンタルケアに務めるつもりだ。マコト君やキヨ君のように、心に傷をおってしまった子もいるからね」
そう言ってグラスの水を一気に飲み干す。
「ヒカリ君の遺体も埋葬ぐらいはしてあげたかったが……いや、この話はよそう。それじゃあ、私はもう行くよ。それじゃあね」
「また話しましょう!」
そういってウミは去っていく。その背中は、いつも以上に頼もしいものとなっていた。
ヒカリの遺体は、裁判が終わったときには血の一滴も残さずに消えていた。それが誰によるものなのかすらわかっていないが、どうせクモだろう。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか! 今日は私が外に行きたい気分なので外に行きますよ!」
サクラはどうしても外に遊びに行きたいようだ。
「そう? じゃあ行こうか!」
「う、うん!」
ヒナタとアズキもサクラと共に外へ出る。
久々とも感じる外の空気は、普段よりも気持ちの良いものに感じた。
「はは! そうだ! ヒナタさん、アズキさん、競争しましょう!」
サクラが指を指す先には、いつぞやの大きな木があった。
それは、ここに来たばかりの頃に、ヒナタとサクラが競争したときのゴールの場所であった。
「いいよ! リベンジ戦!」
「え…」
「それでは行きますよ! よーい……スタート!」
合図と同時に、ヒナタとサクラが駆け出す。少し遅れて、アズキも駆け出した。
「ちょ、ちょっとまってよー!」
出遅れた形になったアズキは、必死になって二人の背中に食らいつく。
「また私が一番乗りですね!」
しかしそんな努力も虚しく、サクラが一番乗りとなった。
「はぁ、はぁ……やっぱり、勝てない、なぁ」
「ふたりとも、速すぎ、です……」
息を切らしながら、二人は少し遅れてサクラに追いついた。
「ふふふー、二人とも私に勝つにはまだ早かったようですね!」
サクラは自慢げに胸を張る。
「……なんでそんなにサクラちゃんは走るの好きなの?」
ふと、ヒナタは疑問に思ったことを口に出す。
「聞いちゃいます?」
「いや、そんな無理に聞くつもりは……」
なにか聞いちゃいけなかったかなと少し焦る。
しかし、そんなことはなかった。
「いやいや、そんな大層なことじゃないですよ。ただ、走ると気持ちいいって言うだけです! 少しだけ、心労がなくなった気がするんですよ。走っている間は走っていること以外何も考えなくていい。そんなスッキリした気分が大好きなだけです!」
「スッキリ……」
言われてみれば自分も、走っている間は余計なことを考えていない。とにかく走って走って、サクラに追いつくことだけを考えていた。
「……ありがとう」
「え? なんのことですか?」
サクラは戸惑っているが、ヒナタはサクラの話を聞いて少しだけ、気が楽になった気がした。
「よーし、じゃあ次は森の方に……」
「ちょっと、待って……休憩……」
サクラが次に行こうとしたが、アズキの呼吸がまだ整っていなかった。
「あはは、まぁアズキちゃんが落ち着くまでゆっくりしていこうか」
ピンピンしているサクラと息を切らしているアズキを横目に、ヒナタはくすくすと笑顔を見せていた。




